新説雪女
茂作と太吉は吹雪の中の小屋にいた。二人は樵だったが、茂作は高齢で太吉は若かった。二人は隣村に用事があり、その帰り道に突然の吹雪にあってしまったのだ。小屋は川の近くにあり、本来ならその近くの渡し場から渡し船が出ているはずだったが、酷い吹雪の所為で船は出ていなかった。それで茂作と太吉の二人は、その小屋で吹雪から身を護ることにしたのだ。しかし、小屋の中に薪の類は一切なく身体を温める事はできない。隙間から吹き込む冷たい風。二人とも徐々に身体が冷えていった。
その小屋の中に、突然、女が入って来た。女はまずは茂作を見、彼の身体に触れると、凍えていてもう助からない事を悟った。次に女は太吉を見る。太吉も随分と凍えていたが、若い彼には体力があり、まだ助かりそうに思えた。そこで女は火を起こすと、持って来た薪に火を点け彼を温めた。まだそれでも充分でないと考えた女は、太吉の服を脱がし自らも服を脱ぐと、彼を抱きその上から服を被り、肌で彼を温めた。
やがて、太吉の肌の色が戻り始め、吹雪も徐々に和らいでいった。朝になり、陽が射すと太吉は意識を取り戻した。女は慌てて小屋の外へ出ようとする。朦朧とした意識の中、女の存在を感じていた太吉は、去ろうとする女に「待ってくれ、お礼を」とそう話しかけた。すると女は、「私達は、いない事になっています。どうか、この事は誰にも言わないでください」とそう太吉に告げた。太吉にはその意味が分からない。しかし、女はそのまま去ってしまった。
太吉は、女の姿は曖昧にしか覚えていなかったが、その言葉だけは記憶に残した。“私達”。女は“達”と言った。それからしばらくし、春になると太吉はすっかり元気を取り戻していた。樵の生活を続けるそんなある日、彼の元に綺麗な女がやって来た。女は自分を“お雪”と名乗り、どうか傍に置いて欲しいと彼に言った。自分は行く当てがないのだと。訝しく思いもしたが、何か予感のあった太吉はお雪を傍に置く事にした。
お雪はよくできた女だった。綺麗なだけでなく、よく働き、気立ても良い。一緒に暮らす内、すっかり太吉はお雪に惚れてしまった。二人が夫婦になり、子をもうけるのに長い時はかからなかった。子は二人生まれた。やがて、子が育ち、言葉も覚える頃になると、お雪は近くの村々でも評判の女房になっていた。太吉は男衆から羨ましがられる。一体、どうやってあんなによくできた女を嫁にできたのだ。太吉は、招かれた宴席でもその事を尋ねられ、つい、吹雪の夜の事を話してしまった。その噂は直ぐに広まり、お雪の耳にも届いてしまう。
ある日太吉が帰ると、お雪がこう言った。「一体、どうしてあの夜の事を、皆に話してしまったのですか?」。太吉はそれに慌てる。「一体、何のことだ?」。お雪はそれには答えずこう続けた。
「私が、山に住むものである事を知られたからには、もう一緒にはいられません。子供達をどうか大切に育ててください」
そして、そう告げるとそのままお雪は外へと出、二度と帰ってくる事はなかった。
その昔、日本には、表の歴史には登場しない、山の中に暮らす民がいたそうだ。その民の存在が、民話などに登場する妖怪の元になったとも言われている。或いは、その中にはこのように、外の社会の異性に惹かれる者もあったのかもしれない。
意識して、文体をかなり変えてみました。
いえ、僕はいつも作品によってかなり文体を変えますけどね。