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第九話  駒揃う。

 ウッドドーラ商会長、ツェンドは会長室で戸惑いを露わに手紙を見つめていた。

 クラインセルト家のメイドが昨晩、彼に渡したものだ。

 早朝の陽光が差し込む部屋は掃除が行き届き、建物が比較的新しい事も相まって清潔感が漂う。

 朝の到来を喜ぶ小鳥のさえずりが商会に響いている。あれを閑古鳥と呼ぶのだろうと皮肉に思いながらツェンドは窓の外を見た。

 商会の前には冬の朝だと言うのに筋肉質な男達がたむろしていた。教会派の手の者だとは分かるが、荒らし回ったりはせずにただそこにいるだけだ。しかし、そこにいるだけで発せられる野蛮な気配が圧力となって客足を遠ざけている。


「今日も今日とて、ご苦労な事だ」

「そう思うならお茶を出してあげなさいな」


 部屋の内から掛けられた女の声にツェンドはゆっくりと振り返る。

 何時の間にか開けられた扉を後ろ手に閉める女がいた。まだ羽振りが良かった頃に買った上等なソファに腰掛けた彼女はにやにやと笑っている。

 彼女は王都に店を構えるにあたりツェンドに資金を提供し、今は運営と実行の能力が極めて高いツェンドの右腕に成り上がった。


「飲ませてしまえばこっちのものよ。多額の請求書を渡してあげなさい」

「ミナンが実行するなら止めんよ」

「嫌よ。まだ死ぬ気はないもの」


 あっけらかんと言い放ち、ミナンはソファにふんぞり返った。

 五年前から変わらない圧倒的な自信が彼女の周りに見えるようだ。

 ウッドドーラ商会が後ろ盾を無くしても未だ細々とやっていけているのはミナンの揺るがない自信に商会の者が励まされるからだ。逆境にあってなお、諦めない往生際の悪さと狡猾とすら言える立ち回りは不快感を抱く者が多いにも関わらず、この商会では不思議とムードメーカーとして君臨していた。

 そんな彼女だが、最近は流石に難しい顔をすることが多くなっていた。


「それで、私を呼んだ理由は何?」


 ミナンが横目でツェンドを睨む。

 彼女は事態の打開を図るために王都近隣の村に赴いて直接交渉している所を早馬で呼び出されたのだ。

 良い知らせでなければ承知しないとばかりに睨むミナンにツェンドは無言で手紙を差し出した。


「昨晩、クラインセルト家からこの手紙が来た」

「……厄介事の匂いが香ってくるわね」


 嫌そうに指先で手紙を摘まみ、封筒の裏を確認してミナンは目を見開いた。


「オガライトの絵……?」


 オガライトが原因で王都に逃げ出す資金が捻出できなかった商会への手紙としてはずいぶんと質の悪いチョイスだ。

 手紙を取り出して読む。どうせ下らない事が書かれているとばかり思っていたが、内容を認識すると同時に一字一句も読み漏らすまいと真剣に文章を読み始める。


「あの脂豚が思いつく内容ではないわ」


 ミナンの感想にツェンドも深く頷いた。

 同じ感想を抱いたからこそ、クラインセルト家でメイドをしていたミナンを急遽呼び出したのだ。


「クラインセルト家にこれを思い付いて、なおかつ実行しようと考える奴がいるのか?」

「いるわ」


 力強く断言したミナンは手紙をひらひらと振る。


「跡継ぎのソラ・クラインセルトよ」

「……冗談は後にしろ」


 ツェンドはまるで取り合わなかった。

 当然だ。手紙に書いてあるのは、真偽が入り交じる情報を取りまとめ取捨選択し、計画の参加者それぞれの立場を考慮した上で全体が利益を得るように調整しつつ、自らが最大の利益と発言力を得なければ成立しないような計画だ。

 人を人として扱いつつ顎で使う、そんなバランス感覚を持ち合わせなければ提案できない代物だった。

 無能の代名詞、脂豚クラインセルト家の跡継ぎがこれを思い付けるわけがない。


「この手紙を届けたのは明るい茶髪の娘でしょう? 名前はラゼット」


 ミナンが見てきたように言う。事実を言い当てられ、ツェンドは唸った。


「ラゼットは私の後輩よ。跡継ぎの側付きをしているはずだし、ほぼ間違いないわね」


 ミナンは手紙を睨みながらソラの姿を思い浮かべる。

 二歳を最後に会ってはいないため、どんな風に成長したかは分からない。両親の顔面を思えば容姿には期待できないが、少なくとも内面はあまり変わっていないらしいと考えつつ、ツェンドに目を向ける。


「この提案に乗るしかないわ。上手くいけば後ろ盾が手に入る」


 これが最後のチャンスだとミナンはツェンドを説得する。

 彼女としてもかつて騙したソラに助けられるのは胸に刺さる物があったが、ここで選択を間違えればウッドドーラ商会は再起不能に陥る。


「腹を括りなさい。この手紙は間違いなく当たりクジなのだから」


 ミナンの説得により、ツェンドはソラの提案に乗る事を決断する。

 彼は計画への参加を表明する手紙をベルツェ侯爵へ宛ててミナンに届けさせた。

 手紙を受け取ったベルツェ侯爵は応接室で紅茶を飲んでいるソラを見た。

 敵対派閥であり位も上のベルツェ侯爵の邸宅に、ソラは朝から居座っている。

 堂々と表門から訪ねてきたかと思えば「遊びましょ」とあどけない顔で言ってのけたソラは応接室に入るなり雰囲気を一変させ、ベルツェ侯爵に計画を持ちかけたのだ。

 馬鹿げた話だ。計画の内容ではなく、これを数日で思い付き実行に移したソラが非常に馬鹿げた存在だ。


「計画に必要な駒は揃いましたね」


 ベルツェ侯爵が持った手紙を見て、ソラは不敵に微笑んだ。

 ベルツェ侯爵はソラの対面に座る。本来座るべき上座を空けてあるのはソラに対する友愛の証だ。


「教会派に君がいるのは我々魔法使い派にとっての驚異だな」


 嘘偽りない本音をベルツェ侯爵は伝えた。それにソラは苦笑する。


「俺は教会派からは離脱するつもりです。お父様は考えを異にしていますが」

「できれば早く離脱して私を安心させて貰いたいものだ」


 ベルツェ侯爵は嘆息混じりにそう言った。


「ウッドドーラ商会の交渉には商会長が自ら出てくるそうだ」


 正直交渉の余地があるとは思えないがな、とベルツェ侯爵は内心で続けた。

 参加者は全員が切羽詰まった事態に苛まれている。

 ベルツェ侯爵は林業と材木加工業が壊滅の危機。

 ウッドドーラ商会は後ろ盾がないため倒産は時間の問題。

 ソラはクラインセルト領の財政危機。

 三者三様の問題を整理し、組み立てた計画。誰かが独自の利益を得ようとすれば必ず計画の骨組みを崩さなければならず、そうなれば計画自体が瓦解する。

 他の二者から睨まれてまで駄々をこねる馬鹿はいない。


「どうやら、揃ったようですよ」


 思考に没していたベルツェ侯爵はソラの声に耳を澄ます。

 廊下を歩く足音、そして、応接室の扉が開かれた。

 姿を表したのはウッドドーラの商会長ツェンドとその右腕ミナンの二人だ。

 ソラはミナンに一瞬だけ鋭い視線を向けたが、すぐに逸らす。

 ──取った駒は活用しないとな。

 ソラは内心でほくそ笑む。

 豚領主が歯ぎしりする様を想像しながら、ソラは口火を切った。


「計画を確認します」


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