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nove.1

それから数日後、凛の姿はARIAには無かった。

店では凛が居ない為に早く出勤して掃除をしている。

楓と葛城が外を見ながら話をしていた。

「凛さん、また東京だって。今度は帰れるかわからないって言ってたね」

「そうだな、でも凛さんが決める事なんだろう。しょうがないさ楓や俺が口出しできる問題じゃなさそうだしな」

「そうだね」

そこに、柚葉が出勤してきた。

「おはよー」

「おはよう」

「お通夜みたいだね。楓達」

「仕方が無いだろ」

「でも、こんな所凛さんが見たら怒るよ。きっと」

「そうだよね。柚葉」

「そうそう、それに今日は『彼はグランパ』の映画の製作発表がある日だよ」

「でも、驚いたよな。ヒロイン役が杏ちゃんだぞ」

「だけど杏ちゃんも、今一番大変な時だからね」

「可哀想にかなり強引な移籍なんだろ」

「どこかの悪徳プロダクションが大金を叩きつけて移籍させたらしいよ」

「まるで人身売買だな」

「はぁ、杏ちゃん。辛いだろうなぁ」

「もう、柚葉までお通夜みたいになったじゃん。馬鹿」


3人がテーブルでうな垂れていると事務所から亜紗が出てきた。

「葛城君、少し手を貸してちょうだい」

「はい。何をするんですか?」

「これを、テーブルに運んで欲しいの」

「これって、テレビをですか?」

「時間が無いの。早く運んでちょうだい」

「分かりました」

亜紗に言われるままテーブルにテレビを運んで映る様にセッティングまでしていた。

「これから、何が始まるんですか?」

「これは、今後のARIAにも係わってくる問題なの。どうしてもあなた達には知っておいて欲しいの」

亜紗がテレビをつけると、すでに何かの会見が行われていた。

さつきコーポレーション? 代表取締役就任会見。何ですかこれ? オーナー」

「ねぇ、葛城。あそこに映っているのって……」

楓が言葉を失い唖然としていた。

「り、凛さんだ!」

柚葉が叫んだ。

「はぁ? 何で凛さんがあんな所に居るんだ? 皐((さつき)コーポレーションて言えば日本を代表する大企業ですよ。その会社の取締役に凛さんが就任したなんてどう言うことですか?」

葛城が亜紗に詰め寄った。

「そうなの、これが杏ちゃんをここに置く為に凛が私と交わした約束なの」

「でも、こんな事になったら杏ちゃんとは……」

「それに、大好きなこのお店とも……」

楓は愕然とし柚葉も体から力が抜けてしまった。

「そして、凛のもう1つの仕事さえ諦めなければならない」

「そんな、馬鹿な。どうして凛さんが」

「そう言えば、オーナーの苗字も確か皐……まさか」

「楓ちゃん、そのまさかよ。私は会長の娘なの、そして妹の双樹も。これは前々からの約束だったの。私か双樹の結婚相手が会社を継ぐという。双樹は凛と結婚してそして死んでしまった。私は未婚のまま。凛は断り続けてきたの、自分にそんな資格はないと。でも今回の杏ちゃんの件で私が交換条件にこの事を言うとあっさり承諾したの」

「どうして凛さんはそんな大切な事を簡単に……」

「楓ちゃん、それは私にも分からない。たぶん凛自身も杏ちゃんの事を何とかしてあげたいという思いから承諾したんだと思うわ」

「それで凛さんはあんな事になったんですね」

「ば、馬鹿。葛城」

楓が葛城の脇に肘を当てた。

「あ、すいませんでした。オーナーも辛い思いをしているんですよね」

「良いのよ、もっと早く凛が杏ちゃんの正体に気が付いているのを知っていたらこんな事にならなかったんだから」

亜紗が唇を噛み締めた。するとテレビの会見を逃さず見ていた柚葉が何かに気が付いた。

「あれ? この会見会場ってグランパの製作発表の会場と同じホテルだ」

「柚葉ちゃん、それ本当なの?」

「ええ、確かですよ。もうテレビでも始まっているはずですよ」

「どうしたんですか? オーナー」

葛城が亜紗の顔を見ると何かに気付いたようだった。

「凛の要望で急に会見会場がこのホテルに変更されたのよ。まさかあの子」

「そう言えば柚葉。グランパの作者って謎だらけなんでしょ」

「うん、その話は有名だよね。男性と言う事意外、何も公表されていない謎の人物。会った事あるのは出版社と今回の監督くらいじゃないかなぁ。でも判る事が1つだけ、あれだけ詳しく石垣島を舞台に使って居るって事は石垣島に住んで居るか、住んでいた事がある人なんだよ」

「でも、杏ちゃんがヒロイン役で会場に居るからって凛さんが会える訳じゃないですか」

「それが、出来るのよ。凛なら」

「まだ、何かあるんですか?」

「柚葉ちゃん、チャンネルを変えてちょうだい」

「判りました」

柚葉がグランパの映画製作発表の番組にチャンネルを変えた。

「杏ちゃん。元気がないね」

「移籍の事があるからな」


映画制作発表の会場では監督や出演者が並んで座って記者からの質問に答えていた。

原作者の席だけが空席でその隣の席で杏は叔父に言われた移籍の事を考えていた。

あの日。叔父に呼び出された杏は信じられない事を言われたのだ。

「杏、お前の移籍が決まった新しい事務所は大企業の子会社だ」

「移籍なんて私……」

「しょうがないだろ、先方がどうしてもと大金を積んできたんだ」

「うちも色々と大変なんだよ。判ってくれ。住まいはその事務所が手配するから」

「やっぱり商品なんだ」

「タレントなんてそんなもんだよ。元気でやれよ」

今は涙を堪えるので精一杯で制作発表どころではなく次々にされえる質問にも緊張と不安から、あやふやな返事しか出来なかった。


凛は会見を終えてホテルの階段を駆け上がっていた。

「社長、どこに行かれるんですか。この後、会長達との打ち合わせがあり時間が無いんですよ」

「橘! 秘書のお前に言われなくってもそんな事は判ってるよ。俺にも時間無いんだ」

秘書の橘が凛を追いかけていた。

そして、ある会場の前で止まり息を整えてメガネを掛けて会場内へと入って行った。

会場に入いるとドアの直ぐ側に杏のマネージャーの西川が立って会見を見ていた。

「あなたがこんな所で何をして居るの? 待ちなさい」

舞台へと進もうとした凛を見つけて西川が立ちはだかった。

「退いてくれないか、邪魔だ」

「関係者以外立ち入り禁止のはずよ」

「俺は、関係者だ」

「ふざけないで何でも自由に出来ると思ったら大間違いよ」

2人の言い争いに気が付いて根岸が駆け寄ってきた。

「凛さん、どうしてここに……」

「根岸、俺の席に案内してくれ」

「良いんですね。本当に」

「ああ、構わない」

「あなた達、何を訳分からない事を言っているの?」

「あなたこそ失礼でしょ。この方が原作者の仲村 歩先生です」

呆れ顔の西川を尻目に凛と根岸は舞台に向かう、そこに杏の叔父が近づいて来た。

「社長、あの男をぶっ潰しましょう」

「西川、それは無理な相談だ……」

「でも、小説の原作者なんて高が知れているわ」

「相手が皐コーポレーションでもか?」

「なんで、そんな大企業が出てくるんですか?」

「あの男は代表取締役なんだよ。下の会場で就任会見をしたばかりだけどな」

西川が呆然としている。

「そんな馬鹿な話が……」


根岸が進行役に原作者が来た事を伝えると慌てて紹介を始めた。

「ええ、突然ですが。原作者の仲村 歩先生がこの日の為に始めて公の場所においでくださいました」

今まで謎のままだった原作者の突然の登場に会場が騒然となりフラッシュが光り続けた。

根岸の案内で舞台の席に着いくと一斉に質問が飛び交った。

そんな騒ぎでさえ杏にはどうでもいい事に思え上の空だった。

「私のプライベートな事に関しての質問には一切お答え致しません。映画の質問にも監督や出演者の方々がお答えした通りです」

仲村が毅然とした態度で質問をシャットアウトして見せた。

進行役が冷や汗を掻きながら進行させている。

場内の記者たちも右往左往している。

「浮かない顔だな。夢が叶ったんじゃないのか?」

仲村が前を向いたまま杏に言った。

杏は虚ろな目をしていた。

「面倒くせえなぁ」

仲村がマイクを切って呟いた。

その聞き覚えのある言葉に杏が我に返った。

横を少し見ると濃い茶色のスーツを着たメガネをかけた男性が座っていた。

「誰?」

どこかで聞いたことがある様な声だったが酷く冷たい声に感じた。

「誰は無いだろ。今しがた紹介されたばかりなんだが聞いてなかったのか。原作者の仲村だ」

「あなたが原作者?」

「オーディションで掴み取ったんだろ、今の君を落選した子が見たらなんて思うかな」

「でも……」

「プロならシッカリしなさい。今は映画に集中すべきじゃないのか?」

「すいませんでした」

仲村の言葉で杏の目に光が戻った。

会場も落ち着きを取り戻し、杏も後半は笑顔で対応していた。


無事に製作発表が終わり控え室で杏は西川と話している。

「杏、あんな態度でうちの会社に泥を塗る気なの?」

「もう、関係ないでしょ。私は売られたのに!」

「まだ、正式に契約を結んだ訳じゃないでしょ。契約を済ませるまで私があなたのマネージャーなの。恥を掻かせないでちょうだい、まったく今日はろくな日じゃないわ。あの胸糞悪い男まで現れるし」

「胸糞悪い男?」

「そうよ、あなたの……」

その時、控え室のドアをノックする音が聞えた。

「はい、どうぞ」

西川がドアを開けて対応する。

「失礼します」

「あなたは確か」

訪ねてきたのは根岸だった。西川が怪訝そうな顔をした。

「私は仲村先生の担当をさせて頂いている根岸といいます。先生が夏海 杏さんにお話があるそうです」

「杏、いってらっしゃい。私の仕事はこれで終わりだから。後は新しい移籍先に可愛がってもらいなさい」

そう言って西川は控え室を出て行ってしまった。

杏は悔しくって唇を噛み締めた。


根岸に連れられて使われていない控え室に案内された。

「杏さん。こちらで、少し待っていてくださいね。先生を呼んできますので」

根岸が優しく言って仲村を呼びに部屋を出って行く。

杏は独りになると悔しさと不安で涙が溢れ出した。

そこに誰かが根岸と入って来る。

杏は咄嗟にドアに背を向けて涙を拭いた。

「泣いていたのか?」

舞台の上で聞いた声と同じ冷たい声だった。

「あなたには関係ないです」

緊張と不安から感情が高ぶっていた。

「関係ないか、話せば少し楽になる事もあるだろ」

「事務所の移籍の事でゴタゴタしているだけですから」

「移籍が嫌なら契約しなければいいだろ」

「そんな事すれば私の居場所が無くなるんです。あなたに何が判るというんですか?」

杏が声を荒げた。

仲村と一緒に居る根岸が杏に声をかけた。

「もう少し、落ち着いてください。杏さんが1番会いたかった人ではないのですか?」

「そんな人、ここには居ない……」

杏は決して振り向こうとしなかった。

「面倒くさいなぁ。まったく」

仲村が呟く。

「面倒くさい言うな!」

杏が叫んだ。

「 Ti amo Albicocca 」

その言葉と優しい声で杏が我に返り振り向いた。

そこには根岸の横で優しく微笑んでいる濃い茶色いスーツを着てメガネを掛けた凛が真っ直ぐな瞳で杏を見つめていた。

「り、凛なの?」

「ごめんな、隠していて俺が仲村 歩なんだ」

その声は紛れも無く凛の声だった。

「一目惚れしちゃいましたか?」

根岸が優しい声で杏に言った。

杏の瞳から涙が再び溢れ出した。

「はい!」

杏が凛に抱きついた。

凛の胸にしがみ付きながら号泣すると凛が優しく抱しめた。

しばらくすると秘書の橘がやって来た。

「もう、お時間が」

「今、行くから。ゴメンな、杏。ゆっくり話している時間が無いんだ」

「そうなんだ。私も新しい事務所の人と会わなくちゃいけないから」

「それじゃ、また必ず連絡するからな」

「凛、体は大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ」

凛が秘書の橘と走り出した。

杏は新しい事務所の使いの人と待ち合わせ場所に向かった。


橘に連れられて凛は打ち合わせの場所に到着した。

そこは高級ホテルの応接室だった。

「遅れてすいませんでした」

「珍しい事もあるもんね。いつも時間厳守の凛さんが遅効なんて」

凛は肩で息をしながら上着を脱ぎネクタイを緩めた。

「相談役、何の話なんですか?」

「とりあえず、そこに腰掛けなさい」

「堅苦しい事は抜きで行きましょう。凛さん」

「それじゃ、お義母さん話はなんですか」

「あなた、亜紗を泣かしたらしいじゃないの」

「あれは、ただの喧嘩ですよ」

「そうかしら?」

「すいませんでした」

「謝らなくて良いのよ、仲の良い証拠だもの」

「それで本題は?」

「そうね、凛さんにはしばらくの間、うちの新しい子会社を見てもらいたいの」

「子会社ですか?」

「そうよ、それととりあえずあなたの署名が必要なの」

「署名ですか?」

「ほら、この書類よ」

「判りましたよ」

書類を渡されると凛が内容を確認もしないで署名をした。

「中を読まなくって良いの」

「お義母さんが持ってきた物なら不利益になる様な事はないでしょ」

「あらあら、信用してくれているのね」

「当たり前です。で、何をする会社なんですか」

「プロダクションよ」

「プロダクション?」

「ええ、まだ契約者は1人しか居ないけれど」

「ずいぶん小さな会社なんですね」

「ええ、その分。自由にしていられるでしょう。本社の仕事は私達に任せてちょうだい、でも公の場所には出てもらうわよ」

「判りました。それでその契約者はどこに居るんですか?」

「これから契約するのよ、それからがあなたの最初の仕事よ」

「プロダクションの仕事なんて良く判らないですけど」

「橘が居るから安心なさい。それともう1つ契約が済むまであなたは決して話しかけないでちょうだい。いいわね、約束よ」

「判りました」

その時、ノックする音が聞えた。


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