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第十四話 ハメ手と提案

「その男を捕まえろ。反逆者だ」


 ソラがそう言って護衛の男に人差し指を突きつける。

 その言葉の内容と子供らしくない振る舞いが場を更に混乱させる。

 演技していないソラを見慣れている警備兵が真っ先に立ち直り、ガイストの護衛を見る。しかし、反逆者扱いされている理由にまでは頭が回っていない。

 それを見越してソラは口を開く。


「俺は魔法を使っていない。二等司教の持っている反応石が光っていない事からも明らかだろう。その男はクラインセルト家跡継ぎである俺に魔法使いだと濡れ衣を着せて“神の名の下に処刑する”つもりだ。手勢も引き連れて館の周りを囲んでもいる。動かぬ証拠だ」


 ソラの指摘こそ濡れ衣である。しかし、状況証拠はソラの論を裏付けてもいた。

 警備兵は顔を見合わせて頷き合うと素早く護衛の男を取り押さえた。

 抵抗しかけたガイストの護衛は他ならぬ雇い主に制止された。領主軍を相手に騒動を起こせばそれこそ反逆者になってしまう。

 混乱した頭でもガイストは冷静に対処したのだ。

 その対応にソラも感心するが表情には出さない。


「跡継ぎ様、我々は反逆など企ててはおりません」


 ガイストがソラに目線を合わせ、取り繕った笑顔で弁解する。なけなしのプライドで余裕があるように見せているが内心は混乱していて収拾がつかない。


「我々はそこにいるメイドを追っていただけなのですから」


 ガイストがラゼットを手で示し無実を訴える。

 しかし、ソラは眉ひとつ動かさない。


「そうだろうとも、領主軍を真っ正面から相手には出来ないから人質に選んだんだろ? 跡継ぎの側付きなら俺が駄々をこねて領主軍を押し止め、積極的な攻勢には出れないものな」


 ガイストが目を剥く。

 ラゼットを追いかけていた事実を逆手に取られたのだ。


「残念だったな。捕まえられなくて」


 ソラがにっこりと微笑んだ。

 それは圧倒的な余裕。勝者の笑みだ。

 踊らされていたのだとガイストはようやく気が付く。最早、外堀は埋められ弁明の余地がない事も分かってしまった。


「……何時から」


 何時から計画されていたのか、あのガラス瓶は何か、本当に魔法を使っていないのか。ガイストは脳裏をよぎるあらゆる疑問から首謀者を探す。

 ──そう、自分を罠にはめたのは誰か。


「ラゼットさん、あなたがこれを?」


 恨みを込めた視線でガイストがラゼットを睨む。

 ラゼットは肩を竦めてソラを見た。ソラは一瞬だけ苦笑したがすぐにそれを打ち消し、ガイストに声をかける。


「ガイスト、二等司教と名乗るからには教会の者だな?」


 ソラの問いかけに何か罠があるのではないかとの懸念がガイストの頭を占拠する。

 跡継ぎはラゼットに何かを吹き込まれ操られているのだろう、慎重に考えを巡らせた彼はとりあえず事実のみを答えることにした。


「その通りです」

「そうか。ではそこで捕まっている教会信者の反逆者について、引き渡しをガイストに要求しよう」


 ガイストの思考に空白が生まれた。

 要求の真の意味に考えが及んだ刹那、背筋を酷く冷たい汗が流れ落ちた。

 教会の要職にある者として絶対に呑めない要求。それは信者を見殺しにすること。

 反逆は重罪であり、必ず極刑が言い渡される。今、捕まっている護衛を引き渡せば必ず死罪となる。

 だが、ガイストは護衛の命を重んじているわけではない。見捨てて引き渡すのも彼の選択肢にはあった。

 その選択肢を選べないのはガイストが護衛を見殺しにした事が知れ渡れば信者に後ろ指を指され、積み上げてきた実績は砂の城より脆くなるからだ。

 そして、ここには彼自身が動かせる限りの信者が揃っている。

 ガイストの心情的にも教義に背きたくはない。

 かといって、護衛を引き渡さない訳にもいかない。拒んだことを理由に反逆者の仲間として扱われ芋づる式にガイストはもちろん、ラゼット達を追いかけた全員が捕まる。しかし、護衛を引き渡せばガイストやシャリナ達はまだ言い訳が出来る。

 どちらの選択を取るのか。

 ぐるぐると回転する思考の中でガイストの心臓が早鐘を打つ。体中を巡る血が酷使される脳へと集う。

 何か方法があったはずだ。信者が有罪として裁かれる場合の対処法を記憶の中から引っ張り出す。

 その対処法を思い出した時、ガイストは自らの負けを悟った。

 信者が極刑に処される場合に教会が取る方法、それは破門である。

 破門されれば信者ではなくなるからだ。

 王都近郊ならば教主が直接、離れている場合は各教会の一等司祭以上の全合意が必要となる。

 だが、今回はガイストの敵に回る者が確実に出てくる。ガイストを排除し、オガライトの売買に首を突っ込もうとする者が必ずいる。

 利権とは、一種の麻薬なのだから。

 完全に身動きが取れなくなったガイストにソラは壊れた玩具でも見るような視線を向け続ける。


「引き渡せ、今すぐに」


 鋭利な口調は冷ややかで、一切の温情を含まない。

 ソラがガラス瓶で起こした小火を聞きつけた警備兵が集まり始め、抵抗も逃走も叶わないだろう。

 ガイストは俯き、絶望の縁に片足をかけたまま思考を停止させた。


「ソラ様、少しよろしいでしょうか?」


 不意に、女の声が場に響いた。

 声の主がラゼットだと気付いたガイストはまだ追い詰めるのかと怒りすら覚える。


「なんだ?」


 ソラが短く返す。


「こちらの方々は二等司教様を慕って集まったのだと思います。その人徳に免じて恩赦を与えられてはいかがでしょう?」


 ラゼットの言葉に困惑したのはガイストだ。

 何故なら、ラゼットの提案はガイストへの助け船に相違なく、今さっきまで敵対していた相手に出すからには船底に穴が開いていてもおかしくない。

 何が狙いなのか、ガイストはそれが分からない。


「反逆者の引き渡しを見合わせて人徳ある二等司教様に更正させましょう」

「反逆者だぞ? 更正の余地があるとは思えないな」

「もし再度の反逆、例えばソラ様の友人が危害をくわえられる等があった場合にはガイスト様も責任を負うというのは如何でしょうか?」


 ラゼットの提案をソラはしばらく吟味するような素振りを見せる。

 実はこの提案は予め決められていた作戦である。

 二等司教を失脚させた首謀者としてソラやラゼットの名前が挙がると後々厄介だと判断し、芝居を打っているのだ。


「ガイスト、ラゼットの提案を呑むか?」


 ソラが問いかける。

 自分の出世に響くこのやり取りをガイストは胸にしまうだろう。

 子供達に危害をくわえても反逆と見なされる上に危害に当たる行為を明示していないのはソラの了解がなければ今後一切の関係を持つなと言う意味でもある。

 ガイストは内容を吟味する。この提案を蹴った場合、彼は社会的、あるいは身体的に死亡する。

 首を縦に振る以外、彼に選択肢は残されていなかった。


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