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第二話  元廃村と子供達。

 自らの身長よりも大きな魚をサニアは興味深く見つめていた。

 釣ったのはゼズという若い漁師だ。一年前にオガライトの販売をソラに任された男で今でも定期的に街に卸している。


「デカいだろ。イシナギって魚でな。薬になるんだが、この辺りではよく見かけるんだ。うちの村でも内陸からの商人が高く買っていくんで狙って釣ることもあるぞ。あぁ、外から来た奴には内緒だ。領主様の耳に入って高い税を掛けられたらたまらんからな。どの村でも薬になることは隠している。商人との暗黙の了解……といっても分からんか、ようは秘密ってことだ。どこが薬になるかと言うと──」


 ベラベラと長広舌を振るうゼズに何人かの子供がうんざりした顔をしつつ耳を傾けている。サニアが隣を見ると仲間のシャリナは欠伸をかみ殺していた。

 今は漁の勉強中だ。

 教師役のゼズは他人に物事を教えるのが昔から好きらしく、頻繁にこうして長々と話を続ける。

 周囲の子供達が共有する倦怠感に気付かず、説明を続けながらイシナギを捌き始めたゼズをサニアは苦笑して見ていた。


「……だからラゼット姉に振られるんだよ」


 何処からか呟く声が聞こえた。

 しばらくして、ゼズの長話から解放されたサニアは割り当てられた家の前でアイスプラントの観察をしていた。

 上手くいかない海上農業にソラ同様サニアも不満を抱えている。


「地面ならちゃんと育つのに」


 ぼやきながら海水を注いだサニアは葉っぱを一枚千切って口にくわえる。

 いくつかの苗を育てて味がよいものを選別しろと言われているため、暇を見つけては摘み食いをしている。サニアが食べたのは苦味が少ないものだが、一年程度の品種改良では違いは微々たるものだ。

 しかし、自ら育てている苗であるためか、他より味が良いと感じるサニアだった。


「サニア! 貝を取るの手伝って」


 遠くからよく響く声が聞こえて顔を上げる。

 海岸の岩場でシャリナが手を振って呼んでいた。サニアも手を振り返して岩場へと駆ける。

 身体能力の高い獣人らしい綺麗な走り方で到着したサニアは穏やかに打ち寄せる波をみる。

 赤っぽい海藻が岩の上で干からびていた。数日前の高波が運んだのだろう。代わりに大事に育てたアイスプラントを持って行かれたのを思い出して不機嫌になる。

 促されるままに小船に乗り込み、海岸を離れた。


「さぁ、いつも通りにサクサク始めるよ! サニア、鮫はいない?」


 問われたサニアは耳を澄まして波音に混じる音を探した。捕食者から逃げる小魚が水面に跳ねる音がないのを確認してサニアは頷いた。


「よし、潜ろうか」


 いつの間にか服を脱いだシャリナが率先して真冬の海に飛び込む。

 身を切るような冷たい海水を特に気にした風もなくシャリナは手招きした。

 サニアも服や頭に被った布を脱ぎ捨て、軽い準備体操を終えると磨製石器のナイフを片手に海水へ入る。

 仲間達は船の上から二人を見送った。


「最初はあたしとサニアが潜るからみんなは周りに注意してて」


 仲間達が口々に了承と励ましの言葉を送る中、サニアとシャリナは海に潜る。

 少し濁った海中では魚が自由に泳ぎ回っていた。岩の間に僅かながらある砂地でカニがハサミを振りあげて小魚を威嚇しているのが見える。

 カニの近くから蛤を穫ったサニアはシャリナへ合図を送って海面に浮上した。


「おぉ、今回はサニアの勝ちだね」


 頭を出したサニアに仲間の一人が拍手する。


「あぁ、負けた! ちっちゃいのは見つけてたのに!」

「シャリナちゃん、カニを持って暴れないの。それにしても蛤の大物。ポイント高めだねぇ」


 悔しがるシャリナの頭をポンポンと叩いて宥めながら女の子が蛤を受け取り、船上の木桶に放り込んだ。


「サニア達は交代だね」


 女の子は木桶をサニアに渡して海中に頭を沈める。

 シャリナは悔しそうに木桶に入れたカニを眺めていたが、やがて飽きたのかサニアに視線を移した。


「桟橋作るって話あったよね?」

「今、男の子達が岩を運んでる」


 サニアの指差した方角では岩を土台にして桟橋を作っていた。

 数人がかりで運ぶ岩の重さに不満そうな男の子が多いが、真冬の海に体を沈めて貝を穫っている女の子達を見ると何も言えないらしい。

 上手くゼズにこき使われていた。


「村もかなり綺麗になったよね」


 一年前まで荒れた廃村だった自分達が住む村を遠目に見てシャリナは頬を綻ばせた。

 一番に目を引くのはオガライト生産用の大かまどや保存用の倉庫だろう。慎重を期して資材を集めたために完成したのはつい最近だが、村のシンボルともいえる存在感を放っている。

 仲間で力を合わせて作ったシンボルににやけているシャリナの肩へサニアは手を置いて注意を引いた。


「なに?」

「カニが逃げてるよ」

「へ? あぁっ!?」


 船縁から海へダイブを決め込もうとしたカニを慌てて捕まえるシャリナに仲間たちは明るい笑い声をあげた。

 海女漁を終えて村に戻ると肉体労働で疲れきった男の子達が体を休めていた。

 ヒナ鳥のように昼食をねだる育ち盛り達にゼズまで加わり、大合唱になっている。


「うっさいぞ、男ども! カニと一緒に茹でちゃうぞ!?」


 女の子組のまとめ役であるシャリナは明るいながらも威勢の良い冗談を投げる。


「茹であがる前に食ってやる」

「上等。お湯沸かせ、放り込んでやる」

「もう沸かしてあるっての。見えねぇのか?」

「気が利くあんたにカニ味噌プレゼント。それ以外食わせないから」

「ちょっ、シャリナそれは酷い!?」


 盛り上がる子供達を見て、ゼズはカニ味噌を酒のあてにしようと狙っていた。

 子供には分かるまい、と一人ごちて酒を持ってきたが、シャリナに「昼間から飲むな」と注意されすごすごと酒を片付けに戻る。

 そうこうしている内に海の幸が煮られ、あるいは焼かれて供される。

 それらを腹に納めた子供達はわずかな休憩を挟み、各々に割り振られた仕事を始めた。

 船の補修や海上栽培中のアイスプラントの世話、オガライト作りなどだ。特にオガライトは十人いる子供達の半数が携わっている。

 船の補修に向かうシャリナを見送ったサニアは一度家に戻る。

 彼女が家から引っ張り出してきたのは水を汲むための桶だ。海水は飲み水にできないため、林の奥に汲みに行く必要がある。

 空からこの林を見下ろせば、クロマツの中にちらほらと混じるミズナラの大木が愛嬌を添える海岸林と、その奥まった場所にある池を見つける事ができる。

 満潮時には海水が流れ込む比較的浅い池にたどり着いたサニアは干潮の今の内に作業を済ませるべく水桶を池に沈めた。


「あれ? リュリュ、そこで何してるの?」


 池の対岸に現れた少女に声をかける。


「サニアか。ソラ様から直接命令でね」


 リュリュと呼ばれた少女は赤毛混じりの金髪を両手で頭の後ろにまとめながら答えた。足下には貝殻が大量に入った袋が置かれている。

 命令の内容がまったく想像出来ない。


「どんな命令?」

「秘密」


 悪戯っぽく唇に人差し指を当てるリュリュは十三という歳の割にはどこか色っぽかった。


四月五日 修正

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