第十二話 それぞれの見方
決闘当日、チャフ・トライネンは近衛隊士精鋭二十名を連れて練兵場に赴いた。
練兵場の端には仮設の観客席があり、チャフの父、“貫陣のトライネン”が見守っている。
「我が家の威信に掛けても絶対に負けてはならない」
父からそう言い含められたチャフとて負けるつもりはさらさらない。
相手は近衛隊より二つも格下の王都警備隊、人数も十三人と少ない上に訓練時間も短い。挙げ句の果てに、指揮するのは無能の代名詞であるクラインセルト伯爵の子供だ。負ける要素がない。
如何に早く、如何に圧倒的な勝利を収めるかが焦点とすら考えていた。
近衛隊士達にも急戦で勝負することを伝えてあり、革鎧などの軽装で整えた。自らも同様の装備で近衛隊の長剣に比べて少しだけ短い剣を腰に差している。
「並べ」
短く命令して近衛隊士を横二列に並べる。ソラの連れてきた警備隊士を即座に包囲して全滅させ、チャフ自らがソラに止めを刺す。そういうシナリオだ。
「ソラ・クラインセルトが到着した」
見届け人を買って出た侯爵が告げる。
近衛隊士の一人が鼻を鳴らした。
「逃げなかったか」
「命乞いに来たのだろう」
別の隊士が口を挟むと近衛隊全体から笑いが溢れた。
「お前達、敵を侮るな」
近衛隊副長が窘めた時、練兵場にソラ・クラインセルトと王都警備隊が姿を現した。
「……なんだアレは」
「奴ら、勝負を投げてやがる」
近衛隊から呆れの声が漏れ、チャフは怒りに顔を赤く染めた。
「ソラ・クラインセルト! なんだその格好はッ!?」
ゴージュを除く全員が胸当て以外の防具を着けていない。例外であるゴージュですら厚みのある小手を加えただけ、それに加えて武器は木剣となれば勝負を投げたとしか思えない。
「このチャフ・トライネンを弱い者虐めの卑怯者にする気か!?」
観客席からも侮蔑混じりの笑い声が聞こえる。
そんな声はどこ吹く風かと受け流し、ソラは淡々と王都警備隊に指示を下す。
自らの前方に二人、その遥か前方に十一人の隊士を並べる陣形。決闘の当事者たるソラ自らは安全圏に、本来は関係のない警備隊を前線において高みの見物を決め込むこの陣形にチャフは怒りを強くする。
一方で近衛隊士は皆、長剣を強く握った。
「チャフ殿、冷静にならねば足下を掬われます。敵には策があるはず。あれは、あの眼は勝負を投げた者の眼ではありません」
近衛隊副長がチャフに苦言を呈する。
警備隊の瞳に濁りはない。純粋な闘争心が宿っている。
──特に前列中央の赤髪の化け物は別格だな。
近衛隊副長はゴージュに目を留める。
灼熱地獄を抜け出した獄卒のような男はその体から勝利への渇望が見て取れる。何としてでも味方に勝利をもたらすという気概が近衛隊まで迫ってくる。
「何か弱みを握られているのでしょう。あれは手強いですよ」
「……いや、警備隊はおそらくソラ・クラインセルトを慕って集まったのだ」
近衛隊副長の憶測をチャフは歯切れ悪く否定する。
近衛隊副長の憶測にはクラインセルト伯爵の評判や、一週間も味方が居なかったソラがいきなり確保した兵である事など状況証拠は多い。
しかし、チャフは王都でゴージュとソラのやり取りを見ている。
だが、あれがソラの本心とは未だに信じられない。危険な決闘の場にようやく得られた兵を貧弱な装備で連れてきて、自らは後方の安全圏に陣取るソラを見ているとどうしても疑ってしまう。
兵の信頼を裏切るその行動に険しい顔でチャフはソラを睨んでいた。
練兵場の特別席で国王と王太子は双方の兵を見比べていた。
「近衛隊長として、ソラ・クラインセルトをどう見る?」
国王がつまらなそうに背後に立つ男に問う。
「クラインセルトに使われているとは思えない士気です。弱みを握っていると見るのが妥当かと」
「ふむ。ベルツェが一目置くくらいだ。そんな事をするとは思えんが妙なのは確かだな」
国王が隣に座る王太子に視線をやれば彼はニコニコと成り行きを見守っていた。
「ご機嫌だな」
「ソラ・クラインセルトが諦めていなかったのが嬉しくて」
弾んだ声で言う王太子に国王がため息を吐く。
妙に士気が高いとはいえ、ソラに勝ち目がないことは明白だ。
見届け人にいざという時には止めるよう命じてはあるが、ソラはこの決闘で死ぬ可能性すらある。
全くもって面倒な騒ぎを起こしてくれたものだと、国王はチャフや王太子を見つめるのだった。
貫陣ことトライネン伯爵はソラの連れてきた警備隊を見極めるように眼を細める。
当初、流石は国軍に連なるだけはあると他の貴族同様に評価したが、今はソラの評価ごと上方修正している。
横目でクラインセルト伯爵を見ると、顔を真っ赤にして憤り、実子を口汚く罵っている。我が家の威厳がどうの、化け物を連れるなど言語道断だの、と聞くに耐えない。
それを向けられているソラにも聞こえているはずだが、柳の如くたおやかに受け流している。恐らくはわざと怒らせているのだろう。
だとすれば、ベルツェ侯爵あたりが口添えした兵だろうかとも思うが、観客席の端にいるベルツェ侯爵は興味深そうにソラ達を見ている。
トライネン伯爵は静かにベルツェ侯爵へと近づく。目敏い貴族が注目するが、気にはしない。
「ベルツェ侯爵、隣をよろしいか?」
「構わない」
「では、失礼して」
トライネン伯爵は腰を下ろし、改めてソラ達を見る。
ゴージュ率いる前列と兵を二名連れたソラの間には四十メートル強の距離があり、前列の援護を目的とした布陣でないのは明らかだ。
では、遊撃隊であろうかと考えたが、七歳のソラが組み込まれていては機動力に不安がある。
ソラ・クラインセルトを囮としても、護衛が二名ではすぐに圧殺されてしまう。
「ベルツェ侯爵はこの決闘でどちらが勝つとお考えか」
「それは金貨を投げて表がでるか、裏がでるかを論じるようなものだ」
「では、五分と?」
「さてな。ソラ殿の考える事は奇抜に過ぎる」
面白がる様子のベルツェ侯爵。
気狂いベルツェ等と呼ばれる彼だが、頭を使うことに掛けては一流だ。そんな男が考えを読めない子供などいないだろうと、トライネン伯爵は心中で毒吐いた。
「トライネン伯爵がソラ殿の立場なら如何に兵を動かす?」
「人数差は歴然、急戦必須でしょう。敵の戦力を集中させ、それを犠牲を出してでも足止めしておき、寡兵で大将首を取る」
淀みなく答えたトライネン伯爵が、ソラの布陣を見直す。だが、考えが読めない。
ベルツェ侯爵は顎を撫でながら考えを口にする。
「ソラ殿の事、奇策を用いるだろうとは思う。あの木剣か、背後に隠すように置かれたガラス瓶に仕掛けがあると予想しているが、果たして何を仕掛けるのやら」
ベルツェ侯爵の言葉にトライネン伯爵は片眉を上げる。
七歳の子供がにわか知識で仕掛ける奇策に自分の子が引っかかると思われているのが癪だった。
トライネン伯爵が憮然として練兵場に目を向けるのと、見届け人が決闘開始前の口上を始めたのは同時だった。