sette.2
翌日、凛と杏の2人は米原のビーチに来ていた。
「凛、手の怪我は大丈夫なの?」
「大丈夫だよ。こうやって手術用みたいなゴムの手袋をしてグローブをすれば。ほら濡れても大丈夫だ」
「もう、無茶苦茶だよ」
「そんなに心配なら置いていくぞ」
「嫌だ!」
「ほら、自分のシュノーケルとフィンを持って、ブーツは履いたな」
「履いた」
杏はまだむくれている。
「面倒くせえなぁ」
「面倒くさい言うな。ヒッヤァー」
杏が変な叫び声をあげる。
「凛! 恥ずかしいよ」
「暴れるな」
凛がいきなり杏を抱き上げて海の中に歩き出したのだ。
「ヒューヒュー」
「ウォー」
と周りから歓声が上がり杏が赤くなる。
「凛の馬鹿。でもお姫様抱っこ嫌じゃないかも」
凛の横顔を見上げながら小声で言った。
「何か言ったか?」
「べ、別に」
「ほら、この上に立ってくれ」
凛が大きな珊瑚の上に杏を座らせる。
「うん、判った」
杏が立ち上がると凛が珊瑚の上に登ってくる。
「行くぞ」
凛が杏の手を取り歩き出した。
少し歩くとリーフの切れ目の上に出る、そこから先は海の色がコバルトブルーの様な青になっていた。
凛が杏にマスクとフィンを付けさせて波打ち際まで連れて行く。
マスクも着けずに凛が先に海に飛び込んで杏に手招きした。
「凛、怖いよ」
「大丈夫だ。俺が受け止めてやるから」
「う、うん。えい!」
杏が戸惑いながら海に飛び込み凛にしがみ付いた。
「ほら、大丈夫だろ」
「うん」
凛がマスクをつけて杏に声を掛ける。
「海の中を見てごらん」
杏が顔を水に付けるとそこには別世界が広がっていた。
どこまでも澄んだ水で青い世界が広がっている。
凛が少しだけエサをまくと色とりどりの小魚が無数に集まってくる。
さながら竜宮城の様な幻想的な世界だった。
しばらく小魚と戯れてから、リーフ沿いに凛が杏の手を引きながら泳ぎ出した。
右手には色とりどりの珊瑚があり、左手には何処までも青い世界が広がっていて。
そこを大小さまざまなカラフルな魚達が泳ぎ回っている。
凛が止まって水面から顔をだすと杏も水面から顔を出した。
「どうだった?」
「もう、言葉が出てこないよ。凛、ありがとう」
杏が凛の首に腕を回して抱きついた。
「おいおい、くっ付き過ぎだ」
「凛は嫌なの?」
「嫌なのかと聞かれれば、嫌じゃないけど」
「もう。いっつも微妙な答えなんだから。そうだ、凛は潜る事出来るの?」
抱きついたまま杏が凛に聞いた。
「出来るけど、杏は1人で水面に居なきゃいけないんだぞ」
「大丈夫だよ。私、泳げるし。少しコツもつかんだから。何かあれば絶対に凛が助けてくれるもん」
「そうだな、それじゃ潜ってみるか」
杏が水面に浮いたのを確認し凛が少しはなれて大きく息を吸いジャックナイフで急速潜行する。
5メートル位だろうか潜った所で珊瑚をつかみながら凛が仰向けになった。
「何をするの?」
杏が不思議に思った時、凛が水中で息を吐き出した。
するとその息は泡のリングになり輪を広げながら浮いてきた、そして数個の輪を作って凛がその中を浮上してきた。
凛が水面に顔を出して息を整える。
杏が凛の手をつかんで近づいてきて顔を上げた。
「凛! 凛! 凄い! 凄いよ」
杏が堪らずに興奮していた。
「落ち着けよ」
「だって、だって」
杏がマスクを外すとポロポロと涙を流していた。
「泣く事は無いだろう」
「感動したんだもん。私にも出来るかな」
「まずは潜る練習だな」
「大丈夫だよ、プールで潜るの得意だもん。やってみたい」
「駄目だ」
「何で駄目なの」
「危ないからだ、海を舐めるな」
「舐めてないもん。やる!」
「止めてくれ、杏に何かあったらどうするんだ。ちむ、ぐるしくなるだろ……」
凛は自分が叫んだ言葉にはっとした。
「凛、今なんて言ったの?」
「なんでもない。そろそろ上がろう、体が冷えてきた」
杏をリーフの縁に座らせてフィンを外し先に上がらせる。
「凛てば」
凛は何も答えず自分のフィンを外しリーフに上がりマスクを外して歩き出した。
「ねぇ、凛。怒ってるの?」
「怒ってないよ。大声を上げてすまなかった」
「ごめんなさい」
「杏が謝る事無いだろう」
「でも、私が無茶を言ったから」
「大丈夫だよ、気にするな」
「うん。判った」
ビーチに戻り簡易シャワーで塩水を洗い流す。
「よく流すんだぞ」
「うん、分かってるよ」
車で川平方面に進むと、大きな橋の手前で海側の未舗装の急な下り坂を下りていく。
しばらくすると真っ青な海をバックに可愛らしい白い小さな建物が見えてきた。
「ああ、パンが焼けるいい匂いがする」
「美味しいぞ、ここのパンは」
駐車場に車を止めて店の中に入る、そこは本当に小さなパン屋さんだった。
「食べたい物を買って良いぞ」
「うん、えーと。あれ? カレーパンが無いよ」
「お嬢ちゃん、もう少しで焼きあがるからね」
「はーい」
店のおばさんが教えてくれて、杏がワクワクしながら待っているとパンが焼き上がった。
「カレーパンとそのパンは何のパン?」
「紅芋だよ」
「じゃ、それも。あれ? あの棚の上のパンは何?」
杏が指差したパンは円筒形の大きなパンだった。
「パネトーネ、イタリアのパンだよ。ドライフルーツが沢山入っていてとても日持ちがするんだ」
「それも1つ下さい」
「ありがとうね」
店を出ても杏はご機嫌だった。
「凛、次は滝だよ」
「そうだな。杏、ここだよ」
「ええ、もう着いたの?」
米原方面に少し戻った所にある小さな橋の近くに車を止めて、橋の脇から下に降りるとそこには本当に小さな滝があった。
「新川の滝って呼ばれているんだ」
「何で今日はシャワーだったの?」
「足を水に着けてごらん」
杏が凛につかまりながらゆっくり水に足を着ける。
「つ、冷たい!」
「夏でも火照った体にはかなり冷たいからな。今の時期じゃちょっと無理かな、泳いでみるか?」
杏が横に首を振った。
「それじゃ、行こう」
車に戻り、トンネルの手前の駐車場に車を止める。
「本当に、小川があるんだ」
日曜日とあって周りには地元の家族連れが多く遊んでいた。
「凛、パン食べよう」
「そうだな」
木陰に座り物語と同じ様にパンを食べる。
「ほら、紅芋のパンだ」
「温かい」
「中の餡は熱いから気を付けろよ」
「うん」
杏がパンを食べながら凛を見るといつになく遠い目をしていた。
そっと近づいて杏が凛の持っているカレーパンに噛り付いた。
「えい! 間接キッスだ」
「あ、馬鹿。このカレーパンは」
遅かった、見る見るうちに杏の顔が歪んで口を半開きにして涙をボロボロ流し出した。
「口に入っているのを出すんだ」
凛が手を出すと杏がポロッと口から出した。
「ひんにょ、はかー、かりゃいよー(凛の、馬鹿!辛いよ!)」
「ほら、お茶でも飲むんだ。書いてあっただろう激辛だって、馬鹿が」
「ひょれ、りょうすりゅの?(それ、どうするの?)」
杏が喉を鳴らしながらお茶を飲んで言った。
「何を言ってるんだ?」
「それ、りゃよ」
杏が凛の手にある杏がポロッと出したパンを指差した。
「こうするんだ」
凛が指先に乗せて手のひらをパチンと叩くとパンが宙に舞った、それを口で受け止めて食べてしまった。
「あっ、食べた」
「悪いか? もったいないだろ。それに作ってくれた人に申し訳ないだろ」
「親子でも恋人でもないのに」
「いけないのか?」
「いけなくないけど! 凛が怒ってる」
凛がバツの悪そうにそっぽを向いた。
「ここって隆羅が海に始めて本音を少し漏らした所だよね。私も凛の本音を少しでも聞きたいなぁ。さっきの『ちむ ぐるしくなる』って心が苦しくなるって事だよね、本心からの言葉なのかなぁ」
杏が膝を抱えて体を揺すりながら凛を横目で伺う。
凛が頭を掻き毟りながら立ち上がった。
「ああ、本心だよ。咄嗟に口をついて出た言葉だ、本心に決まっているだろう。ああっ、もう行くぞ」
凛が気まずそうに車に向かい乗り込んだ。
「待ってよ、凛」
杏も慌てて車に乗り込むと凛は直ぐ車を出した。
そして於茂登トンネルに入った。
「本心だったんだ。嬉しいな」
「杏、頼むからあまりからかわないでくれ。杏だって俺と似た様な辛い経験したんだろ」
凛の言葉にハッとした。
杏に何かあったらと叫んだ凛の言葉を思い出した。
もし凛になにかあったらと思うと胸がキュンと締め付けられた。
「凛、ちむ ぐるしいよー」
「凛に何かあったら私、私……」
「嫌ぁ! 凛が……居なくなっちゃうよ!」
トンネルを抜けても杏は泣き叫んでいた。
速度を上げてあまり人の来ない底原ダムで車を止めた。
「ゴメン、杏。俺が言い過ぎた。泣かないでくれ」
「ああ……凛が……」
「どこにも行かないから、なぁ」
「本当?」
「ここに居るだろ」
「うん」
「落ち着いたか?」
「もう、大丈夫」
少ししゃくり上げているが、落ち着いてきたようだった。
「ごめんな、辛い事を思い出させて」
「うんん、違うの。凛にもこんな胸を締めつける様な思いをさせたのかと思ったら悲しくって」
また、ポロポロと涙を流し始めた、グシュグシュと鼻を啜っていた。
「そんなに泣くからだ。ほら、チンしろ」
「チーン」
「ああ。もう、まるで子どもだな」
「子どもだもん」
杏の鼻にティシュをあてて杏の鼻を拭くと杏が頬を膨らませてそっぽを向いた。
「大丈夫だからな。行くぞ」
「うん」
この時期はフルーツがあまりない事を杏に告げて観光農園をスルーしてみんさー工芸館により、昼の営業時間が終わったマッドティーパーティーを覗いてから図書館に立ち寄り。
ジェラートを食べながらサザンゲートブリッジが見える防波堤に来ていた。
「凛、ここって?」
「考え事をする場所だよ」
「凛も良く来たの?」
「さぁな」
「また、そんな生返事する」
杏は防波堤の上に座り海を眺めていた。
凛は落ち着かない様子で防波堤の上を歩いていた。
「なぁ、晩飯は何が食べたいんだ」
「今日は、お家でゆっくりジェノ何とかのアーリオ何とかのパスタが食べてみたい」
「そっか、それじゃ買い物にでも行くか?」
「ねぇ、凛。何か聞きたい事があるんじゃないの?」
「いや、別に無いぞ」
「変な、凛」
買い物に行き、家に戻り晩飯にする。
杏のリクエストどおりにジェノベーゼソースのアーリオ・オーリオつまりバジルソース入りぺペロンチーノを作りその他にも数品作り家でゆっくりと食事をした。
しかし、凛の心はここに在らずだった。
杏に本心を聞こうと思ったが杏の本心なんかはもう判りきった事だった。
揺れ動いているのは己の心だった。
食事を済ませ片づけが終わると凛が珍しくベッドに仰向けになり手を頭の後ろで組んで何かを考えているようだった。
杏がその横に寝ながらアクアマリンを読み始めた。
「ねぇ、凛」
「何だ?」
「沖縄の言葉って使う時によってニュアンスが違うって書いてあるけれど、本当なの」
「そうだな。でも日本語だったそうだろ、『どうも』と言う言葉にもいろんなニュアンスがあるのと同じだよ」
「それじゃ、ナンクルナイサーって言葉にも色んなニュアンスがあるの?」
「そうだな。前向き、諦め、励まし……ナンクルナイサーか」
「私はアクアマリンの隆羅のナンクルナイサーが好き。凛、最後の夜なんだよ」
杏の声が寂しさを帯びていた。
「ああ、クソ。へタレは俺じゃねえか。しょうがねえなぁ」
凛が大きく深呼吸をして「杏、ドライブに行こう」と杏の目を見て言った。
その目からは迷いが吹っ切れていた。
凛が上着を着て部屋を出て行く。
「凛、待ってよ」
杏が追い駆けて行き部屋の鍵を閉めて階段を駆け下りた。
車に着くと凛はエンジンを掛けて待っていた。
「もう、置いてきぼりにしないで」
「窓を開けるぞ」
「うん」
「少し音楽のボリューム上げるぞ」
「いいけど、あれ?」
いつもはヒップホップ系のミス・マンディの曲がかかっているのに違う音楽が流れ出した。
「凛、いつもと違うね」
「中村あゆみのHeart of Diamondsだ」
「えっ? どこかで聞いた事が、ヒヤァー」
凛が車を急発進させた。
街中をいつもより速い速度で抜け速度を上げてどこかへ向かった。
「凛、どこに行くの?」
凛は何も答えなかった。
しばらくすると林の様な所を抜けると左手に海が見えた。
「ここって名蔵湾?」
大きな橋を越えて少し走ると凛が道路脇の防波堤に車を寄せて止めた。
ライトを消すと闇に包まれた。
凛が車から降りて防波堤に座ると杏も車から降りた。
見上げるとそこには今まで見た事の無いような満点の星空だった。
「す、凄い。星が降っているみたい。生まれてはじめて見た」
「そうか」
「うん、あれ? 星が滲んで見えるよ」
杏の頬に涙が光った。
「こっちにおいで」
凛が杏を抱き寄せて膝の上に座らせた。
「どうしたんだ?」
凛が優しく杏に聞いた。
「だって、怖いくらい幸せなんだもん。大好きになった人と美味しいもの食べて、大好きになった人と大好きな物語のヒロインみたいに過ごして居るんだよ。夢見たいで……でも、もうお別れで……生まれて初めてこんなに人を好きになったの。凛の事が大好きなの!」
凛の胸で杏は泣き叫んだ。
凛は何も言わずに杏を優しくそして力強く抱しめていた。
しばらくすると、杏が凛に話しかけた。
「凛、前に杏の夢は何かって聞いたよね。凛の夢は何?」
「夢か、なんだろうな。今は好きな事も自由にやらせてもらって居るし、今は今で仕事も楽しいし。これからは仕事一筋かな、義姉さんとの約束もあるしな」
「約束? その約束ってもしかして私がここに来た時の約束なんでしょ、何を約束したの? もしかして私の為に凛の夢を諦めるなんて約束じゃないよね」
「そんな約束じゃないよ」
「嘘、それに近い約束なんでしょ。今、凛の目が少し揺らいだもん」
「杏が心配するような事じゃないよ」
「本当に? 凛は何かを守る為ならきっと自分を犠牲にする。それが私の為だったら私はそんなの耐えられない。大好きな人が自分の為に夢を諦めるなんて絶対に嫌!」
「でも、杏は夢か愛かと聞いたらその時にならないと判らないって言っていたじゃないか」
「そうだけど……私なら耐えられない」
しばらく、2人は何もしゃべらなかった。
そして凛が切り出した。
「なぁ、杏。俺の事を好きになってくれるのはとても嬉しい。だけど、本当に俺で良いのか? 杏はまだ若いんだこれからだって色んな出逢いはあるんだぞ」
「今は凛しか見えない。それにこんなに人を好きになれるかなんて誰にも判らないでしょ」
「でも、これ以上踏み込んだら辛いだけだぞ」
「どんなに辛くたっていい! パパとママが死んじゃってから、ずーと1人ぼっちだった。友達も出来なくって叔父さんの仕事をするようになって回りは大人ばかりでライバルだけが増えていった。今までだって私はアクアマリンを読んでグランパを読んで頑張って来たの、頑張ってこられたの。それだけが心の支えだった。そして凛と出逢えて物語のヒロインになれたの。今の私には凛が総てなの凛を失ったらどうなるか判らない。だから、怖くて聞けなかった。凛が優しすぎるから凛の本当を知りたかったけれど聞けなかった。だからこのままお別れしてもいいと思っていた。確かな約束なんて無くても凛にまた会えると思えるだけでよかったのに、もう止まる事が出来ないの。どうしようもなく凛の事が好きになっちゃったの」
「ありがとう、杏。俺も杏に出逢えて良かったよ。誰かを好きになるのが怖かったんだ、2度と辛い思いはしたくなかった。まだ、傷は癒えていないかもしれないでもそれで良いんだって気づいたんだ、いや気付かされたんだ。杏に出逢えた事に感謝している、こんなに1人の女の子を愛おしいと思えるなんて思わなかった。杏、大好きだよ」
「凛、本当に?」
「ああ、これが俺の本心だ」
「凛が好き」
「杏、大好きだ」
凛が杏の目を見つめる。
杏が目を閉じた。
優しく凛がキスをする。
杏が少し怖くなり目を開けるとそこには優しい目が輝いていた。
杏が目を閉じて凛の首に腕を回した。
凛が力強く杏を抱きしめてキスをした。
「また、会いにくるね」
「ああ、いつでもおいで」
「杏が来られないなら俺が会いに行く」
「約束だよ」
「約束だ。いつでも杏を見守って居るからな」
「うん」
翌日の昼過ぎ、2人は羽田空港に居た。
「凛、うちの会社はなんだってする会社だけど大丈夫かなぁ」
「大丈夫だ、心配するな。俺と義姉さんは無敵だぞ」
「そう言えば、何を亜紗さんから受け取ったの? 一応、これを持っておけって」
「身分証明書みたいなものかなぁ」
「意味わかんないよ」
「杏は考えすぎだ。俺を信じてくれ、必ず俺が何とかするから。もし杏にしか出来ない事なら助けてくれよ」
杏のおでこに自分のおでこをくっ付けた。
「うん、判った。凛を信じる」
真っ直ぐ凛の目を見た。
そこに西川が近づいて来た。
「約束は守ったみたいね」
西川が冷たい声で凛に言い放った。
「まるで、約束は破る為にある様な言い方だな。約束は守る為にあるんだよ」
「杏、こっちに来なさい」
「それじゃまたな、杏」
凛が杏の頭をなでて立ち去る。
「またね、凛。私の本当の名前は夏海 杏。杏と書いてアンズだからね」
凛が片手を挙げて杏に合図した。
「または、無いのよ」
西川が不敵に笑った。
「何をしたの?」
杏が驚いて西川の顔を見た。
「あなたには関係ない事よ。行くわよ」
西川が杏の腕をつかんだ。
「嫌、凛さんに何をしたの?」
凛の方を見ると数人のスーツ姿の男が凛に近づき黒い手帳の様な物を凛に見せた。
「警察? 西川さんまさか……」
「ざまぁ見なさい」
その時、凛が亜紗から受け取った物を刑事に見せる。
そして刑事が携帯でどこかに確認すると一斉に凛に向かい敬礼をした。
凛が振り向きおでこに指をあてて笑った。
そして杏が笑うのを見ると両手で投げキッスをして「チャオ」と声を上げてから刑事達と肩を組みながら人ごみの中に消えていった。
「もう、凛のバーカ」
杏が西川に気付かれないように呟いた。
西川の顔を見ると呆然としていた。
「いったい、何者なのあいつ等は。警察も動かせるなんて……」
「西川マネージャー、帰りましょう」
「判っているわよ」
西川が苛つきながら歩き出した。
杏は涼しい顔をして西川の後を歩き出した。
凛の信じろと言った言葉を胸に刻んで。