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Eine wichtige Sache  作者: 夕子
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ハジマリ

その世界はいつからか、「アヴァロン」と呼ばれていた。

誰が呼び始めたかは定かではないが、その世界に住む者達は皆、この世界がアヴァロンという名であることを知っている。




アヴァロンには巨大な大陸が一つある。

左を向いた矢印のような歪な形をした大陸で、その中央部にはとても広い森が環状に広がり、森の中心でとても大きな大樹が育っていた。

「世界樹」と呼ばれる大樹は、世界の命たるマナを生む。


左、つまり西側の大陸では、人間がいくつかの国を作って暮らしていた。

彼等は平和に暮らしていた。だがある時、人々は世界樹の森を通り、誰も見た事がない東の大陸を見てみたいと望むようになった。人々は挙って森へと殺到したが、誰一人として東の大陸を見ることは叶わなかった。

その理由はわからない。

巨大な獣に襲われたと言う者もいる、獣のような人のような得体の知れぬ化け物に襲われたと言う者もいる、人知を超えた謎の術によって追い出されたと言う者だっていた。

いつしか人は森から離れていき、世界樹の森はいつからか「魔物の森」と呼ばれ、誰も立ち入らない魔境と化したのだ。


東の地を諦めた人々は愚かなことに、西の地を支配しようと画策を始める。

平和だった大陸は、瞬く間に戦禍に包まれた。


一つの戦争が終わっても、5、6年経ってから、また新たな戦争が始まる。

一つの国が戦いで勝利しても、また別の国が興り、新たな戦いが始まる。


戦いは時代を変え、国を変え、延々と続いていた。

だが、惰性のように続いていた戦争は、ようやく終幕を迎えた。


それが25年前のこと。

35年前に始まり、10年間続いていた戦争だったが、ある都市国家の犠牲により、ようやく長かった戦いの時代は終わりを告げたのである。


だが、その傷跡はあまりにも深かった。

何度も何度も続いた戦争に使われた兵器の影響で、マナは大幅に減少していたのである。

世界樹がマナを生み出しても、それを超える量のマナが減ってしまう。

世界の命であるマナが減り続ければ―――出る答えは一つだった。




その世界はいつからか、アヴァロンと呼ばれている。

だが、その名で呼ぶ者は誰もいない。




かつての理想郷(アヴァロン)と呼ばれた世界は―――緩やかに、だが確実に、滅びに向かっている。





***





大陸の中央にそびえる世界樹より、はるか西の果て。

アルフヘイム王国のツァイト村のはずれにある小山で、真紅に染まった空を眺める一人の青年がいた。


十代後半か二十代初めだろう年頃の青年である。艶のある黒い髪に、褐色の肌が印象的だ。

切れ長の瞳の色は、深みのある藍色をしている。

簡素な黒い服の上に濃藍色のロングコートを着ており、夜闇に紛れやすそうな格好だ。

腰に帯びているのは、片刃の長剣。


「………」


彼は無表情で空を眺めると、ふと上げていた視線を下へとずらした。

視線の先にあったのは、古いがしっかりとした造りの木製の砦。


「……どう、攻めるか」


そんな呟きを零す青年の名は、アルバと言った。





***





時を戻す事数時間前。


アルバが其処に立ち寄ったのは、本当に気紛れのようなものだった。


数年前、アルバに剣の指導をしてくれた恩師が住むツァイト村。

仕事帰りにその村の傍をたまたま通りかかり、彼は恩師の住む村に足を運ぶことに決めたのだった。


「………!」


かつて歩いた道を再び歩く事に懐かしさを感じていたアルバだったが、不意に鼻孔を掠めた臭いに足を止める。

のどかなこの場所では、絶対に嗅ぐ筈が無いと思っていた。


それは―――血の臭い。


その臭いを嗅ぎ取った瞬間、彼の脚は力強く大地を蹴った。

真っ直ぐ続く道をひたすら駆けていく内に、ツァイト村が見えてくる。

だが、アルバの視界に映ったのは、かつて彼が剣を学んでいた時の、穏やかでのどかな村ではなかった。


木で出来た家は燃えていたのか、黒く焼け焦げ、焦げくさい匂いが漂っている。

人々は手や足などを押さえ、呆然と地面に座り込んでいる有様だ。怪我が軽そうな何人かの男が、怪我人に肩を貸したり何事かを指示している。


「………盗賊か?」


普段はアルフヘイム王国の隣国であるヴァーナ興国で活動しているアルバがこの近辺まで足を運んでいたのは、それが理由だった。

彼が仕事中盗賊の姿を見ることは無かったが、この村を襲っていたのだろうか。


「―――怪我人はこれで全てか?」


アルバが村の入り口で思案していた時、大きくは無いがよく通る声が響く。

彼が顔を上げると、中年の男が怪我人に肩を貸している姿を認め、アルバは村に足を踏み入れた。


「手伝います」


恩師が支えている方と反対の肩を貸しながらそう言うと、中年の男が僅かに目を見開く。

訝る光を帯びていた男の瞳が、アルバの姿を見て僅かに緩んだ。


「………懐かしい者が来たな」


二人は怪我人を医師に預けると、村から少し離れた場所で向かい合う。


「2年ぶり、か?久しいな、アルバ」

「……はい、お久しぶりです」


アルバが律儀に一礼してから、村を一瞥した。


「…師匠、これは……」

「察していると思うが、盗賊だ。最近、この近辺で出没していてな」

「やはり……」


男の言葉にアルバは頷いて、再び村に目を向ける。

だが、その村にある違和感を覚え、彼は目を細めた。


「………」

「……どうした?」


師の声にアルバは振り返り、声を潜めて問いかける。


「………村の女性が見当たらないようですが……?」

「……察しがいいな、君は」


ほんの僅かに苦い笑みを浮かべた男は、すぐに口元を引き締めて彼の問いに答えた。


「麦や酒を持って行かれた挙げ句、この村の若い娘は全て盗賊達に攫われた。その中に、エンデ……俺の娘も入っている」

「娘……?」


アルバは自分の記憶を探り、その少女の存在を思い出そうとする。


―――そういえば、いたな。


彼がこの村にいた時は殆ど修練場に入り浸っていたのでちゃんとした面識は無いが、確かにこの師には娘がいた。

その娘を恩師は殊の外甘やかして育てていた。

おそらく、彼は今すぐにでも盗賊のアジトに特攻したいに違いない。


だが、恩師にはそれができない。


「………怪我人が多い」


アルバは小声で呟いた。

村には若者も多くいるが、その殆どが軽くない怪我を負っている。

彼の呟きに、男は溜め息を吐いた。


「無謀にも真正面から盗賊に挑んだからだ。止めたが聞きもしなかった、結果がこの有り様だ」

「……なるほど」

「怪我人が多すぎて、動くに動けないのが現状だ」


男の表情は変わらないが、疲弊しているのは見て取れる。

若者達が怪我をしていなければ、ある程度の策は講じられた。

が、今の村の状態では、下手に盗賊の住処に突撃するわけにもいかない。そういうことだろう。


「師匠、盗賊の数はわかりますか」

「……大体、11、2人ほどだった筈だが」


12人。

その言葉に、アルバは僅かに思案する。

だが、すぐに答えを出して、彼は男に言った。


「―――俺が行きます」


アルバの言葉に、男が微かに目を見開く。


「……君一人で、か?」

「はい。12人程度なら、問題はないと思います」


男の言葉に、アルバは淡々と返した。

そんなアルバの様子を見、男は視線を落とす。


「君がその筋で有名なことは知っている。……だが、」


男はまだ迷っている様子だった。無理はないとはいえ、事態は一刻を争う。


「師匠」


アルバは再び口を開く。


「俺一人で、大丈夫です」


彼の真っ直ぐな言葉に、男が折れたのはその数秒後のことだった。





***





そして、時は現在に戻る。


アルバは一歩足を進める毎に、段々と近くなっていく砦を見て首を傾げた。


「……妙だな」


盗賊達は一向に姿を見せない。

砦は高台にある。アルバの姿はもう随分前から見えていた筈だ。

アルバが何者かわからない以上何人かは出て来ると思っていたが、予想が大きく外れてしまった。


「……」


彼は薄暗い砦を見上げ―――ふと気付いた。


「……灯りが点いて、ない?」


既に夕暮れ時だ。

太陽が沈み始め、真紅の空が深い藍色に変わっていく時間に、ただの一つも明かりが灯らない。


アルバは早足で砦の入り口に駆け寄った。

得体の知れない、奇妙な予感がした。

彼は砦の入り口に手をかける。


「………っ!」


扉を開いた瞬間、鉄の臭いが鼻に付く。

部屋の中は薄暗かった。だが、その臭いが全てを語っている。

駄目押しのように、アルバの背後から夕焼けの赤い光が届き、室内を真っ赤に照らした。


「………酷いな」


アルバの口から、ただ一言が零れ落ちる。

砦の中は夕陽の光に負けないほど、赤く染まっていた。


「攫われた者は無事なのか……?」


彼は砦の中に入ると、そのすぐ傍の壁に掛けられていたランタンを手に取る。

灯りを点けて部屋の中を照らすと、凄惨な光景が浮かび上がった。

床は盗賊達の血で赤黒く染まり、その上に折り重なるように男が倒れている。

それはさながら、地獄のような光景。


「……」


アルバは倒れている盗賊に近寄り、一度黙祷をしてからその傷を検分する。


男の傷は、剣によるものだった。

武器を振り上げる暇さえ与えられずに、致命傷を一突きにされたらしい。おそらく、即死だろう。

他の男達も見ようとアルバが立ち上がった時、背後からガタリという音が聞こえた。


「!」


アルバは振り返ると同時、鞘から剣を抜いて背後の何かに突き付ける。


「―――何者だ」

「ひ……っ!」


アルバの背後にいたのは、一人の少年だった。まだ年若い、13、4の少年だ。

少年は突き付けられた剣に怯えてか、腰を抜かして座り込む。

彼は両手を上げながら、震える唇を動かして言った。


「お、おれは……ここで、働いてて……っ」

「……此処で何が起きた?」

「おれだって、よく知らない……」


少年はかたかたと震えながら、泣き出しそうな顔で叫ぶ。


「お頭達にツァイト村の女を攫ってくれって、そう頼んだヤツが……お頭達を殺したんだっ!!」

「……何?」


少年の言葉に、アルバは微かに目を見開いた。


ツァイト村が盗賊に襲われたのは、初めから仕組まれていたということだろうか。

だが、一体何故。ツァイト村は、アルフヘイム王国のはずれにある小さな村だ。

そんな村をわざわざ狙うのは何故なのか。


アルバは剣を鞘に収めると、少年に尋ねた。


「その人間がどこにいるかわかるか」

「……知らない。けど、此処から西に行った所にあるって、お頭達は言ってた」

「お前達が攫った女性達は?」

「地下に閉じ込めてる。……あ、でも」


少年は思い出したように、ぽつりと言葉を付け足した。


「エンデっていう女の子だけ、連れていったみたいだ」


エンデ。

その名前を、彼は知っていた。

数時間前の恩師の言葉が、アルバの脳裏に蘇る。



―――その中に、エンデ……俺の娘も入っている



「師匠の、娘が……?」


アルバは戸惑いを隠せずに呟いた。


盗賊達にツァイト村の女性を攫うように依頼した謎の人物の目的は、恩師の娘だったということなのか。

だが、その意図がわからない。恩師に対して何か恨みを持つ者がいて、娘を攫って苦しめようというのか。

だが、恩師がどう言う人物か知っているアルバには、その可能性は極めて低いように思われた。

それに、ツァイト村に恩師がいると知っているのに、わざわざ盗賊を使ってまで娘を攫う理由がわからない。


「……」


思案に暮れていたアルバだったが、此処で考えても栓無いことだと気付く。

これからどうするか。そんな思案をほんの数秒で終わらせた彼は、座り込んだままの少年を一瞥した。

アルバの無表情が恐ろしかったのか、少年はたじろいだ様子で彼を睨む。


「な、なんだよ……」

「……攫った女性達をツァイト村に連れて行ってくれ。それくらいなら、お前にも出来るだろう?」


アルバの言葉に、少年が目を丸くした。


「あんたが連れていけばいいじゃないか」

「俺はエンデという娘を助けに行く。だから、お前に頼んでいるんだ」

「……盗賊だぞ、おれ」


少年は唇を尖らせる。子供が拗ねているとわかる典型的な表情だ。

だが、こういう時にどう言えば分からないので、アルバは無表情のまま言葉を紡いだ。


「……今すぐ足を洗うんだな」

「…兄ちゃん、もう少し気の利いたこと言えないの?」


アルバは苦い表情で、少年の頭を小突いた。





ようやく本編が始まりました。

面白いと、少しでも思ってくれればいいのですが……。

ちなみに、最初に世界観の説明がありますが、まあ、こんな世界観なんだなーと、頭の隅に留めてくだされば。


次回の更新は2月の初めを予定しています。

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