言い訳は「幼馴染がたまたま体調を崩してしまった」ですか〜クズ婚約者さん、いつまでも黙っていると思ったら大間違いですわよ?〜
まだ空気が冷たい、とある春の日の午後。
王都にあるローゼンベーグ侯爵家の応接間。
エリシア・ローゼンベーグ侯爵令嬢は、婚約者であるレオポルト・アクセンティア侯爵令息と、机を挟んで座っていた。
「なぜ昨日、私の誕生日を祝う夜会に来てくれなかったのですか?」
「しょうがないだろう、幼馴染のミラが、急に体調を崩してしまったんだ。彼女は私がいないと咳が止まらなくなるんだ」
「前回のお茶会も、私をエスコートする約束だった王妃様主催のダンスパーティーも、レオポルト様は当日になって欠席なさいました」
「それについても、もう謝っただろう! その時も、ミラがたまたま体調を崩してしまっただけだ」
レオポルトは、乱暴にカップを置いた。
「たまたま……ですか。たまたま、私との約束がある日に限って体調が悪くなると。そして、たまたま約束の日が過ぎると、体調が回復すると。そういう事ですか?」
「お前は医者か? 医者が病気だと診断しているんだ。そして、僕といるとミラは安心できて、落ち着くと言っているんだ」
そう言うと、レオポルトはエリシアを睨みつけた。
「そうですね。私は医者ではありません。でしたら、よければ、ミラ・アンダーソン男爵令嬢を見ている医者の名前を教えてくださりませんか? また、どんな病名なのかも」
「そんなこと知ってどうする」
「決まっているじゃありませんか。ローゼンベーグ侯爵家の名にかけて、きっちりと病気を治すことができる、適切な医者を手配しますわ」
そう言ってエリシアは扇子を開き、にっこりと笑った。
レオポルトは不快そうに眉を顰めた。
「不要だ。すでにこちらの家から、信頼できる医者を手配している」
「では、なぜ治らないのかしら? どんな病気なのでしょう。よっぽど重い病気なのかしら。そうだとすると、王都から離れ、療養した方が良いのではないでしょうか?」
「そうだとしても、お前が決めることじゃない。素人が、口出しをするな」
「ですから、あなたの大切な幼馴染を助けるために、情報を教えてくださいと言っているのですよ」
レオポルトは、その時、自分が何も知らない事に気がついた。
幼馴染の病気がなんであるか、どんな治療をしているのか。いつ治る予定なのか。彼は何も知らなかった。
「……わかった。今度、病名や治療の現状について、連絡しよう」
「まあ、ありがとうございます! 信じておりますよ、レオポルト様」
「では、今日はこれで失礼する」
そうして、レオポルトは立ち上がり、背を向けて侯爵邸から出て行った。
エリシアがどんな表情をしていたのか、彼は気にも留めなかった。
「これが、本当に最後のチャンスですわよ」
そのつぶやきは、誰にも聞こえなかった。
♦︎
「若旦那様。ミラ様の主治医がやって参りました」
「通せ」
アクセンティア侯爵家の応接間。
レオポルトは、エリシアに約束した手前、幼馴染ミラの主治医を呼び出していた。
「こんにちは、レオポルト様。お元気そうで何よりです」
「ああ、今日は挨拶はいい。それよりも聞かせてくれ、ミラの病気についてだ」
医者の表情が強張る。
「何を聞きたいのでしょうか」
「ミラの病名と、どんな治療をしているのか。それから、いつ治るのかだ」
「……正直に申しますと、わからないのです。呪いや魔術がかけられた形跡もなく、お体もどこにも異常はありませぬ。しかし、時々咳がひどくなり……。おそらく精神的な何かが原因と思われますが、詳細は不明です。レオポルト様がおそばにいる時だけ症状が軽くなるのは間違いありません」
「なるほど……」
(これでは何もわからぬのと一緒ではないか)
「とはいえ、病気であることは間違いないのだな?」
「ええ、咳が止まらなくなるという症状が出ていることは間違いありません」
「私と一緒にいることだけが、解決策か」
レオポルトは、エリシアにどのように報告するか、しばらく考えた。
しかし、すぐに考えるのをやめた。
あいつはただの婚約者だ。家同士の家格から決められた婚約に過ぎない。
ミラは本当に病気なのだ。それなのにゴタゴタ言ってくるエリシアが悪いのだ。
むしろ、エリシアがあんな風におせっかいをしてくるからこそ、治らないとさえレオポルトには思われた。
「もう下がって良い」
「はっ。では、また何かありましたらお呼びください」
主治医が退出する。
「若旦那様。エリシア様には、なんて連絡するのですか?」
「やはり病気だったと言っておけ。治療中であり、引き続きこちらで対処する。介入は不要だ。そのように手紙を出しておけ」
「承知しました」
執事が一礼をする。
レオポルトはやるべきことが終わってスッキリした気持ちになった。
この手紙がどういう結果を招くのか、思いつきもしなかった。
♦︎
春も本格的に訪れ、貴族学院の新年度が始まっていた。
庭園で授業の終わった午後、エリシアは学友たちと紅茶を嗜んでいた。
「婚約解消とはどういうことだ!」
そんな時だった、レオポルトがミラを連れ、エリシアの方に怒鳴りながら歩いてきたのは。
(昔はあんな人じゃなかったのに。どうしてこう変わってしまったのかしら)
エリシアはため息を我慢しながら、いった。
「三十九」
「な、なんだ?」
「この数字がわかりますか?」
エリシアはレオポルトに向かってにっこりと微笑み、紅茶を一口飲んだ。
「もったいぶるな! さっさと言え!」
「この一年、あなたが私との約束を破った回数です」
レオポルトは顔色がサッと悪くなった。
「そ、そんなには、いっていないはずだ。嘘をつくな」
「では、何回だと?」
「うるさい、細かいことはどうでもいい! 婚約解消の申し出について説明しろ」
レオポルトは都合の悪い事実を誤魔化そうと、大きな声を出した。
「ですから、その三十九回が問題なのですわ。一度や二度なら、目を瞑りましょう。しかし、十を越えれば、もう我慢できません。ましてや、二十ではなく三十を超えるということは、私は軽んじていることの明確な証拠でしょう。そんな風に軽んじてくる方と、結婚などできませんわ」
「だから、あれはしょうがない。ここにいるミラの体調が悪くなってしまっていたんだ」
レオポルトは必死に弁明する。
「そうなのですか。ミラ様が、ねえ」
そう言ってエリシアは冷たくミラの方をみた。
ミラは思わず、レオポルトの腕に抱きつく。
それをみて、エリシアの瞳はますます冷たくなった。
「そこにいるミラ嬢の病名や治療の現状について連絡してくださる。そう約束したレオポルト様の返事は何だったか覚えていますか? 『本当に病気で治療中。介入不要。』たったこれだけでした。そんなので、本当に病気だと納得するとでも?」
「うるさい、ミラは本当に病気なんだ! なあ、ミラ。そうだろう」
「え、ええ。そうです。私は本当に病気なのです」
上目遣いでレオポルトを見ながら、涙を浮かべてか弱く病気なのだと主張するミラ。
それを見て、エリシアはフッと笑った。
「ミラ様が病気であろうと無かろうと、それを理由に約束を破った事に変わりはありません」
「……しかし、婚約破棄はできないはずだ。この婚姻には、王家が関わっている。病人であるミラを理由に、婚約解消に王家が納得することはないはずだ」
「ですので、名案を思いついたのです」
「な、なんだ」
エリシアの瞳がキラリと鈍く光った。
「ミラ様のご体調が優れないのは、未知の病気かもしれない。そう思い、王家の医学研究室の教授達を招聘しましたの。伝染病だったら困りますもの。専門家の教授のもとで、隔離されて徹底的に検査していただきましょう」
エリシアがそう言うと、校舎の中から白衣を着た一団が現れ、エリシア達の方に歩いてきた。
「ミラ様、早く病気を治さなければならないですものね。勿論、協力してくださりますよね?」
「わ、わたしは……」
あたりを見渡し、震える声で助けを求めようとするミラ。
しかし、誰も彼女を助けようとはしなかった。否、一人の男がミラの前に立った。レオポルトだった。
「ミラを不当に扱うのは許さない!」
それを聞いて、エリシアは堪えきれず笑ってしまった。
「レオポルト様、本当に病気の可能性があるのに、なぜ治療を不当だと思い、止めようとするのですか? 病気ならしっかりと治す、またとないチャンスですわ」
そう言ってエリシアは、レオポルトの後ろにいるミラのことを睨みつけた。
「さあ、どうぞ。診断を受けてきて下さいませ」
ミラは顔色をさらに悪くすると、ブルブルと震え始めた。 そして、唐突に走り始めた。
「ミラっ!」
「無駄ですわよ」
あわや逃げるかと思った時、一人の令息がミラの前に立ちはだかった。
ミラがオロオロとしている間に、軽装の兵士たちがいつの間にか校舎から出てきて、ミラを捕えた。
「やめて! 離してっ! このっ! 離しなさい!」
周囲の人間たちが注目する中、大声を出して抵抗するミラは、決して病弱な令嬢には見えなかった。
♦︎
検査の結果、ミラ・アンダーソン男爵令嬢は、健康だと診断された。
また、それまでのミラの主治医のカルテも押収され、ミラが仮病で病気を装っていたと結論づけられた。
この調査を受け、エリシアの実家のローゼンベーグ侯爵家側は、レオポルトの実家のアクセンティア侯爵家に対し、正式にエリシアの婚約破棄を申し立てた。
アクセンティア侯爵家は当初、この婚約破棄に抗議した。しかし、社交界でレオポルトがミラを理由に欠席や早退をしていたのは周知の事実であったため、早々に抗議を撤回。
アクセンティア侯爵家は、ローゼンベーグ侯爵家側に、多額の賠償金を払う事になったのだった。
そして、レオポルトは仮病に騙された無能な令息として、社交界の笑い物になり、爵位の継承権を正式に失うと共に、貴族学院を自主退学。
また、ミラ・アンダーソン男爵令嬢は、侯爵家を騙したとして修道院に送られる事になった。
♦︎
「結局一人でいるのは変わらないのね」
エリシアは、王妃主催の夜会で、以前と同じように孤独に立っていた。
以前は婚約者がいたから誰も話しかけてこなかった。けれど、婚約破棄した今、エリシアには婚約者はいない。だが、誰もエリシアに話しかけたり、ダンスに誘おうとはしなかった。
皆、エリシアの方を見るけれど、距離をとった上で様子を伺っていた。
「それもそうか、こんな傷ついた経歴では、誘おうと思う殿方はいらっしゃらないわよね」
エリシアは扇子で口元を隠し、目を伏せると、そっと自嘲した。
その時だった。
「ローゼンベーグ侯爵令嬢、一曲踊ってくださいますか?」
目の前に、短く刈った銀髪に緑色の瞳をした一人の令息が立っていた。
誘ってきた人が誰か分かったエリシアは、思わず聞き返してしまっていた。
「アルカイオス公爵令息様。私で良いのですか? あなたは沢山の令嬢から誘われているはずです。私などと踊っていたら、なんと言われるか分かりませんよ」
「あなただから良いのです」
そう言って、アルカイオス公爵令息はにっこりと笑った。
ふと、元婚約者と決別した日を思い出された。
あの時、逃げようとしたミラ嬢を最後に足止めしてくれた令息は、銀髪だった気がする。
「もしかして、あの日、アンダーソン元男爵令嬢を足止めしてくださったのは……?」
「あなたのお役に立てたようでよかったです」
そう言うと、アルカイオス公爵令息は手を差し伸べた。
「さあ、お手をお貸しください」
なぜアルカイオス公爵令息に興味を持ってもらえているのか、エリシアはわからなかった。
でも、エリシアはその手をとった。
煌びやかなシャンデリアの光の中、エリシアは踊った。
暖かい光に包まれた幸せな時間だった。
踊っている最中、エリシアは思った。
ずっと、ずっと、こんな時間が続けばいいのに。と。
王宮の庭では、色とりどりの花が、今まさに咲き誇ろうとしていた。
まるで、エリシアの未来のように。
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後まで読んでいただけたこと、とても嬉しいです。
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