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第十五話 囚人は惑う

「──は?」


 あまりにも単刀直入な切り出し方に、女衒は愛想笑いを維持することも忘れて、呆気にとられた。

 女衒の反応を見たソラは、クックッと喉の奥で笑う。


「掴みはバッチリだな。説明してやろう」


 小馬鹿にしたような態度でソラは接する。

 女衒の眉が徐々に寄っていき、表情が険しくなった。

 ──タダで寝返るわけがねぇだろうが。

 ソラは頬杖を止め、腕を組んだ。


「実は、町官吏の席を三つ空けるんだ」


 背もたれに体重を掛けて、足を組み、ソラは一方的に通達した。

 女衒は表情を変えなかった。


「空けた席に、座らせる人材がいないのでは?」


 ──ガキらしい安いハッタリだな。

 警戒するまでもなかったと、女衒は安心して指摘した。

 しかし、ソラは間髪入れずに、手元の羊皮紙の束から一枚を取り上げた。

 テーブルに置かれたそれは、ベルツェ侯爵の印が入った手紙だ。


「ベルツェ侯爵から人材を借りた。無能な町官吏を切り捨て、すげ替える」


 女衒の眼が見開かれた。

 町官吏側が持っていると確信していた絶対的な優位性が、手紙一枚で容易く打ち砕かれたのだ。

 女衒はゴクリと喉を鳴らす。

 ──ここまで準備を整えてやがったのか。

 ソラの周到さを見せつけられ、女衒は考えを改める。

 目の前の幼い子爵は、見かけが可愛いだけの化け物だ、と。

 鋭くなった女衒の眼つきだが、ソラを楽しませる役割しか果たさなかった。

 ソラは組んだ足を前後に振って、これ見よがしに楽しんでいる事をアピールする。


「この部屋に呼ぶ順番がある、と言われたはずだ。優先する条件は何だと思う?」


 ソラが問いかける。

 出会い頭の言葉と自分が置かれた状況を鑑みて、女衒は悔しそうに顔を歪めた。


「……与し易いか、否か」

「半分正解。優先条件はこうだ。俺の役に立つかどうか」


 ソラが告げた条件に、女衒は舌打ちしそうになる。

 女衒が挙げた条件は個々人の行動をソラがコントロールするモノ。町官吏に自由が認められている。

 対して、ソラが挙げた条件は個々人の行動原理を定めるモノ。

 つまり、ソラはこう言っている。


「──役に立たないなら切り捨てる、と?」

「何か問題でも?」


 不思議そうに問い返されて、女衒のこめかみがピクリと動いた。

 何時までも芸を覚えない馬鹿犬に語りかけるような口調で、ソラは言葉を紡ぐ。


「お前を最初に呼んだ理由がもう分かったはずだ。俺はお前の能力を買っているんだよ。お前は“やればできる子”だろ?」


 馬鹿にされた怒りで真っ赤に染まる女衒の顔を観賞しながら、ソラは笑い続ける。

 そして、一方的に指示するのだ。

 馬鹿犬に、腹を見せろと命じるように、


「──同僚を裏切れ」


 笑みを添えて、ソラは三枚の羊皮紙を突きつけた。

 ベルツェ侯爵の手紙ではない。

 真っ赤な顔で屈辱に堪えていた女衒は、突きつけられた羊皮紙の一文を読んだ。

 ──読んでしまった。


「な、なんだそれはッ!?」


 女衒は思わず、椅子を蹴り倒して立ち上がった。

 真っ赤だった顔からは瞬時に血の気が引き、真っ青になっている。

 ──冗談じゃない。ごますり爺共と連絡を取らないとヤバい。

 後退ろうとした女衒の両肩に、背後から分厚い手が置かれた。

 女衒が緊張に身を固くする。

 ──だ、誰だ?

 ソラはテーブルを挟んだ対面に腰掛けたまま、ニヤニヤと笑っている。

 何者かが、気付かぬ内に背後へ立っていた。その事実に思い至り、慌てて振り返った女衒の喉から小さな悲鳴が漏れる。


「座って頂けますかな?」


 不思議な響きを帯びた低音の声で、否とは答えられない質問を浴びせた人物は、人間味を業火で焼き尽くされた化け物顔のゴージュだった。

 押さえつけるように力を込められ、肩が痛みを訴える。

 しかし、痛みなど女衒の頭には届いていなかった。

 女衒はソラが突きつけた羊皮紙に視線を向ける。

 書かれた文面に再度目を通し、見間違いでなかった事を後悔した。


「──輸入ライ麦に毒麦を混入した罪を、ここに告発する……」


 羊皮紙の文面を呟いて、女衒は背筋を襲う悪寒に堪える。

 排除される町官吏は三名、突きつけられた羊皮紙は三枚。同僚を裏切れ、という言葉。

 馬鹿犬でも察しが付く。

 同僚に濡れ衣を着せなければ、自分が餌食になるのだ。

 ──敬虔な信者に仕立て上げた理由もこれか。

 ソラのシナリオを理解して、女衒は自らの迂闊さを呪う。

 敬虔な信者が、同僚の不正を暴く。

 それは、敬虔な信者同士の共食いだ。

 後で告発文を無理やり書かされたと、教会に泣きつく事は出来ない。

 告発文を書いた以上、我が身可愛さに信者を売った事実は覆らないからだ。

 信者の保護を教義に据える教会は、女衒を見限るだろう。


「どうする? 同僚を売るのか、売らないのか」


 ソラは楽しげに羊皮紙を左右に振ってみせる。

 ──売るか、売らないか。書くか、書かないか……。

 無慈悲な二択を迫られ、緊張に苛まれる女衒だったが、ふと気付く。

 告発文に証拠能力を与えるには、官吏が書いたという証が必要となる。指で判を押すことになるだろう。

 だが、告発文を書かない限り、女衒達は“敬虔な信者”だ。教会の保護対象である。

 つまり、女衒達は告発文を書かない方が遙かに安全なのだ。

 しかも、面接が長引けば他の官吏達が怪しむだろう。

 つまり、女衒が取るべき最善の選択は、書かない、だ。

 だが、問題もある。

 他の官吏達が気付かない場合である。

 ──ごますり爺は気付きそうだが、他は……。


「……しばらく、考えさせて下さい」


 確証が持てなかった女衒は、書かないとは断言せずに時間を稼ぐ事にした。

 ソラは呆れたように肩を竦める。


「俺はお前を買っているんだ。賢明な判断をしてくれよ?」


 念を押しながら、ソラはゴージュに目配せした。


「他の官吏達と話し合われては面倒だからな、別室へ案内しろ」


 ゴージュに腕を掴まれた女衒は、あっさりと別室に通された。

 対応の早さに女衒は拍子抜けする。

 何か理由を付けて、告発文を書くまで部屋に留めおかれると予想していたのだ。

 ホッとしたが、同時に恐ろしくもある。

 面接時間が伸びることのデメリットを把握しているからこそ、対応が早かったのだろうから。

 ──こっちの思考も行動も先読みしてやがる。酷く気味悪いガキだ。

 極度の緊張で溜まった疲労を、溜め息にして吐き出す。

 緊張が解かれるにつれ、不安が頭をもたげてきた。

 今こうしている間にも、あの鏡が掛かった部屋でソラが悪魔の誘惑を行っている。


「──失礼するよ」


 ノックもなく、突然に扉が引き開けられた。

 驚いた女衒は跳ねるように顔を向ける。

 女衒の視界の中で、火炎隊士を連れたリュリュが、遠慮なく部屋に足を踏み入れた。


「ソラ様から指示があった」


 女衒に歩み寄りながら、リュリュは高圧的な口調で告げる。


「──あんたを特別室に案内しろってさ」


5/26 修正

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