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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
仮面伯爵と恋騒動

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第一話  若手貴族のパーティー

 ソラは招待状を眺めながら馬車の揺れに身を任せていた。


「面倒だな。どうせ得る物もないってのに」


 馬車の小窓に頭を預けて居眠りしていたラゼットがソラの呟きを聞いて薄目を開ける。


「断ればよかったと思いますよ。王都までその面倒なことに付き合わされる私たちの事を考えれば、なおさらです」

「付き合わせて悪かったな。昔のやんちゃのせいで断りきれなかったんだよ」


 王太子が若手貴族ばかりを集めたパーティーを企画したため、ソラも出席せざるを得なかったのだ。十年、二十年の後には各地の領主となる者達と、顔を合わせる機会は貴重だ。

 前回、ソラと同年代の者が集まったパーティは王太子が十歳を迎えた際の誕生日祝賀会だった。ソラとチャフが決闘を始めてくだくだになったあのパーティーである。

 そのまま放置してはソラとチャフに対する印象が最悪であるため、このパーティで汚名返上しようと考えていた。

 もう一人の印象最悪男であるチャフはようやく与えられたトライネン子爵領からやってくるため、会場で落ち合うことになっていた。


「それに、このパーティーに出席しないと貴族社会で孤立しかねないからな。不要な面倒事を避けたいのはラゼットも一緒だろ?」

「それはそうですけど……」


 渋い顔で同意した後、王都にいる今となっては考えても同じだと気付いた様子でラゼットは再び居眠りを始めた。

 ソラは窓から見える夕暮れの王都を眺めつつ、考える。

 今回の若手貴族ばかりを集めたパーティーは王太子にとっての勝負どころである。

 教会派閥が教主であるレウルの失脚で事実上解散したため、勢力を伸ばした魔法使い派を抑えるための対抗派閥を求める王太子の派閥育成の一環だ。

 先日、ソラ伯爵領を訪れた王太子はソラに対し、南部と西部の諸貴族を取り込んだ派閥の計画を話し、ソラに協力を求めている。

 ソラはサニアと自らの結婚を王家が認める事を条件に出したが、物別れに終わっている。

 家の歴史と伝統によって権力を正当化する貴族にとって、差別対象である獣人との結婚を認める事は、自らの正当性を否定することにもなりかねないという。

 くだらない事だとソラは思うが、王国貴族の一員としては勝手をすることもなかなかできない。

 領地や家の裁量は各家の当主が握っており、王家の言葉であろうとも内政干渉で突っぱねることができるのだが、ソラが勝手にサニアとの結婚に動き、王国の諸貴族から排斥されれば割を食うのは領民だ。


「……ジャガイモがあっても食糧問題は解決してないしな」


 ため息を吐いた時、パーティー会場に馬車が到着した。

 ソラは御者を務めていたゴージュが開けてくれた扉から馬車を降りる。


「――ソラ卿、遅かったな」


 声を掛けられて目を向けると、二階のバルコニーの手すりから身を乗り出すチャフの姿があった。

 軽く手を挙げて応じたソラは、ラゼットとゴージュに向き直る。


「閉会と同時に帰るから、そのつもりでいてくれ」

「分かりました」


 使用人の控室に向かうラゼットとゴージュを見送り、ソラは仮面がずれていないか確認してから会場に足を踏み入れる。

 こんな時ばかりは仮面が便利だ。どれほど面倒くさそうな顔をしていても態度を取り繕う限りは気付かれないのだから。

 招待状を見せると中へ通された。

 カーネーションやイベリスが生けられた花瓶を横目に会場の様子を窺えば、招待客はほぼそろっているらしい。若手貴族ばかりであるためかずいぶんと華やいだ印象のある空間だった。

 男系の貴族家ばかりではないためか、女性客もちらほら見受けられる。次期領主でなくとも、令嬢の顔見せ的な側面があるのかもしれなかった。

 なんとなく悪寒がして、ソラはさりげなく周囲を見回す。

 王太子が事前に根回しをしたのか、南部や西部の貴族と東部の魔法使い派貴族、北部の貴族達がそれぞれ固まっている。

 警備に当たっているのは近衛隊だ。出入り口や窓に配置されており、会場の華やいだ雰囲気を壊さないようにという配慮か、若者が多い。

 チャフの姿が見当たらず、ソラはベランダに目を向ける。ちょうどチャフが会場に戻ろうとするところだった。

 ベランダからチャフが戻ろうとすると令嬢たちが注目した。

 ぎくりとしたチャフが救いを求めるような目でソラを見るうちに、令嬢たちがそそとしてチャフめがけて動き出す。

 王太子が南部と西部を束ねた派閥を作るとすれば、南部の伯爵であり優秀な武力を保持するトライネン家は派閥における一つの要となる。そのトライネン家の次期跡継ぎとなれば、唾をつけておこうと考える家があってもおかしくない。

 令嬢に囲まれて困ったように笑いながら当たり障りのない言葉を選んで返しているチャフが、何度もソラに視線で救援を頼んでいる。

 眺めていた方が面白そうだ、とソラが考えていると、チャフに歩み寄る人影があった。

 見覚えのある金髪の青年だ。歳の頃は十七か八。足運びは優雅でのんびりとしているように見えるが、足の長さゆえか歩く速度はさほど遅くない。

 やさしげな碧のたれ目と右目の下の泣きぼくろのおかげか、ソラよりも頭一つ大きいというのに威圧感を全く与えない。

 金髪の青年は令嬢に囲まれているチャフに集団の外から声をかける。


「トライネン子爵、花を独り占めするのは良くないね。ソラ伯爵が到着したけど、挨拶に行かなくてもいいのかな?」


 金髪の青年の言葉にチャフがほっとしたような顔をする。


「あぁ、ソラ卿にはなにかと世話になっているからな。挨拶したいと思っていたんだ。君たち、申し訳ないが続きはまたの機会にしてくれ」

「あら、ソラ伯爵が嫉妬なさるはずもありませんわ」


 軽く受け流されて戸惑うチャフに、令嬢が静かに笑う。

 しかし、いつの間にか令嬢の真横に来ていた金髪の青年がやや腰をかがめて目線を合わせて微笑み、令嬢の言葉を遮るように口を開く。


「ツタのように絡みますね。取り除くのが大変だと庭師が良く口にしていたのを思い出します」


 やさしげな顔と声からは想像もつかない毒を吐かれ、令嬢の笑みが凍った。

 今のうちに、と金髪の青年に背中を押されたチャフが這う這うの体でソラの元へ逃げてくる。


「無視するなんて酷いじゃないか、ソラ卿」

「見ていた方が楽しめそうだったからな。それより、あの青年は?」


 ソラは記憶を漁りながら金髪の青年を眺める。

 毒を吐いておいて、チャフを逃がした途端巧みに令嬢をフォローした金髪の青年はいつの間にかチャフの代わりに花に埋もれていた。ツタに絡まれて窒息しなければいいが、チャフと違って心配はいらないだろう。

 チャフが不満そうな顔でソラを見つつ、金髪の青年を一瞥する。


「ブライアン男爵だ。先代は隠居してワイン造りにいそしんでいるらしい」


 ブライアン男爵と聞いてソラはようやく思い出した。

 南部貴族の一つで元は地方豪族だった家柄であり、ワインと多様な花、蜂蜜が名産の領地をもつ魔法使い派の貴族だ。

 教会派閥だったクラインセルト伯爵家との交流は皆無だったが、ソラ伯爵領となって以来少しずつ商人が行き来を始めている。ソラ伯爵領の花祭りで意中の相手に送る花を取り寄せる者も少しずつ出始めていた。


「……なぁ、ブライアン男爵は女好きなのか?」


 始めはチャフの代わりの人身御供となったのかと思えば、ブライアン男爵は令嬢に囲まれながら楽しそうに話し込んでいた。

 適当なところで切り上げてきたところを見計らって礼を言おうと考えていたらしいチャフも微妙な顔をしている。


「――ブライアン卿は女性と話すのが好きなだけで、浮いた話は聞かないなぁ」


 不意に後ろから声を掛けられて、チャフがあわてて振り返る。

 ソラは素早く周囲の視線の先がブライアン男爵を中心とした令嬢たちに向けられているのを確認して、ゆっくりと振り返った。


「殿下、パーティーの主催者がさりげなく入場しないでください」

「いつの間にか僕が会場入りしていたと気付いた時のみんなの表情が楽しみだと思わない?」

「会場入りを歓迎する時間が取れなかった、と皆が青い顔をするでしょうね。いきなり若手貴族に負い目を作ってどうするつもりですか」

「ソラ卿の仮面は便利だよねって話に持っていこうか」


 飄々と答えて、王太子はソラににっこりとほほ笑んだ。


「それとも、彼らが負い目を作らないで済むように、ソラ卿が場を取り成してくれるのかな?」

「なし崩しに派閥へ組み込もうとするのはやめていただきたい」

「ソラ卿はつれないね」


 肩をすくめた王太子が会場の中央へ歩き出す。ソラとチャフの間を通り抜けざま、素早く二人の袖を強く引き、一歩踏み出させると同時、王太子は爪先で床を強く叩いた。

 トン、と気持ちよく響いた王太子の足音に会場中の視線が集まる。

 さもたった今入ってきたような涼しい顔で、王太子はソラとチャフを振り返り、片目を閉じて見せた。

 王太子に袖を引かれたために周囲から王太子の両脇を固めるように歩き出したように周囲には見えると気付いたソラとチャフは、視線を交差させて仕方なく王太子の少し後ろに続いた。

 ソラにだけ見えるように口元に笑みを浮かべた王太子が小さく呟く。


「派閥に歓迎するよ、ソラ卿」


 中央へ進み出る王太子の左後方を歩きながら、ソラは嵌められたことに内心で舌打ちした。


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