女子社員たち、新人に辟易する。(俺も)
アニメーションgifの挿絵があります。
繰り返し設定なので、視界がうるさかったらごめんなさい。
今日の俺、前々から熱烈なお誘いがあり、そのお誘いに応える日だった。
午前の営業の仕事を客先で終えて、その後、個室のある飲食店で、少し早めのランチタイム。
部下たちと一緒なので、今日は弁当ではない。
熱烈なお誘いをしてきたのは、部下である宮原と伊藤。彼女たちの瞳は、怒りに満ちている。
もちろん、俺への怒りではない。……そうであってくれ。
「部長、新人たちなんとかしてくださいっ!!」
「できたら俺だってしてるよ……」
宮原から怒りの声が上がる。
俺だって同じ気持ちだ。
弊社に入ってきた新人たち、一般研修を終えて、メールアドレスや、弊社で使用している連絡ツールのアカウントが与えられた。
そこにある質問ルームにて、意欲的に質問を投げかけてくるのだが、そうじゃねぇ! と言いたくなる使い方をしてくる。
ふっと思い出される、昨日の質問ルーム……。
丁寧語ができないのは、覚えていくだろうけども、なんかこう、違うんだよな。こいつら……。
ひとり明らかにヤベェのいたし。
この1回だけではなく、いろんな場所でコメント爆撃をかましてくる。注意が右から左。
そんな新人たち、もちろん『仕事』を与えることは少ない。研修中だしね。
が、雑用をやらせたりしていると、文句が飛び交ってくるそうだ。
「見積書打ち込んでいたら、後ろから「AIに読ませて自動化すればいいのに」とか、しきりに言ってくるし!!」
「俺、その場で注意したやつだけど、まだ言ってるの?」
宮原は営業職で、もちろん契約……お金が絡む仕事をするわけなので、客先に提出する見積書も作っている。そんな時に、営業部の仕事の中身がわからない奴らにヤジ飛ばされたら、鬱陶しいだろう。
彼女の隣に座っている伊藤も、大きく頷いている。
「いまだに言ってますよ。暇さえあればって感じで。私も作っていたら、データをAIウェブツールに読ませましょう、今どき非効率ですよって言われましたよ……。ダメ、しない、黙ってて、って言ってもしつこくて。持ってた紙の束でビンタしてやりたくなりました」
俺の個人的な感情としては、ビンタしてくれて構わない……。ただ、コンプライアンス的にはアウト。よく堪えた、えらいぞ。
伊藤は今、営業部の補助をしているので、見積書を作ってくれている。関連会社の見積もりを統合して弊社書式、掛け率にて作ってくれる。
すごい量の見積書の束と、最近は格闘しているのだ。
集中したいのに、新人たちが鬱陶しいことこの上ないだろう。
新人たちはなんでも、AI、AIとやかましい。
情報システム部の菊池が、AIに社内書類を取り込むことの危険性、データ解析の曖昧さ、正誤の判断など、AIで出来ない、やっちゃいけないことを、研修で説明した上で、弊社のパソコンではアクセス制限を掛けてあることも伝えたのに、まだこれだ。
新しいツールを使えばいいってもんじゃない。
「それに、昨日のも見ました?! 何あのチャットみたいな使い方!」
宮原が嫌そうな顔で言う。
俺だってビビったよ。
積極的なのはいいけど、方向性が違うんだってば。
「菊池も怒っていましたよ。送信者は既読者見れるから、返事は不要って何度も伝えているのにって」
仕事に関しては指示待ちで、席からテコでも動かないくせに、チャットだとめちゃくちゃ積極的になる新人たち。
「ジェネレーションギャップで片付けるには、重たすぎるよなぁ……」
俺のため息も重たく長いものになる。
「ウェブツールのAIに読み込ませて、情報漏洩起きたら、責任取れるのか? AI提供の会社なんて責任とってくれないんだよ、利用規約を隅から隅まで読んだの? って訊いたら、口を尖らせてそっぽ向くんで、ガン詰したら泣かせちゃいました」
宮原がしれっと言うが、宮原の言ったことは、研修中に口を酸っぱくして幾度も伝えている内容だ。
これで、パワハラを訴えてきたら困るので、この内容は各部課長に共有する旨を伝える。
「お願いします」
きちんと宮原からも了承を得たぞ。方々へ許可取らないと、勝手な勘違いも起きて拗れる原因になるからな。
んでもって新人が事実を捻じ曲げて、自分に都合よく伝える可能性もある。
しっかりと、手帳にメモを取る。
「積極的なのはいい事なのかもしれませんが、方向性を間違えていて。気さくに教えてくれる先輩方へ、だんだん言葉が崩れてくるので、注意もするんですけど、その場は直っても、数日もすれば……ってのもあります」
伊藤の声は沈んでいる。俺もわかる、それは。
「仕事振ったら文句言うし、自分のやり方が否定されたら拗ねるし、めんどくさいです!」
宮原の言うことは、とてもよくわかる。
俺も、すっごくめんどくさい。
注文した料理を運んでくる店員さんが、ノックの後扉を開ける。
「一旦、飯を食おう。んで、問題点・改善可能な点など洗い出して、他の人からも聞き取りした後、部課長会議にかけるからな」
「はーい」
「そうですね。まだまだ言いたい事ありますが、ひとまず腹ごしらえですね」
伊藤の笑顔がこわぁい……。
――ピロン
あっ、スマホ、消音モードにしてなかった。
「……ん?」
「どうしました?」
個人スマホに、弊社人事部に所属の宮原……目の前にいる宮原の旦那から、LINNEメッセージが届く。
「人事部の宮原から、メッセージ来たんだが……」
「嫌な予感しかしませんねー」
妻である宮原はカラカラ笑っている。他人事だと思ってっ!! いや、マジで他人事だよな。
そして宮原、何気に引いてるね、その顔。君の旦那からのメッセージだよ!
「いや、飲みの誘いの可能性も……」
「先週末行ったじゃないですか」
「っぐ……」
伊藤のツッコミが、その通り過ぎて絶句。
俺と人事部の宮原と伊藤の旦那は、飲み仲間でもある。きちんと月1回あるかないかの頻度に留めている。各家庭を無視する頻度の飲み会はしない。
仕方ない、メッセージ開くか……。
「げっ……、新人の誰かが、見積書AIに読ませやがった……」
「「えっ……?!」」
宮原と伊藤の声が重なる。
そもそも、ダメだと散々言っていたよね?! 制限もかけてるよね、なんでだよ!
「い、急いで食べて戻りますか?」
伊藤が聞いてくるが、俺は首を横に振る。
「無理だ。ドリアがまだアッツアツだから、俺は急いで食べたくない」
そう、アツアツじゃなくて、アッツアツなんだよ、このドリア!!
こんなもん急いで食ったら、口の中が大惨事になる。
「ふふっ、部長……マイペースですね」
固くなっていた伊藤の表情がほぐれた。アツアツに気を取られていて……。意図的に和ませるつもりはなかったが、結果オーライという事にしよう。
「そうだよ、イトちゃん。デザートもしっかり食べなきゃ。注意を聞かない新人によるトラブルのせいで、こっちが時間割く必要もないんだよ」
宮原、そういう線引きしっかりしてるよな。
俺も見習わなきゃ。とりあえず、旦那の宮原に返信……っと。
――『いま、昼休み』
これでヨシっと。
飯注文して、愚痴聞いている間に、12時は回ったからな。会社側も昼休みに入っている。
あー、ドリアのふーふーする時間が長い……。
「うっわ、旦那から電話きたよ」
スマホの画面を見て、嫌そうな声をあげる宮原。
個室なこともあり、宮原はスピーカーモードにして画面をタップ。
「なに、ご飯中なんだけど」
『あ、あの、新人たちがさ、AIに紙の見積書読ませちゃってさ……!』
ほんのりコソコソ声だ。
多分、発覚現場か、その近くに居るんだろうな……。
「そのスマホ、スピーカーモードにしなよ」
『え、あ、うん。したよ』
「はーーーあ? さんっざん、AIに読ませるのダメって色んな人から言われたくせに、やりやがったのー?! バカなの、バカでしょ。ってか、自分で責任取れるからやったんだよね!! 損害賠償とか最低でも数百万円単位だし、下手すりゃ億いくのにねー!!」
『え、あ、おい……ちょっと、言い過ぎ……』
「言ってもわかんない奴に、言い過ぎなんて存在しないよ! ダメな理由も説明したのに、ちっとも聞きやしない! んで、AIに読ませたの、どこのバカ?! 今のうちに損害賠償発生時の責任は持つって覚書作って、サインさせときな!」
宮原はそう言って、通話を切断。
新人たちにも、新人の周りにいる上長たちにも、しっかり届いただろう。
ドリアがいい温度になった。
美味しさと熱さを感じられる、俺にとっての適温。
「ま、周りの課長連中は動かないだろうな」
弊社の課長は、どの部署もやる気のないやつで溢れている。そして、トラブル解決能力は低い。
「わかってますよ。けど、ビビらせないと」
宮原はちょっと動作荒く食べている。その横で伊藤は首を傾げながら食べている。
「伊藤、どうした?」
「えっと……そもそも見積書、机に出しっぱなしの人いないはずですよね。一体どこから?」
……更なる問題発覚じゃねぇか!
今、営業部は、宮原・伊藤以外は出張中で、机周りはスッキリキレイな状態だ。
そして、宮原・伊藤はこうやって外に出る時は、いつもキッチリ片付ける。もちろん俺も。
鍵のかかった机を開けたか、郵送物やFAXで送られてきたやつを、承諾なしで触ってるってことだよね?!
デザートも食べて、店を出る。
あともう1個くらいデザート食いたかったな。美味しかったのもあるし時間稼ぎも……。
そうも言ってられないけど。
「さて……戻るか」
「「はい」」
会社に戻ってきた今の俺、お怒りモード。
営業部の机周りに、新人と教育係である人事部の連中がいる。
そこ、営業部なんだけど……。人事部か空いてる会議室に押し込めよ。
「で、誰?」
俺は端的に犯人が誰なのか、人事部の連中に訊く。
「直接読ませた人は、読ませるようアドバイスを受けたと言って、アドバイスをした人は今の時代の仕事をしただけだって言ってて……」
「まともな仕事もできない状態のうちから、なすりつけ合いか」
チラリと新人たちを見やると、全員同じように肩を跳ね上がらせる。
「あー、何でそんなに縮こまってんのかな? AIに読ませるのが効率的で最先端な仕事と思って、周りの注意も聞き入れず。でも、違反行為をした事はわかっているんだな」
お説教モードな中、宮原は自分の机のところへ、荷物を置きに行く。
「あーー、あたし宛の封筒、何で開封されてんの?!」
お客さんから来る見積書、いまだ郵送もある。
ちなみに言うなら、FAXで来ることだってある。
そんなアナログでやってくるやつが、新人たちの餌食になったようだ。
「何で、営業部に所属していない、研修中のお前たちが、勝手に開封してるんだ? 同じ営業部内でも、宮原宛の封筒を開封するのは、補佐の伊藤か上長である部課長だけで、他のメンバーは本人からの了承がない限り開けないぞ」
宮原と伊藤は、書類やパソコンやスマホを持って、バタバタと退室して行った。
俺はここから、説教を心置きなくやれる。
詰める所を、営業部の人間に見られると、数日空気悪くなるから助かった。
◆ ◇ ◆ ◇
社内 会議室にて
「やったね!」
「成功ー!!」
宮原と伊藤は、空いてる会議室に避難して、ハイタッチをする。
「まさか、ホントに封筒開けちゃうとは思わなかったわ……」
伊藤は呆れ半分、開封された封筒をぴらりとめくる。
その封筒には手書きで、会社の住所、宛名は営業部 宮原様 と書かれてはあるものの、封筒に印字されている会社名は、自社のものだ。
郵便室にある営業部行きの箱へ、そっと入れてきた物である。
新人たちはそれらを、各部署に届ける仕事もやらされるので、宮原宛の郵便物がある事も知っていた。
「自社名すら覚えてないんじゃない? この間、総務の研修で電話とってたら、会社名名乗らず「はい」って言ってたもん」
その中身は作っておいたニセモノの見積書。もちろん数字も会社名も架空のものだ。
封筒の中に送り状すら入れていないので、何をどうするかは、もらった本人や仕事を共有している人しか、わからないもののはずなのに、新人は出しゃばって頼まれてもいないことをした。
やるか、やらないかは、普通に考えてやらないはずだが、やってしまったのだ。
「部長は、社内でいちばん怒らせちゃいけない人なのにね。普段ぐいぐいコミュニケーション取ってる風なのに、社内環境を教えてもらえてもらってない、って気づくかな」
宮原はくつくつ笑う。伊藤も肩をすくめ、口を開く。
「私たち新人の頃、まだ課長だった部長だけど、その頃から言われてたのにね」
「ねー」
慣例の共有すらしてもらえてない、周りを見ることの出来ない新人たち。
普段の行動が目に余る場合、教育係も周りの諸先輩がたも、見放すものである。
「部長のお説教で、まともになればいいけどね」
宮原の言葉に伊藤も頷く。
◆ ◇ ◆ ◇
あー、新人たち全員泣かせちまった。
ってか、泣くくらいなら、初めからしないでくれるかなぁ?!
人事部には、泣いてる奴らごと、お引き取りして頂いた。
ったく。
弊社、いろいろネットのアクセス制限掛けているんだぞ。
AIサイト以外にも、画像の一括変換サイトとかも禁止だ。
パソコンからのアクセスは不可だから、私物スマホでやるとか、ホントにイカれてやがる。
「とりあえず、相手先に……」
「相手先はいませんよー」
俺が頭をガシガシ掻いていると、後ろから宮原の声。振り向くとその隣に伊藤もいた。
「ん? いないって?」
宮原から封筒と見積書を見せてもらう。
「罠張りました」
罠に掛からないで欲しいし、もしそうなら被害はゼロにしないと、会社的に色々まずいと、偽の見積書を作ってた事を聞かされて、緊張の糸がぷっつりと切れたように、力が抜けた。
「た、助かった……。よかった……ほんと……」
「すみません、戻ってきてから言おうと思ったんですけど、ここに新人たちが居たのが予定外でした」
ちょっとだけバツの悪そうな顔をする宮原。
罠を張った物が使われたかを確かめないといけないので、戻って確認するまで黙っていました、と言われる。
ニセモノで被害は無いからよかったけど、確かにそのネタバラシを新人どもの前では出来んよな。
「明日からってか、今からおとなしくなるといいけれど……」
伊藤は、壁に阻まれ姿の見えない人事部がある方向へ顔を向ける。
別室にあるので、この会話も聞かれてはいない。
「ま、大丈夫だろ。さて、午前の営業での残務に取り掛かるか」
「「はい」」
◆ ◇ ◆ ◇
翌日の俺、会議室に呼ばれる。
新人たちの研修を後ろから見守る係。なんで?
新人たちは背筋を伸ばし、しっかりとノートを取り、不明点の質問はきちんと敬語・丁寧語を使う。
「その質問については、営業部部長から答えてもらいます」
なんで??
とりあえずわかることなので伝えるが、後ろにいる俺の方へ体を向き直して、全員が真面目に耳を傾ける。
全員顔色良く無い……唇ふるえてますよ?
そんなのが3日ほど続いた。
俺、営業部所属なんだけど……なんか、前もどっかの部署に呼ばれていたな……。
新人は、油断すると態度が崩れるそうだが、俺の名前を出すと元に戻るらしい。
なにそれ、俺ってどう見られてんのさ。
とりあえず、今日の俺、社員ダイニングで愛妻弁当を食う。
いつも通りの美味しいお弁当。
弁当がある昼休み、ランチのひとときは最大の癒しの時間だ。カミさんいつもありがとう。
栗ごはんとっても美味しいです。
〜大丈夫とは思うけど念のため〜
起きている事件はフィクションです。(むしろあってたまるかレベル……)
似たような困ったさんはいましたけど、ここまでのことはしてません、『事件はフィクション』なので、ご安心ください。
お話の中に出てくる人物も、もちろん実在しないひとのつもりで、テキトーに名前つけてます。