第六話 二頭会議
ザシャは二頭同盟の出納帳をめくっていた。
会議室にはザシャとホルガーの二人きりだ。
本会議前の会議室の扉には入室禁止の札がかけられている。
二頭同盟の意思決定は本来、各商会の長による合議によってなされる。
しかし、今や議決権の半分以上をザシャとホルガーが牛耳った。
ザシャとホルガーの意思を統一するこの話し合いこそが、実質的な二頭同盟の意思を決定する最高会議となっていた。
ザシャがめくる出納帳を横からのぞき込んで、ホルガーが舌打ちする。
「おいおい、どこの大食漢の仕業だ、これは」
ホルガーが食料品の急激な値上がりを皮肉った。
ザシャは改めて出納帳の項目に目を向ける。
ライ麦や小麦など、主食が軒並み高騰し始めている。
ソラによって輸入関税を引き上げられ、銀の輸出制限により他領からの買い付けも難しくなっている麦類は品薄となり、商圏内で高値を維持していた。
それがここ最近、露骨に値上がりを始めている。
原因は明白だった。
「ソラ伯爵の息がかかった商会が買い占めに動いていますね」
ザシャは出納帳を閉じて呟いた。
少し調べれば、二頭同盟が買い付けた食料品がソラ側の商会によって買い上げられ、流出している事実が浮かび上がった。
隠す気が一切無いのだろう。
ホルガーはどかりと椅子に腰掛け、ふんぞり返る。
「あのガキ、なりふり構わず時間稼ぎに走ったな」
ホルガーはニヤニヤと意地悪く笑う。
銀の輸出を制限し、食料品を銀で購入するソラのやり方は、二頭同盟の資金力を実質的に削っている。
「だがまぁ、市場価格が上がっている銀で購入してんだ。向こうも資金が急速に目減りしているだろうな」
「聞くところによると、シドルバー伯爵領から銀を安値で輸入しているそうです」
悪あがきですね、とザシャは言い切り、眼鏡を外してレンズを拭き始める。
ソラと比較すれば、資産家であるザシャとホルガーが手を結んでいる二頭同盟側に軍配が上がる。
ソラの目的が単なる時間稼ぎに過ぎないという認識で、ザシャとホルガーの意見は一致した。
問題はソラが何を待っているか、だ。
気になる事は同じだったのだろう、ホルガーが天井を睨みつけて、口を開く。
「領境にトライネン伯爵軍が来てたよな」
ホルガーの問いかけに、ザシャは無言で頷いた。
トライネン伯爵軍が領境に騎兵隊まで連れて陣を張っている。
「私達が流した、チャフ・トライネン子爵襲撃事件の噂を聞きつけたのでしょう」
「犯人がソラ伯爵だと考えて出張ってきたか。貴族共の疑心暗鬼を誘うための噂に釣られた挙げ句、軍まで出してくるとは、貫陣は頭ん中まで筋肉だな」
愉快そうに膝を叩き、ホルガーは笑う。
同僚の反応は意に介さず、ザシャは拭き終えた眼鏡を掛けた。
「ソラ伯爵が時間稼ぎをしている理由も、チャフ・トライネン子爵の失踪にあるのでしょうね」
居場所が判明しているのなら、ソラ伯爵黒幕説をチャフ本人に否定させればよい。
口で言わずとも、ホルガーは同じ結論に至ったようだ。
ますます愉快そうに口端を上げる。
「破傷風か何かで野垂れ死んでれば、さらに楽しい事になるぜ」
嫌みな笑みをこの場にいないソラへと向けるホルガーは、上機嫌だ。
ザシャは閉じた出納帳をちらりと見て、口を開く。
「ソラ伯爵の時間稼ぎに付き合う義理はありません。チャフ子爵が見つかる前に銀を集め、王都に運び込みましょう」
かねてから進めていた計画だ。ソラに妨害されたからといって、泣き寝入りするはずがない。
ザシャの言葉に対して、ホルガーは面倒そうに手をひらひらと振った。
「んな事は分かってる。だがな、銀は輸出制限を掛けられてんだ。領外へ運び出せるのか?」
ホルガーの問いにザシャは押し黙った。
ザシャにしては珍しい反応に、ホルガーは陰湿な楽しみを見つけた。
「ご自慢の闇ルートも、女衒に嗅ぎ付けられてんだろ? あんなガキに首へ縄をかけられる無能の女衒に、よ。どうすんだよ、あん?」
「……全てを嗅ぎ付けられたわけではありません。それはそれとして、提案があります」
改まって、ザシャが告げると、ホルガーは訝しむように片眉を上げた。
「んだよ?」
「双頭人形を土壇場で裏切る以上、悟られないように銀の搬出は素早く行う必要があります。そこで、大型船を総動員したい」
「総動員って、お前……簡単に言いやがる」
ホルガーが唸った。
重量もある上、国王に献上する銀を全て密輸出品で賄えば、ソラに関税逃れを追及されてしまう。
「──かといって、何回かに分けて輸出した場合、双頭人形に気取られます」
「分かってんだよ。だがな、予定を合わせるのも至難の業だろ」
「そこを何とかして頂きたい」
ザシャに見つめられ、ホルガーは盛大なため息を吐いた。
「仕方がねぇな。何時に合わせりゃいいんだ?」
至極面倒そうに、ホルガーは投げやりに問いかけた。
ザシャは密輸出ルートでの銀を考慮に入れつつ、答える。
「……半年先ですね」
「半年だな。ったく、俺様がいてよかったな」
「お互い様でしょう。密輸出ルートは私の物です」
ザシャは平然と言葉を返す。
ホルガーはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「へいへい、感謝してますともさ。……女衒の野郎、出しゃばりやがって。余計な仕事が増えたじゃねぇか」
足癖の悪いホルガーは、悪態を付きながら机を思い切り蹴り付ける。
反動で、上に乗っていた出納帳が僅かに浮き上がり、床へ落ちた。
しかし、ザシャは目も向けない。
その時、部屋の扉がノックされた。
「……メンバーが揃いました」
声から中年の商会長の顔を思い出し、ザシャは窓から日の高さを確認する。
行儀悪く隣の椅子に足を乗せてくつろいだ体勢のホルガーが、ザシャの顔を見る。
「会議を始めるか?」
「手当たり次第に殴り飛ばさないようにお願いしますよ。商人という生き物は女衒ほど丈夫ではないのですから」
「へいへい、ご忠告どうも!」
扉に椅子を投げつけ、ホルガーは扉の向こうに声を掛ける。
「うすのろ共、さっさと入って来やがれ! 帳簿は読めても、空気は読めねぇのか!?」
ホルガーにとっては挨拶代わりの罵倒だったが、扉の向こうに待機していた商会長達は慌てて飛び込んできた。
ある意味、よく訓練されていると思いながら、ザシャは彼らを眺める。
「いつも通り、決定を伝えましょう。異論はありませんね?」
ザシャの問いには、会議室に集まるのは外部向けのただのアピールだ、と言外に含められていた。
形ばかりの、張りぼて染みた会議が始まった。




