第十一話 帰路と寄り道
ベルツェ侯爵領で待っていたゼズと合流したソラは、なぜか一緒についてきたフリーダを含む魔窟の魔法使い六人を見る。
「これサニアが作ったの? 凄い凄い!」
「正確には私とリュリュが設計したんだけどね」
子供のようにはしゃぐフリーダにサニアが紹介しているのは、ソラ伯爵領が誇る新型船だ。
外輪と呼ばれる水車が左右に付いており、回転させる事で前に進む。風任せや手漕ぎとはまったく速力が異なる、文句なしに王国最速の船である。
無論、新型船にまつわる情報は極秘事項であるため、サニアの師匠であるフリーダといえど内部を見る事は出来ない。
舵を取るゼズが船を動かし始めると、フリーダたち魔窟の魔法使いが歓声を上げる。
直後に動かすための魔法陣について意見を交わし始めるあたり、根っからの研究者だ。
フリーダたちの相手はサニアに任せておくのが良いだろう。気心が知れているという事もあるが、サニアの気分転換になる。
ソラは操舵室に入り、用意されている椅子に腰を下ろす。
「ゼズ、まっすぐクロスポートに向かえ。ベルツェ侯爵領の領民に示威行為と取られたくないからな」
新型船は王国最速の船であると同時に最大級の船でもある。普段は燻製木材の運搬に使用しているためベルツェ侯爵領の領民も見慣れているが、情勢不安の今は刺激が強すぎた。
「了解。ったく、予定より早く帰って来たからラゼットとベルツェ侯爵領を少し観光できるかと思ったんだが、とんぼ返りとはなぁ」
「そうぼやくな。一家三人で船旅ってのも悪くないだろ」
「そうだけどよ」
なおも不満そうなゼズに苦笑して、ソラはふと思い出す。
「そういえば、さっきローゼがフリーダたちに自慢してたな。このおっきな船を動かしてるのは私のお父さんなんだよってさ」
「本当か、おい。適当言ってないだろうな」
ソラを疑う言葉を並べるゼズの口はにやけている。
途端に上機嫌になったゼズに苦笑を深めて、ソラは甲板を見た。
フリーダたち魔法使いと王都の屋敷で働いていた使用人たち、操舵室にいるゼズを除く家臣団も勢ぞろいしている。サロンとローゼはラゼットが面倒を見ていた。
「ソラ様よ。結局、これからどうするんだ?」
「どうするって、何が?」
ソラが問い返すと、ゼズは頭を掻いて考えをまとめ、口を開く。
「戦争が起こらないにしたって、緊張状態をずっと続けるわけにもいかないだろ?」
「なんだ、そんな事か。放っておけば教会派は折れるだろう」
確信がありそうなソラの言葉に問いを重ねようとしたゼズが、甲板を見てため息を吐いた。
甲板でフリーダたち魔法使いが六人揃って魔法陣を書き散らしていた。
新型船は河を行く船だけあって揺れが少ないが、それでも緻密な魔法陣を描くのは難しい。
それでもフリーダたちは研究対象を前にして我慢できないらしく、魔法陣を描いては何度も失敗し、ようやく描き切るとあぁでもないこうでもないと意見をぶつけ合っている。
ゼズが救いを求めるような目でソラを見る。お気に入りの新型船、それも娘に操舵する姿を自慢されているこの船を汚す魔法使いどもを止めてくれ、と顔に書いてあった。
サニアの注意を聞き流しているのか、フリーダたちの暴走は止まる様子がない。
「分かったよ。注意してくる」
ソラは座ったばかりの椅子から腰を上げ、操舵室を出た。
ローゼがせっせとフリーダたちが書き散らした紙を拾い集めている。
ソラを見つけると、ローゼはにっこり笑ってフリーダたちを指差した。
「あんな大人にならないよ」
「いい子だ、ローゼ」
清々しい顔で毒を吐いたローゼの頭を撫でると、ラゼットが飛んできた。
「ソラ様、褒めるところじゃありません!」
笑いながら、ソラはローゼが集めた紙を受け取る。
羊皮紙に描かれた魔法陣の技術力を見ようと考えての事だったが、ソラは一瞥して眉を寄せる。
さすがに王都の魔窟を根城にしていただけあって、王国の最先端と言える知識が総動員された魔法陣だ。ソラから数学を叩きこまれたサニアの方が技術的には上だろうが、新型船を動かす動力として考察されている魔法陣の選定は悪くない。
もっとも、使用している魔法を特定したところで、いまの王国の魔法技術では魔法陣が大きくなりすぎてソラの新型船を再現する事は不可能だ。
ソラは紙束を丸めて議論に没頭しているフリーダたちに歩み寄る。
「お前ら、河に叩き落されたくなければ散らかすな」
丸めた紙束で軽く頭を叩いて回り、ソラは注意する。
フリーダたちが「はいはい」と言いながら面倒くさそうに紙を片付け始める。
ソラは放り捨てられていた紙を拾い上げた。
「そもそも、この程度の失敗ならパンで消してもう一度使えるだろ」
「単純な魔法陣ならそれでもいいんだけどさ。パンで消した後の紙が汚いと魔法の発動にも支障が出かねないから普通やらないね」
フリーダの答えに納得して、ソラは失敗作の魔法陣を見比べる。
魔法陣を構成する図形が少しずつ変更されている。大まかに全く同じ魔法陣だが、いちいち作図し直していた。
「書き写せばいいだけだろうに」
なぜ煩雑な作図工程を挟む必要があるのか、ソラは首をかしげる。
しかし、魔法陣は正確な作図が求められる。それぞれの角度が異なる多角形などを数度の誤差もなく書き写すのは困難だ。
面倒に見えても作図し直した方が早いのだろう。
「あ、これ三等分できないやつだ」
「ざまあないな。あ、ワシもだ」
片付けを終えたフリーダたちがまた作図を始めているのを横目に見つつ、ソラは手すりに体を預けて船首が作る波を観察しているリュリュに声を掛ける。
「リュリュ、大樹館に硫酸は残ってるか?」
「簡単な実験に使う分はあるよ」
「帰ったら実験するぞ」
リュリュがにんまりと笑みを浮かべ、手すりから離れてソラに駆け寄ってくる。
実験の概要だけでも聞きたかったのだろうが、ソラはフリーダたちを指差す。
ソラの考えが伝わったのか、リュリュは肩を落とした。
「製法が知られるとダメな物だから大樹館に着くまでお預け?」
「そういうことだ」
ソラは肩を落としているリュリュを放っておいて、ゼズがいる操舵室へ戻る。
甲板を散らかしていたフリーダたちが大人しくなってほっとしている様子のゼズに、ソラは林業都市への停船を命じた。
ソラ伯爵領との領境にほど近い場所にある林業都市は、一時は火事場盗賊団の襲撃により周囲の森が焼き払われて危機に陥っていたが、今では森の再生が進んでいる。
なにより、都市として重要な商品だった木材が焼き払われたために空になった倉庫を利用して、ソラ伯爵領との貿易拠点として活動したことでベルツェ侯爵領各地から様々な品が集まる貿易中継地ともなっていた。
先ほどまでまっすぐクロスポートに帰ると言っていたソラが寄り道を指示したことに、ゼズが首をかしげる。
「またぞろ、おかしなことを始めるのか?」
「ちょっと布を買い付けるだけさ」
単なる買い物だよ、と肩を竦めるソラの口元にはうっすらと冷笑が浮かんでいた。




