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第十三話 入玉と逆襲の一撃

 派手にやりすぎたかもしれない。

 領主館の周りに集まる人影を路地の角から確認してラゼットは視線を泳がせた。

 ソラとの合流地点は裏門である。表門は基本的に貴族や高位の聖職者しか使えないので当然だ。

 問題はガイストもそれを知っていて裏門に手駒を集めている事だ。


「何人居る?」


 リュリュがサニアに訊ねる。頭の布を取り払って獣耳をさらけ出し、周囲を探っていたサニアは裏門を指す。


「門の正面に五人、脇道に三人、ここに向かって来てるのは十三人……くらい?」

「ウチに聞かれても」


 首を傾げたサニアにリュリュが苦笑する。

 余裕のある二人を見つつラゼットは裏門に滑り込む方法を考えていた。

 火炎瓶はまだ一本だけ残っている。

 裏門前で破裂させれば警備を担当している領主軍に捕まる可能性はあるが、ラゼットはソラの側付きになったその経緯から事情を聞かれる程度で済むだろう。

 しかし、子供達とコルはそうもいかない。


「警備兵の三人が厄介ね。コル、あの人達をちょっと殴ってくる気ない?」

「ありませんよ! 僕にばかり貧乏くじを引かせないで下さい!」


 領主館の警備兵を殴れば反逆者扱いされてもおかしくない。領主軍は喜々として捕縛し奴隷商に売り払うだろう。

 コルでなくとも全力で断る提案だ。ラゼットも冗談だったので期待はしていない。

 その時、サニアがふいに裏門とは逆の方向を見た。


「シャリナとガイストの声が近付いてくる」


 ラゼットがにっこりと笑った。その笑顔は悪巧みを思いついたソラとそっくりだ。


「ようやく来たのね。ソラ様の作戦通り」


 絶対に碌でもない作戦だと直感したコルは面識のない二等司教に同情する。

 ガラス瓶を取り出したラゼットはそれに火をつける。

 道の向こうにガイスト達が姿を現した。シャリナの他に傭兵のように屈強な男が二人いる。

 ガイストが護衛として連れている教会の信者だ。そこらの大人相手なら五人がかりでも返り討ちに遭うだろう。

 裏門を張っていたガイストの手駒も雇い主に気付いて軽く頭を下げる。

 ──それが一瞬の隙だった。


「走って!」


 ラゼットが口に出した瞬間、サニアとリュリュが道に飛び出し裏門へと走る。そのすぐ後ろにラゼットが続き、反応が遅れたコルが半ば足をもつれさせながら追いかける。

 路地から現れたのがラゼット達だと分かったガイストがすぐに裏門前の手駒に命令する。


「どちらか一人でも良い! その子供を捕まえろッ!」


 ラゼットはガラス瓶をガイストへ向けて放り投げて足止めに使い、サニアとリュリュを狙う男達に向き直る。

 獣人の優れた運動能力を遺憾なく発揮したサニアはその身体の小ささも生かして男達の手をかいくぐったが、リュリュは道を塞がれてつい足を止める。

 男がリュリュに手を伸ばす。その指先がリュリュに触れる間近にラゼットは男を横合いから蹴り飛ばし、ついでに火打ち石を顔面に投げつける。

 とっさに両腕で顔を庇う男の横をリュリュがすり抜けた。遅れていたコルが捕まりかけたががむしゃらに振った腕が相手のこめかみに当たり、事なきを得た。

 裏門へと続く道を四人は走る。

 警備兵が目の前の展開に困惑の表情を浮かべるが、館に向かって走る正体不明の子供を通すわけにも行かず、裏門の前に仁王立つ。


「止まれッ!」


 槍を突き出し命令する警備兵に先頭を走っていたサニアが怯み、速度を落とす。


「──俺の友人だ。入れろ」


 背中からかけられた声に困惑を深めて振り返った警備兵の目に幼い男の子が映り込む。


「ソラ様!?」

「さっさと槍をどけろ。聞こえないのか、このトンマ」


 腕を水平に振り抜き苛立ちを表しながらソラが命令する。

 警備兵は困惑を通り越して混乱しながら渋々槍の穂先を上に向けた。


「うん、それでいいんだ。いつも警備ご苦労様」


 ソラの言葉に皮肉を疑う警備兵だが、屈託のない笑顔を浮かべるソラの演技を見抜けず、結局は言葉通りに受け取った。


「サニア、リュリュ良く来たな。ラゼットとコルもお帰り」


 警備兵から視線を移し、次々と裏門をくぐり抜けた彼女たちへと声をかける。

 全力疾走の影響で裏庭に膝を突く四人は肩で息をしている。

 その様子を見て危険はないと判断した警備兵の三人は裏門へと続く道に向き直り、槍を構えた。その先にはガイストとシャリナ、そして手駒の男達が二十五人、総勢二十七人がいた。

 人数差を意識した警備兵の一人がゴクリと喉を鳴らし、詰め所に応援を呼びに行くのをガイストが止めた。


「お騒がせしてすみません。私は教会にて二等司教を勤めているガイストです」


 証拠に反応石を目元の高さに持ち上げる。二等司教と聞いて警備兵はあからさまにホッとした。

 ガイストはその様子に「お互い大変ですね」と共感する風を装い緊張を解く。


「私のことよりも、そこのメイドを捕らえて下さい」

「メイド……ラゼットの事か?」


 ガイストの刺すような視線が向く先を追いかけた警備兵が訊く。

 ガイストは深刻な顔で頷き、さもいま気が付いたようにソラを見て驚愕を顔に表す。


「跡継ぎ様! 今すぐにその女から離れて下さい!!」


 慌てた様子のガイストに警備兵が顔を見合わせる。

 ソラは交互にガイストとラゼットを見て小首を傾げた。


「何故?」

「その女は火炎を起こす危険な魔法使いです。捕らえて神の名の下に処刑せねばなりません」


 遅ればせながら事態の深刻さに理解が及んだ警備兵が青い顔でラゼットを見る。槍を握る手には力が込められた。危険人物を敷地に入れたとなれば何らかの罰が与えられる。

 跡継ぎであるソラが怪我を負う前に事態を収めて隠蔽せねば自らの身が危ない。

 そんな警備兵の思考を読み取ったガイストは勝ちを確信した。後は警備兵と交渉し、この件を他言しない代わりにラゼットと子供の身柄を預かれば良い。

 ガイストが欲しているのはラゼットだ。オガライトを生み出した彼女の次の発明品を独占利用し、更なる利益を得ようという企みだった。


「火炎を起こしたから殺すのか?」


 そらっとぼけてソラが更に問う。

 ガイストはあくまでも焦っている演技を崩さない。


「そうです。さぁ、早くこちらに」


 迎入れるように両手を広げたガイストにソラは不思議そうな顔をして見せた。


「火炎とやらはこれの事か?」


 どこからともなくガラス瓶を取り出したソラは手早く火を灯す。

 ガイストが状況を把握するよりも早く、ソラが裏庭へと投げたガラス瓶は破裂した。

 炎が広がり、風に揺れるのを見届けてソラはゆっくりとガイストに向き直る。

 跡継ぎが魔法を使ったと思い込んだ教会側が口を半開きにして驚く中、ソラはガイストを凍てつく視線で見つめた。

 三歳の幼児が放り投げたガラス瓶が炎を撒き散らす。

 目の前で起こった事実を理解するのにはかなりの時間を必要とした。


「跡継ぎが魔法使い……。」


 ガイストの護衛が困惑と共に思わず口に出した呟きにソラがほんの一瞬だけ嘲った。


「その男を捕まえろ。反逆者だ」


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