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第十話  三者の密約。

「計画は至って単純、ベルツェ侯爵領よりクラインセルト伯爵領へのシラカバの輸出と、それに対する耐久性向上処理済みシラカバ材の輸入、そして食品の相互貿易。これをウッドドーラ商会を間に挟んで行います。質問はありますか?」


 ソラが交渉の口火を切った。

 ウッドドーラ商会長のツェンドはまさか目の前の少年がクラインセルト領の代表とは思えず、怪訝な顔をする。てっきり少年の後ろに立っている茶髪のメイド、ラゼットが交渉担当だと思っていたのだ。


「……どうやら、黒幕は本当にソラ・クラインセルトね」


 ミナンがツェンドに耳打ちする。


「ベルツェ侯爵様、ソラ・クラインセルト様、この度は我がウッドドーラ商会にお声をかけて頂き、ありがとうございます。お二方のご見識を疑うわけではございませんが──」

「堅苦しい言葉使いは無用、私もソラ殿も些末事にはこだわらん」

「その通り、さぁ要件をどうぞ」


 ベルツェ侯爵の言葉を肯定したソラはツェンドに水を向ける。


「ではお言葉に甘えます。何故我が商会にこの話を持ちかけたのですか?」


 ツェンドの問いの答えはこの場の全員が知っている。わざわざ持ち出したのは『ウッドドーラ商会の代わりは見つからない』ことを再確認させ、交渉を少しでも有利に進めるためだ。


「教会に敵対視されており、なおかつ魔法使い派に組み込まれていない商会だからだ」


 ベルツェ侯爵が端的に理由を述べる。

 今回の貿易では魔法使い派ベルツェ侯爵領と教会派クラインセルト伯爵領との間を行き来できる条件を揃えている商会が必要になる。

 教会は魔法を使って製造加工された商品を使いたがらない。信者でそこまでの拘りを持つ者は少ないが、教会の横やりを防ぐためには魔法使い派の商会を避けるべきだ。

 では、教会がバックについている商会はどうか。こちらはベルツェ侯爵領で教会が発言力を持つきっかけとなるので避けるべきだと判断された。


「なるほど、それは我が商会が適任ですな」


 白々しく納得した様子を見せるツェンドは交渉を始めてしまおうと口を開きかけるが、ベルツェ侯爵に先を越されてしまった。


「ソラ殿の提案にはシラカバに耐久性を向上させる処理を施せる事が前提となっている。それは本当に可能なのか?」


 シラカバは耐久性が著しく低い。それを知っているからこそベルツェ侯爵は積極的な利用をしなかった。

 森林火災によって燃え残ったシラカバにベルツェ侯爵は注目したが、耐久性の低さを知っている職人達は見向きもしなかったのだ。


「もちろん、可能です。しかし、方法をここで述べるわけにはいきません。ベルツェ侯爵も納得できないでしょうから、シラカバは俺が個人で買い取りましょう。それを逆輸入していただきたい」


 ソラの自信は自ら買い取るとの言葉から読み取れる。


「ソラ様、少し待ってください」


 そこに食らいついたのはツェンドだ。


「買い取るとの事ですが、クラインセルト家が資金を出すのは難しいのではありませんか?」


 クラインセルト家は教会派の貴族。教会に睨まれる可能性を考慮すれば魔法使い派貴族との貿易における資金の出所として表に出たくはないはずだ。


「俺個人の財産を持って、今ここで先払いします。ラゼット、見せてやれ」


 ソラが振り返りもせずに命じると、ラゼットが寄せ木細工の箱を開け、ベルツェ侯爵とツェンドに見せる。

 中に納められた真珠に彼らは息を飲んだ。

 数はもちろんの事、大きさや形、なによりも多種多様な色を揃えているのは素晴らしいの一語に尽きる。


「この真珠はどうやって手に入れたんですか?」


 恐る恐る、ツェンドが訊く。それにソラが意地悪な笑みを向けた。


「盗んだ物か疑ってるのか?」

「め、滅相もございません」


 ツェンドの慌てようを見てソラは朗らかに笑い、場を和ませた。


「冗談さ。この真珠は部下に命じて揃えさせた、俺の隠し財産だよ」


 ソラはさらりと事実を言っているが、ベルツェ侯爵やツェンドが正確に理解する事はなかった。

 彼らはソラの部下が涙ぐましい努力で真珠を拾い集めたと思っている。まさか養殖したなどとは考えもしない。

 ソラも真珠を養殖出来ることは隠すつもりなので言い回しに気を使ったのだ。


「これで一年間はシラカバを買い取れるでしょう。一年あれば二の足を踏んでいた職人も手を伸ばす」


 この世界のシラカバは大きく、太い。成長も早いので耐久性に目を瞑れば木材としての利用法は多い。職人もそれを知っている。

 最初の一年を乗り切れば利益が出るとソラは読んでいた。

 ベルツェ侯爵は小さく唸ったが、結局は頷きを返した。


「どのみち、利用できなかった木だ。買ってくれるならそれに越したことはない」

「決まりですね」


 ソラは参加者を見回して質問がないのを確認する。


「では、契約を交わしましょう」


 価格の設定などの細かい取り決めをした後で、ソラ、ベルツェ侯爵、ツェンドはそれぞれ契約を結ぶ。

 ベルツェ侯爵領とウッドドーラ商会、ウッドドーラ商会とソラの間で契約が為されるため、四枚の羊皮紙が用意され、それぞれの代表者の名前を書き込む。

 ベルツェ侯爵とソラはそれぞれが関わっている事を隠すため信用のおける使用人に署名させた。ソラ側は当然ラゼットである。

 こうして、三者三様の問題は解決を見た。

 邸宅を辞したソラとツェンドを見送ったベルツェ侯爵は紅茶を片手に机上の紙に相互の関係を図式化した。

 今回の計画を応用する日が来るかもしれない。資料として残しておこうと考えたのだ。書き上げたそれを机の中に納める。


「本当に全員が利益を得るとは」


 今回の交渉でベルツェ侯爵は使い道のないシラカバを輸出できた。手の空いた林業従事者にシラカバの面倒を見させれば雇用を確保できる。いわば、生命線だ。

 ウッドドーラ商会はシラカバというベルツェ侯爵領の生命線を預かる事で侯爵家の庇護を得る。

 契約の上ではベルツェ侯爵領の林業従事者が直接にウッドドーラ商会に卸すことになっている。

 これはベルツェ侯爵が教会派貴族領と貿易する言い訳だ。民間が勝手にやっている経済活動だと白を切るのだ。

 同様に、ウッドドーラ商会はクラインセルト伯爵領の村にシラカバを売る。運搬には川を使うため費用を削減できる。

 クラインセルト伯爵領に売り渡されたシラカバは処理を施された後、川を遡ってベルツェ侯爵領へ逆輸入される。

 処理を施した代金がクラインセルト伯爵領の村に渡される事で財政難が改善される。また、食料品もやり取りするため食糧難も同時に改善される。

 ベルツェ侯爵領に逆輸入されたシラカバは街で加工され、材料が手に入った事により林業都市は存続するだろう。


「まったく、上手く間を縫ったものだ」


 ベルツェ侯爵はソラのやり方に苦笑する。多大な感謝と共に拍手を送りたい気分だった。

 この貿易が続く限り、ベルツェ侯爵領とクラインセルト伯爵領、ウッドドーラ商会の三者は一蓮托生となる。つまり、三者の中に弱った者がいれば助けねばならない。

 そして、いまもっとも弱いのはクラインセルト伯爵領である。

 ベルツェ侯爵もウッドドーラ商会も、いざという時はソラを助けねばならなくなった。

 体よく、守り駒にされたのだ。

 だが、この計画で助かったのも事実。裏切るのは不義理というもの。


「あの少年に貸しを作るのも悪くはない」


 ベルツェ侯爵は久々にのんびりと紅茶を味わった。


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