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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
中編  贖罪の村

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第五話 来訪の理由

「綺麗なデザートだね」


 王太子は銀の小皿に乗ったデザートを見て、微笑んだ。

 場所は大樹館の応接間だが、大幅に改装されており、調度品から壁紙、絨毯に至るまで豪華な内装である。

 いらない出費をさせられた、と倹約家のソラは怒っていた。

 しかし、後々別の形で補填すると王太子から聞かされれば、何を企んでいるのかと逆に警戒してしまう。

 ソラの内心を知ってか知らずか、王太子はデザートにフォークを入れ、自然な仕草で口に入れる。


「意外と甘いね。なんていう料理?」

「錦玉羹 (きんぎょくかん)と申します」


 ソラが名前を答えたデザートは、煮溶かした寒天を着色してから固めた和菓子だ。

 ソラと王太子の前に置かれた錦玉羹は着色料を使用していない透明なものだが、中に磨り潰した果肉と水飴で作られた魚が二尾泳いでいる。

 王太子はどちらの魚から食べようかと悩みつつ、涼やかな錦玉羹の見た目を楽しんでいた。


「急に訪ねたから迷惑がられるかな、と思ったけど歓迎してくれて嬉しいよ」

「自覚がおありでしたら、早めに要件をお願いします」


 ソラは躊躇なく錦玉羹を泳ぐ魚の一尾をフォークで切り分け、食べてしまう。

 怖いなぁ、と困った風を装って、王太子は呟く。


「新ジユズから諜報員が入っているんだ」

「双頭人形とは別の、ですか?」


 すっと目を細めたソラが問うと、王太子は笑みを浮かべたまま首肯する。

 王太子は錦玉羹をフォークで数等分していた。


「どうにも、貴族の獣人差別を逆手に取るつもりらしくてね。裏で獣人を集めて扇動してるみたいなんだ」


 王太子の話によれば、新ジユズ国境から侵入した諜報員は麻薬を持ちこんで獣人と資金を集めているという。


「ベルツェ侯爵とシドルバー伯爵が動いて、麻薬の密輸入は王国の東側だけで食い止めているけど、向こうも手口を変えてきてね。国境付近の貴族達がお冠でさ。いつ始めてもおかしくないんだよ」

「――戦争、ですか?」


 王太子が無言で頷いた。いつの間にか、顔から笑みは消えている。

 錦玉羹を口にしつつ、王太子は続ける。


「ソラ卿が教会派を潰しちゃったから、魔法使い派の枷が外れてるんだ。彼らは戦争を始めてしまえば、王家が支援せざるを得ないと思ってるよ」


 やんなっちゃうよね、と軽い口調で言って肩を竦めるが、王太子の目は笑っていない。

 ソラは王国内の勢力図を思い浮かべた。

 国境線を領地に持つ魔法使い派を止めるには、対抗勢力が必要になる。

 ソラが潰した教会派の諸貴族は混乱する領内をようやく鎮めつつあるが、いつ再燃するかもわからない不安定な情勢だ。

 元教会派の領地は王国の内陸にあり、ひとたび戦争が始まれば食料などの供給地として機能する。

 教主レウルがいない今、元教会派貴族は纏まりを欠いており、政治的な発言力はかなり減衰している。

 魔法使い派の枷とはなりえないだろう。

 ――要件はそれか。

 ソラは王太子が急に訪ねてきた理由を察した。

 諜報員を警戒しろというだけならば、わざわざ王太子が出向くほどの理由ではない。手紙で済ませてしまう事案だ。

 だが、王太子の目的はもう少し先を見据えている。


「魔法使い派の対抗派閥を作る協力が欲しい、と?」

「ソラ卿は話が早くて助かるよ」


 錦玉羹を食べ終えた王太子が満面の笑みを浮かべた。

 王領の南方を固める貴族の内、食糧庫となるベルツェ侯爵、金庫となるシドルバー伯爵、優秀な騎兵隊を持つトライネン伯爵とその息子、チャフ子爵、彼らと交友関係を持ち、海産物を自給できるソラ。

 王太子は王国の南方貴族をまとめて自陣に取り込む事で、南の憂いを無くそうというのだろう。同時に、東側にある新ジユズ国と国境を接する貴族たちに対しての圧力ともなる。

 王太子の息がかかった南側貴族が戦争に反対すれば、支援物資の運搬に使える経路は王国の北側だけ、北側の貴族に借りを作る事になり、かつ足元を見られてしまう。

 ソラは王国内の情勢を踏まえて結論を出す。

 ――枷として機能させるには南側の貴族だけでは力が弱すぎる。

 王太子は椅子に深く腰掛けると、ソラの懸念を読み取ってため息を吐いた。


「西側と東側で連携されたらたまらない、とか考えてない?」


 ソラの懸念について、あらかじめ対策を練ってあったらしい王太子は余裕の笑みを浮かべる。


「もっと単純に考えなよ。西側も組み込んでしまおうってさ」


 あっさりと解決策を提示する王太子にソラは内心呆れていた。


「新ジユズは東の国、戦場も当然東になります。戦地から遠い西側の貴族は積極的に殿下へ手を貸そうとはしないばかりか、東側貴族と天秤にかけてきますよ」

「そうなる前に、ソラ卿がちょっと脅しをかけてくれると嬉しいな」


 満面の笑みで物騒な依頼を出して、王太子は小首を傾げる。

 ソラは苦い顔をした。

 教会派を潰したソラは良くも悪くも注目されており、恐れられてもいる。

 泥を被るには適任だった。

 だが、ソラは利益もなしに憎まれ役をやる気がない。


「対価はなんでしょうか?」


 ソラは食後の紅茶に手を伸ばし、王太子に問う。

 王太子は腕を組み、考える振りをする。

 対価について考えていないはずがない。ただの演技なのだろうが、やけに様になっていた。


「ソラ卿が欲しがりそうな物ってなかなか思いつかないんだよね。自分で作っちゃいそうだから」


 ちらりと薄目を開けてソラの反応を窺い見て、王太子はにやりと笑う。


「直接、何が欲しいかを聞いたらソラ卿はどれくらい吹っかけてくるのかな?」


 ――嫌な質問をするな。

 ソラは内心をおくびにも出さず、すまし顔で紅茶を飲む。

 王太子から引き出せる利益は大きい。

 しかし、年齢の問題もあって、派閥に影から睨みを利かせるならばソラが適任というだけで、ベルツェ侯爵にもこの依頼は達成できる。

 吹っかければ依頼が別の貴族の元へ行く。

 かといって、利益が少ないのでは話にならない。


「それでは、吹っかけさせてもらいましょうか」


 ソラはカップを置いて、うっすらと笑みを浮かべる。

 王太子が視線をそらし、机の上に置かれたソラの仮面を見た。


「ソラ卿が笑うと怖いから、仮面をつけていた方がいいかな」

「なんとでも。それで、対価として要求するのは――」


 ソラは要求を口にする。

 王太子はきょとんとした後、額に手を当てて天井を仰いだ。


「怖い事を考えるなぁ……」


 ソラの要求が予想外だったのだろう、王太子は瞼を閉じて唸る。

 長い間ソラの要求を吟味していた王太子は、首を横に振った。


「やっぱり無理だね。他の貴族がどれほど反対するか分からない」


 王太子はフォークに手を伸ばしかけ、錦玉羹を食べ終えた事を思い出す。

 ばつが悪そうに紅茶に手を伸ばす王太子の表情からは動揺が窺えた。


「――獣人との婚姻は認められないよ」


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