第十四話 よく効くクスリ
「何という事だろう。和解を申し出たのに王家は条件を飲んでくれなかった!」
演技がかった口調でわざとらしく嘆いて見せ、ソラは鼻で笑う。
片手に持った手紙には王太子の署名が入っている。内容は先日ソラが送った獣人との結婚を認めてもらいたいという和解の条件に対する返答だ。
手紙には和解に応じるつもりはあるものの条件を見直してほしい旨が書いてあった。
しかし、ソラは和解の条件を見直すつもりなどない。結婚の認可は絶対条件だ。
「最初から和解するつもりなんてなかったくせに、どの口が言うんですか」
オルスク群島から届いた経理書類をまとめていたラゼットが呆れたように呟く。
ソラは外した仮面の目の部分に指を突っ込んでくるくるとまわしながら、唇で弧を描いた。
「教育と仕返しは別だろう。理解する知識が身に付いた以上、あとは体に教え込んでやるんだ。習うより慣れろってな」
もっともらしい事を言っているようで、その実ただの報復と嫌がらせである。
だが、ソラが本気で報復に動いている以上、被害を受けるべきは王太子だけではない。
ソラは机の上に置いてある別の手紙を横目に見る。
「メロヴイン伯爵はもちろん、東部貴族は王都にこもったままか……分かりやすくて助かる」
王国全土で発生している獣人の移動は王都よりも東部の方が活発だった。
新ジユズ国の工作活動の影響もあり、東部の獣人は肩身の狭い思いをしている。
そこにソラが獣人の配下を守るために王都を出て行ったという話が届き、獣人達は安心できる生活の場を求めてソラ伯爵領へ移動を始めていた。
獣人達の動きは活発だったが、東部の貴族たちにとって新ジユズ国に踊らされた獣人は邪魔者扱いだ。出ていくのならそれに越したことはないとさえ考えているらしく、東部貴族は獣人の動きを気にせず今も王都で宮廷政治に明け暮れている。
ラゼットがソラの視線を追って手紙に目を止め、呆れのため息を吐く。
「メーティエ様から王都の様子を知らせる手紙を送ってもらうなんて、どう立ち回ったんですか。恋文を偽装して騙したりしたのに」
「俺は仲人だから、水に流してくれたんだ」
ソラはクロスポートの大樹館に居ながら、王都の情報をメーティエから絶えず入手していた。恋する殿方の味方、というメーティエの自己紹介に嘘はなかったらしい。
「メーティエ様が根に持っていないならそれでいいですけど」
ラゼットがまとめ終えた経理書類に目を通して、難しい顔をする。
「ずいぶん派手に買い付けてますけど、利益は出るんですか?」
「ぼろ儲けだ。金も関心も人も大量に手に入る」
ソラはラゼットから経理書類を受け取って、笑いをかみ殺した。
その時、コンコンと扉が叩かれる。
「ソラ様、シャリナ達に例の品の生産方法を教えてきたよ」
そう言って入ってきたのはリュリュだ。後ろにはサニアもいる。
ソラは会心の笑みを浮かべて二人を迎え入れた。
「シャリナ達はやはりオルスク群島で生産する事に決めたか?」
「農作業もあるからね。それに、オルスク群島の方が生産方法の秘匿にはちょうどいい」
リュリュが報告書をソラに手渡して、ソファに腰を下ろす。
報告書には生産方法が事細かく書かれており、同様の作業指示書をシャリナに手渡したと書かれている。
麻織物を強く叩いて伸ばし表面を滑らかにした物を、石鹸を作った後の残り液からの分留物と硫酸を混合した物に浸し、その後、付着した硫酸を中和する。
指示書の手順こそ簡単に書かれているが、実際に行うとなるとかなりの労力とそれなりの費用がかかる。特に原料の麻織物の購入費用と、使用後の硫酸混合液が厄介だ。
だが、厄介だからこそ、この商品を作成できる者は領主相当の地位を持っている者に限られる。
他の貴族家では製法を突き止める事すら困難で、よしんば突き止めても廃液の処理方法を知らずに垂れ流せば環境問題一直線で自爆する。
無論、ソラ伯爵領内でこの商品はソラ伯爵家の専売品となる。ソラ伯爵領内で同じ商品を製造する者がいなければ、ソラは環境問題に悩まされることはない。
「硫酸廃液の回収は徹底するように、シャリナ達へ改めて念を押してくれ」
「了解。ガイストが目を光らせているから大丈夫だとは思うけど」
オルスク群島とクロスポートの料理屋を行き来するガイストを思い出し、ソラは眉を寄せる。
「あいつ働きすぎだろ。少しは村の連中にも仕事を回すように言っておけ」
ガイストはオガライト村を潰した良心の呵責から無理をしているのだろう。
働きすぎて体を壊しては元も子もない、とソラはラゼットを見る。
「ゼズにガイストと話をさせろ。村が潰された時に大人だった者同士だから、ガイストも話しやすいだろう」
「分かりました」
ゼズを呼んできます、とラゼットが部屋を出ていく。
ソラは報告書に一通り目を通し終えて首をかしげた。
「シャリナ達が作った試作品はどうした?」
ソラがリュリュと作った試作品もあるにはあったが、実験室で作った物と量産品では品質が異なる。
持ってくるように頼んだはずだが、とソラが首をかしげると、リュリュの隣に座っていたサニアがばつの悪そうな顔をした。
「ソラ様の分だって言ったんだけど、使われちゃって……。とりあえず、本人たちに言わせれば使用感は悪くないって話だったよ。切れ端だけ何とか死守したけど」
サニアが困った顔でポケットから問題の商品を取り出す。切れ端というだけあって、手のひらサイズだった。
ソラは苦笑してサニアから品を受け取り、検分する。
品質に問題はないようだ。
「もう少し透明度が欲しかったが、膨張具合の見極め技術でどこまでいけるかな」
窓から差し込む太陽の光にすかして商品の透過度を確かめ、ソラは及第点を出す。
「フリーダたちから不満が出なかったなら、問題はないな」
「不満どころか、師匠たちみんな小躍りしてたよ。この商品がある限り一生クロスポートで生活するって」
サニアが困ったように笑いながら報告する。
ソラはリュリュと実験室で作った試作品を持って行った時のフリーダの反応を思い出す。
胡散臭そうにソラが渡した商品の使い方を聞き、物は試しと使った後の反応は劇的だった。
鳥の雛のようにもっと欲しい、もっと欲しい、とせがむ姿は、見様によっては中毒患者のそれだった。
「騒がしい奴らが増えたな」
ぼやきつつも、商品の有用性を再確認したソラは笑って指示を出す。
「最初の標的はメロヴイン伯爵領だ」
ソラが最も報復したい相手は王太子などではない。
サニアに火付けの濡れ衣を着せようとした魔法使い派メロヴイン伯爵一派、および東部貴族だ。
ソラの笑みが酷薄な色を帯び、この場にいないメロヴイン伯爵への刑を言い渡す。
「戦争なんてできなくしちまえ」




