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第六話  演者が二人、笑う空間。

「ラゼットが男連れ込んでるッ!」


 場違いに響く子供の声に耳を疑ったガイストはその内容の酷さに思わず怒鳴りつけようと口を開きかけ、固まった。

 無邪気な笑みを浮かべる発言者がクラインセルト家の跡継ぎ息子だと分かったからだ。

 呆気に取られる二人を置き去りに、ソラは廊下を振り返り手招きした。


「早くおいで、面白いよ。大人な二人、大人な二人だよ」

「ソ、ソラ様! 駄目ですよ、邪魔をしてはッ!」


 廊下から慌てたメイドがやって来てソラを捕まえる。ガイストと目が合うと取り繕うように愛想笑いをしてソラごと廊下へ消えていく。


「なんで? これからが面白いところなんでしょ? ねぇ、なんで? 俺、続き見たい。見たいったら見たい!」

「駄目ですってば! こういうのはこっそり見ないと面白くならないんですよ、我慢しましょう?」

「そう言えば窓開いてたよ。庭から見よう」

「大声で言ったらバレちゃいます。それに回り込む前に終わるかもしれません。廊下の端で耳を澄ませ──」


 筒抜けである。

 毒気を抜かれたガイストはため息をついた。せっかく形作った緊迫感は台無しになり、ラゼットも余裕を取り戻した様子だった。

 潮時と諦めて、ガイストは部屋の出口に向かう。


「村へ知らせを送ればどうなるかは、ラゼットさんのご想像にお任せします。本当はあなたの頭脳を私の下で発揮してほしいけれどね」


 駄目押しに脅しをかけておくのも忘れない。

 どの道、今回は領主軍が動き出すまでの時間を稼げればいい。領主を王都からの帰りに護衛していた部隊が即座に動くだろう。

 領主軍が動き出せば手紙の配達を頼んでも断られる公算が高くなる。一般人の手紙は行商人が配達するが彼等とて領主軍の略奪に巻き込まれたくないからだ。

 それにガイストは既に領主館の周辺に見張りを置いている。連絡手段は片端から潰すつもりだった。


「ソラ様! 部屋に入っては駄目──」


 部屋から出るガイストの横をソラがすり抜け、追いかけていたメイドが伸ばした手はむなしくも宙を泳ぐ。

 ソラはラゼットの足にしがみつき、部屋の入り口を振り返ってイタズラが成功した子供の笑みを浮かべてみせる。ガイストと目が合うと首を傾げた後、「ばいばい」と小さな手を振った。

 ガイストも好青年ぶった笑みを浮かべてみせ、手を振り返す。

 両者共に演技している事を知っているラゼットは目の前で繰り広げられる和やかな幻想に薄ら寒いモノを感じた。


「仕方ないわね。ラゼット、私はお客様を玄関へご案内するからソラ様をお願い。昼食は遅くなるそうだから私が呼びに行くまでソラ様と遊んでいてあげてね」


 ソラを追いかけていたメイドはラゼットと交代する形でガイストの案内を申し出る。

 ソラがラゼットにしがみついて離れないだろうと思っての発言だったが意図せずラゼットへの助け船にもなっていた。

 目的を果たしているガイストにも異論はなく、状況に流されるままメイドに案内されて玄関へ歩く。

 表門を出てメイドに礼を言い、館に背を向けた。

 少し歩いて裏道に入る。長く放置されたゴミの臭いが隠った空間はきれい好きのガイストにとっては苦しい環境だが、得られる利益を考えれば文句も言えない。

 幸いにもすぐに薄汚い格好の男が声をかけてきた。


「旦那、用事はお済みですか?」


 浮浪児の薪を強奪する際にも使った男だ。力仕事は出来るが頭は悪い。ガイストはむしろ頭の悪さを気に入っていた。指示通りに動かすのにコツがいるだけで慣れれば馬鹿も使いやすい人材だというのがガイストの持論だった。


「私の用事は終わった。お前達は監視を続行しろ。十六歳の丸顔の女だ。明るい茶髪を首の後ろで一括りにしている。館から出てきたら私に知らせろ」


 ガイストの指示に了解の意を示して男は建物の陰に戻っていった。

 表通りへと足を向ければ、商会の小僧らしき少年達が大慌てで走り回っているのが見えた。

 領主軍が出発準備を始めたと知った各商会は懇意にしている行商人が巻き込まれないように知らせをやる必要がある。あの小僧達は宿屋を駆け回った疲労で今夜はぐっすり眠ることだろう。


「予想以上に対応が早い。足止めの必要もなかったか」


 ガイストは計画が順調に進んでいる気配を察して機嫌を良くした。

 長期的に安定した今回の利益は教会にとっての福報だ。もたらしたガイストが一等司教の椅子に座る日も遠くはない。

 一等司教になれば布教活動の最前線である魔法使い派貴族の領地へ派遣されるか、王都に配属されるかだ。ガイストは自らの能力を鑑みて王都に配属されるだろうと予想しているし、そうなるように振る舞ってもきた。

 王都栄転の夢を見ながら軽い足で教会の裏口をくぐる。

 この教会には二等司祭と一等司祭がそれぞれ三人と二等司教がガイストを含めて二人いる。同僚として協力することも多いが、一等司教の座を狙うライバルでもある。そのため、領主との取引については知らせていない。出し抜かなければ出世など望めないのだ。

 ガイストは薄暗い廊下を静かに歩く。建物自体は大きいが大部分を礼拝堂などに占領されているためガイスト達の住む居住部分は狭い。すぐに自分の部屋にたどり着いたが今は素通りして礼拝堂に向かう。

 重厚感のある木扉を押すと見た目に反して軽い手応えがあり滑らかな動きで開いた。この教会に来たばかりの頃は力の加減が分からず壁にぶつけて派手な音を立てたものだ。

 ガイストが王都に行けば、代わりの者が同じ轍を踏むだろう。

 慌てる新人の姿を想像して意地悪に笑うのはこの教会を去る者に受け継がれる伝統だろうかと、そんな取り留めもないことを考えてガイストは礼拝堂の奥に安置された像に歩み寄る。

 鷹よりも大きな鳥が魔法使いから杖を奪い、青年が剣で魔法使いの胸を貫いている。

 殺しの魔法使いに神罰を下すシーンを切り取ったこの像の台座には鍵が付いている。ガイストを含む二等司教の二人に渡されている鍵を使って台座を開けると中には反応石が保管されていた。

 領主軍の道案内がてら村を視察する予定のガイストは念のため村人に魔法を使った形跡がないか調べるつもりだ。

 既に大まかな製法を知っているガイストだが、未だに半信半疑だった。何しろ理屈が分からない。


「あの子に会うのも一月ぶりか」


 台座から出した反応石をポケットに忍ばせたガイストは自らが目にかけている少女の姿を思い浮かべながら、教会を後にした。


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