第十四話 看守は囁く
教会でガイストから聞きたくもない神話を説明された女衒達は、しかめっ面でソラが待つ大樹館へと向かっていた。
護衛と称して教会前で待っていた自警団が周囲を囲み、逃げ出す隙がない。
自警団に教会信者が混じっている事もあって、生きた檻のようだった。
無理に逃げ出そうとすれば、女衒達は“敬虔”な信者ではなくなってしまうだろう。
ぶつぶつと呟いて考えをまとめているごますり爺へ、女衒は目を向ける。
視線に気付いたごますり爺は、ゆっくりと首を振った。
「やはり、考えが読めん。人手不足の新米子爵だ。強硬手段には出れんはずだが……」
「同意見だ。強硬手段に出れない以上、開き直って、教会に俺達官吏の監督責任を分散させる腹積もりだろうさ」
敬虔な信者が不正を行っていたとなれば、責任が波及する事態を嫌って教会は破門を言い渡すだろう。
つまり、女衒達を庇う者がいなくなるのだ。
ガイストとの繋がりを見せ付けた理由は、破門にされる可能性をより濃厚に意識させるため。
非常時に保護を求める相手を失った女衒達は、今後は慎重な行動を心掛けるしかない。
「……使える人材だから手放せず、放置も出来ない。故に退路を断つか」
ごますり爺が納得顔で頷く。しかし、油断なく打開策を探っているようだった。
──ホルガーかザシャなら、もう一歩進んだ見方が出来るんだろうな。
街を管理する二人の同僚がいない事を女衒は残念に思う。
「裏を返せば、まだ俺達に利用価値を見出しているという事だ」
女衒はごますり爺に補足した。
気に食わないが、今は沈みかけた船に乗る者同士、協力する事もやぶさかではない。
女衒の囁き声を聞き、ごますり爺や聞き耳を立てていた町官吏が、ホッと息を吐く。
教会という逃げ道を断たれた今、過去に行ってきた数々の不正が明るみに出れば、躊躇なく罰せられる。
すねに傷を持つ身だが、利用価値がある内は猶予期間だと捉える事が出来る。
猶予期間中に反撃の手を考えねばならない。
「……着いたか」
誰かが呟く声。
女衒が前を見れば、雄大なミズナラの大樹と悠然と佇む木造の領主館が朝日を浴びていた。
──そういえば、あのガキが考案した加工木材で建てられているんだったか。
昨夜は洒落た建物だとしか思わなかった領主館が、主の異常性を如実に表している事に気付く。
途端に増した領主館の薄気味悪さに、女衒は身を震わせた。
「──早かったな」
女衒達が進む先から聞こえて来たのは、未だ幼い少年の声。
はっとして眼を凝らせば、ミズナラの巨木がつくる木陰の中に、無邪気な様子で手を振るソラがいた。
振る舞いだけは年相応の子供のように見える。
ソラは町官吏達が並び終わるまで待って、にこやかに頬を綻ばせた。
少女っぽさが強調されると共に、無邪気さがなりを潜める。作り出された雰囲気は、柔らかさと暖かさが絶妙な配分で混合された、子供らしさだった。
王都で稼ぐ一流役者も真っ青な演技力で、ソラは領主館を指差す。
「朝早くに呼び出したから、朝食も採っていないだろ? 食事を用意させたから、遠慮なく食べてくれ」
言うだけ言って、ソラはさっさと背を向ける。
女衒達に質問をする暇はない。
促されるまま、女衒達は領主館に足を踏み入れた。
通された場所は、昨夜パーティーが開かれた広間だ。
簡素なテーブルと椅子が置かれている。
テーブルの上には見たことのない料理が並べられていた。
──毒でも入ってないだろうな……。
二組に別れてテーブルに着いた女衒達は、誰が最初に料理を口に運ぶか、目で牽制し合った。
追加の料理をおく場所がないテーブルを見て、コルが苦笑した。
「冷める前に食べて頂きたいのですが……。それとも、僕が一口食べてご覧に入れましょうか?」
「……いや、結構だ」
考えを見透かされて顔をしかめながら、女衒が料理を口に運ぶ。
悔しい事に、料理は大変美味だった。
「おい、そこのメイド、跡継ぎ様の姿が見えないが、何処にいらっしゃるんだ?」
女衒は食べる手を休めて、壁際に控えていたラゼットに問いかけた。
官吏達が一斉に注意を向ける気配がする。
「ソラ様なら、別室にいらっしゃいます。皆さんが食事を終えたら、順番に呼ぶそうですよ」
視線を浴びながらも、ラゼットは欠伸混じりに答えた。
女衒は怪訝な顔をする。
「順番に呼ぶ? 復興計画の説明とやらはどうした?」
「各々の適性を見るための面接をしてから、まとめて行うと聞いてます」
追及を簡単にあしらわれ、女衒は面白くなさそうに息を吐き出した。
──ボロは出さねぇか。
心の中で悪態を並べながら、女衒は部屋の入り口を見る。
丁度、筋肉質の男が扉を開けて入ってきた。
女衒の視線を辿ったラゼットが、筋肉質の男と目で会話し、頷いた。
「面接を始めます。ゼズが部屋にご案内しますから、名前を呼ばれた方は指示に従って下さい」
ラゼットが筋肉質の男、ゼズを示しながら告げる。
最初に呼ばれたのは、女衒だった。
女衒は緊張した面持ちで立ち上がり、ゼズに連れられて部屋を出た。
木の香りが漂う、飾り気のない廊下を歩く。
待ち受けていたのは、重厚感のある暗い色合いの扉だった。
ゼズはノックもせずに、扉を押し開ける。
「入ってくれ、ソラ様は中で待ってる」
警戒しながら、女衒は部屋に足を踏み入れ、用心深く部屋を見回した。
暗色に塗られた壁には一枚の鏡がかけられ、中央に複雑な形をした木のテーブルが置かれている。
細い木で組み上げられた品の良い椅子に腰掛け、テーブルに頬杖を突いていたソラが、女衒を見て微笑んだ。
──さて、このガキはどんな面接をする気か、お手並み拝見といこうか。
背後で扉が閉められる音を聞きながら、女衒は愛想笑いを浮かべる。
ソラも嬉しそうに見える明るい表情を返した。
「早速だが、話を始めようか。君にやってもらいたい事は一つだけ、とても簡単な事だ」
女衒が椅子に座ると、ソラは頬杖を突いたまま気軽に語りかける。
友達に公園で遊ぼうと誘う子供のように気楽な口調で、ソラは悪魔的な言葉を囁いた。
「──同僚を裏切れ」