第九話 桂の高飛び、
クラインセルト邸に悲鳴が轟いた。
気を使って裏門を訪ねたのが裏目に出たらしいとゴージュ達百鬼夜行は悟ったが、今更どうすることも出来ない。
続々と現れる邸宅の警備をしている領主軍に害意はないと愛想笑いを向けるが、ゴージュの顔が顔であるため凄んでいるようにしか見えない。
クラインセルト伯爵に恨みのある亡者があの世から舞い戻ったかと青い顔で武器を構える領主軍、豚領主夫妻の人外顔を見慣れた彼らですらこうなのだからソラ・クラインセルトは本物らしいとゴージュ達は喜び笑う。それが凄んでいるようにしか見えないので領主軍が警戒を強める悪循環。
窓から身を乗り出したソラが事態を収拾しなかったなら領主軍が刃を振るって大事になるところだった。
「それで、お前ら何しに来たんだ?」
ソラが暑苦しそうにゴージュ達を見て訊ねる。
場所は裏庭、クラインセルト領にある領主館と違って人目を気にして手入れされたそこにゴージュ達十三名とソラ、ラゼットが揃う。
敵意も武器もないとはいえ異様な集団を無視できるはずもなく、領主軍が遠巻きに彼らを眺めている。
「いやなに、儂らを使ってはくれんかな、と参った次第で」
「決闘の話か?」
「さいですな」
ゴージュの用件に意表を突かれたソラは確認するように再度問う。
「ここはトライネン邸ではないぞ?」
「知っとります」
「トライネンに喧嘩売ると出世に響くぞ?」
「構いません。儂らの働きを認めてくれた御仁はソラ殿が初めて。むざむざ死なせちまうのは我慢ならんので」
ソラに向かって唇の端を吊り上げたゴージュ、遠巻きに見ていた領主軍から幾人かの悲鳴が上がる。
ソラは鬱陶しそうに領主軍を一瞥した。
「覚悟の上なら何も言うことはないか。宜しく頼むよ」
ソラはゴージュに手を差し出す。
ゴージュは嬉しさを滲ませながらその手を握った。
他のメンバーともソラは握手する。火傷痕を見せて断ろうとした者もいたが気にせず手を取った。
化け物集団と友好的な雰囲気を作り出す跡継ぎを不気味に思う領主軍を置いてけぼりに話は進む。
「チャフ・トライネン側は近衛隊の副長を含む精鋭を二十名確保したのが分かっている」
ソラは成り行きを見守っていた領主軍に椅子を運ぶように指示を出してから状況を説明する。
チャフについての情報は王都の知り合いやゼズ達によって集められたものだ。
近衛隊の隊長が加わっていないのは任務の関係上統率する者がいなくなっては困るから。そういう面で考えると副長を引き抜けるあたりトライネン家の人気が伺える。
「チャフの方は装備を新調するらしい。正確な事は分からないが武器は一メートルほど長さを持つ幅広の長剣、防具は革を使った軽装で頭は保護しないだろう」
「ずいぶんと断定的な推定ですな」
ソラの説明に違和感を感じてゴージュが口を挟む。
「チャフの目撃情報から店を割り出して、そこで扱っている商品から見当をつけ、家の面子を考えるとオーダーメイドの可能性が高いから店に運び込まれた材料と量から武器や防具を予想した。だからあくまで推定だ」
「……理屈は分かりますが、なんつー情報網ですか」
ゴージュ達の頬が引きつる。
ソラは王都のあちこちに知り合いを作ったため、井戸端会議で話題に上るあらゆる噂の内容すらも把握している。決闘は王都全体で話題となっているため話が伝わり易く、ソラとチャフの行動は恰好の話題なのだ。
しかも、ウッドドーラ商会もソラに協力しているため、材料などについての情報を手に入れていた。
「さて、俺からゴージュ達に質問がある」
ソラは改まってそう言うと一拍置いて再び口を開く。
「チャフ側と同じ装備で互角に戦えるか?」
「戦える、と言いたいですが無理ですな」
ゴージュは気まずそうに言った。
元は近衛隊の下部組織である王都守備隊に所属しており、その時点で実力に幾らかの差がある。
加えて火傷の治癒にはタンパク質を消費するため、筋力がかなり落ちた。それが原因で王都警備隊に降格したのだ。
リハビリで回復しているものの現役の守備隊士と同等程度だろう。
「技量と持久力で劣る、か。チャフはそれに気付くと思うか?」
「十中八九、気付きますな。トライネンの子息ですからな」
「そうか。それは好都合だな」
「申し訳──あれ?」
落胆されると思ったが予想外な台詞が聞こえてゴージュは思わず問い返す。
「ここはアレで行くのが良いか……。」
しかし、ソラはぶつぶつと独り言を繰り返して問いには答えない。
しばらくして、ソラはとびきりの笑みを浮かべた。
ゴージュ達十三名が加わっても、状況が圧倒的に不利なのは変わっていない。
だが、命がかかっているはずのソラが子供のように無邪気な笑みを浮かべたのだ。まるで、仕掛けた悪戯に引っかかった相手の慌てる姿を想像したように。
「ソラ殿、何か考えがあるんですかな?」
「ある。勝負を五分にできる策が一つ」
ゴージュが内容を問う前にソラはラゼットを向き、耳打ちする。
「明日、ゼズ達と会うから予定を合わせてくれ。それと、コルを使ってウッドドーラ商会に連絡、種類は問わずに分厚い木板を用意させろ。全て内密に行動するように」
ラゼットも慣れたものだ。二つ返事で頷いた。
ゴージュ達に向き直ったソラはシニカルに笑いながら言う。
「武器はこちらで用意する。見た目には戸惑うだろうが、使えば理由も分かるはずだ」
どんな武器かはお楽しみだと言い置いて、ソラはその場に仁王立つ。
厳として不動、しかし柔らかに風を凪がす立ち姿を見てゴージュ達は思う。
自分達化け物集団の統率者は化け物ですらない何かかも知れない。
「俺に従ってもらう。作戦名は“桂の高跳び”だ。概要を説明する」
ソラが語ったのは実に彼らしい作戦だった。
作戦の最後の要を担う人物はソラ以外に務まらない。
だからこそ、その要であれた時、自分達化け物組の指揮官に相応しいとゴージュ達は思う。
──それは、揺らがない誇りの体現なのだ。