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Eine wichtige Sache  作者: 夕子
Beschleunigen
9/16

水上都市

太陽が傾き始めた、夕焼け時。

ルボワの森を抜けて暫く歩いていると、何か音が聞こえてくる。

エンデがその音に気付き、耳を澄ませた。


「……水の音?」


それはせせらぎの音に似ている。何かが流れていくような水の音だ。

水の音に混じって、微かに人の声も聞こえてくる。

無言でその音を聞いていたアルバは、ぽつりと呟いた。


「……ああ、もう着いたか」

「?」


彼の呟きにエンデが首を傾げる。

二人が更に歩き続けると、不意に開けた場所に出た。


「わぁ……」


エンデの口から感嘆の声が零れる。

其処にあったのは、大きな湖だった。茜色の光を移し、湖は不思議な色合いに染まっている。

湖といっても狭い海峡で外海と繋がっている、所謂ラグーン、あるいは潟湖と呼ばれるものだ。

湖の岸には石畳の橋が掛かっており、対岸まで続いている。


「この橋に一歩踏み入れれば、ヴァーナ興国だ」


アルバは静かに言うと、湖に掛かる橋を歩き出した。

彼の後をエンデが慌てて追いかける。

彼女はアルバのすぐ後ろを歩きながら、ぽつりと呟いた。


「……どうして湖の上に橋があるの?」


湖では人々が船に乗り、漁に勤しんでいるのが見える。

橋を歩いている二人に気付いて、手を振ってくる者もいた。

それを横目で眺め、アルバはエンデの問いに答える。


「ヴァーナ王国は砂漠と鉱山の国。この湖は貴重な水源なんだ」


橋を歩いている内に対岸が見えてきた。

対岸には大きな町があった。煉瓦造りの家々が並ぶ町が、夕日の光で赤く照らされている。

初めて見るのか、足を止めて町を見つめるエンデに並んでアルバが言った。


「あの町は……?」

「ラーゴ。水上都市と呼ばれる町だ」

「へえ……」

「今日はもう遅い。今夜は此処に泊まろう」


彼の言葉に、エンデが空を見る。

空は鮮やかな赤や紫の混じった色から、段々と深みの帯びた藍色に変わっていた。

そろそろ日も暮れる。このまま町を出れば確実に野宿だ。

エンデがこくりと頷いた。


水上都市ラーゴは、もう目前にあった。





***





ヴァーナ興国はアルバの活動拠点である。

首都にはある理由で立ち寄っていないのだが、ラーゴには何度となく足を運んだ。

となると、知り合いもそれなりにいるわけで。


「よぉ、アルバ!随分可愛い子を連れてるじゃないか!お前のコレか?」

「……違う」


宿の扉を開けた瞬間開口一番にそう問われ、アルバは苦い顔で答えた。

宿屋の主人は意地の悪そうな笑みを浮かべたまま、アルバの後ろに隠れるように立っているエンデを一瞥する。

その視線に身を竦ませながら、エンデはおずおずと口を開いた。


「こ、こんばんは……」

「ああ、こんばんは」


エンデに対してはあくまでもにこやかに対応した主人だが、アルバには意地の悪さを忘れない。

アルバが苦い顔をしているのも構わずに、にやにやと笑いながら言う。


「中々可愛いお嬢ちゃんじゃないか。お前には勿体無い位だな。で、どうする?」

「……だから、違うと言っているだろう。一泊で食事とシャワー付き。部屋は二つで頼む」

「同じ部屋じゃないのか?」

「……斬るぞ?」


彼が腰の剣に手を添えると、主人は『おー怖』と嘯きながらカウンターの奥に消えていく。

アルバはそれを確認し、エンデの方に振り返った。


「エンデ、先に食事にするか?それとも、部屋で少し休むか?」

「……えっと、」


エンデが問いに答えようとした時、ぐうぅと腹の鳴る音が響く。

今の音はとアルバは目を瞬いた。

自分ではない、ということは。


「………」


アルバが視線を僅かに下げると、ぱちりとエンデと目が合う。

無言で彼女を見下ろしている内に、彼女は林檎のように顔を真っ赤に染め上げる。

アルバは無表情のまま、淡々とした声でエンデに言った。


「……先に、食事にするか」

「……………うん」


エンデは頷くと、照れ隠しの為にか俯いてしまう。

同時にカウンターの奥から主人が現れたが、彼はアルバとエンデの様子を見て不思議そうに首を傾げた。


「なんだ?何かしたのか、アルバ」

「……どうしてそうなるんだ」

「お前の気の利かなさは天下一品だからよぉ」


理不尽な言葉に渋い表情を隠さないアルバに向かって、しみじみと呟く主人。

いくらやめろと言った所で聞くわけないことをわかっているので、アルバは深々と溜め息を吐いて告げた。


「……先に食事を頼む」

「あいよ。それとほら、鍵だ」


主人はアルバに鍵を二つ渡すと、食堂に案内する為に踵を返して背を向ける。

アルバとエンデも、薄暗い廊下に入っていった彼の後に続いた。

短い廊下を抜けると、途端に広々とした空間が現れる。


「さ、どこでも好きな所に座んな!」


夕食時という時間帯、そして食事処という場所でありながら、その場所に客は少なかった。

アルバより少し年上の男と金髪の幼い少女の二人組と、食堂の隅で話しながら食事をしている三人組の男のみである。

それらを一瞥し、アルバは口を開く。


「相変わらず、少ないな」

「うるせえ。旅人は全員景色が観たいとかぬかして大通りには集まらねえんだよ」


主人が眉を顰めて彼の言葉に答えると、「とっとと座れ」と一言だけ言って厨房へと入って行ってしまった。

その姿を見送ってからアルバは肩を竦め、エンデの方を見る。


「……だ、そうだ。エンデ、君も座ったらどうだ?」

「あ……うん」


彼の言葉にエンデは一度頷くと、食堂の空いた席に座った。

アルバも彼女の向かいの椅子に座る。

すると、エンデがきょろきょろと食堂を見回し始めた。


「………?」


彼女が視線をあちらこちらに向けている様子を眺めながら、彼は不思議そうに首を傾げる。

食堂が珍しいというわけではないだろうに、一体何が気になっているのだろう。

そう思い、アルバはエンデに声をかけようと口を開いた。


「―――エン」

「―――アルバ!料理はどうする!?」


だが、彼の声は、厨房から出てきた宿の主人の声に遮られてしまう。

同時、エンデの動きがぴたりと止まり、テーブルを見つめるように俯いて動かなくなってしまった。

アルバは開きかけた唇を再び閉ざすと、僅かな沈黙の後に主人の問いかけに答える。


「……適当に作ってくれ」

「あいよ。それと水持って来たぞ」

「ああ」


テーブルに氷水が満たされた水差しとガラスのコップを二つ置いて、主人が再び厨房の奥へ戻る。

エンデは変わらず俯いたままだ。さてどうするかと、アルバが無言のまま思案に入ろうとした時。


「……ア、アルバ」


周囲を見回して宿の主人が来ないのを確認してから、エンデが戸惑いがちの声で彼の名を呼んだ。


「なんだ?」

「その…………聞きたいことが、あって」


聞きたいこと。

その言葉に僅かに疑問を持ちながら、アルバは頷いた。

彼の動作を受け、エンデは相も変わらず周囲に気を配りながら、声を顰めてアルバに尋ねてくる。


「…………ヴァーナ興国って初めて聞く名前なんだけど、いつ……できたの?」

「……………」


ああ、そういうことか。

エンデの言葉に、彼は納得した。

彼女が周囲を気にかけていたのは、この国の人間にこの問いを聞かれたくなかったからなのだろう。

アルバが無言でいたのを呆れているか怒っているかと思ったらしく、慌てた様子でエンデが言葉を続けた。


「わ、私……村から一度も出たことが無いから………勉強はしてたけど、でも、ヴァーナ興国って名前は聞いたことが無くて………その、ごめんなさい……」

「……謝ることはない」


アルバは運ばれた水を口元に運ぶ。

充分に喉を潤した後、彼はようやく言葉を口にした。


「それに、君がヴァーナ興国の名を知らないのも当然かもしれない」

「え?」

「ヴァーナ興国は、半年前に生まれた国だから」


アルバは淡々とした調子で、そう言った。





***





ヴァーナ興国。

興国と名の付く通り、その国は生まれたばかりの国である。

ヴァーナ興国が生まれる以前、かつてその地に存在した国の名は、ヴァナディース王国。

たった100年程前に建国された国ながらも、二代目の国王が非常に優れた資質を持っていた為に、ほんの5、60年程で隣国アルフヘイム王国と肩を並べるまでに成長した国だった。


「ヴァナディース王国が無くなったのはどうしてなの?」

「……簡単に言ってしまうなら、反乱だ」

「反乱?」

「ああ。先代国王は国民にとって優秀な王だった。偉大な人物として尊敬もされていた。だが……その王が、三年前に亡くなった」


それがヴァナディース王国崩壊が始まる、第一歩だった。


「―――次に国王になったのが息子なんだがよぉ」


主人が食事を運び終わり、アルバの横にある椅子に座って続ける。


「そいつがどうしようもなく、駄目な奴だったわけだ」

「駄目………?」

「……どちらかというと、先代が優秀過ぎたことも一因のような気がするがな」


主人の言葉を受けて、アルバはぽつりと呟いた。

それを聞き、主人がアルバの背中を勢いよく叩く。


「違いねぇ!先代は素晴らしい奴だった!」

「………痛いんだが」

「気にすんなって!………で、駄目息子まで話したんだったか」


主人は話を続ける前に、アルバとエンデの二人に食事を食べているように言った。

ヴァーナ興国の説明は自分に任せろということらしい。


「駄目息子も最初は普通に国を良くしようと頑張っていた。けど、二年くらい前からあの野郎は国民に重税を押しつけた。そんでもって、自分は城で贅沢三昧。抗議に行ったギルドも無理やり解散させられた。……そん時の暮らしは、そりゃあ酷いもんだった」


アルバはスープに口を付けながら、主人の話を聞いていた。

エンデは食事を口にせずに、はらはらとした表情で主人の口元を見つめている。

そんな表情に満足して、主人はニヤリと笑った。


「けどな。一年前、残ってた4つのギルドが同盟を組んで、王を打倒するべく立ち上がったのさ!無理に解散させられたギルドは勿論、国民も当然それに賛同した。んで、半年前に王とその取り巻きを追放して、完全決着。ヴァーナ興国の誕生ってわけだ」

「凄い話ですね……」

「だろう?ギルドマスター達が王を追放したって話を聞いた時にゃ、オレも感動したぜ……」


彼女が感嘆した様子で息を吐く横で、宿の主人もしみじみとした表情を浮かべている。

それを一瞥し、アルバは淡々と続きを口にした。


「アルフヘイム王国と友好条約が結ばれたのは三ヶ月前だと聞く。エンデが知らないのも当然だ」

「そうだよなぁ……首都のトランキルなら知ってる人間も多そうなもんだが」

「す、すいません。私の住んでいた場所は、」


突然、エンデの声が途切れる。

不審に思ったアルバは顔を上げて、微かに目を見開いた。

彼女の藤色の瞳から、涙がぽろぽろと零れ落ちている。

いきなり泣き出した少女に、宿の主人も目を白黒させていた。


「……」


エンデは唇を引き結び、頬を濡らす涙を指で拭う。

そして、彼女は震える声で、先程の言葉の続きを口にした。


「………田舎の小さな……村、だったから…………」

「………そうかい」


主人は余計なことは何も言わずに一度エンデの頭を撫でると、殊更に明るい声で言う。


「疲れてるんだろ、お嬢ちゃん。今日は早く部屋に戻って寝ちまいな」

「……はい」


暗い表情で頷き、エンデは立ち上がった。

そんな彼女に、アルバは主人から受け取っていた鍵を差し出す。


「……ついていこうか?」

「…………大丈夫、だから」

「そうか」


エンデは鍵を受け取ってから主人に一度頭を下げ、食堂から出ていった。

それを見送ってから、主人はアルバに向き直る。


「あの子、ワケありみたいだな」

「………ああ」

「お前ってやつは……本当、問題ばかりを背負い込む奴だなぁ」


アルバの同意の言葉に、主人が苦笑を浮かべた。

それを一瞥した後、アルバは声を潜めて主人に尋ねる。


「……最近、活発に動いているか、不審な組織はあるか?」

「活発に動いてる組織、ねぇ………人攫いの『蜘蛛』はいつも通りだが………他は特にないな。ま、逆に姿が見つからない組織はある」

「………見つからない?」

「さっき言ったヴァナディース王国の残党だよ。『俺達』が捜してるんだが、ヴァーナ興国でもアルフヘイム王国でも見つかる気配がねえんだよなぁ」


それは確かにおかしな話だ。

国王とその取り巻きは追放されたのだから、ヴァーナ興国にいないのは理解できる。

だが、隣国のアルフヘイム王国でも姿が見えないとは。


「北の帝国にいるんじゃないか?」

「あそこは知らん。知ってるのは、マスターくらいだろ」

「……そうか」


マスター。

その単語に、アルバは僅かに苦い表情を浮かべた。

彼のそんな顔を見て、主人がからからと笑いながらその頭を軽く小突く。


「そんな顔してたら、マスターに殴られるぞ」

「……」


アルバは深々と溜息を吐いた。

まだ肝心な情報を聞いていないが、何故こんなに疲れているのだろうか。

半分は目前の男のせいで、もう半分は話に出てきた「マスター」の単語のせいに違いない。

そんなことを考えながら、彼はようやく本題を切り出した。


「……今日、黒コートの男に襲われた。彼女……エンデを狙っているらしいが、何か知らないか?」

「………」


主人の顔から笑みが消える。

笑みが消えると、彼の表情は普段陽気な男とは思えないほど怜悧な表情に変わる。

僅かな間思案していた主人が、首を横に振った。


「悪いが、知らねぇな」

「………そうか」

「お前、首都に行くつもりなんだろ?なら、マスターに聞けばいいじゃねえか。あの人心配してたぞ、お前のこと」

「……元々、首都には行くつもりだった」


アルバがそう言うと、主人が真剣な表情を消してふっと笑みを浮かべる。

先程の明るい笑顔とは違う、柔和で穏やかな笑みだった。


「……そうか。まあ、頑張りな」

「ああ」


主人の言葉に頷くと、アルバは席を立つ。

彼は不思議そうな表情を見せる主人に向かって淡々と言った。


「……俺は部屋に戻る」

「なんだ、明日は早いのか?」

「いや。エンデがいるからな」


問いかけに対し端的な答えを返すと、アルバはそのまま食堂から出て行こうとする。


「おう、良い夢見ろよ!」


アルバの背中に向かって投げつけられた言葉に、アルバは一度足を止めた。

藍色の瞳に、ほんの僅かに懐かしさのような色が混じる。


「………」


だが、彼は振り返ることはなく、一度肩を竦めて部屋を出ていった。






お国事情など色々。

色々伏線的なものも書いてはいるけど、全部回収できる気がしない\(^q^)/

次回の更新は近日中に出来ると思います。

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