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第二話  王都への道筋。

 迎えの馬車は高級感はあるものの、乗り心地は最悪だった。

 路面がソラの母の顔と同じくらいに凸凹しているだとか、スプリングがないとか、ゴムタイヤではないからとか、理由は多々ある。しかし、それだけならソラも我慢したし諦めてもいた。


「また、車輪が外れたのか……。」


 右に傾いた車内でソラがため息混じりに言葉を落とした。

 車輪の造りが悪いのか、それとも軸との連結に問題があるのか、兎に角この馬車の車輪はよく外れる。

 馬車がクラインセルト領内で製作された所に領民の恨みを感じるソラだった。


「申し訳ありません!」


 御者を務める若い兵士が頭を下げる。顔は青ざめ、体はガタガタと震えている。

 ソラは馬車の造りに怒りを抱くより先に呆れてしまったので、兵士に同情すら含んだ声をかける。


「お前のせいではない。それに、まだ半日はこの馬車の世話になるんだ。トラブルも愛嬌の内だと思えば楽しいものさ」

「そう言っていただけるのは嬉しいのですが、その……。」


 若い兵士は言葉を濁して視線をそらせた。

 視線の先にいたラゼットが首を傾げる。


「馬車の車輪が割れてしまって……。」


 余りにも馬鹿馬鹿しい故障具合にソラが苦笑いした。


「直せないなら馬に乗っていくしかないな」

「本当に申し訳ありません!」


 馬車を降りたソラは護衛の騎兵が差し伸べた手を断り、ラゼットを乗せるように指示した。


「俺は御者をやっていた奴に乗せてもらうよ」

「若い者に跡継ぎ様を任せるのは……。」

「馬車を駄目にしたと思い悩んでいるようだから、挽回のチャンスをやらないとな」

「……そうですか。部下を気遣っていただいてありがとうございます」


 馬車の車輪を見て暗い顔をしていた若い兵士の背を叩いたソラは辞退しようとする彼に取り合わず馬に乗せてもらった。

 若い兵士の緊張を世間話で取り除くソラを後ろから見て、何人かの兵士が感心する。

 王都のクラインセルト伯爵から派遣された彼等はソラが主君の実子だと思えなかった。親子というには振る舞いがまるで違う。

 護衛隊長も一般兵と同じ思いでいた。不正ばかりしてきた護衛隊長にとって、ソラがこのまま成長するのは好ましい事態とは言えない。

 しかも、数年前に襲った村で最後まで抵抗した漁師と逃げ出した子供二人が馬に乗って付いてきていた。

 ソラによって館で引き合わされた当初は亡霊でも現れたかと驚いたものだ。


「そうちらちら見んなって、恨み辛みは別にないぞ?」


 護衛隊長の視線に気付いたゼズがからかいの色を含めて言う。

 ゼズは馬の手綱を器用に捌いて護衛隊長の隣に並んだ。抱えるようにして同じ馬に乗せているのはリュリュだ。サニアは別の馬に一人で乗っている。

 ゼズもサニアもアルコールランプを運搬する際に馬車を使うため、馬車の扱いに合わせて馬を幾らか乗りこなせるようになっていた。

 盗み見を悟られ、開き直った護衛隊長は堂々とゼズに顔を向けた。馬上の二人は進む先も見ずに睨み合う。


「貴様は跡継ぎ様のなんだ?」

「その台詞は女を取り合ってる時に使うもんだ」


 誰何を飄々と受け流したゼズは怒気を込めて睨む護衛隊長に肩を竦める。

 緊迫し始めた空気に両者の馬が興奮気味にいななき、それにうんざりしたリュリュの声が割って入った。


「ゼズ、馬の歩調が乱れてる」


 耳心地の良いアルトに釣られて護衛隊長が初めてリュリュに注意を向け、息を飲んだ。

 陽光を返す白い肌に赤毛混じりの金髪が輝きを添える、それはそれは美しい娘だったのだ。旅に合わせて動きやすさを優先したのか、サイズが大きい男物の服を身につけているが胸がキツいらしく不機嫌に服を引っ張っている。引っ張られた服の襟から時折のぞく豊かな胸部に護衛隊長は生唾を飲み込んだ。

 その直後、護衛隊長の視線を別の馬に乗った娘が遮断した。

 細身だがしなやかで躍動感のある肢体はリュリュとは違った美しさがある。訓練を受けた騎兵さながらの手綱さばきで無駄無く馬を従わせるその娘は咎めるようなキツい視線で護衛隊長を一睨みしてから、リュリュに声をかけた。


「無防備過ぎるよ」

「サニアか。何の話?」


 サニアがリュリュに顔を近づけ小声で苦言を呈するが、言われた本人はきょとんとした。


「……何で無自覚かなぁ」


 サニアがため息を吐く。

 護衛隊長だけでなく殆どの兵士はリュリュを色欲に濁った目で見ているのだが、当のリュリュは気付きもしない。


「兎に角、ゼズはきちんと馬を歩かせてよ。ウチは勉強してるから」


 前に向き直ったリュリュはソラに館で渡された布を持ち上げて読みふける。

 布には樹木の細胞や組織に関して大量の図が描かれていた。文字が読めないリュリュに配慮した結果である。生物学に興味を示した彼女のためにソラが教科書の代わりに作ったのだ。


「へいへい。気を付けますよ、お嬢様」


 ゼズが軽口を返して馬を進め、ソラのそばに行く。サニアもそれに続き、ソラとラゼットを両側から挟む形に馬を並べた。


「後どれくらいで着くの?」


 サニアがラゼットに訊ねる。


「馬車から騎馬に切り替えたから船着き場への到着は早まるでしょうね」


 覇気のない声で答えたラゼットは盛大に欠伸した。馬車の中では誰の視線もないのを幸いにずっと居眠りをしていたため、まだ眠気が残っている。

 王都への道は馬車と川船を使う。

 クラインセルト領内には無数の川があるが、殆どの川は流れが緩やかで高低差もごく少ない。海水が内陸部へ上がってしまう原因でもあるが、天然の交通路として活用できる利点でもあるのだ。

 ソラ達は川船で上流のベルツェ侯爵領まで遡り、待機させてある馬車や追加の護衛と共に大陸を北上して王都に入る予定である。

 恐らく、明日の昼にはベルツェ侯爵領に入るだろう。


「ベルツェ侯爵様ってクラインセルト伯爵様と仲が悪いんでしょ?」


 不安げに訊ねるサニアにラゼットは困ったように小さく唸った。

 ラゼットが助けを求めて隣を見るとソラと丁度良く目があった。

 仕方がないなとばかりに苦笑したソラが引き継ぐ。


「ベルツェ侯爵との仲は良くない。派閥、簡単に言えば仲間が違うからだ」


 クラインセルト伯爵家は教会派の貴族であり、ベルツェ侯爵家は魔法使い派の貴族だ。

 もっとも、ベルツェ侯爵は派閥が違うからと言って領内で他の貴族を暗殺するほど短絡的ではない。

 暗殺に備えるのに越したことはないのでベルツェ侯爵領に入ってからは護衛が増えるものの、あからさまに警戒する必要はない。むしろ、クラインセルト領内で野盗や反逆者に襲われる確率の方がはるかに高い。


「川船を使うのは安全性を考慮したからだ。船の上なら戦う人数を制限できる上、林の中を行くよりも視界が開けているからな」


 ──まぁ、ベルツェ侯爵が襲わなくともクラインセルト領から逃げ込んだ難民が復讐してくるかもしれないけど。

 あり得そうな未来を想像して、ソラは嘆息した。


12月14日修正

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