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詰みかけ転生領主の改革(旧:詰みかけ転生領主の奮闘記)  作者: 氷純
第三章 子爵領次年に王都へお呼ばれ

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第十一話 7ランク

 サニアは軽やかな身のこなしで、チャフの懐に潜り込んだ。

 チャフの襟元を掴み、静かに押してフェイントを掛け、押し戻そうと足に力が乗った瞬間に背負い投げる。

 地面で背中を打つチャフを見下ろし、サニアは立ち上がるように指示した。


「時間がないよ。のんびりしないで」

「……分かっている」


 チャフは渋々立ち上がった。

 打ちつけた背中が痛むが、文句は言っていられない。

 サニアが宿泊している宿の庭で行われている稽古は、二日目に突入していた。

 シドルバー伯爵に命じられたからとはいえ、貴族であるチャフに頭を下げられては、サニアも断る事が出来なかったのだ。

 ソラに自主裁量を任されてもおり、サニアはチャフに稽古をつける事を承諾した。

 稽古を再開するサニアとチャフを宿の中から見守り、ソラはため息を吐く。


「……ただ投げ飛ばしているだけな気がするな」


 運動神経が抜群に良いせいか、サニアは実践していれば勝手に身に付くと考えている節がある。

 当初こそ、口を挟もうかと思ったソラだが、チャフが急速に実力を付けていく過程を見せつけられ、慎んだ。

 今もチャフがサニアの袖を取り、体落としを仕掛けている。

 三本前にサニアが使った技である。

 何故、ただ投げられるだけで技を身につけられるのか、ソラにはさっぱり理解出来ない。

 チャフが仕掛けた体落としは、崩しが未完成だった。

 サニアはあっさりと腕を引き、逆にチャフの体勢を崩しにかかる。

 力が呑まれる気配を感じたチャフが、サニアの袖を離して距離を取る。

 仕切り直しとなって、サニア達は睨み合った。


「お前ら、そろそろ休憩しておけ」


 ソラが声を掛けると、サニア達は構えを解いて休憩に入る。

 ──気まずそうにしてるな……。

 サニアとチャフの様子を、ソラがニヤニヤと意地悪に眺めていると、肩を叩かれた。

 振り返ると、瞳を輝かせたリュリュがソラに顔を寄せる。


「ソラ様に見せたい物があるんだ」


 お気に入りのゲームの新しい楽しみ方を見つけたように、浮かれた調子の声だ。

 宿の一室を示すリュリュの指の先は、炭で黒く汚れていた。

 羊皮紙か何かに炭で書き込んでいたのだろう。

 ソラの手首を掴み、リュリュは目的の部屋に引っ張って行く。

 早く披露したくて仕方がないらしい。


「あの設計図を改良したんだ。もっと簡単な作りに出来るんだよ!」

「あぁ、なるほど。もう気付いたのか」


 苦笑しながら、ソラが言葉を返す。

 リュリュの足が止まった。

 リュリュは悔しそうな顔でソラを見る。


「気付いてたのに、なんで“あの形”のままにしたの?」


 リュリュの質問に、ソラは肩を竦めた。


「儲けるためだ。改良しない限り、利権は俺とベルツェ侯爵がほぼ独占できるからな」


 リュリュは眉を寄せ、考え込んだ。

 なかなか答えを導き出せず、眉の距離が次第に縮まっていく。


「いいか、改良前には問題点が──」


 ヒントを出そうとしたソラの唇に、リュリュは人差し指を当てた。


「自分で考える」

「……そうか。思い付いたら、答え合わせに来い」


 ソラが面白がって微笑むと、リュリュは一人で部屋に戻って行った。

 ソラが庭に目をやると、チャフが一人で水を飲み、汗を拭いている姿が見える。

 わざわざ庭に出て、隅々まで見渡しても、サニアの姿が見つからなかった。

 キョロキョロと辺りを見回すソラに気付き、チャフは鬱陶しそうな顔をする。


「サニアならいない。汗を拭きに行った」

「汗を拭く……ってことは服を脱ぐ? 詳しく聞かせろ。主に場所をッ!」


 勢い込んで訊ねたソラに、チャフは呆れの視線を向ける。

 チャフは静かに宿の二階を指差した。

 見上げてみると、サニアの護衛を命じられていた火炎隊士が窓から顔を出した。


「すんません。ソラ様が来たら全力で排除しろ、とサニアちゃんの仰せでして」

「誰の部下だよ!」

「勿論、ソラ様の部下っすよ。ソラ様の命令は絶対なんで、全力でサニアちゃんの貞操を守り抜く所存っす!」

「なんで排除対象に俺まで入ってるんだ!?」

「全力っすから」

「都合良いな!」


 あしからず、と火炎隊士は廊下に頭を引っ込めてしまう。

 ソラは諦めてチャフの隣に腰を下ろした。

 チャフが横目でちらちらとソラを窺う。

 ソラは視線に気付いていたが、あえて無視していた。

 やがて、決心がついたのか、チャフは口を開く。


「クラインセルト子爵は何故、獣人を部下にしているのだ?」

「獣人ではなく、サニアを部下にしているんだ」


 ソラは静かに答えを返し、チャフの眼を見た。


「サニアは優秀だろう?」


 ソラは笑い、チャフは渋い顔をした。


「優秀だから、獣人でも手元に置くのか?」

「チャフは、無能だからといって、人間を手放すのか?」


 辛口の質問に、チャフが嫌そうな顔をした。

 ソラは苦笑する。


「生まれも、育ちも、能力も、関係ない。関係あるとすれば、上に立つ者が部下を教育できない無能であった場合だけだ。重要なのは、心根や目標さ」


 ソラはチャフの胸に軽く拳をぶつけた。

 ソラの哲学は、生まれを背景に権力を行使する貴族が理解を示す類の物ではない。

 だが、一目置かれるような有力な貴族は表に出さないだけで、理解しているものだ。

 生まれや育ちが悪く、能力が低いとしても、裏切る者より遙かに優秀なのだと。

 しかし、チャフは難しい顔をする。

 ──まだ、早いのか。

 ソラは小さくため息を吐く。

 鉱山の排水装置は図面に起こしてある。試作品が完成すれば、国王達に御披露目する事になるだろう。

 チャフはまだ、何一つ知らされていないというのに……。


「フェリクスに勝った時、チャフがどうするのか。その行動で見極めさせてもらう」

「何を見極めると言うんだ?」


 チャフの質問には答えず、ソラは立ち上がった。

 歩き去るソラの後ろ姿を見送りながら、チャフは考え込んでいた。


「──教えを請うて勝て、か……」


 チャフの呟きがかすかにソラの耳に届いた。


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