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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第四章 七歳児と決闘騒動

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第八話  火炎地獄からの百鬼夜行。

 一週間が経っても兵は集まらなかった。

 わざわざトライネン家に喧嘩を売る将兵がいるはずもない。そして、わざわざクラインセルト家に喧嘩を売らない将兵がいるはずもない。


「という訳で、俺一人で戦う」


 従って、ソラは兵の確保を諦めた。


「勝てるはずがありません。真面目に策を練って下さい」


 ベッドの上に寝転がって足をばたつかせて遊ぶソラにラゼットがツッコミを入れた。


「兵がいないんじゃ仕方がないさ。お父様も俺の命は諦めて、毎晩俺の代わりを作っ──」

「ストップ、ストップです」


 ラゼットが慌ててソラの言葉を遮った。

 七歳の子供がそんな生々しい台詞を口にするなと、珍しく説教されたソラは何を今更とばかり特に反省もせずにベッドの上を転がった。


「聞いてるんですか、ソラ様」

「散歩の時間だな」


 ラゼットの説教を聞き流していたソラは体を起こすと窓の外に目をやった。

 ソラの余命は1ヶ月というのが豚領主や教会派の認識であり、見張り代わりの護衛すらいなくなった。決闘で無様を晒して死ぬよりは街中で事故死してくれた方がマシ、くらいの認識なのだろう。

 ソラの感覚からすれば決闘での死は最低限の名誉が守られる分マシだと思うのだが、兵の数という明確な差が出るのが豚領主には我慢できないらしい。

 ソラはラゼットと二人でクラインセルト邸を出発する。

 決闘の話は王都の住民にも知れ渡ったらしく、ソラが笑顔で出歩く度、冥土の土産とばかりに贈り物がされるようになった。


「いつの間にか、人気者ですね」

「愛想が良くて可愛い子供だからな、俺は」

「……本性を知られないように注意してくださいね」


 歩き回っていると、どこかで見たような家紋の付いた馬車が鍛冶屋の前に止まっているのが見えた。周りには体格の良い近衛隊士が五名ほど立っている。

 近寄って見ると、間違いなくトライネン家の物だ。

 ちょうど、品を受け取ったところなのか、卸したての立派な装いに身を包んだチャフ・トライネンと取り巻きが鍛冶屋から出て来た。


「おはよう」


 ソラが笑顔で挨拶するとチャフは嫌そうに顔をしかめて挨拶を返した。きちんと返事をするあたり悪い奴ではないのだろう。


「またのお越しを──ってクラインセルトの跡継ぎ!?」


 チャフを見送りに出てきた鍛冶屋の見習いがソラを見てばつが悪そうに笑って誤魔化す。

 それに苦笑を返して、ソラは唇に人差し指を当てた。


「秘密にしといてやるよ。袋叩きに遭いたいなら別だが」

「すんません。商売なもんで」


 後頭部に片手を当て、取り繕った笑いで何度も頭を下げる見習いを鍛冶屋の中に押し戻す。

 変に気を使われても対応に困るのだ。お互いに見なかった事にした方がよい。


「おい、未だに兵の一人もいないらしいじゃないか」

「クラインセルト家は本当に嫌われ者だな」


 粘ついた笑みを浮かべた取り巻きがソラを囲んで口々に言う。

 傍観を決め込んでいる近衛隊士もわずかに口の端が上がっていた。


「おい、その辺にしておけ。決着は闘ってつけるものだ」


 チャフが取り巻き達の肩に手を置いてたしなめる。取り巻きは面白くなさそうな顔をしてチャフの手を払いのけた。


「別に良いだろ。全て本当の事だ。嫌われ者のクラインセルト」

「悔しかったら兵の一人でも連れてこいよ」


 言い募る取り巻き達をチャフが再び止めようとする。

 目の前で繰り広げられるそんなやり取りをソラは興味なさそうに見ていた。

 家を馬鹿にされたところで痛くも痒くもない。ソラ自身、笑いを取るためにネタにするくらいなのだから。

 肩を竦めてチャフ達を置いていこうとしたが、取り巻きの一人が道を妨げる。


「何とか言ったらどうだよ」


 ソラは心の底から迷惑そうな顔でチャフを見て、口を開く。


「言葉が見つからないな」


 本心だった。呆れて何も言えない。

 引き返して迂回路を行こうとしたが、そちらも取り巻きが塞いだ。

 全員が貴族の子弟であるため暴力を振るうことはないが、それ故にチャフも腕ずくで止めることが出来ないでいる。

 睨み合いが続くかと思われた頃、割って入る声がした。


「そこの皆さん、通行の邪魔ですんで余所でやってくださいな」


 不思議な深みのあるガラガラ声だった。

 ソラが声のした方を見ると、くたびれた警備隊の装備に身を包んだ男が部下二名を連れて向かってくるのが目に入った。喧嘩になる前に仲裁しようと現れたのだろう。

 しかし、冷静さを保っていられたのはソラとラゼット、そしてチャフだけだったらしい。


「な、なんだよアレっ!?」


 取り巻きが慌てるのも無理はない。

 現れた警備隊士の顔は全体が焼け爛れ、大きく開かれた両の眼が鋭い光を放っている。

 腐敗した死体でも備えている人間らしさという物がまるで存在しない。燃えるような赤毛も相まって、その男は火炎地獄から現れた悪魔のように見えた。

 部下二名も火傷の痕があるが、男に比べれば大したことはない。

 冷や汗を垂らし及び腰で下がる取り巻き達をジロリと一瞥した後、チャフを見る。


「困りますな。この様な場で決闘の前哨戦ですかな?」


 チャフは少し青ざめていたが、それでも毅然とした態度で否定した。


「騒がせた事は謝ろう。オレ達はこれで失礼しようと思うが、一つ聞いて良いか?」


 無言で先を促す男にチャフは一つ深呼吸した後で口を開く。


「お前はソラ・クラインセルトに手を貸すのか?」

「儂らのような負傷兵もどきは使わんでしょうな。それに、神聖な決闘の場を儂ら化け物顔が汚すわけにはいかんですからな」

「そうか」

「ちょっと待て」


 チャフは納得して引き下がったが、ソラが口を挟む。

 男はその顔に疑問を浮かべてソラを見る。本人はただ不思議そうな顔をしたつもりだが、顔の筋肉が歪に動いたせいでまさに泣く子も黙る人相になっていた。

 それをソラは気にした風もなく、しかし少しばかり不機嫌さを滲ませた声をだす。


「さっきの発言を取り消せ」

「……何の話ですかな?」

「本気で分からないのか?」


 不機嫌さに不愉快さを付け足して、ソラは腕組みして問いかける。

 男はもちろん部下二名も取り消さねばならない発言が分からず首を傾げた。

 ソラの苛立ちが頂点に達する。


「その火傷は名誉の負傷だろう。スラム街の者だろうが人の命を救うために負った傷が理由で神聖な決闘の場に出られないだと? 取り消せ、この馬鹿やろうッ!」


 ソラの怒声にチャフの取り巻きの肩が跳ねる。

 チャフとラゼットが意外そうにソラを見た。

 そして、警備隊の男達は目を見開いてソラを見つめた。


「不愉快だ。帰る。行くぞ、ラゼット」


 踵を返して来た道を戻ろうとするソラにチャフ達は呆気に取られて動けないでいたが、警備隊士の男達はすぐに我に返るとソラを追い抜いて前に立つ。


「なんだ、邪魔だぞ。馬鹿やろう」

「申し訳なかった。不用意な発言を取り消させて頂きたい」


 警備隊士が一斉に頭を下げた。

 深々と下げられた頭を見て、ソラはため息を吐き出す。


「俺に謝ってどうする。自分で自分に謝れば良いだけだ」


 頭を上げさせた彼らを置いて、ソラは歩き出す。

 その小さな背中が道を曲がって視界から消えるまで見送り、警備隊士達は駆け足で兵舎に向かった。

 クラインセルト邸に着いたソラはふて寝よろしくベッドに倒れ込んだ。


「やっちまった……。」

「ソラ様にしては珍しく怒ってましたね」


 ラゼットが自覚も無しにソラの心に棘を差し込む。


「仕方ないだろ。人のためにやった証を否定されるのを見たら我慢できなくなったんだ。あのまま見過ごしたら、この五年間、領民のために活動してきた俺が馬鹿みたいだろ」


 沈着冷静な俺のイメージを返せ、と見知らぬ誰かに要求するソラにラゼットが微笑んだ。


「格好いい怒り方でしたよ」

「うるせぇ」


 ソラが枕に顔を埋めた頃、王都警備隊の古びた兵舎、その扉を壊れんばかりに押し開けた男達は速度を落とさず中に駆け込んだ。

 男所帯で荒れ放題の休憩室を持ち前の化け物顔で覗き込む男に思わず腰を浮かせたまともな顔の警備隊士を無視して、兵舎の奥にある部屋へと走る。

 蝶番が弛んでいた扉を今度こそ壊す勢いでぶち破り、男は部屋の中に飛び込んだ。


「今すぐ出かける用意をせい!」


 腕立てや腹筋をしていた火傷顔の同僚に大音声で命じる。

 深みのあるガラガラ声が床と言わず壁と言わずビリビリと震わせたが、隊士達は慣れた様子で準備を始めた。


「急げ、馬鹿やろう!」

「移ってるぞ、ゴージュさん」

「おっと、いかんな」


 ゴージュと呼ばれた化け物顔は遅れてやってきた同僚に指摘されて破顔した。


「笑うな、不気味だ」

「不気味とはなんだ。これはな、ソラ殿曰わく、名誉の負傷だぞ」


 愉快で堪らない様子でゴージュは化け物顔を指差した。

 部屋にいた同僚達が話についていけず、顔を見合わせた。


「ゴージュさん、何の話です?」


 右のこめかみから頬まで火傷のある同僚が化け物顔のゴージュに問いかける。

 それに歯を剥き出しにして笑った彼は生け贄を前にした悪魔のように見えるが、その実、純粋な嬉しさが体中から発散されている。


「お前らが話してたソラ・クラインセルトに会ってきたんだがな」

「あぁ、それで」


 納得顔で左耳が焼け落ちた同僚が苦笑した。


「ズレてたでしょう?」

「それも盛大に」


 口々に言う同僚達にゴージュは満面の笑みを浮かべる。


「あれはズレてるんじゃないな。儂らの火傷の理由を知っていて、怯える必要が無かったんだ。それとな──」


 言葉を一度切って、含みを持たせたゴージュは胸の奥から湧き上がる気持ちを上乗せした。


「ソラ・クラインセルトは人を見た目で判断せん。この火傷顔が決闘の場を汚すと言ったら、儂を真っ向から叱ったくらいだからな」


 馬鹿やろうだってよ、と興奮ぎみに壁をバンバンと叩いてゴージュは大いに笑う。

 一緒にソラに会った部下二名も苦笑しているが、止める気配はない。


「おい、化け物組! うっせぇぞッ!」


 休憩室から隊士が出てきてゴージュ達に水を差した。

 ゴージュの部下二名が満面の笑顔で振り向いて口を開く。


「火事場から逃げ出した卑怯者がデカい口叩くな!」

「仕事で怪我も出来ねえ腑抜けは引っ込んでやがれッ!」


 普段は言われっぱなしの彼らから思わぬ反撃を受けた隊士は怒りに顔を真っ赤にした。

 言い返そうとしたが、ゴージュがぶち破った部屋からぞろぞろと火傷顔の男達が出てきたのを見て形勢悪しと判断したのか、舌打ちを残して引っ込んだ。

 小物は最初から眼中になかったゴージュは火事場を共に駆け回った仲間達を前にして腹から声を出す。


「今回の決闘騒ぎ、儂はソラ・クラインセルトに手を貸す」

「僕らはおいてく気ですか?」

「良いところもって行く気なんだろ」

「抜け駆け禁止っす」


 憎まれ口を叩く仲間達にゴージュは持ち前の化け物顔で笑いかける。


「文句がある奴は着いて来い!」

「応!」


 王都警備隊士十三名が一斉に兵舎を出発する。

 先頭を歩く赤髪の化け物顔ゴージュを筆頭に全員が火傷の醜い痕を誇らしく日の明かりに晒しながら、クラインセルト邸への百鬼夜行を成した。


12月26日修正

四月五日修正

6月16日修正

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― 新着の感想 ―
ワタクシの中で読み漁ってきた数ある小説の中でTOP3に入る話ですね。 何度見ても泣いてしまうし、忘れた頃に読みたくなる話です。
アツいぜ!!!
[良い点] 初見。ヤバい。カッコいい。痺れる。
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