プロローグ 「大馬鹿」
朝のHRが始まる3分前。
俺、高校一年生の新田順平は滑り込むように教室に入った。
遅刻間近の登校、ボサボサの髪形にもつれたネクタイ。このズボラな格好が俺の登校スタイルである。
時間いっぱいまで寝ておこう、これが俺の座右の銘だ。
自分の席にカバンを置いて席に着くと、早速、俺は後ろの席の桐生に話しかけた。
「なあ桐生!転生って知ってるか!?」
「その異様な興奮からして………新田、昨日そういうの見たんだろ?」
「なんで分かんの!?」
「話し方で丸わかりだわ」
流石というべきか。桐生とは小学生からの付き合いということもあり、こうして俺の考えはすべて見透かされているのだ。
「そうなのか。それで、俺さ。転生することが夢になったんだよな」
「………は?」
ほんの一瞬だけ教室の空気が静寂になった。そして桐生がそう反応した後、自分の言葉が周囲にも聞こえていたのか、教室中に笑いが沸き起こった。
「やっぱり、こいつ大馬鹿すぎる!」「転生なんて空想世界での話だよ」「そんな真剣な表情して言うとか笑い死ぬ」と周囲にいたクラスメイトが自分に指を差して嘲笑う。
こっちは本気で言ったつもりだったのに、なぜか皆には冗談に聞こえていることが悔しい。
やっぱり日本語って難しい。
もう少し丁寧な言葉遣いで伝えた方が、こいつは本気なんだ、と分かってもらえたかもしれない。
馬鹿は生きるので精一杯だ。
なんせ、俺は中学生からテストで20点以上を取ったことがないのだからな。
大前提なのだが、勉強をしていないわけではない。
むしろ、ちゃんとノートも書いているし、先生から言われたテスト範囲もメモしている。
でも、授業の内容が理解できないのだ。
国語は作者の気持ちが分からないし、漢字は暗記が苦手なので覚えられない。
数学は数字の大きい計算が苦手で、四桁以上の数字を見ると頭が痛くなってしまう。
理科は言っていることが意味わからない。
社会は登場人物や政策が多すぎて単純に覚えられない。
英語は中学1年生のBe動詞から躓いているので手遅れになっている。
こうして高校に入学できたのも、マジで奇跡でしかない。
そんな大馬鹿者でも平等に夢を見ていいのは有難いことだ。
そして、どうせ夢を持つのなら誰も成し遂げたことがないものにしたい。
それが今回この夢を持つことになったきっかけである。
「ちょっと待て。転生するのが夢なら………お前死ぬの?」
教室に響き渡る笑いが収まると、桐生はそう聞いてきた。
「え、転生って死なないと出来ないの?」
「お前、そんな事も知らずに言ってたのか。あのな、転生って死んでから新しく生まれ変わることだぞ」
「………それってマジ………?」
「ああ、大マジ」
最初は桐生が嘘を吐いているかと疑ったが、こいつは冗談でもそんな事を言う人間ではない。
それに桐生が言ったとおり、昨日俺が見たアニメでも同様、主人公は交通事故で死んで転生していた。
これは盲点だった。転生するためには、死ぬ必要があるなんて予想外すぎる。
てっきり現在進行形で自分の夢を持っていたり、過去に大きな失敗をしている人だったら転生できると思っていた。
くそ、これはどうするべきなんだ………
いくら自分の体だからといって両親から大切に育ててもらっている以上、そんな自分勝手に扱ったりすることはできない。
つまり、寿命が訪れるまで転生ができないと気付いた時、俺は膝から崩れ落ちそうになった。
ほんの少しのきっかけで夢になってしまう、自分にあと数十年も同じ夢を抱き続けることができるだろうか。いや、そんなの無理に決まっている。
しかし、ある可能性が脳裏をよぎり、どうにかして踏ん張ることができた。
また新しく夢ができたというのに、そんなすぐに諦めていいのか。
転生したいなら死ぬ以外に方法はないです、とか普通に考えて神様がそんな残酷な事をするわけがない。
何らかの方法が残っているはずだ。そうに決まっている、と俺の勘が告げているのだ。
大馬鹿ほど直感は頼りになる。
「そうだ、そうだよなあああ!」
「うわ、でた。突発に現れる新田の狂人モード」
桐生はまるで変質者を見るような視線を自分に向けてきた。
だが、そんなことに俺は気づきもしていなかった。
ただ今は"どうやって転生するか"ということで、自分の脳内は埋め尽くされていたのである。
学校が終わったら、速攻でインターネットで情報集めといこう。
膨大な情報が落ちているネットであれば、都市伝説や掲示板に転生する方法なんて腐るほどあることだろう。
あー、早く家に帰りたい。こんなにも学校を休みたいと思ったのは久しぶりだ。
この高揚感は自宅に帰るまで落ち着くことはないのだった。
ーーーーー
「"転生する方法"で検索っと。お、少しだけだけど記事あるじゃん!」
自宅に帰り、俺は学校のカバンを背負った状態で家族共有PCを使用していた。
検索件数はたったの四件しかなかったが、それでも今の俺にとっては一件あるだけで嬉しかった。
ひとまず、上から記事を順番に読んでいくことにした。
「実際にできそうなのは、一つしかなかったな」
四件のうち一つはゲームに関する記事であり、他二つについては俺の小さな脳みそでは理解できないものだった。
なんか聞き馴染みのない用語が頻繁に使われており、一応理解しようとしてみたものの、途中で頭がショートしてしまい読むのは断念した。
最後の記事に至っては、幼稚園児でも分かるくらい簡単な内容だった。
「転生」と書いてある紙を枕の下に入れて寝る。ただそれだけだ。
エロ本を枕の下に入れて寝たら、そういう夢を見ることができる、と小学生の時に流行ったものと似たものを感じる。
まさか、そんなやり方で転生できる方法があるとは………まさに目から甲羅だな。
ほとんどの人がこういった迷信を信じないだろうが、これが嘘か真実かどうかは試してみなければ分からない。
本当に夢を叶えたいのなら、僅かでも可能性がある限り、行動に移すだけだ。
紙に指定はないようで、ペンや鉛筆で書けるものなら何でもいいらしい。
ここで、ようやく俺は背負っていた学校のカバンを下ろして中からノートを取り出した。
そして、空白のページ部分を手で破り、名前ペンで"転生"と大きく書き、忘れることがないよう一目散に自分のベットの枕下に入れた。
よし、これで準備終了だ。
あとは寝るのが楽しみだ。時刻は夕方の五時。
布団に入るまでの間、明日の宿題を済ませて、ゲームでもしながら時間を潰すとしよう。
夕食を済ませ、一風呂浴び、ついに寝る支度が整った。
部屋の電気を消し、フカフカの枕に後頭部を預け、モコモコの布団に首下から足元を覆い、目を瞑る。
だけど、どうしよう眠れそうにない。瞼を閉じたら、ワクワクで口角が上がってしまう。
無心になれ、邪念を取り払うんだ。数分経過したが、全然眠れそうにない。
こうなったら、とっておきの技を使うしかない。
秘技「羊数え」。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹………
茂った野原に羊が987匹集まったところで、やっと俺は眠りに着くことができた。




