第十話 逃亡そして合流
夜闇の中、月明かりを頼りに森を行くのは危険だとリュリュが判断し、サニアと二人で大きなミズナラの根元に腰掛けた。
村を追われて三日。
初めの内は領主軍の影に怯えて慎重に移動していたが、どうやら追っ手を撒いたらしいと分かり、適度に休憩を取っている。
十三歳のリュリュと六歳のサニアの体力がほとんど変わらないのはサニアが獣人だからだろう。
それでも精神年齢には差があるらしく、サニアは道中の暇を持て余している。リュリュは方向を見失わないように気を付けつつサニアの相手をしてやらねばならなかった。
焚き火をおこして道中に拾った小枝を放り込む。追われているとはいえ、野生動物に襲われる可能性の方が高いと思ったのだ。
太ももに何かが落ちた軽い衝撃に視線を向けるとサニアがリュリュの太ももを枕に寝息を立てていた。
「またウチが見張りか……。」
愚痴っぽく呟く。
村を出てからの三日間ろくに睡眠も取れず、少し機嫌が悪い。自分が寝ている間にサニアが何かをしでかさないか心配で浅い眠りを繰り返しているのだ。
眠たい目を擦りつつ、近くにあった大きめの葉を一枚ちぎる。手のひら大の緑の葉に爪で痕をつけていき、魚の絵を描き上げた。
焚き火に透かして完成度を自ら評価する。
「尾が下手」
駄目押しすると焚き火に投下した。
なかなか上達しないものだと思いながら、また葉をちぎる。
手を動かしていないと眠気に負けてしまうのだから、多少は趣味が入っても許されるだろう。
「明日には街に着くかな」
欠伸混じりの言葉を落としてリュリュは考える。
シャリナ達が教会の味方をしている以上、本来の合流地点である街外れの猟師小屋には見張りが配置されているとリュリュは予想していた。
じかに領主館へ行ってソラに保護してもらうことも考えたが、門番に止められて会えない可能性が極めて高い。
何もかもを捨てて逃げる手もある。だが、他の貴族が治める領地との境は領主軍が頻繁に見回りをしているため、策も無しに他領へ逃げ出すのは無謀だと子供でも分かった。
つまり、猟師小屋に行く他に当てはないのだ。
そうなれば如何にして猟師小屋で助けを待つかが問題になる。
「見捨てられた時のことも考えないと……。」
ソラの味方だと啖呵を切った手前、サニアにも話していないが、リュリュは本当に助けがあるのか不安を感じていた。逃亡中の不安と重なり無視できないほどに大きくなったそれに押し潰されそうになりながら、ここまで足を運んだのだ。
オガライトの製法が知られた現時点で子供達を切り捨ててもソラに損があるとは思えない。
実際にはソラが子供達を保護するべく準備しているのだが、リュリュにそれを知る術はない。
先に猟師小屋での行動を考えるべきだと無理やり割り切って、リュリュは猟師小屋近辺の風景を思い出す。
草はほとんどない。ヤニが出るので薪に向かない黒松が生えているばかりで姿を隠す場所もほとんどない。
一見、不利な地形だが、今のリュリュ達には有利な点もある。
張り込みされていても発見しやすいのだ。サニアの耳もあるので敵を発見するのはなおさら容易になる。同様に助けに来た仲間を発見するのも難しくない。
合流だけを目的にするなら都合が良い場所である。
不利なのは、逆に発見されやすい事と逃げ切るのが難しい事だろう。
特に、相手の数が多ければ多いほど回り込まれ、囲まれやすくなる。
人影に注意しながら近付く必要がある。
明日に備えて眠りたいと思いつつも我慢している内に夜が明けた。
「ふぁ……。良く寝た」
サニアが起き出して背筋を伸ばす。リュリュの羨望の眼差しに気付いた様子はない。
幼いのだから仕方ない。そう自らに言い聞かせてリュリュはサニアを促し立ち上がった。
「行こう。今日中に合流しないといけないから」
そうしないと眠気に負けて倒れ込みそうだ。睡眠不足でくらくらする頭を押さえて歩き出したリュリュにサニアも続いた。
昼頃になって猟師小屋の付近に着いた二人は小屋の周りを二周してから近付いた。小屋の周囲に張り込んでいる者は居ないが、小屋の中にいる可能性を考慮して様子を伺う。
「大丈夫。息遣いも聞こえないよ」
サニアの報告にリュリュはほっと胸をなで下ろす。しかし、疑問も湧いた。
「ウチ達を捕まえる気がない……?」
首を傾げても仕方がない。
誰かが近付いてきたら教えるようサニアに頼んでリュリュは猟師小屋に入る。
武器があれば良し。無くても追っ手の足止めに使える物があれば御の字だろう。
古びた猟師小屋からは使える物があらかた持ち出された後のようだ。せいぜいが壁の一部だった土の塊くらいしかない。
諦めて外に出たのとサニアが足音を聞きつけたのは同時だった。
「ラゼット姉の足音ともう一人、多分大人」
「一緒に歩いてる?」
「うん。それと、その後ろからもう一人。多分、隠れながらラゼット姉の後を付けてる」
追っ手と判断するには十分だ。
ラゼットと行動を共にしている者が仲間かは分からず、リュリュは判断に困った。ラゼットが捕まり、脅されている可能性もあるのだ。
「分からないなら、とりあえず殴っちゃえば?」
サニアがさらりと物騒な台詞を口にする。
一瞬、あまりに乱暴な解決法に思考が停止したリュリュだが存外、有効な手段だと感じた。
「仲間だったら謝ればきっと許してくれるよ」
それが決め手だった。
リュリュとサニアは猟師小屋の屋根に登る。頭上から奇襲をかければ大人一人くらいは倒せるだろう。ラゼットを後ろから付けている方は解放したラゼットと三人掛かりでやればいい。
リュリュは極端な睡眠不足で思考が鈍っているのに気が付かず、また、不眠不休の道中でストレスを溜め込んでもいた。
ラゼット達がやって来る。辺りを注意深く観察するラゼット達は中を確かめるべく小屋に近付いた。
「いまだッ!」
サニアの合図で飛びかかる。
ラゼットにかすらせもせず正確に隣に立つ男の両肩を二人で殴り飛ばした。
子供の力とはいえ屋根から飛び降りながらの一撃には十分過ぎる体重が乗っていたようで、殴り飛ばされた男は文字通り地面へ叩きつけられた。
「よしッ!」
「完璧」
リュリュとサニアがハイタッチを交わす傍らでラゼットは頭痛を押さえるように額へ手を当てた。
「盛り上がってるみたいだけど、紹介する。あなた達が殴ったのはコルっていうソラ様の味方よ」
コルに手を差し伸べながらラゼットが紹介する。
コルは潤んだ目で地面を見て湿っぽい声を出した。
「何でこんな目に……。」