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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第四章 子爵領四年目の廉売騒動

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第七話  二人の商会長

 アイク商会長は厳つい顔をした男だった。

 髪や整えられた髭は赤茶色で、やや日に焼けた肌も相まってお洒落な山賊のように見える。

 続いて入ってきたロジーナ商会長は眼鏡を掛けた若い女だった。

 神経質そうな眼差しで部屋を素早く見回し、警戒している。

 ソラは二人に席を勧めた。

 ソラを合わせて三角形を作るように座り、先に口を開いた方が負けだとばかりに睨み合っている。

 ──かなり根が深そうだな。

 交渉が難航しそうな気配を感じ取り、ソラは内心でため息を吐いた。

 リュリュに目配せして、飲み物と甘い物を用意させる。

 険悪な空気が殺伐と呼ばれる域に辿り着く前に、ソラは口を開いた。


「アイク商会長並びにロジーナ商会長……双方とも個人名がそのまま商会の名前になっているのか。名前で呼ばせてもらうが、構わないな?」


 ソラの申し出にアイクが頷いた。


「もちろんですとも、子爵様に名前を覚えて頂けるこの機会を逃すはずはありません」

「そうか。では、遠慮なく、アイクと呼ばせてもらおう」


 ソラに名前を呼ばれると、アイクは厳つい顔に形ばかりの笑みを浮かべた。

 少なくとも、友好的な空気を作る手伝いはするつもりらしい。

 しかし、アイクに反して、ロジーナは眼鏡の奥の瞳に警戒心を露わにして、ソラを見つめるだけだった。


「アイク商会長と気安い仲のようですね」


 より力のあるアイク商会がソラを買収しているのではないか。

 そんな考えが透けて見えるロジーナの言葉に、アイクは余裕の表情だった。

 交渉の仲介役であるソラの機嫌を損ねれば、不利な条件を提示される可能性がある。

 子爵領主でもあり、一種の強制力すら持つソラに向ける態度としては不適当だ。

 ──妙だな。

 安値競争が続けば、規模が小さいロジーナ商会の方が不利になる。

 安値競争の早期終結を願うべきはロジーナ商会の方であり、その点ではソラと利害が一致していると考えていた。

 ──何か奥の手があるのか……?

 利害関係を考え直す事も視野に入れつつ、ソラはロジーナに笑顔を向ける。


「俺は君達の利益を守りつつ、仲を取り持つ役割を担っている。そのために、まずは俺自身が君達それぞれと仲良くならないといけないだろう?」

「……ロジーナで結構です」


 器を測るようにソラを見つめていたロジーナは、ぼそりと呟いて眼鏡のガラスを拭いた。

 眼鏡を掛け直したロジーナは、アイクに視線を固定した。


「アイク商会長、こうして顔をつき合わせるのは初めてですね」

「アイクと呼んでくださいよ、ロジーナさん」


 アイクが口端を上げ、軽い態度で返す。

 ロジーナは嫌悪の眼差しでアイクを睨んだ。


「冗談。後、気安く呼ばないで。虫酸が走る」

「ははっ、これは手厳しい。金が無いと余裕がなくなる典型例だ。そうはなりたくないもんです、ロジーナさん」

「ッ……誰のせいだと思って!?」


 机を叩いて立ち上がり掛けたロジーナだったが、アイクがソラを見てわざとらしく肩を上げ下げする姿を見て、口を閉ざした。

 失言に気付いたのだ。

 アイクが顎を上げ、ロジーナを馬鹿にするように見た。


「もう化けの皮が剥がれるとは、所詮は安物。金がないなら、無駄に虚勢を張らんようにしたらどうです?」


 アイクが丁寧な言葉を使いながら、ロジーナを嘲弄する。

 ロジーナは歯を食いしばって、アイクを睨みつけていた。

 一連のやり取りから、ソラはアイクの能力評価に加点する。

 アイクはロジーナ商会の資金繰りが厳しい事を浮き彫りにしようと、挑発したのだ。

 ソラは同時に、ロジーナの能力に疑問符を付ける。

 ──いくら若いとはいえ、あの程度の挑発に乗るか?

 仮にも商会を束ねる地位にいるのだ。

 ソラは手元にある資料の内容を思い出す。

 ロジーナ商会は元は個人店舗だったものが、いくつかの店舗を取り込んで肥大化した中規模商会だ。

 押し上げた人物は先代の商会長だが、特別に目を掛けていた部下であるロジーナに後を託してすぐに隠居した。

 残された部下達が反対した形跡もなく、能力的には認められているはずだ。

 ソラは細めた目でロジーナを見る。

 ──演技、か。

 ソラは一つ咳払いして、アイクとロジーナの睨み合いに終止符を打つ。


「言いたい事は色々あるだろうが、我が家の使用人が盆を持って困っていてな。休戦してくれ」


 ソラの言葉に、二人の商会長が部屋の扉を見る。

 開かれた扉の横で、湯気の立つティーポットと果物の菓子を載せた盆を持ったコルが視線をさまよわせていた。

 アイクとロジーナが憮然として椅子の背にもたれ、互いを睨み据える。

 コルが両者の前にハーブティーと菓子を置き、そそくさと退散した。


「頼りなく見えるが、腕は確かだ。食べてみると良い」


 二人がまた喧嘩を始める前に、ソラは率先して菓子を口に運び、二人に勧める。

 二人が同時に菓子を口に含んだタイミングを見計らい、ソラは話し掛ける。


「アイクも、ロジーナも、トライネン伯爵領から布を輸入しているらしいな」


 菓子が口の中にあるため肯定も否定も出来ない二人の様子を気にせず、ソラは続ける。


「ベルツェ侯爵領からの布を輸入している商会が、我が領の北に幾つかある」


 トライネン伯爵領産の布は羊毛だが、ベルツェ侯爵領産の布は綿花や麻から作られている。

 動物性か植物性かの違いはあれど、布を輸入して販売している商会だ。


「この商会達も、最近は極端な安値競争を展開している」


 アイクとロジーナの反応を観察しつつ、ソラは探りを入れる。


「君達の商圏にも影響が出ていると思うが、ベルツェ侯爵領産の布を持ち込む、銀髪の女商人はいないか?」


 ソラの探りに、アイクとロジーナは同じ反応を返した。

 ──無表情、か。

 アイクからは嘲るような笑みが消え、ロジーナからは神経質な瞳の色が消える。

 アイクがハーブティーを飲み、静かに告げる。


「記憶にありませんね。なにしろ、店が大きいもので、大概は部下が応対しますから」


 ソラはアイクの言葉の真偽を測ろうと試みるが、流石は商会のトップに立つだけあって見事なポーカーフェイスに撃退された。

 ロジーナを見るが、眼鏡を押さえながら首を振られた。


「当商会にも、そのような方がいらっしゃった覚えがありません。はっきりと、来ていないとは申せませんけど」


 曖昧に言葉を濁した否定だった。


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