第五話 銀の延べ棒
ソラはリュリュを連れて、大樹館と工場を繋ぐ渡り廊下に出る。
夜の闇に浮かぶ工場の中から、魔法による光が僅かに漏れていた。
重たい扉を開き、階段を上がる。
「サニア、作業は順調か?」
二階部分の廊下から一階を見下ろしていたサニアに、ソラは声を掛けた。
顔を上げたサニアはソラの顔を見て意外そうな顔をする。
「仮面はどうしたの?」
「ここには身内だけだ、いらないだろ。サロンやローゼも寝てるしな」
ソラはサニアの隣に立ち、一階を見下ろした。
作業は滞りなく進んでいるようだ。
「何か分からない事はないか?」
「大丈夫だよ。作業手順は圧密木材の作り方と変わらないから」
「原理は違うんだけどな」
ソラが何気なく言葉を返すと、手すりにもたれていたリュリュが反応を示す。
説明を求めるような視線を受け、ソラは苦笑した。
「圧密木材と同じで原料を型に入れて圧力をかけた後、焼き固める。サニアが言った通り作業手順はあまり変わらない」
ソラは一階を指差した。
魔法陣を弄って出力を変えてこそいるが、大部分の設備を流用していた。
この応用性の高さは魔法故である。
ソラはサニアとリュリュを連れて一階に降りる。
科学実験室から持ってきた金属粉と、サニアが作った規格より一回り小さい銀の延べ棒を用意した。
材料である金属粉を敷き、銀の延べ棒を上に置く。
前後左右を固定する型を置き、銀の延べ棒との隙間に金属粉を詰め、更に銀の延べ棒の上にも金属粉を振り掛けた。
金属粉で銀の延べ棒の周囲を完全に覆った形になる。
「圧密木材は木材を圧縮し、固める手法だ。必然的に密度が上がる」
準備を終えて二階に戻りながら、ソラは違いの説明に移った。
「だが、今回の場合、金属粉を圧し固めても粉と粉の間に空隙が出来る。溶かして作った延べ棒と比較すると、密度は一割から三割低下するんだ」
冶金にはいくつかの方法が存在する。
金属を熱して叩き、不純物を除く鍛造は手間も費用もかかるが丈夫な製品を造る事が出来る。
溶かした金属を型に流し込む鋳造は、鍛造に比べて手間や費用が掛からないが、強度では劣ってしまう。
そして、今回ソラが行っているのは粉末冶金と呼ばれる方法だ。
粉末状の金属を型に入れ、圧力をかけて形を整えた後、焼き固める。
焼成温度は材料金属の熔解温度よりもかなり低く、燃料や設備の費用が安く済む。
原理的には陶器に近い手法だ。
問題は強度である。
粉末冶金で得られる製品は密度が低く、武器等には使えない。
しかし、密度の低さは鋳造品や鍛造品に比べて軽量となる利点でもあるのだ。
ソラが説明すると、リュリュが納得した様子で頷いた。
「例の銀が本物の銀の倍近く重いからどうするのかと思ったら、そんな仕掛けがあったんだね」
「あぁ、純粋な銀の延べ棒の重さに帳尻合わせしないといけないからな」
二階に到着したソラは、サニアに魔法陣を発動するよう指示を出した。
魔法が発動する光景を見下ろしながら、ソラはサニアに問いかける。
「用意した材料を全部成形し終えるまで、後どれくらいかかる?」
サニアは山と積まれた残りの材料を見ながら、予定を組み、ソラに答える。
「一週間くらいかな」
「一週間か……」
──完成品を紛れ込ませるまで早くて三カ月、食料品の価格にもよるが……。
ソラは計画の進行速度を予測する。
思案を終えたソラは、サニアに向き直った。
「二週間費やしても問題がない程度には余裕がある。くれぐれも無理はするなよ」
通常業務も残っているため、ソラはサニアの体を気遣う。
だが、当のサニアは大丈夫、と首を振った。
「ソラ様は良くても、私はあんまり時間かけられないよ。新型船の導入で輸送力が上がるから、圧密木材の在庫を増やさないと需要に追いつけないでしょ?」
「あぁ、その事なんだが……」
サニアの懸念を聞き、ソラは歯切れ悪く答える。
「新型船の進水式は中止しようと思っている」
唐突な決定に、サニアとリュリュが顔を見合わせた。
互いの顔に同じ疑問が浮かんでいる事を確認して、ソラを見る。
「……何か理由があるんだよね?」
「輸送力を見せつけて脅した所で、ホルガーとザシャに牛耳られた二頭同盟が降参するはずがない」
もはや取り潰す以外の方法がないのだ。
チャフとイェラが消息を絶った以上、道中で襲撃された可能性が高いため、二頭同盟を残していては外聞が悪い事もある。
ソラの説明にリュリュは納得しかけ、ふと首を傾げる。
「延期じゃなくて中止?」
ソラは頷いて、口を開く。
「今回の騒動が収束したら、進水式の代わりに何らかの式を開いて御披露目するつもりだ」
ソラの言葉を聞き、リュリュがますます分からなそうな顔をする。
進水式を中止して代わりの式典を開くという事は、新型船は何時就航するのか。
無駄を嫌うソラが、せっかく完成した新型船を飾るだけで済ませるとは考えられなかった。
つまり、式典を開く頃、新型船は進水式を飛ばして就航していると考えるべきであり、その理由は──
理由に思い至ったのだろう、リュリュは笑みを浮かべた。
隣では同じ結論にたどり着いたらしいサニアが、呆れ顔をしている。
「反応が楽しみだ」
「ソラ様もリュリュも、揃って意地悪だね」
リュリュが悪戯っぽく口にした台詞に、サニアの端的な評価が重なる。
ソラは肩を竦めて見せた。
「敵に情報を与えたくないんだ。退路が断たれると感じたら、敵は逃げ出すだろう。そうなったら引き分けだからな」
言い訳するソラの脳裏には、蟻の巣穴へ少しずつ水を流し込むような、悪質な計画が立てられていた。
──チェックメイトを決める駒は隠しておかないとな。
ソラは心の中で呟いて、狩猟者の笑みを浮かべた。




