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Eine wichtige Sache  作者: 夕子
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6/16

旅の始まり

※※※ 注意! ※※※


今回の話は人が死ぬなどの少々残酷な表現があります。

そのような話が苦手な方は注意してください。





ツァイト村は穏やかでのどかな、自然豊かな村だ。

人々もまた穏やかに、そして平和に、日々を謳歌している。


―――少なくとも、昨日まではそうだった。


だが、二人の目の前に広がるものは。

それは焼け焦げた大地と、原形を留めないほどに破壊された、かつて家だったものの残骸だった。

盗賊に焼かれなかった木材も焼かれたのか、所々燃えている場所もある。


「これは、一体……」


アルバはランタンを手に、周囲を見回す。

家の残骸の下に男が倒れているのを見つけて近寄ってみたが、男は既に事切れていた。

男の胸は赤く染まっている。致命傷を一突きされたらしい。

同じように殺された人間を、彼は知っている。


アルバは目を細めて呟いた。


「……盗賊の砦と同じ……」


アルバの脳裏に浮かんだのは、先程の屋敷の地下で対峙した、黒いコートを纏った人物。

あの者ならばと考えるも、すぐにそれは不可能だと気付く。

屋敷からツァイト村までは遠すぎる。


周囲には馬のような動物はおらず、馬小屋のような建物も存在していなかったのだから、彼らは徒歩で動いていた筈―――


「……とう、さんは…………父さんは、どこ………?」


エンデが茫然と呟いた言葉は、アルバの思考を止めるには十分だった。

彼は思わず振り返り、エンデと目が合う。彼女は今にも、泣き出しそうな表情をしていた。

ぞわりと、背筋が粟立つような感覚が奔る。


「……師匠を探そう」


アルバはなるべく平静を装って、彼女に言った。

彼の言葉にエンデが今にも零れそうな涙を拭い、唇を引き結んで頷く。


二人は村の奥に向かって進み始めた。





***





村は完膚なきまでに破壊されていた。

アルバが来た時には焦げていながらも、何とか原形を留めていた家々は土台ごと壊されている。

村人は至る所に倒れている。家々の残骸に埋もれている者もいた。道の真ん中で倒れている者もいる。

逃げ惑う村人達を執拗に狙い、殺したような惨状だ。


「……!」


ふと見やった先にあった光景に、アルバは顔を歪めた。

倒れている村人達の中に、抱き合う母子の姿があったから。

盗賊に攫われ、ようやく戻ってこれたと思ったら、再び村が襲われた。

……なんて、惨い。


「……っ」


隣で息を呑む音がして、彼は横目でエンデを見る。

彼女は村人達を見かけるたびに立ち止まっていた。それが父でないことを悟って安堵の息を吐くも、知人の死に泣き出しそうな表情に変わる。その繰り返しだった。


「……君は…やはり、村の入り口で待っていた方がいいんじゃないか」

「…………大丈夫、です」


アルバの言葉に、全く大丈夫に見えない表情でエンデが答える。

彼は嘆息し、エンデの姿を一瞥した。

血の気が引いて青ざめた表情に、ふらふらと頼りない足取り。

これで大丈夫だと信じられる人間がいるなら、一度会ってみたいものだ。


「……だが、」

「……あ、」


アルバとエンデの言葉は、同時に発せられた。

彼は口を噤んでエンデを見る。だが、彼女はアルバの視線に気付かずにある一点を見つめ、大きく目を見開いた。


「―――父さんッ!!」


エンデが叫ぶや否や、村の奥に駆け出していく。

アルバは後ろを振り返った。エンデが向かう先は、瓦礫の山。

木材が燃えているのか、所々が明るくなっている。その中で、倒れている恩師の姿が炎に照らされていた。


師の姿を認め、アルバもまた彼女と同じように走り出す。


「父さん……父さん!!しっかりして…ッ!」


エンデが屈み込んで、必死の表情で父の体を揺らした。


恩師の体は血まみれだった。

腹、そして背中からとめどなく血を流し、周囲の地面を赤く染めている。

それでも握った剣を離さないのは、彼の武人としての意地なのだろうか。


「………!」


アルバが彼女に追いつき、地面に投げ出された恩師の体を見た瞬間、彼は悟る。

…もう、手遅れなのだと。


「………ぅ」


その時、微かに呻くような声を上げて、恩師がゆっくりと目を開けた。

絶望に染まっていたエンデの表情に、僅かに明るさが戻る。


「父さん……ッ!」

「……エンデ、か。……よかった。無事、だったか……」


いつもは気難しい光を宿している恩師の瞳が、娘の姿を捉えて穏やかな色を見せた。

エンデがその言葉に、涙を浮かべながら微笑む。


「ばか…ッ!私よりも、父さんの方が重傷じゃない……待ってて、今手当ての道具を」


探してくるから。そう言って立ち上がろうとした彼女を、恩師が制する。

戸惑ったような表情をするエンデに、息も絶え絶えに彼が言った。


「いい。もう、手遅れだ。……俺は、助からない」

「そんな……」

「自分の体だ。自分が、一番わかる」


最後の言葉に、彼女の体から力が抜ける。

アルバはそんなエンデの隣に腰を下ろすと、恩師の瞳を覗き込んだ。


「アルバ、か。………君に、任せたのは……正解だった、な」

「師匠……一体、何があったのですか」


アルバの問いに、恩師は緩慢な動きで首を振る。

彼は悲しげな声で、ぽつぽつと話し始めた。


「……わから、ない。…だが、奴等は………突然、襲ってきた。…………村は、全滅だ」

「……そんな………」


エンデの瞳から一粒の涙が零れ落ちた。最早、堪えられないのだろう。

それを皮切りに、彼女の頬に次々と涙が伝っていく。


「……どうして…こんなことに……ッ!」

「………」


アルバはエンデを慰めようと、手を伸ばしかけた。だが、その動きは半ばで止まる。

アルバでは、彼女の嘆きを止められない。


「……っ」


彼は伸ばした腕を戻し、手を握り締める。

自分は無力だと、そう思いながら。


「…………俺の、責任だ」

「……師匠?」


今まで黙り込んでいた恩師が、突然口を開いた。だが、アルバの声に答えない。

それはアルバやエンデに聞かせる為、というよりも、自分に対して言い聞かせるような、そんな響きが込められていた。


「………アルバ」

「……はい」


恩師が、アルバを呼ぶ。

彼がその声に答えると、恩師はまっすぐにアルバを見つめて言ったのだ。


「頼む。どうか娘を、エンデを守ってくれ―――」


予想もしていなかった言葉に、アルバが戸惑ったように目を瞬く。

泣き続けていたエンデも自分の名前が出た為か、ぼんやりとした表情で死に逝く父を見つめていた。

恩師は二人の反応を見、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。


「この先、エンデを狙う人間が、現れる」

「………彼女を?」


どういうことなのか、まったくわからない。

アルバがその疑問を口に出しかけた時、恩師が苦しそうに咳き込み始めた。

その唇の端から、血が零れ落ちる。


「父さん!!」

「師匠…っ!」


だが、二人の声に恩師は答えない。

もう時間がない。そう言うかのように、恩師はアルバを見上げていた。


「頼む、アルバ…!」


その必死な表情に、アルバが目を細める。


エンデを、彼女を狙う集団から、守る。

それがどんなに大変なことなのかは理解している。きっと、一度や二度の話ではない。

何度も、何度も、それこそ気が遠くなる程に、襲撃は続くのだろう。

恩師の頼みは、無謀であり、無茶なものなのだ。


だが―――


「……わかりました」


アルバは恩師の瞳を見つめ返し、ゆっくりと首を縦に振る。

―――恩師の最期の頼みを、アルバに断れる筈が無かった。


「エンデは、俺が守ります」

「……ありがとう」


恩師はうっすらと微笑むと、エンデに目を向ける。


「……父さん……」

「エンデ……すまない……お前を守ると、誓って、いたのに………」

「……最期の言葉みたいに、言わないで………」


エンデから零れ落ちた涙が、恩師の頬に落ちた。

彼は目を細めると、彼女の目元に手を伸ばし、涙を掬い取っていく。

力無く落ちかけた腕を、エンデが握りしめた。


「………お前だけは、どうか……生きてくれ………」

「いやだよ……父さん、死なないでッ!!」


それは、聞いた者の胸を抉るような悲痛な声。

だが、恩師はそれに応える事無く、掠れた声で言葉を紡ぐ。


「どうか、幸せに………俺……の………可愛い、娘―――」


最後に祈るように囁いて、彼の体からゆっくりと力が抜けた。

同時に、エンデの手の中から師の腕がすり抜けて、大地に力無く落ちる。


「……父さん………」


エンデが再び恩師の手を握りしめた。だが、もうその手が握り返してくることはない。

それでも、何度も彼女は父の名を呼ぶ。


「父さん…父さん……起きて、父さん……っ」


彼女とて、理解はしているだろう。

ただ、認められない。……認めたくないだけなのだ。


「起きて………目を、開けてよぉ…ッ」


エンデが泣きながら、師に縋りつく。

静かになった村の中で、彼女の咽び泣く声だけが、挽歌のように響いていた。





***





「……」


アルバは無表情ともとれる沈んだ表情で、恩師の顔を見下ろす。

その顔は、眠っているように穏やかだ。


死に際に、愛する娘に会えたからだろうか。それとも、愛する娘をアルバに託せたからであろうか。


「……」


彼は顔を上げると、静かに立ち上がった。


「―――エンデ」


傍らの少女の名を呼ぶ。

彼女の嗚咽は止まらなかったが、アルバの声に顔を上げた。


「……行こう」

「……どこへ、ですか……?」

「わからない」


彼は首を横に振り、だがすぐに言葉を続ける。


「だが、此処にいれば、君を狙っているという連中に襲われる」

「……」

「……俺は、師匠の最期の頼みを守りたいと思う。君が生きてほしいという、願いを」

「……」


エンデは黙り込んだままだった。

じっと父親の顔を眺める彼女の胸中は、アルバにはわからない。

だから、彼は静かにエンデの答えを待った。


「……」


暫く、二人の間に言葉は無かった。

冷たい風が、二人の頬を撫でていく。


「……せめて、」


エンデの唇が動いた。

頬を涙に濡らしたまま、彼女は小さな声で言う。


「父さんと、村の人達のお墓を………作っても、いいですか?」

「……ああ」


その時、空の端から光が覗く。

太陽で空が真白に染まり、ツァイト村に優しい光が差し込んだ。






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