quattro.1
翌朝、杏はとても温かいものに包まれて目を覚ました。
目を開けると凛の顔が目の前にあった、杏の手はシッカリと凛のシャツをつかんでいた。
「あのまま、寝ちゃったんだ」
杏がゴソゴソと動くと凛が目を覚ました。
「おはよう」
「おはよう」
「昨夜はありがとう。お礼だよ」
杏が凛にキスをしようとして凛の目を見ると凛の目から一瞬光が消え、唇が触れる寸前で離れた。
「ご、ゴメン。冗談だから」
「どうしたんだ?」
「な、なんでもないよ」
凛の目をもう一度確認するといつもの凛の目になっていた。
光が消えた凛の顔がとても怖く心臓の鼓動が大きくなっていた。
『な、なんだったの? 凛はどうしちゃったんだろう。まだ、ドキドキがとまらないよう』
杏は心の中で呟いていた。
どうして? なんて理由を聞けるわけも無く話題を換える。
「今日は泳がないの?」
「今日は、キャンセルだな。天気も良くないし体もだるいしな」
「私の所為だよね?」
「違うよ、雨の所為だ」
「そ、そうなんだ」
店に出勤すると葛城が鼻歌を歌いながら仕込みを始めていた。
「葛城、ご機嫌だな」
「そりゃそうですよ、明日は杏ちゃん歓迎ビーチパーリーですよ」
「そうか、明日か。忘れていたよ」
「大丈夫ですか? 凛さん、なんだか今日は少し変ですよ」
「昨日、帰りに雨に降られてずぶ濡れになったから体がだるいんだよ」
「杏ちゃんは大丈夫なんでしょうね!」
「あそこで元気に仕事しているだろう」
何とかランチを終わらせたものの凛の体調が良くないのは誰が見ても判るくらいになっていた。
「凛さん辛そう大丈夫かな。楓」
「でも、凛さんに休めなんて言っても聞かないもん」
「言う事を聞かないって言う事?」
杏が不思議そうに楓と柚葉に聞いた。
「そう、凛さんは絶対に休まないの。だから時々葛城がパーフェクトマシーンって呼んでいるでしょ」
「私が言ってくる」
「杏ちゃん駄目だよ」
2人の制止も聞かずに杏はソファーで休んでいる凛に話しかけた。
「凛、そんなに辛いなら帰って休んだら」
「大丈夫だ」
「誰が見ても大丈夫そうじゃないから言ってるの!」
「今日は、大切な予約が入っているんだ。無理だ」
「もう、凛の馬鹿! 心配して言っているのに。もう知らない」
それを、遠巻きに見ていた楓達が肩を落とした。
「ああ、やっちゃった」
「何を騒いでるの準備をしなさい、時間でしょ」
オーナーの亜紗が事務所から顔を出した。
「はーい」
ミーティングも終わりディナーが始まった。
予約のお客様は早い時間のご来店だったので食事も終わりドルチェを楽しんでいた。
杏がキッチンを見ると凛が笑顔で仕事をしている。
「何で、笑顔で居られるの?」
杏は不思議に思った。
しばらくすると、凛がチーフの藤崎と何かを話していた。
「らしくないですね。凛さん」
「すいません。チーフ」
「いつでも頼ってもらって良いんですよ、仲間なのだから。オーナーに話してきます」
「お願いします」
凛が藤崎に頭を下げると藤崎が事務所に行きオーナーと一緒に出てくる。
そして藤崎がキッチンに入りオーナーがホールに立った。
凛は2人と入れ替わりに事務所に入っていった。
「どうしたの? 凛が心配?」
杏の顔を見て亜紗が話しかけてきた。
「あんな奴、どうなっても知らないんだから」
「本当にしょうがない子ね。事務所を覗いてきなさい」
「えっ?」
「いいから早く」
「は、はい」
杏が渋々事務所を覗き込むと凛はパソコンに向かい何かをしていた。
「どうしたんだ杏?」
凛は振り向かずに杏に言った。
「何でもないもん」
「書類の整理をしているだけだよ、貯まっていたんでな」
杏がドアを閉めてホールに戻ると杏の顔から不安は消えていた。