表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Eine wichtige Sache  作者: 夕子
Beschleunigen
5/16

謎の館にて



既に、夜の帷は下りていた。

群青色の布に銀を散りばめたような美しい夜空に目もくれずに、アルバは辿り着いた目的地を見つめていた。


盗賊の砦を後にして一時間弱。

目的地は思いの外近くにあった。


「……」


そこは打ち捨てられた屋敷であった。

長い間放置されていたのか、石造りの壁には大量の蔦が絡みついている。

屋敷の入り口である扉の前には、黒いフードコートを着た人物が一人立っていた。

年齢はわからない。体格はいいので、おそらくは男だろう。


「……見張りは一人、か」


アルバは腰の刀に軽く触れると、屋敷に向かって歩き出す。

落ち葉を踏む音が響き、黒コートの男がアルバに顔を向けた。

彼は男とある程度距離を取った位置で足を止める。


「すまない。道に迷ってしまったんだが、此処が何処だか教えてくれないか」


善良な旅人を装って尋ねた問い。

その答えは、無言で向けられた剣によって返された。

男は剣を振り上げて、アルバに襲いかかってくる。


「……交渉決裂か」


アルバはそう呟きながら、後ろに跳んだ。

一拍置いて、彼が立っていた場所に剣が振り下ろされる。


アルバは鞘から剣を引き抜くと同時、地面を蹴った。


「―――はッ!」


剣と剣とがぶつかり合い、金属音が響き渡る。

二度、三度と剣が重なり、火花が散った。


「…くっ!」


男の声に焦りが混じる。

体格も身長も、男の方が圧倒的に上だ。

だが、その攻撃の全ては、アルバに受けられ、防がれ、容易に流され、弾かれる。


「……」


対するアルバの表情に、焦りは見受けられない。

どこまでも涼やかな瞳。それは、彼がまだ余裕であることを示していた。


「この…くそっ!!」


男がアルバの剣を弾いて、彼から距離を取る。

だが、アルバは男が体勢を立て直すよりも早く、地を蹴った。


「ちぃ…っ!」


即座に間合いを詰めたアルバが、男に向かって剣を振り下ろす。

男が咄嗟に一歩下がって攻撃をかわしたが、アルバは振り切った剣を、手首を返してそのまま切り上げた。


「う、が……ッ!!」


切り裂かれた個所から血が飛び散り、男は呻き声をあげて倒れ伏す。

男の体から力が抜ける。死んではいない、気を失っているだけのようだ。


「……」


アルバは考えた末、男をこのまま放置することに決めた。

彼は剣を鞘に納めると、屋敷の周囲をぐるりと一周する。

他に入り込める場所があるかと思っていたのだが、どうやら入り口として機能しているのは、屋敷の玄関である扉一つのみのようだ。


「……仕方ない」


溜息交じりに呟いて、アルバは扉に手をかけた。

手に力を込めると、木が軋むような音と共に扉がゆっくりと開いていく。

彼は一人分は通れる程度に扉を開けて、滑り込むように中に入った。


扉は軋んだ音を立てて、閉じられた。





***





室内は薄暗かった。

壁に取り付けられている小さな照明のみが、闇をほんの少しだけ薄くしている。

薄明かりに照らされた室内は、朽ちかけた外観と違って、住めるようにある程度整備はされているようだった。


周囲に人の気配はない。

二階だろうか、と階段を見てみるが、石造りの階段は崩れてしまっていた。

何とか登れないだろうかと階段に足をかけようとしたが、触れるだけで崩れてしまう。


「階段は使えない……となると、残るは地下か」


アルバは足音を殺して歩き出した。

屋敷には部屋がいくつかあるものの、そのほとんどが使えないものだった。

それ以外の部屋は、鍵がかかっているのか開かなかった。


「……」


暫く通路を歩いている内に、突き当たりに差し掛かる。

突き当たりには、地下に続く階段があった。

ホールや通路以上に照明が使われている上、階段はどこよりも整備に気を使っているようで、朽ちかけた屋敷のものとは思えないほどだ。

どうやら此処を頻繁に使っているらしい。


アルバは階段に罠の類などが無いことを確認すると、階段をゆっくりと下り始めた。





***





「やはり、……に……れて…たか」


その声が聞こえたのは、階段の終わりが見えてきた頃だった。

アルバは一度歩みを止めてから、先程よりも慎重に、一段ずつ、一段ずつ、下りていく。


「……だが………いでは………無い…」


声は中性的なもので、男なのか、女なのか、判別がしにくい。

そんなことを考えながら、彼は階段を下りきった。

地下は上より短い距離の通路が続いており、その奥には一つだけ扉がある。

其処から、微かに明かりが零れていた。


「……」


アルバは気配を殺して扉の傍に近付くと、中を覗き込む。


「―――しかし、これはどうするか……」


まず彼の視界に映ったのは、何者かの背中だった。

屋敷の入り口にいた男と同じようなコートを着ている上にほっそりとした体格の為、性別も年齢もわからない。

視線を下げると、石造りの台座の上に寝かされている少女がいた。

恐らくは彼女が恩師の娘―――エンデであろう。


「無理にやれば、壊れる。かといって、慎重にやった所で取り出すのは不可能……」


黒コートの人物はしばし思案に暮れた後、不意にコートの中に手を差し入れる。

コートの中から引き抜かれた手の中にあったのは―――レイピアにも似た、細身の剣。


「―――いっそ、殺して取り出しますか」


剣が少女に向けられるよりも早く、アルバが扉を開け放って部屋の中に飛び込んだ。

黒コートの人間が後ろを振り返った瞬間、アルバは剣を振り下ろす。


「くっ!!」


ガィン!

鈍くも鋭い金属音が、狭い地下室にこだました。

アルバの剣は黒コートの人間には届かずに、細身の剣で防がれている。

お互いに一歩も引かない。二つの剣はぎりぎりと嫌な金属音を上げながら鍔迫り合った。


「……何者、ですか」

「……」

「ふ…だんまりですか。それならそれで、考えが、ありますけど、ねッ!!」


黒コートの人間が、強い力でアルバの剣を弾く。

アルバが後方に跳んで下がった瞬間、黒コートの人間は剣を顔の前に寄せて、何事かを呟き始めた。


「……形無き水、我に従い我が刃となれ―――」

「!」


黒コートの人間が立つ場所を中心にして、薄青に輝く魔法陣が広がった。


「―――リキッドアロー!」


黒コートの言葉が終わった瞬間、何本もの水の矢が弧を描いてアルバに襲いかかってくる。

アルバは足に力を込め、床を蹴った。

水の矢が、アルバの背後で地面に突き刺さった。


そんなことには目も止めず、アルバは黒コートに向かって剣を振りかぶる。

黒コートは細身の剣でそれを受け止めた。

それだけに留まらず、細身の剣が流れるようにアルバの剣の軌道を逸らし、アルバの顔面めがけて襲いかかる。


「っ!」


彼は咄嗟に顔を横に逸らして避けるも、黒コートの人物の攻めは終わらない。

避けられたと見るや、すぐさま剣を引き、再度突きを繰り出してくる。―――先程より、速い。


だが、同じ攻撃を食らう程、アルバも愚かではない。

彼は剣の腹で、突き出された刃を受ける。

黒コートの人物が細身の剣を戻した瞬間、アルバは剣を横薙ぎに切り払った。だが、それも防がれる。

アルバの剣が弾かれるも、すぐさま体勢を整えて攻撃した。


剣がぶつかる度に金属音が響く。断続的に何度も、何度も。

何度目かの打ち合いで、鍔迫り合いになる。

実力は拮抗しており、押しては引いての争いになるのかと思われた。


「……はァッ!」

「な……ッ!?」


だが、アルバは強引な力業で、細身の剣を押しのける。僅かに、黒コートの体勢が崩れた。

黒コートの人物に向かって剣を振り下ろすも、ぎりぎりの所で避けられてフードの裾を切るだけに終わる。


「―――フレイムエッジ!」


唐突な魔術の発動。

円盤状の炎の刃が黒コートの掌の上に現れ、そして回転しながら襲いかかる。

アルバはそれを後ろに跳んで避け―――台座に寝かされた少女に手を伸ばした。


「しま……っ!」


黒コートの人間が声を上げる。

アルバの目的は、元々エンデという少女の救出だ。戦闘をするのが目的ではない。


「待て!」

「……」


アルバは黒コートの声を無視して少女を抱き上げると、そのまま全力で駆けて屋敷を後にした。





***





屋敷を後にしてから、およそ一時間弱。

行きと違い道がわかっているので、帰り道は楽だった。

夜明け前には村に戻ることができそうだ。


「……ん、」


アルバが少女を背負い直したとき、微かな声が聞こえてくる。


「…ここ、は………?」

「……目が覚めたか」


彼が一度立ち止まって、背後の少女に声をかけた。

顔は見えないが、どうやら戸惑っているようである。


「……貴方は?」

「君を助けにきた、ただの傭兵だ」


彼女の問いに、アルバは淡々とした声で答えた。

助けに、とぼんやりとした声で呟く彼女に、アルバは静かに頷く。


「盗賊に攫われた君達を助けてほしいと、君の父君に頼まれた」

「え………父さんに?」

「ああ。……君がエンデで間違いないな?」


確認の為尋ねると、はい、という返事が返ってきた。

だが、彼女はすぐに、慌てたように声を上げる。


「あ!その、私、歩けますので…っ!」

「…そうか?」

「は、はい」


アルバが屈むと、少女は恐る恐るといった様子でアルバの背から降りた。

彼は振り返ると、改めて彼女を見る。


肩口で切り揃えた髪は、限りなく黒に近い紫色。双眸は淡い藤色。

服装はシンプルな薄紫色のワンピースに、紫色の可愛らしい靴と、いかにも女の子が着ていそうな格好だ。

アルバは基本的にそんな少女と関わらない仕事をしているので、なんとなく新鮮味を覚えた。


彼女はアルバを見上げると、深々と頭を下げる。


「えっと……助けてくれてありがとうございます」

「ああ」

「私、エンデっていいます。……貴方は?」


最後の言葉に、アルバは僅かに首を傾げた。

だが、すぐに自分の名を尋ねられているのに気付いて、彼は口を開く。


「アルバだ」

「……アルバさん?」

「アルバでいい」


アルバ。

エンデが再び彼の名を呟くと、不思議そうな顔をしてアルバを見上げた。


「……どうした?」

「……なんだか、初めて会った気がしなくて……はじめまして、ですよね?」


彼女の言葉に、アルバは肩を竦める。


「はじめまして、ではないな。何度か会った事がある……筈だ」

「え?」

「俺は、君の父君……アンファング殿に、弟子入りしていたことがあるから」


エンデが目を瞬いた。

アルバはそんな彼女を見てから空を見上げて、僅かに顔を顰める。

少々話し過ぎたようだ。


「……それより、早く戻ろう。このままだと、ここで夜を明かすことになる」

「あ、はい」


アルバが歩き出すと、エンデも僅かに遅れて歩き出す。

二人はそのままツァイト村に向けて歩いて行った。






こんにちは、そしてお久しぶりです。

ようやくテストも終わったので投稿再開しました。……が、戦闘シーンって難しいですね……orz

もっとうまく書けるように精進したいと思います。


RPGの定番魔術っぽいのも出せました。

某『~のRPG』風の魔術っぽくなってますが、一応オリジナルです。


次回はなるべく早めに更新しようと思っています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ