第一話 「自分の置かれている状況が分からない、大馬鹿」
新田、起きなさい!耳にタコができるほど聞いてきた声が脳内に響き渡る。
そこで俺の意識は覚醒した。なんだ空耳か。
この声で起きるとか最悪の目覚めだな。といっても、起こしてくれないと絶対に遅刻してしまうので感謝はしている。
一応、スマホにもアラームは設定しているのだけど、本当に起きれないんだよな。
やっぱり古き良きのじりじりと音が鳴る目覚まし時計を買った方がいいのか。
まあ、そんな事はどうでもいい。
段々と意識がはっきりとしてきたところで、昨日の事を思い出した。
そうだ。そういえば昨日、枕の下に”転生”と書いた紙を入れて寝たんだよな。
まだ目は開けていないので、転生しているかは分かっていない。
目を開けた瞬間、あの記事に書かれていた内容が嘘だったのか本当だったのか分かるということだ。
お願いします、どうか本当であってください。
でないと、あと数十年と夢に見た転生はお預けになってしまうんです。
人生で初めてだ。たかが目を開けるくらいでこんなにも緊張しているのは。
こんな事、もう二度と経験することはない。
ふぅー、一度深呼吸をしてリラックスする。
よし、いくぞ!そして、俺は勢いよく目をかっぴらいた。
「シャ、シャンデリア………?」
最初に視界に入ってきたのが天井に吊るされてあるシャンデリアだった。
これは転生したと判断していいのだろうか。いや、そう決めるには早いような気もする。
ひとまず俺は体を起こし、辺りを見渡してみる。
でっかいベッド、教室以上に広い部屋。そして肌触りが気持ち良すぎるパジャマ。
こんなの馬鹿の俺でも分かる。この家は豪邸ということを。
となればだ。やってみたいことがある。きっと全人類が一度は夢に見たことがあるんじゃないかな。
「やっほー、やっぱりこれだよな!」
まるでトランポリンのように俺はベッドの上でジャンプしていた。
空中で態勢を変え、様々なポーズを決めていく。
想像以上にベッドの反発が良いので、トランポリンをベッドに改造したのではないかと疑っている。
そんなこんやで楽しんでいた最中だった。突然、部屋の扉が開いて知らない男女が入ってきたのだ。
「シロク………! やっと目を覚ましたのね!」
女性は涙ぐんでそう言うと、俺を力強く抱き締めてきた。
シロク………? というか、日本語を話してる!?
日本語が通じることに、まずは一安心した。もし日本語じゃなくて知らない言語だったら、一生、俺は誰とも会話できないと思っていたからな。
俺は”シロク”って名前なのか。やっぱり横文字の響きはカッコイイ。
外国人の名前って、いつも聞き慣れていないからか凄い憧れがあったんだよな。
でも、両親が付けてくれた名前も気に入っていたので、このさき”新田順平”と呼ばれることがないと思うと寂しくなる。
「よかった、本当によかったわ………」
「こんなの奇跡だ。正直、もう二度と目を覚まさないと思っていた」
泣いている女性とは裏腹に、男性は大きく目を見開き、目を覚ましたことに引いている様子だった。
いったい、これはどういう状況です………?
なんか重たい病気でもかかっていたんだろうな。うん、それくらいしか分からない。
それと歴史と同じで過去の事は知ろうと思わない。
俺は生きているのだ、それ以上もそれ以下もない。
それよりピンチである。
俺に抱き着いている女性、良い匂いすぎるのと立派な胸が服越しに当たってきてやばい。
完全に大人の女性の魅力で男子高校生の脳を破壊しにきている。
思春期真っ只中の人間にとって、これは………これは………最高すぎる展開!
ああ、この感触と匂いをずっと味わっていたい。
しかし、最高の時間はそう長くは続かなかった。
女性が泣き止むと、すぐに俺から離れていってしまったのだ。
ふぅー危なかった。これ以上、密着していたら自我を失ってもおかしくない時間だった。
流石に、転生して一日目で刑務所でお世話になるのは勘弁なので。
「突然すみませんが、お二人の名前を教えてください」
まずは二人の名前を知ろう。今後の関係を築いていく上では欠かせない事である。
相手だけが名前を知っていて、こっちが名前を知らないのは論外だからな。
「え? 本当に覚えてないの?」
「覚えてるもなにも、自分転生してきたんですよ。なので、お二人が呼んでいたシロクっていう人の記憶が一ミリもないんですよね」
「「………は?」」
このままシロクとして振舞っていこうと思ったが、それはそれで二人を騙しているようで申し訳がない。それに、いつか俺がシロクだけど中身が別人だってことには気付かれることだろう。
嘘は泥棒の始まり、というし、ありのままの事を二人には話しておくことにした。
「きっと、まだ記憶が戻っていないんだわ」
「ああ、そうだ。そうに違いない」
「いや、そうじゃなくて。本当に何も知らないんですよ」
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この後、同じようなやり取りを三回もしたが、それでも二人は自分にシロクの記憶がないことを信じてはくれなかった。そして、埒が明かないからか、二人は俺が記憶喪失だと判断した。
「こうなってしまった以上、仕方ないことだわ」
「そうだな。だが、シロクが目覚めたことは何よりも喜ばしい事に変わりはない」
「そうね。そういえば、シロクは私たちの名前を聞いてたわね。私はあなたの母親のアルリ」
「俺が父親のデウスだ」
なんと二人はシロクの両親であったのか。
別に驚きはしなかった。なんとなく、そんな感じはしていたからな。あえて口に出さなかっただけだ。
馬鹿は変に勘ぐってしまう癖があるんだよ。
男女仲が良いだけで付き合ってるのではないかとか、テストのマークシートで同じ数字が続いたら違和感を覚えてしまうとか。
だから、今回もそう深読みをしてしまっただけだ。
実はアルリさんが自分の彼女で、デウスさんは親友だったとかね。
しかし、これは困ったことになった。
二人が自分の両親なのだけど、全くと言っていいほど他人にしか見えない。
前世では、約十五年と俺を育ててくれた両親とは毎日のように顔を見合わせていたのだ。
そんなすぐに二人が俺の両親だと切り替えることはできない。
「アルリさん、デウスさんですね。今後ともよろしくお願いします」
よそよそしい呼び方だけど、今の俺の中で両親はあの二人だけだ。
これは意識の問題であり、こういうのは時間が解決する、と先生が言っていた。
それから自分がどんな人間だったのか、どういう事が好きだったのか等をアルリさんとデウスさんの二人に軽く教えてもらうことになった。




