sei.4
眩しい朝の太陽の光で、凛が目を覚ました。
杏は気持ち良さそうに凛の腕の中で眠っていた。
「杏、起きてくれ」
「う、うんん」
杏が目を覚ますと凛の顔が目の前にあった。
「おはよう、杏」
「えっ、凛? お、おはよう」
凛が杏のおでこにキスをすると杏の顔が真っ赤になる。
「まだ、濡れているが服を着てくれ。帰ろう」
杏があたりを見渡すと昨日の嵐が嘘のように太陽の光が車内に差し込んでいた。
「うん、そうだね」
杏が徐に立ち上がった時。
杏の髪の毛や体がキラキラと輝いて見える。
太陽が雲から出たのだろうか。
さっきよりも更に優しく力強い光が差し込み杏を包み込んだ。
「天使……」
凛が呟き杏を見蕩れていると杏が下着姿の自分に気が付いた。
「ば、馬鹿。凛のエッチ!」
そばにあった自分の服で体を隠した。
「冷たい! まだ、びしょ濡れだ」
「俺のシャツならあまり濡れてないだろう」
「じゃ、借りるね」
杏が恥ずかしそうに凛の大きなシャツを着てスカートを穿いた。
凛はTシャツを着てデイバッグに杏の洋服を押し込んだ。
杏が外に出ようとワゴンのドアに手を掛けるがドアは開かなかった。
「凛、開かないよ」
「どいてろ。せーの!」
凛がドアを思いっきり蹴り飛ばすとドアがガタンと音をたてて外れた。
「さぁ、帰ろう」
「うん!」
外に出て道路に出るとスクーターが海水まみれになりボロボロになっていた。
凛がスクーターを起こしてエンジンを掛けるが掛からなかった。
「スクーター、ボロボロだね」
「そうだな。直せば直るからな、直らなければ買い換えればいい。でも人はそうじゃない怪我は治るけど、その人の代わりは居ないからな。もう無茶するなよ」
「ごめんなさい」
「判れば良いんだ。帰ろう」
「うん、凛は命がけで私を助けて守ってくれたんだよね」
「置いていくぞ」
凛が何も聞こえないかのようにスクーターを押しながら走り出した。
「ねぇ、凛! 聞いてるの? 待ってよ!」
橋の上まで駆け上がり2人は息を切らして立ち止まった。
「綺麗……」
杏が見蕩れている。
街や木々がまだ濡れていてその水滴に反射して朝日に照らされて光り輝いていた。
「台風は、街や空、そして海の汚れを綺麗にしてくれるんだ」
「人の心も綺麗にしてくれると良いのにね」
「でも、こんな景色を見ていると心が洗われるだろう」
「そうだね」
「さぁ、行くぞ。後ろに乗ってくれ」
「うん」
杏がスクーター後ろに乗ると凛が駆け出しスクーターに飛び乗り坂を下りていく。
橋を下りるとそこには1台の車が止まっていた。
「凛、その車は?」
「義姉さんだ」
車を覗き込むと中で亜紗が眠っていた。
窓をノックして亜紗を起こす、亜紗が眩しそうに目を覚まし凛に気が付いて車から飛び出した。
「凛! 無事だったのね。心配したのよ! あれ程連絡しろって言ったのに。あなたって子はまったく。杏ちゃんは怪我はしてない?」
「はい、でも凛が手を」
「凛、見せなさい」
亜紗が凛の左手首をつかんだ。
「痛たたたた」
「たいした事なさそうだけど、とりあえず病院ね。2人とも車に乗りなさい」
「大丈夫だよ」
凛が亜紗の手を振りほどいた。
「凛は大丈夫でも、杏ちゃんが大丈夫じゃないの。ね」
「はい! 凛、車に乗るの」
「判ったよ、乗ればいいんだろ」
凛が車に乗り込み、杏も凛に続いた。
直ぐに病院に向かう。
「なんで連絡しなかったの?」
「しょうがないだろ、何かが飛んできて携帯が吹き飛ばされたんだから。杏の携帯は電池切れだし」
「それで、怪我をしたと。でも何で杏ちゃんは凛のシャツを着ているのかなぁ」
「杏の服がびしょ濡れだったからだ」
「ふうん、そうなんだ。それだけ?」
「そんな変な目で見るな。何もねえよ、義姉さんが考えてる事なんか」
「あら、そうなの。まぁいいわ、杏ちゃんから聞くから」
杏は凛の腕に手を回したまま何も言わず微笑んでいるだけだった。
「さぁ、着いたわよ。凛行って来なさい」
「判ったよ」
凛が車から降りて救急用の入り口に向かうと、杏も車から降りようとして亜紗に呼び止められた。
「杏ちゃんは、ここに居なさい」
「ええ、でも」
杏が亜紗の顔を見るといつに無く真剣な眼差しだった。
「少し話があるの」
「判りました」
「心配しなくっても凛の怪我はたいした事ないわよ」
近くのコンビニで飲み物と食べ物を買って、病院の駐車場に車を止めて話をした。
「さぁ、お腹がすいたでしょ。遠慮しないで食べなさい、今はこんな物しかないけれど」
「いただきます」
杏がオニギリを頬張る。亜紗は缶コーヒーを飲んでいた。
しばらくして杏が食べ終わるのを見計らって、亜紗が話を始めた。
「杏ちゃん、昨夜の事を教えてくれるかなぁ」
「は、はい」
杏は昨夜の事を包み隠さず話した。
「そうなの。そうね確かに杏ちゃんと出会って凛は変わってきている、それは私自信も驚いているの」
「何をですか?」
「凛が1人の女の子を好きになった事」
「でもそれは、LOVEじゃなくてLIKEで……」
「違うわ、LOVEよ。凛は戸惑っているだけ頭では判っているけれど心の傷が踏み止まらせているの」
「そんな事、何で亜紗さんに判るんですか?」
「杏ちゃんを助けに行く時、あの子はこう言ったの。『俺はどうなっても構わないこれ以上何も失う訳に行かないんだ』って、そして真っ直ぐ私の目を見て助けに行った」
「凛がそんな事を……」
杏の目から涙がこぼれた。
「凛の心の傷は凛1人じゃ治せない。誰かが必要なの」
「でも、私はもう……」
「杏ちゃんにお願いがあるの、あと数日でも構わないからもう少し凛の側に居て欲しいの。お願いよ」
亜紗が杏に頭を下げた。
「亜紗さん、頭を上げてください。西川さんを説得してみます、でも出来るか判らないですよ」
「ありがとう、出来るだけ協力はするから」
そこに凛が治療を終えて、病院からでて車に戻ってきた。
「凛、どうだったの?」
杏が凛に心配そうに聞いた。
「骨には異常ないそうだ。でも数針縫われたよ、あの薮め」
「はい、ジュース」
「サンキュー」
「それじゃ、帰ってシャワーを浴びてから西川さんに連絡して話をしましょう」
家に帰りシャワーを浴び着替えを済ませて、西川の宿泊先のホテルに向かう。
亜紗とホテルの駐車場で待ち合わせをし3人でホテルのロビーに入っていく。
ロビーのティーラウンジに西川が待ち受けていた。
「杏! 無事だったのね。怪我はしていないのね。よかった」
「商品に傷がついたら大変ですもんね」
杏が不機嫌そうに言い放った。
「商品だなんて、私はあなたを心配して」
「少しお話をしませんか。西川さん」
亜紗が西川に声を掛けた。
「いいでしょう。少しだけですからね」
相変わらず冷たい声だった。飲み物を注文して話を始めた。
「あなた達が伝説の族あがりだったなんてねぇ」
「まだ、そんな事を言うかしら」
「まぁ、杏が無事だったし。何も無かったみたいだからいいんですけれど」
「最低」
杏がつぶやいた。
「そんな言い方、止めなさい。これから直ぐに東京に戻るからいいわね」
「私、直ぐには帰らない。きちんとけじめをつけてから帰る」
「何を吹き込まれたか知れないけれど時間がないの」
「それなら、西川さん1人で帰ればいい」
「何を杏に吹き込んだの。うちの会社は業界最大手よ、あんな店潰すのは訳無いのよ」
凛は何も言わずただ腕組みをして目を閉じたままだった。
「ガタガタ騒ぐんじゃないわよ。あなたが言うように私と凛は伝説の雷神と風神の総長あがりよ。今でも一声で数百人いや数千人は動かせるのよ。業界最大手だか何だか知らないけれど随分と不義理な事を言うのね。命懸けで杏を守って助け出した男に対して。それに店に何かをして見なさい私が全力で阻止するから」
「まぁ、大きく出たものね。いいわ、時間を差し上げましょう、来週の月曜に東京で待って居るわ。守れなかった時は、覚悟しておきなさい」
亜紗が西村に詰めよると西川が亜紗を睨みつけて言い放った。
「それじゃ、大切な大切な杏ちゃんをお預かりします」
亜紗が深々と西川に頭を下げると凛が何も言わず立ち上がった。
「凛?」
杏が驚いて声を掛ける。
「杏、行くぞ」
「うん」
凛に促されて杏が笑顔で答えた。
「それじゃ、西川さんこれで失礼します」
亜紗がドリンクの伝票を持って席を立ち、先に歩き出し凛と杏の後を追った。
「覚えておきなさい」
西川が苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ホテルを出ても凛は何も言わずに歩いていた、その後を杏が小走りで追いかける。
亜紗がその後ろからキーレスで車の鍵を開けると凛が駐車場に止めてある亜紗の車に乗り込んだ。
「凛、どうしたの? さっきから何も言わないし」
「ふふふふ……あはははは……」
凛が突然笑い出し亜紗も車に乗り込んだ。
「凛、何がそんなに可笑しいの?」
「義姉さんは、相変わらず相手を手玉に取るの上手いな。恐れ入るよ、まったく」
「ええ、あれは演技だったの?」
杏が驚いた。
「演技じゃないけれど、昔から相手を乗せるのが天才的に上手いんだよ」
「でも、数千人も動かせるって」
「嘘じゃないさ。でもそれは伝説じゃなく、義姉さんなら日本だって動かせるぞ」
「凛、馬鹿な事は言わないの」
「はいはい、判りました」
「それじゃ、とりあえずお店に行きましょう。皆、心配して待っているわよ」
亜紗の車で店に向かった。
駐車場ではチーフの藤崎、楓、柚葉、葛城の4人が待っていた。
車から降りると、楓と柚葉が駆け寄ってきて杏に抱きついた。
「杏ちゃん、無事だったんだ。よかった」
「怪我はしなかったの」
「楓ちゃん、柚葉ちゃん心配掛けてゴメンね」
「本当によかった」
「凛が守ってくれたの」
杏が少し赤くなった。
「流石、凛さんだよね」
「あれ、手に怪我してる。名誉の負傷だね」
柚葉が凛の怪我に気が付いた。
「たいした事じゃないよ。さぁ、店の掃除をするぞ」
「「「はーい」」」
3人が元気に返事をした。
手分けをして飛んで来たゴミを片付け窓を掃除する。
ネットを外し植木を表に出して凛はキッチンで何かを作り始めた。
「クソ! この手じゃ力が入らねえか」
「凛さん、何をしているんですか?」
葛城が悪戦苦闘をしている凛を見かねて声を掛けてきた。
「もう直ぐ、片付けが終わるから皆の食事を作っているんだよ」
「手伝いますよ」
「悪いな」
「何を言っているんですか。名誉の負傷している手で」
しばらくすると、料理が出来始めた。
掃除と片付けを終えて皆が店に入ってくる。
「いい匂い」
「うわぁ、美味しそう」
テーブルには美味しそうな、料理が並べられていた。
「お疲れ様、終わったみたいだな。食事にしよう」
凛が声を掛けた。
「はーい」
全員で食事をする。
「そう言えば、杏ちゃんは帰らないといけないんじゃ」
楓が不安そうに切り出した。
「うん、そうなの。来週の月曜日に東京に」
「そうなんだ、寂しくなるね」
柚葉が寂しそうに言った。
「もう、会えなくなるわけじゃないだろ」
凛が笑顔で皆に言う。
「でも、杏ちゃんって……」
葛城が呟く。
「杏は杏だ。違うのか、葛城」
「そうですね、もう会えなくなるわけじゃないし。杏ちゃんが何者だろうと杏ちゃんは杏ちゃんですよね」
葛城が納得する。
「皆、ありがとう」
「何も何も、友達じゃん」
「うん、そうだね」
「凛、あなたが責任を持って東京まで送り届けなさい。それまで、仕事は休みなさい」
「義姉さん。そんな事」
「その手でどうやって料理を作るの?」
「チーフと葛城君よろしく頼んだわよ」
「判りました」
「了解しました」
藤崎と葛城が大きく頷いた。
「それじゃ、今日はお店も開けられないし。明日からまた頑張りましょう」
「はい」
「それじゃ、食事が済んだら解散よ」
ワイワイと皆で食事を楽しんだ。