第十五話 突き歩詰み
距離を取って強烈な横薙ぎをやり過ごし、瞬速の幹竹割りを繰り出す。
高い音で挙がる風の悲鳴を聞き流して、副長は横に振り抜いた鉄剣の遠心力を利用しながら横に飛ぶ。
追撃を仕掛けるゴージュの切り上げを引き戻した鉄剣を盾に間一髪で受け止め、跳ね上げれば攻守を交代して副長が斬りかかる。
ゴージュは軽装故の素早い足捌きで距離を取るも、革の胸当てに鉄剣の切っ先が触れて細かい傷が出来た。
それが彼我の実力差を明確に表していた。
木剣の速さも鋭さも、圧倒的な実力を前に振るったところで闘いを長引かせるだけだ。
それが分からないゴージュではない。それでも彼は果敢に攻め立てた。
自分が稼ぐ一分一秒がソラの寿命に直結する。だからこそ、諦念も悲壮も抱かない。
あるのはただ“守り抜く”という揺るがない決意のみ。
周囲に満ちていた剣戟の音は何時しか散発的に聞こえるだけになっていた。
あちこちで激戦を繰り広げていた警備隊や近衛隊に脱落者が続発したため、未だに動けるのはゴージュ達を含めても六人だけだ。
倒れている警備隊士の中でも意識が残っている者はまだ闘おうと地面についた両手で体を起こそうと四苦八苦している。底なしの闘争心とその悪鬼のような形相は火炎地獄の獄卒などよりよほど恐怖を煽る。
火炎瓶の影響で燃えていた地面はもう火の影がないというのに、燃え盛る闘志を瞳に宿し武器を手放さない。
そんな彼らに見据えられ、チャフは背筋に凍りついた手を添えられているような幻覚に苛まれていた。
──あれは化け物の群だ。
彼も途中から長剣を振るっていたため肩で息をしているが、本当に疲労が原因なのか分からない。恐怖による過呼吸なのかもしれない。
トライネン家の誇りを傷つけないよう、短時間で全滅させる。それが目標だった。負けることはないタイムアタックにも似た決闘のはずだった。
それが蓋を開けてみれば、この有様だ。
火炎地獄と不死身の獄卒達、精鋭で構成したチャフの隊が倒れ痛みに呻いている。
ソラ・クラインセルトを倒さなければこの地獄が続く。
近くで近衛隊士と警備隊士が相討って地へと崩れる。
チャフはソラの姿を探した。
副長とゴージュが生む剣線の嵐の横に細身の小さな少年を見つけ、チャフは走り出す。
未だに立っているのは副長とゴージュ、チャフそしてソラの四人のみ。
ゴージュは副長が相手している以上、ソラは無防備。
体格差は勿論、トライネン家跡継ぎとして鍛えた剣の腕があれば倒せるはず。
目の前にチャフが来て長剣を振り上げてもソラは微動だにしない。
「終わりだ。ソラ・クラインセルトッ!」
チャフは裂帛の気合いと共に深く踏み込んで体重を乗せた一撃を振り下ろす。
風に唸る長剣はソラの頭を砕くはずだった。
──振り下ろされる長剣の軌道上に傷がついた木剣が現れなければ。
チャフの一撃を受け止めた木剣は揺らぐ事なくソラの頭上を覆っている。
その使い手を思い出したチャフは驚きに見開かれた目を向ける。ここに木剣が突き出された事実は副長が負けた事を意味すると考えたのだ。
だが、違った。
木剣の使い手、ゴージュは副長の鉄剣を籠手と胸当てで受けながら、ソラを守るために木剣を突き出していた。自身を犠牲にしてまでソラを庇ったゴージュに副長も驚愕している。
「……約束通り」
深みのある声がゴージュの喉から零れる。
「チャフ殿を釣り出しましたからな。後は」
「──任せろ」
ゴージュの言葉を引き継いだのがソラだと分かった時には遅かった。
ゴージュの木剣によって出来た死角を利用したソラはチャフの左足を木刀で払い上げる。
チャフは払われた左足を背後に下ろして半身となり、慌てて引き戻した長剣で迎え撃とうとするが、その左目を狙ってソラは木刀を投げつけた。
武器を捨てるこの選択に虚を突かれながらもチャフは上体を左に捻り紙一重でかわす。
それを見ながらソラはチャフの籠手と腕の隙間や胸当ての端に指を引っかけ、チャフの右足の真横に左足を下ろす。そのまま自らの右足を上げ腰を素早く捻る。
次の瞬間、チャフは地面に叩きつけられていた。
背中から伝わった衝撃に息が詰まって彼はせき込むが、ソラは無視して仰向けになったチャフに馬乗りとなり、首筋に予備の小太刀を突きつけた。
「動くな」
静かだが威圧的な声で命令されてチャフは息を呑む。
「見届け人! 勝負は俺の勝ちと見るが、このままチャフ・トライネンを殺すのは惜しい。勝敗を告げろ。さもなくば──」
チャフを殺すと、ソラが宣言する。
「し、勝者、ソラ・クラインセルト! 勝負はついた、双方武器を仕舞え!!」
勝負の行方を固唾を呑んで見守っていた見届け人が我に返り、早口で勝敗を告げた。
ソラはチャフの上から退いて小太刀を鞘に納める。未だ呆然と寝転がるチャフに気付くと手を差し出した。
その手には滑り止めのグローブを着けている。
「いつまで寝てるつもりだ。予想以上に怪我人が多い。お前は動けるんだから運ぶのを手伝え」
差し出された華奢な手と細い腕を見つめてチャフはゆるゆると口を開く。
「今、どうやって投げた?」
身長、体重、筋力、どれもチャフが上だが、容易く投げられた。宙に浮きながら加速するあの独特の浮遊感を間違えるはずもない。
「“大外刈り”だが、やっぱりこっちには無いのか……。」
別段隠すつもりが無かったソラはあっさりと口を割る。前世で高校時代に選択科目で習った程度だが、ゴージュ達を相手に何度も復習して今日に備えたのだ。
剣を打ち合わせた所で勝ち目がないのが分かりきっていたからこそ、徒手空拳で闘わざるを得ない間合いにチャフを釣り出した。
「その内、教えてやるよ。……長い付き合いになるからな」
悪戯っぽくソラは笑う。
言葉の意味は分からなくても、散々に翻弄されたばかりのチャフは苦虫を噛み潰したような顔をした。
1月10日修正