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第三話  林業都市の異変

伯爵家が所有する三隻の川船に一行は乗り込んだ。

縦一列となって進む川船の中で一際大きい真ん中の船にソラ達は乗っている。リュリュなどは目が届くところにいなければ護衛隊長などに何をされるか分からないためソラのすぐ傍に控えている。

 ベルツェ侯爵領に入ることもあってか、用意された川船は大型の物だ。作りも立派で貴族らしい見栄が顕れている。

 こんな物に乗って敵対派閥のベルツェ侯爵領に入ったら軍事侵攻と見なされるのではないかとソラは首を傾げるが、呆れられるばかりで取り合ってもくれないと聞いてため息を吐いた。豚親父のクズっぷりは他の貴族にも知れ渡っているらしい。

 船幅は五メートル前後で川幅の十分の一を埋めている。

 波がない川のこと、船の揺れは殆どない。前世でしか船に乗ったことのないソラは船酔いの心配が杞憂に終わった事を喜んだ。


「ミズナラがなくなってきたな」


 川を遡りながら左右の景色を眺めていたソラは植生に微妙な変化を見つけ、上流域までたどり着いたことを知る。

 黒松とミズナラの混合林はいつしか柏の木がミズナラに取って代わった。

 どの木も塩に強い植物ではあるが、柏は沿岸部には生えていない。柏が生えているという事はクラインセルト領の端まで来た証でもあった。


「ラゼット、この辺り出身の護衛兵がいたら連れて来てく……寝てるし」


 船の上にも関わらず夢の世界へ船を漕いでいたラゼットを揺り起こす。

 薄く開いた目を擦りながらラゼットは川岸に視線をやり、まだ動いているのを確認して瞼を閉じた。


「着いたら起こして下さい……。」

「ものぐさメイドめ」


 ソラは諦めて川岸を注意深く見る。


「柏は確か薫製に使えたはず、海辺から魚、ベルツェ侯爵領から豚か何かを輸入すれば薫製品を作れるか……?」


 ソラはまばらに生えている柏を見つめながら呟いた。

 クラインセルト領内に自生している木はたった三種類しかないがそれぞれに特性がある。

 一番多い黒松はヤニが多く、薪には向かない。しかし、塩害には最も強く、クラインセルト領内では松脂を固めて船板に塗り、腐食を防止している。

 次に多いのはミズナラだ。クラインセルト領では沿岸部に自生する木で高い耐塩性を持つ。高さ三十メートルにも成長する大木であり、伐採されても切り株から活発に芽が出てくる萌芽更新が期待できる。

 萌芽更新による芽は切り株から栄養分の供給を受けるため、通常よりも早く成長する。この特性は木材を確保する上でかなり有利な特性だ。

 しかし、ミズナラは薪に向いているとは言いにくい。

 大量の水分を含むため乾燥に時間がかかるのだ。それでもクラインセルト領では薪にするしかないのが頭の痛いところ。

 そして、最後に柏だ。耐塩性は黒松並みにあるものの、クラインセルト領の内陸部でしか育てていない。樹高十メートルほどのため、船材としてまとまった木材が欲しい沿岸部では需要が少ないのだろう。

 ソラとしては領内全域の黒松を柏に取って変えてしまいたいかったが、生態系に影響が出そうなので自ら却下した。


「あぁ、きつめの酒を片手にスモークサーモン食いたいな」


 七歳児がぼやくにしては親父臭い台詞を川面に落とす。

 内陸部には柏で小規模な林業を営む村や町があると聞いた覚えがあるソラは何とか利用出来ないかと知恵を絞っていた。

 そうしている内に昼食の時間となり、船内に入った。

 ソラがお気に入りの料理人という名目で連れてきたコルがいつもと違う船内調理に右往左往しながら作った料理を平らげて、再び外に出る。

 もうすぐベルツェ侯爵領の街に到着する予定なのだ。


「……なんの冗談だ、これは?」


 ソラは川岸に広がる焼け野原を見て茫然と呟いた。

 海水の影響を殆ど受けないベルツェ侯爵領は林業と農業が盛んな土地だ。

 特にクラインセルト領との境界付近は様々な木を有する木材の産地である。

 それがどういう訳か一面の焼け野原となっていた。黒く焼け焦げた木々と綿のように飛び回る灰。本来なら手入れの行き届いた森があったはずのそこは広く開けてしまっている。


「焼き畑農業でもしてるのか?」


 そんな予想も街に着くなり的を外した物だと悟ることになる。

 ベルツェ侯爵領の外れ、林業都市としても名高いこの街の住人は解決の見込みがない大きな問題を前に自暴自棄になっていた。

 港に降りたソラは周囲を護衛に囲まれながら馬車に乗り、街中を宿に向かって進む。

 街の秩序は崩壊しかけているのか、ベルツェ侯爵の抱える騎士団が完全武装で巡回している。騎士団の背には一本の木を杖代わりに掲げる巨人の紋章が描かれていた。


「……ベルツェの巨兵隊、か」


 馬車から騎士の紋章を確認したソラが館の資料で見た知識に照合する。近隣の貴族領と特産、騎士団などは既に覚えていた。


「強いんですか?」


 ラゼットが問うのにソラは頷いた。


「入団基準は身長二メートル以上で魔法が使える事。ベルツェ侯爵が誇る最精鋭部隊だ。あの部隊から二人だせばここにいる護衛を全滅させることすら出来るかもな」


 全滅は大げさだが巨兵隊はベルツェ侯爵領で抜群の人気を誇る部隊であり、王国内でもそこそこの認知度を誇る。

 ベルツェ侯爵は武を誇る家柄ではなく、どちらかと言えば文官肌であることを踏まえれば巨兵隊の強さが謳われるのは実力を裏付けてもいる。


「だが、何でこんな所にいやがる。あいつ等は街の警備に回すには過剰な戦力だろ」


 腕を組んで考えれば思い出されるのは先ほど見た焼け野原。

 詳しく調べたい誘惑に駆られるが、王都を目指しているためそうもいかない。

 貸し切り宿に到着したソラは部屋へ挨拶に顔を出した宿主にここぞとばかり質問を浴びせた。


「火事があったんです」


 宿主は視線を逸らしつつ答えた。視線の先には巨兵隊の騎士が三人、監視するように立っていた。


「それだけのはずがないだろう。街の住人が自暴自棄になっていて、巨兵隊が見回っている時点で何か不味い事があった事はまる分かりだ」

「いいえ、ありません」

「……何を隠してる?」


 目を細めて心の底をのぞき込むようなソラの視線に宿主が硬直する。

 控えていた巨兵隊の騎士が宿主の肩を引いて背後に庇うように立ち、ソラを真っ向から睨み据えた。


「ソラ・クラインセルト様、ベルツェ侯爵の民を詰問なさるおつもりか?」

「王国の民を憂うのは国民として当然だ。また、我が父の領に近い土地の事でもある。何か差し迫った問題があるならば対策を打っておこうと考えるのは当然だ」


 少し威圧すれば萎縮するだろうとソラを侮っていた騎士は、すらすらと建て前を述べられて鼻白む。


「だが、答えられないと言うのならば仕方ない。王都にてベルツェ侯爵に直接お伺いしよう。最後に訊くが宿の主、答えられないのだな?」

「はい……。お答えできません」


 あっさりと引いて見せたソラに騎士が対応できないまま、宿の主から答えを引き出したソラは満足そうに頷く。

 その様子を見た騎士は遅れて言質を取られたことに気が付いた。

 答えられないとはすなわち、何かを隠しているという意味だ。


「ソラ・クラインセルト様、我々はこれで失礼させて頂きます。何か街に用事がある場合は我が隊の者が同行いたします。“ご理解下さい”」

「あぁ、“理解した”よ」


 街にある隠し事に触れられないよう見張りを付けるという申し出が含まれたそれをソラは軽く承諾した。


11月16日修正

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