第十三話 背後の味方は退路を塞ぐ
「ようこそ、官吏の皆さん」
女衒達が教会の分厚い扉をくぐると、並み居る信者の向こうから、ガイストが歓迎の言葉を投げた。
「来訪の理由は、ソラ様より聞き及んでおります。神話に聞く理想郷に、担当地区の未来を重ね、今後の在り方を模索する試みとの事。大変、素晴らしい! ソラ様もお喜びでしたよ」
ガイストの大袈裟な口上に、信者達がざわついた。
「……魔法使いが神話を参考にする?」
戸惑う信者の一人が誰にともなく問う。
ガイストの額に冷や汗が伝った。疑問に答えられないからだ。
ガイストの様子を見て、リュリュが仕方なく進み出た。
疑問を呈した信者に、答えを返してやる。
「ソラ様はどのような手を使ってでも、子爵領を発展させるつもりだ。泥を被ろうと、道を踏み外そうと、可能な限り多くの領民が幸せになれるように、心を砕いている」
リュリュの回答に、信者が困惑顔で視線をさまよわせた。
魔法使いになってまで自分達を幸せにしようとする。その感覚はとてもではないが、理解できなかった。
だが、リュリュが一切の嘘を吐いていない事は理解できた。
教会の信者同士ならば、価値観を共有しているため、分かり合える。
しかし、それが魔法使いを兼任しているとなれば、想像を超えた何かだ。
信者達には、ソラが敵か味方か、分からなかった。
教会に居た信者達は複雑な面持ちで、女衒達を見る。
集まる視線は、官吏達の陣営を見抜こうという意思で、鋭く尖っていた。
官吏達が問題を起こせば、それだけで所属陣営に傷が付く。
空気を察した女衒達は目配せをしあった。
──これは子爵の評判を落とす、絶好の機会ではないのか?
同僚達の目的が一つの方向性を帯びた時、女衒の背中にそっと、手が添えられた。
女衒の背筋、手が添えられた位置からザワザワと鳥肌が立つ。
思い返してみれば、宿から始終背後を付いて来ていたモノが居たはずだ。
女衒は恐る恐る、肩越しに振り返った。
そこには、燃え盛る焔から獲物へ手を伸ばす幽鬼のような兵士が一人、女衒達を視線で縫いつけていた。
主君に仇なすなら、骨の髄まで燃え溶かしてやろう。
口にせずとも語られる決意が、女衒達を圧する。
気圧される女衒達を後目に、リュリュが口を開いた。
「彼らは魔法使いじゃない。神話を参考にしてはどうかと、ソラ様に意見した者達だ。ソラ様は信者である君達が要らぬ気を回さないように、彼らを通して神話を聞くことになる」
流れるように紡がれるリュリュの言葉には、嘘が混ざっていた。
女衒は理解する。
魔法使いに接近するソラを、教会の代表者として諫める敬虔な信者に、自分達は仕立て上げられたのだ。
それも、他ならぬ、ソラ本人によって。
──何を企んでやがる、あのガキ!
着実に罠をかけられている自覚がある。
自覚があるにも拘わらず、ソラの狙いが見えなかった。
女衒は教会内を見回す。
結構な人数の信者が集まっているようだ。
──洗いざらい、話しちまうか?
女衒がごますり爺に視線で問う。
しかし、ごますり爺は首を振った後、さり気なくガイストを顎で示す。
即座に意味を理解した女衒は、悔しそうに表情を歪めた。
ガイストは言っていた。来訪の理由をソラから聞いている、と。
一等司教のガイストが魔法使いに近いソラと、パイプを持っているという意味だ。
しかも、罠にはめる手伝いをする程、ソラに近しい。
一等司教であるガイストがソラの側に立っている以上、助けを求めても、もみ消される可能性が高いだろう。
しかも、助けを求める理由がおかしい。
ソラに意見する敬虔な信者に、自分達は仕立て上げられました。
そんな事を訴える人物には、魔法使いに近しいソラを諫める気概がない事になる。
つまり、“敬虔”な信者ではない。
ともすれば、そもそも信者ですらない、と否定されかねない。
現時点では、教会に助けを求める事が出来なかった。
また、ここでソラの評判を落とそうと試みた所で、誰も相手にしない。
何故なら、神話を取り入れた政治方針を考えるため、教会に来訪した事になっているのだ。
つまり、現状のソラの政治方針に反対していると見られている。
女衒達は、政治的に対立したソラの敵として、設定されたのだ。
敵対しているから相手の評判を落としたいのだと、勘ぐられてお終いである。
むしろ、陰口を叩くような輩にさえ、神話を学ぶ場を提供したソラの株が上がりかねない。
──帰っちまうか? いや、政策具申を諦めた腰抜け扱いをされるのか。質が悪ぃな、あのガキ……。
女衒達が回避策を見つけ出す前に、リュリュが信者達の最前列に座るよう促した。
苦々しい思いを抱えながら、女衒達は指示に従う。
ここまで来たら、信者を味方に付け、証人にするしかない。
教義に信者の保護を含む以上、女衒達が敬虔な信者として振る舞う限りは、教会は安全を保障してくれる。
──あのガキの思惑通りか。だが、信者を味方に付けられて困るのはガキの方だ。
兎に角、罠の形を知らない事には抜け出せない。
自己保身には頭の回る女衒だが、ソラの意図は未だに見抜けなかった。