表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

悪女転生? 死ぬか別ゲーか選ばせてあげましてよ?

作者: あおい蜜葉
掲載日:2026/05/05

タイトル別案『パターンA甲を回避せよ!』

「あつ……っ」


 きっかけは『紅茶が熱かったから』。

 ただそれだけの微細なショックで前世を思い出すほどに、わたくしの精神は限界が来ていたのだろう。


 前世とはつまり「死んだことのあるわたくし」だ。

 今のわたくしの身体は生きているけれど、精神はすり減り、今にも自我が死にそうになっていたと思われる。


 死は引き合う。

 死にかけのわたくしと、死んだわたくしが近くなり過ぎて、不意に前世の記憶が蘇った――と自己分析してみる。


「お嬢様、申し訳ございません!」

「大丈夫よエマ、ヤケドはしていないわ。わたくしがぼんやりしていて、少しびっくりしただけ」


 分析と平行して、目の前で真っ青な顔をしているエマ――修業中の専属メイドとの会話をしているから、心なしか頭が忙しい。

 けれどわたくしがキチンとフォローしなければ、公爵の娘にヤケドをさせたメイドなんて、紹介状なしで追い出されてしまうもの。


 エマは平民だけど、我が家が贔屓にしている大商会の会頭の孫娘。

 身も蓋もないことを言えば『次の代で男爵位を貰う予定の商会成金』から、莫大な持参金を携え、天災などでお金に困った男爵家か子爵家あたりに嫁ぐ予定の、大事な大事な娘さん。

 公爵家の娘の専属メイドとして礼儀修行して、貴族社会を学ぶ――という名目で、いずれ箔をつけて下位貴族に嫁入りする予定の平民ちゃんを、わたくしが預かっているわけだ。


 当然、こんなことで『失敗』として追い出すわけには行かない。

 平民ひとりマトモに教育できなかった、という事でわたくしの瑕疵にもなるのだから。


「でも、そうね、朝から少し具合が悪いから、ぼぅっとしていたみたい。鐘三つ分ほどゆっくりするわ。貴女も下がりなさい」

「かしこまりました、お嬢様」


 淹れてくれたのに申し訳ないけれど、二口ほど飲んでカップを置く。

 何しろすぐに、ゆっくり記憶の整頓がしたい。

 一切手をつけていない茶菓子の類いは、これも料理人には悪いけどカートごと退室し、使用人たちに下げ渡されることだろう。


 そうして、お茶セットもメイドも、侍女さえも、全て退室させてベッドに横たわり。


「(面倒なことになってますわ~~~!?)」


 枕に声を吸わせるようにして絶叫した。




 ***




 結局三時間程度ではどうにもならず、あのあと執務室に戻り、仕事が終わってから一晩かけて事態を整頓した。

 端的に言えば乙女ゲー転生。前世、サーバー夜間監視のヒマ潰しにやっていたスマホゲーだった。


 わたくしの役どころは、宰相令息ルートの恋敵であるアレクサンドラ・リブラ。現在十三歳。

 立場は『西の公爵』リブラ公爵家の長女。ちなみに兄も弟も早世したので、今のところ、わたくしが婿を取り、女公爵となる。


 ヒロインはわたくしに拾われ、わたくしのメイドとして貴族社会に関わることになる。

 もしも宰相令息ルートなら、雇用主の婚約者を奪って雇用主を破滅させる、とんでもねぇ女である。


 出会いは三年後、エマが結婚のために退職を考える時期となる。

 その後釜を探している間に、わたくしが十六歳となり。この国の貴族の嗜みとやらで、誕生日には教会へ寄進に行く。

 その帰り、気まぐれに教会付属の救貧院に行き、見た目が良いからと拾った平民がヒロインだ。



 ヒロインの見た目がいいのには理由がある。元は建国以来の名門男爵家の娘なのだ。

 それが両親と兄がほぼ同時に没し、弟もいないため、男爵没後一年ほどで爵位返上となり、平民落ちした――という事情が、プロローグで語られる。


 ちなみにゲームスタート時点で平民なので、実家の男爵家の名前は出ない。『東の公爵家の寄子の、とある男爵家の娘だった』と語られるのみだ。ここ重要。テストに出ますわ。


 肝心のゲームの建て付けはごくシンプルな、ぽちぽちゲー恋愛シミュレーョン……でいいのかしらね。学園モノではない。

 形式は一応ソシャゲで、天井三万円の善良なガチャと、多少の課金アイテムあり。SSR+にして脱ぎ絵が欲しければ、実質天井六万円。


 ちなみにシミュレーションゲームだけど、ヒロインの名前は「リリィ」固定だった。

 何しろタイトルが『救国の白百合 ~リリィと四人の聖騎士~』である。

 ジャンル愛称は『きゅ~リ』。ちょっと検索性が悪い。


 恒常シナリオのメイン攻略キャラは以下の通り。

・王弟(東の公爵、地属性、おおらかな年上)

・宰相令息(宮中侯の次男、水属性、メガネ)

・若手騎士(伯爵の三男、火属性、快活な青年)

・男装令嬢(辺境伯の一人娘、風属性、お姉様)


 他にも攻略対象は存在するが、追加キャラはメイン四人のうち誰かとのエンディング、または逆ハーレムルートを観てから解放される。


 ちなみにソシャゲ要素の根幹である『期間限定イベント』『イベント限定ガチャ』は、恒常シナリオを一周でも完了させないと参加できない。


 また、一周目を逆ハーレムルートのハピエンで攻略したアカウントに限り開放される、裏恒常シナリオが存在する。

 ――が、あまりにプレイされなくて、多分みんな気づいてないぞコレ、と公式が途中でバラしたものだった。

 そのため『公式が複垢推奨は草』『そんなに色んなアカで課金させたいかこの鬼畜運営がよぉ』と罵りつつもサブアカウントを作るプレイヤーが続出したのはいい思い出である。


 しかし現実の人生で『クリア後の二周目』は難しいから、警戒するのはこのメインルートだけで良いだろう。


 複数の男と交流(婉曲表現)する女に、純潔イメージの「白百合」は笑ってしまうが、この世界の魔力は色のついた光だ。

 つまり色(暗喩)を重ねる(婉曲表現)ほど白くなる。

 CMYKじゃなくRGBなんかい、と初回プレイ時にツッコんだ記憶が蘇った。

 ヒロインが『光』属性なのも多分RGB表記の暗喩だろう、とファンには言われていた。

 閑話休題。



 

 ともあれ原作では、リリィはメイドとしてわたくしに付き添い、攻略対象と顔見知りになる。

 やがて攻略対象たちと交流(婉曲略)する内に、その魔力を少しずつ『聖女の器』に貯め込み、複数属性の魔力持ちとして覚醒する。


 ちなみに自分自身が元から光属性の魔力持ちなので、接触先を一人だけに専念しても、一応クリアできる仕様。

 ひとつ選択肢を間違えただけで光属性が相手の属性に染まってしまうので『複数属性持ちだから聖女』と認定されることができず、強制お友達エンドになるだけだ。


 単独ルート攻略に限ったことではないが、『きゅ~リ』の話中分岐は【現実の人間との会話として待たせても違和感のない程度の待ち時間】という制限がある。鬼難易度。

 なので、ルート完了まで百以上の分岐を、常に正確に、会話中のシーンなら数秒以内に、回答できればどうにでもなる。




 いずれにしても、複数属性として覚醒すれば、立場も平民メイドから一転、教会の保護を受けた聖女様に祭り上げられ、公爵家を出ていく。

 そして本命の攻略対象とくっつくためのご都合主義が発動。


 攻略対象の婚約者に『世界を混乱に突き落とす闇の魔女』の疑いが出て、婚約は破棄となる。

 男装令嬢の婚約者の場合は『魔王』疑惑だったか。


 とにかく、婚約破棄でフリーになったから、別れる前から交流(略)してたけど、不倫じゃないよねー? って寸法だ。


 元婚約者側から見れば「●ねばいいのに」でしかないクソ理屈が、聖女もとい性女の後見である教会ではまかり通るらしい。性職者しかいないのかな?


 そして聖女に選ばれた攻略対象は、お側に侍るため、聖騎士に叙任される。

 四人のうち誰が選ばれようがここは変わらないので『四人の聖騎士』というわけだ。




 さて、闇の魔女疑惑をかけられた元婚約者はと言えば。

 聖女の後ろ楯である教会から「魔女疑いを晴らすためには、聖獣からツノのカケラを貰って神に献上しろ。心正しき者であれば聖獣が慈悲を示すであろう」と言われる。


 しかし、これは罠だった。


 教会は政治力を強めるため、なんとしても聖女を高位貴族の嫁にねじ込みたい。そのためには『分かりやすい悪』を討伐させるのが手っ取り早いのだ。

 つまり絶対に元婚約者に汚名を被った上で死んでもらわなければならない。かといって教会が直接人殺しをするわけには行かない。

 ではどうするか?


 聖女と聖騎士は、司祭に耳打ちされ、聖獣が住むという西の森に先回りする。

 聖獣を探してさまよう元婚約者と遭遇し「自分の都合で聖獣に迷惑をかけようとする、その腐った性根こそ闇の魔女の証!性格ブスは死になさい!(要約)」と手を繋いで光属性のラブラブビームを撃つ。令嬢は死ぬ。


 令嬢の亡骸を馬車に括りつけて王都に戻り、「愛と光の魔法で死んだから、やっぱり闇の魔女だったんだ!」と報告。

 王都中が大盛り上がり。

 そんなの信じる愚民どもも●ねばいいのに。うちの領民じゃないから心痛まないし。


 その功績をもってヒロインは伯爵家の養女となり、貴賤結婚の問題がクリアされ、聖騎士との結婚を許される――という、元婚約者側からするとマジでクソみてぇな話である。




 なおツブヤイターで明かされた制作者秘話で「元婚約者が死んだのは、闇の魔女だからではなく、普通に、人はビームを食らえば死ぬからです」とされている。それはそう。


 つまり都合の悪い人間に冤罪を着せて処分しつつ社会のガス抜きもする、正しく中世的な意味の魔女狩りである。人間は愚か。


 いやもうホントに、ヒロインの方がよっぽど悪じゃねぇか。でも世の中は大抵、勝った方が正義だから仕方ない。

 こっちが正義になりたければ、先手を打ってリリィを殺すくらいしかない。その発想がもう悪役? それもそう。




 話が逸れた。

 えーとつまり、今は本編開始前。

 わたくしの年齢から逆算して、リリィを拾うのは三年後。


 ……拾うの止めたい。


 わたくしが彼女を拾ったことが、わたくしだけでなく、他の婚約にとっても、不幸の始まりだから。

 でもそれだけだと、わたくしの転生バレのリスクが伴う。


 宰相子息ことスティーブン様は、わたくしの婚約者だ。

 いわゆる『青』『メガネ枠』の攻略キャラである。魔力はもちろん水。

 推しキャラだったわけではないので、前世のわたくし的には結ばれなくても残念ではない。


 とは言え今のわたくしとしては、六歳で婚約して、かれこれ七年超えの婚約者。


 公爵息女なんて、どこに行くにも常に侍女やメイドがついて回る。

 高位貴族にとって数多の平民の視線など在って無いようなものだけど。侍女は伯爵令嬢だし、メイドだって男爵家の四女やら裕福な平民やらと、さすがに無視できない存在。


 その目の前で、前世感覚でいうところのラブラブちゅっちゅイチャイチャぬぷぬぷ、というわけには行かないから、どうしても節度を弁えたお付き合いを重ねるわけで。

 節度を守りすぎて、若い殿方としてはついつい、聖女との交流()に陥落したのでは? という気がしないでもない。


 なんだかんだ七年、将来の事業提携者として、誠実に良い関係を築いてきたと思っている。

 それを横からかっ攫われるのは、ちょっと、ねぇ?


 片や宮中侯である現宰相の、優秀とされる次男。

 片や公爵家に降嫁した先代王姉そっくりの、公爵の長女。


 国内最大級の領土を誇る侯爵家と、王家の血の予備たる公爵家。

 その業務提携としての婚姻は、聖女の存在ごときでひっくり返って良いものじゃない――たとえそれがヒロインの選んだルートだとしてもだ。


 どうあっても、断じて、高位貴族の義務として、先代王姉たるおばあさまの名にかけてでも、わたくしは『宰相子息ルート』を防がねばならない。

 とはいえ他の三組の婚約だって、王国のためには無視していいものではない。だから、あちらの婚約者たちも救わなくては。

 つまりルートを押し付けて自分だけ助かれば解決、とはいかない。


 かといって、リリィも現在は男爵令嬢。平民落ちするのは約一年後。

 潰すなら男爵家ごとになるけれど、さすがに今はちょっと、社交界がそれどころではなく、圧をかけるのが難しい。

 けれど、やるなら徹底的に。


 記憶を取り戻して一晩で、わたくしはその結論に至った。


 あと、念のため。

 これからは少し、本当に少しだけど。なんなら侍女やメイドの見ている前だけれど。

 近い将来のリスクヘッジとして、スティーブン様にエスコートされるとき、ラブついて差し上げようかしら?


 人前でイチャイチャするのは抵抗がある方なら、むしろご自分から「こういうことは結婚後に」と仰るでしょうし。

 もしも喜ぶなら、リリィでなくとも、将来的に他の若い女にグラつくのを防止できるかもしれないものね?




 ***




 さて。リリィを拾うにしても拾わないにしても、まずは考えるべきことがある――わたくし以外の転生者はいないのか?


 観測しうる答えは、大きく六通り。

 『転生者の自覚があるか』『作品特定済か』『そもそも存在するか』の組み合わせで考えられる。


 ①自覚あり、作品特定済

 ②自覚あり、現在は作品未特定だが、今後気づく

 ③自覚あり、『きゅ〜リ』自体知らないので特定不可

 ④自覚なし、作品を知っていて、今後特定可能

 ⑤自覚なし、作品を知らないので、今後も特定不可

 ⑥そもそも転生者は他に存在しない


 さらに①〜⑤は四通りに分かれる。それが誰なのか、という点だ。


 A:ヒロイン

 B:メイン攻略キャラ四名

 C:利害関係者(親戚、婚約者、婚約者の親戚など)

 D:ストーリーには関与しないモブ


 これは①Aか②Aの場合、さらに二通り。

 甲:ヒロインとして、作品通りに行動する予定である

 乙:ヒロインの立場を放棄する予定である


 さらに①Bか①C、②Bか②Cなら、これも二通り。

 丙:ヒロインに対処するつもりがある

 丁:ヒロインに干渉する予定はない


 わたくしは①C丙ね。

 攻略対象の婚約者の自覚あり、ヒロインに対処する気あり。

 その立場から、どうにでもなるのはB、C、D。立ち回り次第で、明確な敵にはならないから。


 敵になるとすれば、BかC。

 ヒロインを宰相子息ルートに誘導しようと考えている人。

 この条件を満たす場合、それは『アレクサンドラ・リブラの死を望んでいる人間』だから、明確にわたくしの敵。


 それ以外なら、転生者でもそうでなくても、リスクを説明すれば手を取り合えるはず。


 A乙の場合、お互いの存在を認識した上に成立する相互不干渉ということで、これも敵にはならない。

 結局、積極的な事前対処が必要なのはパターンA甲ということね。




 A甲の場合、一番神経がすり減るのは『⑥にみせかけて②か④』を警戒すること。

 ギリギリまで「この人は記憶持ちじゃなさそう」とチェックしていても、ターニングポイントを迎える前日あるいは数分前に記憶が戻る可能性は常にある。

 平たく言えば『どんなに事前準備していても、対応できない部分』は絶対に存在する。


 そうなると、事前に堂々と対策してゲームとは異なる流れにしてしまうことで、わたくしが転生者であることが向こうには筒抜けになる。

 わたくしは相手がそうだとは気付けていないのに、である。危険性は言わずもがな。

 やはりパターン甲として自覚したの場合への警戒を解くことができない。せめて、本編終了となる六年後までは。


 例えば四年後にリリィが転生前の記憶を取り戻したとして。

 わたくしが王都の貧民院からスカウトせず、別のメイドを雇っていたら?


 リリィは攻略対象と接触することが出来ず、ストーリーが進んでいるべき時期なのに、物語が全く始まっていませんでした――なんてことになるので。

 どう見てもわたくしか、該当のメイドか、攻略対象か、その親族か――周囲の人物のいずれかが転生者なのがバレバレである。

 一番疑わしいのはもちろん、わたくし。


 それを「原作破壊してんじゃねーよクソババァ、アタシがチヤホヤされるための世界なのわかってないワケぇ!?」と正当な逆恨み(?)をされる可能性は否めない。

 交流(婉曲表現)もしてないのに、なぜかご都合主義で瞬間的に生えてきた聖女の魔力2.0とかでビーム撃たれて殺されたら、目も当てられない。


 わたくしが行動してわたくしが殺されるだけなら自業自得だけれど、全く何も関係ない人たちまで転生者疑惑で殺されたら可哀想だもの。


 現代日本からの転生ヒロインがそこまで容赦なく人を殺めるか? という点に関しては、パターン甲なら議論の余地はないでしょうね。


 だって『原作通りにすれば、自分が直接的に人を殺して、その死体を引きずって見せびらかす、と分かっていながら原作通りのルートを行こうとする人間』になるから。

 その時点で頭がおかしい人で決定。なら多分、する。


 その場合、転生者かつ時代の変化に関与しうるBとCを全員ビームで殺しかねないから、本当にシャレにならない。

 該当者の中には国で役職を貰っている人もいるのだから、行政が即時に崩壊してしまう可能性すらある。

 パターン甲怖すぎる。存在する可能性だけで国家転覆罪。




 えー、つまり、だ。

 ゲーム本編開始時点となる三年後までに……いえ、本編終了時点となる六年後まで、ヒロインの中にパターン甲の気配が無いか、注視しておかなければならない。

 それは非常にコストもかかるし、手間も必要。けどやらない場合、コストを超えるほどのリスクを抱えることになる。

 だから、何らかの手を打たないわけには行かない。


 転生ヒロインとして覚醒しないならしないで、全員が無事に終わる話なのだ。


「……あるいは、そうね」


 せっかく公爵の娘になれたのだから、身の丈にあった力とか使ってみたいじゃない?

 そして当代公爵直系長女の影響力って、思ったよりは色々できるらしい、から。




 ***




 ところで、舌をヤケドした程度で死が近寄るほど、どうしてわたくしの精神が磨り減っていたのかと言えば。


「セバスチャン。お父様とお母様の容態は安定してきたかしら?」

「さようでございますね。日々、前日より良くなってございます。これも全て、お嬢様が業務を代わってくださったおかげでございます」

「代わりにわたくしがそろそろ倒れそうだけどね。でも仕方ないわ、公爵家は病人を働かせないと仕事がまわらないなんて、言われたくないものね」


 前世知識で言うところのインフルエンザで両親が倒れてしまったからだ。

 公爵と公爵夫人が同時に寝込んだのは、仕事量的に本当にマズい。


 だからといって、公爵家が人材不足で回ってないなんて思われては堪らない。

 お父様の仕事をわたくしと家令と侍女頭で、お母様の内向きの仕事を執事と家政婦長に任せ、全員元気にデスマーチ中なのである。


 この五人の誰かひとりでも追加で倒れたら我が家はおしまいであるが、意外と全員しぶとくて何より。健康は何よりの才能。


 なお、社交界全体でインフルエンザが猛威を振るっており、王妃様も倒れてしまったので、公爵夫人の大きな仕事である『社交』が免除されているだけ相当マシである。




 あと多分、エピソードの時期的に、リリィの両親である男爵夫妻とその長男も、このインフルエンザで亡くなっている。


 男爵家とはいえ建国以来の名門だが、跡継ぎとなる直系男児がこれで絶えた。

 生き残った直系は、まだ結婚できない年齢の娘ひとり。

 リリィはわたくしの一歳下だから、今十二歳ね。

 そしてわが国の結婚可能年齢は、最低でも十五歳から。


 父方の叔父はおらず、従兄弟もいない。

 母方の実家はとっくに没落して平民になっている。男爵家の財力では助けられなかったのだろう。


 つまり、男爵家を正当に継げるのは、喪中でもある一年間の継承期間内に、リリィと結婚して男爵印を受け継ぐ手続きを正当に完了させた男――もしくは、リリィの産んだ男児だけ。

 男児さえいるのなら、継承期間は『その男児が成人するまで』に延長される。


 けど当のリリィはまだ十二歳ときた。つまり結婚の目はない。

 となれば、子供というのは約九ヶ月で生まれるのだから、今すぐ平民の親族がリリィを手籠めにして、とりあえず男児さえ産ませれば爵位持ちに戻れるのでは……などの下賤な夢を見ることが予測されるが、男爵と言えど貴族は貴族。


 建国以来の青い血を、平民(落ちした、つまり経営の才能なき元貴族)ごときに穢されぬよう、国がさっさと爵位を取り上げる決定を下すのだ。


 まぁその手続きが完了するにも、約一年かかってしまうのだけど。そしてそれまでは一応、リリィは貴族の身分でいられる。

 いられるけど、既に爵位が消えることが決まっているので、リリィに手を出す男は居なくなる。こうして彼女の女性の尊厳は守られる――はずなのだけど。


 ストーリー上、聖女になるために結局、複数の攻略対象と交流するのだから、何のために国が貞操を守ってくれたのやら、である。


 ともあれ。

 だからリリィは男爵令嬢でありながら、一年後には教会の救貧院に入ることになるのだ。




 そこまで分かっているなら、今のうちにリリィの両親を救えばいいのではないかって?

 そんな特効薬があるなら、お父様とお母様に飲ませて、さっさと復帰して頂いてますことよ!


 まだ無いのである。インフルエンザの特効薬すら。この世界に。

 いわんや予防薬をや。当然『ワクチン』なんて、概念すら影も形もない。


 だから仕方ない。一旦感染してしまえば、助かるかどうかは本人たちの生命力次第。

 普段から栄養価の高い食事をしているお父様とお母様は山を越えられたが、男爵夫妻は――という現状。




 あと、わたくしはネタバレというか、ゲームで両親も王妃様も、三年後もご健在なのを知っているけれど。

 この世界の今を生きる人々にとっては、もしかすると王妃様が儚くなるかもしれない瀬戸際に思えるだろう。


 万が一のことがあれば、王妃様を溺愛している国王様が、その……不敬な物言いだけれど、はたして為政者として使い物になるかどうか……王都の民はとても不安がっている。

 そのくらい、仲のいい国王夫妻なのはとてもいいことなのだけどね。




 万が一、特効薬をわたくしが知識チートで作れたとして。

 そんな中で、男爵家ごときに飲ませている場合では絶対にないのよね。

 どう考えても、先に公爵家が使用人で人体実験し、然るべき結果を得た後、王家に献上する――それからずいぶん優先度が下がってやっと男爵家だろう。


 もしくは、我が家の寄子だったなら。ちょっと立場に物言わせて、男爵夫妻を実験対象に使えたかもしれないのに。

 あいにくとリリィの実家の寄親は、東の公爵側なのである。これでは我が家からちょっかいが出せない。




 ちなみに前世では、できるだけ運動せずに痩せたいがために、漢方を勉強したこともある。

 けれど、発症済みのインフルエンザにスパーンと効果のあるような、そんな漢方は記憶に存在しない。よしんばあったとして、ソレは結構な劇薬だということも分かった。


 そんな劇薬に、異世界の皆さんの腎臓や肝臓が耐えられるかは別の話である。

 いくら前の世界のホモ・サピエンスの特徴のひとつとして『尋常じゃない解毒作用』が挙げられるとしても、それは歴史の中で世代を重ね、体質の緩やかな変化を積み上げ獲得した形質なのだ。


 この世界のヒトが同じような毒克服の歴史を積み上げてきたとは限らないので、迂闊なことは出来ない。

 お酒も飲むし緑のピーマン的なものも食べてるから、ほぼ大丈夫とは思っても、だ。


 下手な薬を献上しようものなら、公爵家ですら首と胴が泣き別れするのが王政というものである。

 だから、怖くて王家に薬なんて出せたもんじゃない。

 でも薬が効くなら、優先的に王家に出さないわけには行かない。


 こういうのがね、封建制度の詰みですわよね!




 まぁ、わたくしにそんなチートないですけれども。別に薬学部の出身でもないし。

 もちろん病気回復系の魔法も持ってない。あれば公爵の娘であろうが容赦なく教会に回収されて、聖女として仕事しているだろう。




 さて、もう一つ。

 今のうちに圧をかけて男爵家を潰してしまえ案。

 これも当然考えた。考えたけど、ムリ。


 未成年貴族でしかない、つまり自分の爵位を持っていないわたくし単独では、さすがに不可能に近いというか。


 貴族というのは、爵位を継承した本人とその配偶者が偉いのであって、その子供はあくまで未成年貴族に過ぎず、何の権力もない。

 端的に言えば「公爵令嬢」よりも「男爵本人」の方が偉いのである。


 もちろん、わたくしには兄も弟もいないから、将来的に婿を取ることは決まっている。

 だから、未来の公爵夫人に媚びておけば、ゆくゆくは公爵に、そこまで行かずとも、いい役職に取り立ててもらえるかも……という下心で、お金や人を動かしてくれる者たちは存在する。


 それにより擬似的な権力を持つことはできるけれど、その力を使うということは、そんな下心見え見えの者たちに借りができるということだ。それはよろしくない。


 だから基本的には爵位持ちの本人……つまりお父様にご助力願わなければいけない。が、そのお父様は現在倒れているので、何もできない。




 だいたい、圧をかけるというのは、社交界が正常に機能していてこそ有効なのだ。


 憂いた顔で、取り巻きに断片的な言葉を聞かせ。

 彼らが宮廷雀や街の雀たちに噂をばらまき。

 そうして『意図』に力を乗せられる。


 社交界でそれとなく話を流し、具体的な指示は出さず「後はよきにはからえ」としておくと、寄子が追い込み漁よろしくその家にまつわる悪い噂を流しつつ静かに分かりにくく流通を潰してくれるシステム。

 その代わり、寄子の誰かが困った時、寄親の威光を借りて交渉することを多少は許す、そういうもの。


 人の輪の力で実行するものなのに、その舞台である社交界が閉じているのだから、当面どうもしようがないのだ。


 そして、もしも社交界が元気だったとして、だ。

 先述の通り、家名こそ知らないが、リリィの実家の寄親は我が家の政敵となる公爵家なのである。


 ……そこの寄子を潰すなんて、相当上手くやらないと、要らん火種を国中に撒くことになる。

 いくらお父様が親バカだったとしても、可愛い娘のちょっとしたおねだり(はぁと)でねだれるような事ではないのである。

 よってこの手はそもそも、最初から万事休す。


「全く……身動きが取れないのに、忙しすぎるわ」


 精神がすり減るほど追い込まれた中で、突然、悪女転生の自覚が生えるなんて。本当に、冗談じゃない。




 ***



 十の鐘が鳴る頃、ようやく執務室を出ることができた。

 未成年貴族本来の居住空間である奥の棟に帰って寝なければならないのだが、正直もう歩きたくない。

 侍女にワガママを言って、休憩室で仮眠を取ることにした。基本は、お父様が執務棟に泊まり込む時に使うらしい。

 ふかふかのお布団にダイブして、侍女に軽く叱られる。ごめんて。明日は気をつけますわ。




 さて、具体的な案をどうしようか、とうつ伏せのまま考える。対処の緊急度別に考えるべきよね。


 最優先は、①A甲の場合。

 既に転生者としての自覚があり、この世界が『きゅ〜リ』と気付いており、ヒロインとして原作通りに行動するつもり(あるいは既に行動を開始している)パターンね。


 この場合、インフルエンザで両親と兄が死ぬと分かっていても、自分が救貧院に入ってわたくしに拾われて攻略対象と出会うために、あえて親や兄を見殺しにした少女、ということになる。


 正直、これに対して打つ手はない。狂人。普通に怖い。

 さすがにこの場合、先手を打って殺すしかない。

 やるとしたらチャンスは、救貧院の他の収容者に迷惑をかけないよう、こちらで引き取ってから……もしくは救貧院に入る前に誘拐してしまうかの二択。

 救貧院に籍がある状態で失踪したら、ご迷惑をかけてしまうからね。


 こちらが転生者の自覚があることを悟らせたくないから、拾うなら、時期は三年後で固定。

 その前にやるなら、確信が持て次第、可能な限り早く。


 あぁ、三年後に引き取るなら、それまでに転生の自覚を持った①B(自覚済み攻略対象)や①C(自覚済み利害関係者たち)が割り込んできて、面倒になるのは避けなくては。

 この場合、時間は三年あるから、充分に説明の機会はあるでしょう。




 そうして人間関係を調えてから、わたくしが屋敷で、あるいは別邸で、自由に使える全ての部屋に魔法封じを何重にも仕込み、物理的にも身動きを取れなくする道具も仕込み、いずれかの場所に連れて行って確実にリリィを仕留める。


 複数の部屋を用意する理由は明快。

 部屋を一つしか用意してなかった場合、その部屋を避けられてしまった時に、執拗に特定の部屋へ誘導すると、勘付かれてしまうかもしれないから。


 幸いにして使わなかった罠部屋も、盗賊の侵入対策にはなるから、仕掛けは残しておいても良いでしょう。




 同じ①Aでも、甲と乙の違いは、両親と兄をインフルエンザ大流行の王都から逃がしているか否かで見分けられる。

 前提として、親と兄が生きてるなら、彼女が救貧院に入る未来は来ない。

 だからこれは「ストーリーを捨ててモブになります」という意思表示と受け取れる。それなら放置していい。


 だけど『ストーリーのゴール直前まで潜伏している①A』と『②Aまたは④A』の違いを見分けるのは、割と困難だ。

 あるとすれば前者は、自分だけ王都を離れてインフルエンザにかからないようにしている……くらいしか無いかもしれない。


 ストーリーを開始したいから親と兄には死んで欲しくて、でも「ゲームと現実は違うのだから、もしかしたら自分も死ぬかもしれない」という発想に基づいて、自分だけ避難する。

 それならほぼ確実に潜伏①A甲と見なせるだろう。


 もしもそれすら「ゲーム通りに進むならアタシはここで死なないし逃げなくていいや〜」みたいに考えられていたら、さすがに見分ける手がないのだけど。


 どっちのパターンだとしても普通に怖い。泣きそうですわ。

 この辺、王都が落ち着いたら確実に情報を仕入れなくてはね……。




 さて。次に危険度の高い、②A甲か④A甲の場合。

 転生者の自覚はあるけど『きゅ〜リ』と特定してないか、まだ転生者の自覚がないけど、作品は知ってるから、今後気づく場合ね。

 これは先手が打てるから、殺す以外の余地がある。


「……血筋と見た目の良い若い男性を数人と、器用な平民の少女を一人、用意しましょうか」


 要はこの世界が『きゅ~リ』だとリリィに気付かれなければ良いだけだ。


 どうやら自分の知らない作品らしい、けどなんらかのゲームっぽいし、攻略はできそう……と思わせられれば良いはず。


 リリィの周りに、攻略対象とは顔も名前も経歴も違うイケメンを五〜六人用意して、お助けキャラっぽい立ち位置の少女を一人配置すれば、それっぽくなるはずだから。


 なんならジャンルごと誤認させるために学園モノに誘導したいけれど……我が国の貴族子女が通う学校で、共学は無いから、難しいかもね。

 貴族令嬢が通う学校に毎日迎えに来る貴族子息なんて普通に怪しいだけだし。




 だとしても、人の手配は高位貴族の十八番。


 三年後に良い感じの年齢になる貧乏貴族の三男や四男あたりを、わたくしが個人的に召し抱えて、教会の近くで『運命の出会い』でも演出すればいい。


 もしもリリィが転生者ではないただのリリィで終われば、彼ら彼女らにとっても「任期六年の、なんか変な仕事だったなぁ」で終わりである。


 もちろん他人の人生を弄ぶのだから、その後の雇用も公爵家で面倒を見るつもり。

 例えばそのまま役者魂に目覚めたなら、所属した劇団のパトロンになってもいい。ビバ権力、ビバお金。


 いい感じの就職先が見つからなくとも、我が公爵家には、数人の令息をねじ込める程度の適当なポストがいくらでもある。

 お助けキャラ令嬢は、普通にわたくしの侍女かメイドとして引き取れば良い。




 うん、②④A甲対策は、この路線で行きましょう。名付けて別ゲー作戦。


 もちろん、リリィの状態次第では実行しないかもしれない作戦。

 もしかしたら⑥かもしれない。

 でも原作の終了時期を待って慎重に行動してるだけの①かもしれない。


 でも今の段階では、全てが起こり得るのだから、コストは飲み込んで用意するしかない。

 仕込み期間が必要な内容だから、手配は少しでも早く始めなければ。




 すぐ……いえ、まぁ、具体的にはこのデスマーチが終わり、社交界が復活したらすぐにでも、としか言えないけれど。

 リリィの周りに配置するイケメン数人とお助け少女をスカウトしに行きましょう。


 その人探しの舞台だって社交界――わたくしが参加できるのは昼開催のお茶会のみ――なのだから、本当に早く社交界、復活しないかしら。

 それでようやく、わたくし(と、他の攻略対象の婚約者たち)を闇の魔女(魔王)疑惑から解放する大仕事が始まるのだ。




 ***




「そうして用意したのがこの六名ってわけ」

「はい?」

「気にしないで、こっちの話よ」


 現在私の目の前には、五人の少年と一人の少女がいる。


 少女の名前はグレイス。十二歳。

 王都で一番人気の鍛冶屋の看板娘だが、女の子では鍛冶屋を継げないため、就職先を探している。黒髪ショート。

 いずれわたくしのメイドにするため、そのまま髪は伸ばしなさいと言ってある。




 少年たちの内訳はこうだ。


 侯爵の四男、バーナード。十五歳。

 侯爵の後妻の子で唯一の男児。声が大きくよく笑う、闊達な子。短髪赤毛の剣士。

 コンプレックスは、魔力はあるが魔法が下手なこと。

 先妻の子たちのような有能な魔法剣士ではないのでイマイチ自分に自信が持てていない。


 前子爵の七男、クリフ。十二歳。

 年の離れた末っ子らしく、甘え上手の童顔。肩まで伸ばしたゆるいウェーブの金髪。

 コンプレックスは、筋肉の付きにくい体質。

 兄たちのようなムキムキマッチョマンしか家の中では発言権が無いらしい。


 準男爵、ダリル。二十歳。

 ドーソン伯爵家の従属爵位で、職位は家令見習い。家令になると男爵に上がる。結んで後ろに垂らした長い黒髪。

 コンプレックスは、人の目を見て話すのが苦手なことと、声が小さいこと。

 それでは家令として問題アリなので、二歳下の弟に取って代わられそうになっている。


 豪商の次男、エリオット。十四歳。

 最近実力をつけてきた王都の豪商の三代目の息子。栗色の髪を首の後ろでしっぽ結び。

 コンプレックスは読み書き計算が苦手なこと。

 跡を継ぐ長男のスペアとしての価値すらないため、関連企業へ丁稚奉公に出されそうになっているのが屈辱。


 先王の晩年のご落胤、フレデリク。十歳。

 面倒が無いよう早々に王宮から出されたが、生活に不自由はなく、己の立場は理解している賢い子。長い銀髪。

 コンプレックスは特に無いが、自分が何かを望むといちいち面倒になるのを理解しているため、あらゆる望みを持たないように生きている、ある意味一番闇の深い子。



 お察しの通り、フラグ管理が面倒くさくないよう、名前の冒頭のアルファベットをBCDEF(G)で並べてある。

 雇用主であるわたくしがアレクサンドラでAだから、というだけだ。


 ちなみに全員が風属性である。この世界では髪や瞳の色と魔法属性に関連性はないらしい。

 ともあれこれで、仮に全員から聖女の器に魔力を注がれても(婉曲表現)、結局風属性しか使えない。

 どう頑張っても『正しい選択肢』を選べてないから、聖女の自前の光属性も、簡単に風属性に飲まれてしまうだろう。

 つまり『複数属性持ちに覚醒したことにより、聖女に認定される』事態はまず起きない。




 ……もしあるとしたら、聖女が元からガチ性女の時だ。

 攻略対象(偽)以外にも、魔力のある男と見れば誰にでも胸を押し付け路地に誘って股を開く女だった場合が該当するだろうか。


 もしくは修道院行きはゴメンだと考え、仮にも貴族令嬢として受けた教育を活かし、自分から進んで高級娼館に売りこんだ場合。

 それこそ前世がトップセールスを誇る泡姫とかで、その手練手管で王都中の貴族の男という男が彼女を指名した……とかならワンチャンあるかしら、程度。

 これも『正しい選択肢』を踏めていないから、光属性は消えるけど、複数属性持ちになる可能性は十分ある。

 が、さすがにそんな事故はカバーしきれない。


 現状は一応、高級娼館も経営しているエマの実家に「リリィという名前の令嬢か元令嬢が身売りに来たらすぐ教えなさい、わたくしの探し人の可能性があるの」とお金を握らせておく程度のことしかできない。

 その手配は今すぐやっておくに越したことはないから、エマのお祖父様に頼んでおいた。

 大商会の会頭ともなると、さすがに仕事のできる男ね。細かいことは聞かず、代わりに「他にも当たっておきますので」と、当初の提示額の二倍をせしめて行ったわ。

 いやぁ、持つべきものは使える商会の縁よねぇ。

 閑話休題。




 さて、肝心の攻略対象(偽)たちである。

 立場は、元の攻略対象とはガラッと変わっている。


 王弟(公爵)、宰相子息(侯爵家次男)、若手騎士(伯爵の三男)、男装令嬢(辺境伯の一人娘)に、誰一人重ならないようにしてある。

 ②Aや④A(あとで原作に気付くパターン)対策なので、可能な限り『きゅ〜リ』を連想させないためだ。


 ちゃんと、全員に分かりやすいコンプレックスや弱点があるので、ジャンルの常連ならば「ははーん、気長に会話してそこを介護しろってことね」とすぐに気づくだろう。


 ちなみに、物理的に攻略難度が一番高いのが、家令見習いのダリルだ。成人していて、他の子供たちと違い、仕事をしているからだ。

 しかも家令見習いとは普通にめちゃくちゃ忙しい職務なので、そうそう会えないのである。


 完全に内向きの家政を取り仕切る立場とは違い、外に出ることはあるが、基本は王城と伯爵家の王都邸の往復のため、それを逃すと全然会うチャンスがない。

 難しい方が燃えるタイプなら、まんまとダリルに落ちるだろう。




 ――もっとも、存在しないゲームをそれっぽく仕立てただけなので。

 別に彼らを落としたところでクリアもなければ、ハーレムエンドの先には現実の泥沼ないしは父親不明の子どもが腹にいるという状況が待っているだけなのだが。


 これについては、転生者の自覚が芽生えたリリィが「ゲームと現実は違う」とすぐに思うタイプかどうかで変わってくることだろう。




 これで、A甲対策の用意は整った。

 無事にインフルエンザが終息して動きやすくなった今の、そしてこれからの社交界で、大きな仕事は三つ。


 一つ目は『わたくしが探っているとは気づかれないように』を必須条件としながら、リリィがどこの令嬢であるかの確認。

 なにしろ「テストに出ます」と言った通り、プレイヤーはリリィの家名を知らされていないのだ。


 さらに言えば、この国には、リリィという名前は石を投げれば当たるほどいる。過去の偉人だか英雄の名前にあやかっているとかなんとか。

 最悪の場合、本名が『リリエンヌフィアネル』とかで、平民になる時点で安全のために、平民風の『リリィ』に変更した可能性すらある。


 そうなると、救貧院入り前に探すのは難航するだろう。およそ愛称が『リリィ』になり得るすべての男爵令嬢を貴族名鑑から炙り出す必要が――気が遠くなりそう。


 まぁさっきの例なんかは、この国で一般に、男爵家の娘ごときに付けるような名前の長さじゃないけれど。

 とは言え、母方の祖母と曽祖母の名前の一部をもらう習慣の一族とかもいるから、何事にも絶対はない。




 二つ目は、見つけ次第、現在リリィがどんなパターンであるかを精確に特定すること。その定期的なモニタリング。

 より正確に言えば、救貧院に入るまでは、パターン①A甲になっていると知ったら即確保。

 それ以外の条件時は、三年後のストーリー開始時期まで観察継続。


 三つ目は、攻略対象や利害関係者が、現在①〜⑥のどれであるか、①ならどう行動する気か、大雑把にでも把握するための、定期的なモニタリング。こちらは家名も親の立場も分かっているから楽なものですわ〜。



 とは言え――そう、とは言えである。

 わたくしが熱いお茶で突然前世を思い出したように、本当に些細なことで、突然思い出すことはあり得る。

 ABCの該当者の誰しもが、前日は④だったのに翌日は①かも知れないのだ。


 そう、例えば、対症療法で飲まされた咳止めの薬がものすっごい苦かったショックで――なども、わたくしの事例からすれば全然あり得る範囲。

 そう思えば、この世の大半のことは前世を思い出すきっかけになり得るでしょう。


 もちろん思い出したとて、あちら側だって、その時点でのヒントは『リリィという名前』と『(元)男爵令嬢の身分』しかないのだから、ゲームオーバーが確定する六年後までに、真相にたどり着けないかもしれないけれど。

 その時はその時でいい。こちらは準備万端で待ち構えておくことに変わりはない。




「さぁ――待ってなさいリリィ。死ぬか、別ゲーで遊ぶか、知らないフリして生きるかくらいは、選ばせてあげましてよ?」





ちなみにヒロインは②A甲です。怖い。


本当なら長編にしたかったが、自分で『別ゲー』のセリフとかシナリオをまる1本分考えないといけないことに気づいて、あえなく短編化。

世のシナリオライターさんはすごい……。



よくジャンル修整のご指摘が入るので事前に解説。

ジャンルは文芸と迷いましたが、条件分岐を前提としたゲームゲームした世界観にしているのと、

元のゲームのジャンルが『聖女と魔法を軸にしたファンタジー世界での恋愛シミュレーション』であり、

逆ハーエンドも存在するわけで、さすがにファンタジーでよかろうと思っております。

逆ハーなんて、ファンタジー以外の何物でもないですからね……笑

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ