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Eine wichtige Sache  作者: 夕子
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森での一幕



この大陸には、三つの国がある。

西に一つ、南に一つ、北に一つ、大きな国がある。東には世界樹と森がある為に、国はない。

かつては都市国家と呼ばれる小国が二国存在していたが、別の理由でどちらも存在していない。


アルフヘイム王国。

豊かな土壌と温暖な気候に恵まれた国であり、今現在開拓されている大陸の中で、最も巨大な国土を持つ『西の王国』とも呼ばれる大国。

現在、国を治める王は、年若いながらも賢君と謳われている。





***





アルフヘイム王国の西の果てに位置する、ツァイト村。

のどかで平和だった小さな村は、謎の存在の手により一夜にして滅んでしまった村だった。

かつてあった穏やかな空気は永遠に失われ、今は廃屋の間を寒々しい風が通り抜けるのみである。

物悲しい其処を、朝日の光が優しく照らしていた。


その村の入り口に、二人の人間がいた。

入口の前で屈み、胸の前で手を組み俯いている少女と、その背後に立っている青年。

ツァイト村最後の住人であるエンデと、傭兵のアルバだった。


「……」


不意に、エンデが顔を上げて、無言で立ち上がり振り返る。

僅かな沈黙の後、アルバがぽつりと尋ねた。


「……いいのか?」

「………はい」


エンデはこくりと頷くと、彼に問いかける。


「これから、どこに向かうんですか?」

「……まずは、ヴァーナ興国に向かうつもりだ」


現在、アルバが活動拠点にしている国がヴァーナ興国だ。

彼はアルフヘイム王国を詳しくは知らない。知らない場所で動くよりも、少しでも見知った場所である方が逃げやすいと思ったのである。

また、ヴァーナ興国には少なからずアルバの知り合いもいる。何か意見も聞けないか、と思った末での判断だった。


「……わかり、ました」


エンデは一度目を伏せて頷く。

その様子を見て、アルバは一言だけ口にした。


「怖いか?」

「………怖いです、何もかも」


端的な問いかけに、彼女は顔を上げないまま答える。

彼女を見ていたアルバがふと視線を下げると、微かに震えている手が映った。彼はエンデの顔を見ようとするが、俯いたままの彼女の表情は窺い知れない。


「村が無くなったことも、父さんがもういないことも、誰かが私を狙っていることも、知らない場所に行くことも……全部、怖いです」

「……」

「でも、父さんは私に生きてほしいって言ったから」


エンデが顔を上げて、アルバを見上げた。

アルバとエンデの視線が交差する。


「―――だから、行きます」


まっすぐな言葉だった。

迷いのない声に、アルバは目を細めてエンデを見下ろす。

彼女はじっとアルバを見つめ返していたが、突然視線を逸らされた。


「それに、………アルバさんが、守ってくれるんですよね?」


予想外の言葉だった。

自分の名前が出るとは思っていなかったので、アルバは目を丸くする。

だが、すぐに彼は口端を吊り上げると、エンデの言葉に肯定する。


「ああ。俺は、君を守る」

「……ありがとうございます」


エンデが微かに笑って礼を言うと、前を向いて歩き始めた。

歩いていく彼女の背中を僅かな間見つめ、アルバもまた一歩を踏み出す。




二人の逃亡の旅は、朝焼けの光と共に始まった。





***





太陽が頂点に登りきった頃、二人はある森の入り口に立っていた。

ツァイト村から南に下った位置にある、ルボワの森と呼ばれる場所である。

世界樹の周囲を覆う「魔物の森」と呼ばれる森程広大というわけではなく、深いというわけでもない。

木々の合間から木漏れ日が降り注ぐさまは美しく、魔物さえ現れないのなら散歩道に最適な場所だ。


「この森を通るんですか?」

「ああ。此処を抜ければ、ヴァーナ興国はすぐだ」

「そうなんですか……」


アルバの後を、周囲を見回しながらエンデがついていく。

表情はまだ暗いが、少しは元気が出てきたのだろうか。

とはいえ、そんな簡単に受け入れられるものではないのだから、空元気なのかもしれない。

そんなことを思いながら、アルバは現れた植物型の魔物を切り捨てる。


「きゃ……っ!」


真っ二つに切り裂かれて地面に転がった魔物に驚いてか、エンデが声を上げた。

その声に、アルバは振り向いて尋ねる。


「……エンデ。君は、戦った事が無いのか?」

「はい。村からは出たことが無かったので……」


彼女の立ち振る舞いから予想はしていたが、アルバはなんとなく意外に感じた。

恩師は娘を溺愛していたが、自衛の術を何故教えなかったのだろうか。


「……」


答えが出る筈もないので、アルバはその考えを隅に追いやり、荷物の中からある物を取り出した。


「それは…?」


彼の手の中にあるのは、一本の杖。

長さは90cm弱。杖と呼ぶよりかは短杖と呼ぶべきだろう。

黒塗りの杖の両端には、赤い宝石のようなものがついている。


杖を受け取ってしげしげと眺めるエンデの呟きに、アルバは簡潔な答えを返した。


魔導具(まどうぐ)だ」

「……魔導具?それが、ですか?」


彼は無言で頷く。



魔導具というのは、マナを動力源にする道具のことだ。

遥か昔に存在していた文明で造られた兵器が大元であり、それはマナを大量に消費する代わりに、強大な威力を持つ攻撃を放っていたと言われている。

二十五年前に集結した戦争でも、「魔物の森」の付近に存在する遺跡から発掘し、使用したらしいが仔細はわからない。

戦争の影響で滅んでしまったノレッジ、という都市国家では盛んに魔導具の作成が行われていたらしい。この話も、真偽は定かではないのだが。


兵器としての魔導具が日用品へと姿を変えたのは、十年前のことだ。

エーベルト、そしてフェアフィールドという学者の二人が、ただの兵器であったそれを武器、そして日用品への改良に成功したのである。

マナを僅かに消費するがそれも微々たるもので、日用品としての魔導具は大量に製造され、どの国にも存在しているのだ。



「武器として使える物がそれくらいしかなかった」


元々、アルバは余り荷物を持たない人間だ。

今回その杖を持っていたのは、ツァイト村に訪れる前の仕事の報酬として貰った物である。

彼は魔導具を使わないので、ヴァーナ興国に戻ったら売るつもりだった。


「何も持っていない、というのも心許無い。もしもの時の為に持っていてくれ」

「わかりました」


エンデは頷き、杖を抱きしめるように握りしめる。

だが、彼女は顔を上げて、アルバに尋ねた。


「あの、これ…魔導具ってことは、魔術も使えるということですか?」


武器としての魔導具は、ある一部の人間にしか使えない神秘の術―――魔術を使うことが出来るようになる。

ただし、限られた属性のみしか使えない。また、はじめのうちは初級魔術しか使えないが、武器を使っている内に、中級、そして上級の術を使えるようになるのだ。


その問いかけに、難しい顔をしてアルバが答えた。


「そうだな。使おうと思えば使えるだろうが……君はそういう訓練をしていないから、難しいと思う」

「……そうですか…」

「君が望むなら、魔導具を扱う知り合いに声をかけてみるが?」


アルバの申し出に、エンデは慌てて首を振る。


「い、いえっ…そこまで迷惑をかけるわけにも行きませんからっ」

「そうか」

「でも、ありがとうございます。杖、大事にしますね」


大事にするのではなく、ちゃんと使ってくれればいいのだが。

そう思ったが、あくまでも杖は自衛の手段。使う機会が無いに越したことはない。

アルバは無言で頷いた。





***





二人は順調にルボワの森を進んでいた。

森といっても迷うほど深いわけではなく、ちゃんとヴァーナ興国に向かう為の道も整備されている。

魔物も何度か現れたが、それらはすべてアルバの手により切り捨てられていた。


「……」


今もまた、アルバは淡々と作業のような調子で、小型の狼のような魔物を二体、顔色も変えずに切り捨てた所だった。

エンデが地面に転がった魔物の足を見て、体をびくりと震わせながらアルバに話しかける。


「ま、魔物が多いですね……」

「いや……此処はまだ少ない方だ」

「そ、そうなんですか……?」

「ああ」


森の奥へと進みながら、二人は話を続けた。

とはいえ、話す内容は少ない。お互いまだ出会って間もない上に、アルバ自身、好んで会話をする人間ではないからだ。


「……アルバさんって、戦うことに慣れているんですね」


エンデの会話の中に含まれていたある言葉に、アルバは口を噤む。

彼は少しばかり記憶を遡った後、ちらりと横目でエンデを見た。


「……アルバさん?」

「アルバでいい。それに、敬語もいらない」

「え……」


彼の言葉を聞いて、エンデの顔がきょとんとしたような表情に変わる。


「……君は普段、敬語を使って話しているわけではないようだったから。話しやすい口調で話した方が楽だろう?」


今、アルバと話している時のエンデは敬語を使っているが、ツァイト村で恩師と会話していた時は敬語を使っていなかった。素の口調は後者だろう。

もう一つ付け加えるのなら、自分が敬語を使われるのが好きではないという理由もある。


エンデは恐る恐るアルバを見上げて尋ねた。


「……でも……アルバさんって、私より年上ですよね?」

「どうだろうな。そこまで離れていないと思うが」

「え?アルバさんって、いくつですか?」

「19だ」


アルバの答えに、エンデは目を丸くする。

予想外。顔にでかでかと書いてある彼女に、アルバは苦い表情で聞いた。


「俺は一体いくつに見えたんだ?」

「23、4さ………えと……20歳は越えていると、思っていました」

「………」


複雑な表情をしていたのだろうか。

沈黙したアルバに向かって、エンデが頭を下げて一言言った。


「………すいません」

「……いや、気にしていない」


アルバは首を横に振る。

本当のことを言うと、実は少しショックだったりするが、気にしていては話も始まらない。


「……まあ、慣れていけばいい」

「わ、わかりま……じゃなくて……わかった。アルバ……さん」


エンデのたどたどしい口調に、道はまだ遠いなとアルバが考えた―――その時。


「―――!」


不意に、アルバは表情を険しくして、腰の剣に手をかけた。

エンデが戸惑ったような表情で、彼に声をかける。


「アルバ、さん……?」

「―――下がれ、エンデ」


アルバは一言そう言うと、ある一点にじっと目を凝らした。


「……いるのはわかっている、何者だ」


彼は低い声で言い放つ。

アルバの誰何の声に―――果たして、応える者があった。


「―――嫌だなぁ、そんなに睨みつけないでくれよ」


森の奥から現れたのは、一人の男。

年頃は二十代半ばか後半か。癖のない茶髪に赤茶色の瞳を持つ、人の良さそうな顔立ちだ。

黒いコートを身に纏っているので服装はわからないが、長い剣を背負っている。

彼は人の良さそうな顔に柔和な笑みを浮かべると、ひらひらと手を振った。


「だって、ほら。こんな所で男女がいちゃいちゃしてたみたいだったから、つい気になっちゃって」

「い、いちゃ……!?」


男に笑顔で言われた言葉に、エンデが目を見開いて言葉に詰まる。


「え?違うのか?」

「全然違いますっ」

「そうなのかぁ。てっきり、デートか何かだと―――思ったんだけど、な!」


彼は笑いながら剣に手をかけて、引き抜くと同時にアルバに襲いかかった。


「っ!」


アルバも剣を鞘から抜き放つと、男の剣を受け止める。

互いの刃がぶつかり合い、鈍い金属音が森の中にこだました。


「ははっ、やっぱり受け止めるかぁ」

「……狙いは、彼女か」

「あ、よくわかったね。てっきり気付かないかと思ったんだけどな」


切迫した鍔迫り合いの中、それでも男は人の良さそうな笑顔を浮かべたままだ。

アルバは男の剣を受け流し、そのまま斬りつけようとする。

だが、その一閃を男は紙一重でかわしていた。彼の首に赤い筋が浮かび上がるも、やはり気にした様子は無い。


「―――そういうわけだから、さ。エンデちゃんは、俺が貰うよ」


男は長剣を一度振ると、にっこりと笑う。


「―――絶対に、渡さない」


対峙するアルバは、無表情で剣を構え直した。







魔導具はそのまま、『まどうぐ』と読みます。

……やっぱり用語集的なの作った方がいいかなぁ、これ……。


ちなみに、アルバの見た目は年相応だったりします。

エンデが何故アルバの年齢を20歳以上に思ったかというと、やたらと落ち着いてる(?)印象があったからという裏設定。


次回はバトルになる予定です。


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