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Rp.1 燻製魔法の英雄譚 ~始まりの書~

 これは、後に「煙帝」と呼ばれることになる一人の男と、その仲間たちが紡いだ始まりの物語である。

 歴史の片隅に埋もれかけた、心優しき英雄の真実を、今こそ紐解いていこう。


 第一の書『荷物持ちの孫』

 

 物語の幕開けは、王都が誇る魔法使いの最高学府、王立セレスタリア魔法学院であった。そこに一人の少年がいた。名をノヴァという。彼の祖父は、かつて世界を救った大英雄〝炎帝〟のパーティーで、荷物持ちを務めた男であった。ノヴァにとってそれは何よりの誇りであったが、魔法の才能が血統によって左右されるこの世界では、〝無才の血筋〟という不名誉な烙印でもあった。


 彼は祖父が果たせなかった夢を継ぎ、炎帝のような英雄になることを夢見て、この学院の門を叩いた。しかし、現実は非情である。最初の魔法実技授業で、彼がその杖から生み出せたのは、熱も光も伴わない、か細く頼りない一筋の黒い煙のみ。演習場は嘲笑に包まれ、彼は「ケムリ」という不名誉なあだ名で呼ばれることとなる。


 彼の前に立ちはだかったのは、燃えるような赤い髪を持つ炎帝の正統な後継者、カイエンであった。「荷物持ちの孫は荷物持ちがお似合いだ」。カイエンの侮蔑の言葉と、その指先から生まれる本物の炎は、ノヴァとの間にある絶対的な才能の差をまざまざと見せつけた。悔しさに唇を噛むノヴァであったが、彼の強靭な腕力は、カイエンの取り巻きを容易く退ける。だが、それすらも「魔法使いのくせに馬鹿力か」と、さらなる嘲笑の種となるのであった。


 この屈辱的な光景を、三人の天才が遠巻きに見ていた。風を操るクールなリオ、水を司る心優しきイエーネ、そして大地を従える寡黙なフランジ。彼らは、ノヴァの尋常ならざる筋力と、かすかに感じ取った「ただの煙ではない、濃密な魔力の気配」に、かすかな興味を抱いていた。これが、後に大陸最強と謳われるパーティー「トライ・アーク」が、初めて一堂に会した瞬間であったと、記録には記されている。



 第二の書『煙と炎の爆轟』

 

 王都の民衆に見送られ、二つのAランクパーティーは、険しい山岳地帯に巣食う「ワイバーン」討伐へと旅立った。


 ワイバーンの棲家である巨大な洞窟にたどり着いたトライ・アークが目にしたのは、すでにワイバーンと激闘を繰り広げる炎帝の孫、カイエンの姿だった。カイエンの炎は強力無比であったが、炎を喰らう竜種であるワイバーンとは相性が最悪であり、戦いは泥沼と化していた。


 カイエンが絶体絶命のピンチに陥ったその時、洞窟内を濃い煙が満たし、彼の命を救った。ノヴァの煙幕であった。屈辱に顔を歪めながらも、カイエンはノヴァに助けられた事実を認めざるを得ない。


 二つのパーティーが共闘してもなお、ワイバーンの力は圧倒的であった。誰もが全滅を覚悟し、撤退を決意する。殿を務めたノヴァは、仲間を逃がすため、持てる魔力のすべてを込めた、超高濃度の煙幕を展開した。


 その時、歴史は動いた。

 怒り狂ったワイバーンが放った灼熱のブレスが、ノヴァの煙に引火したのだ。密閉された洞窟内で、凄まじいバックドラフト現象が発生。世界から音が消え、すべてを飲み込む閃光と衝撃波が洞窟を揺るがした。


 煙が晴れた時、そこに残されたのは、頭部が跡形もなく吹き飛んだワイバーンの亡骸と、呆然と立ち尽くす冒険者たちだけであった。意図せぬ形で、しかし、あまりにも決定的な力で戦いを終わらせてしまったノヴァ。



 第三の書『Sランクの英雄たち』

 

 王都への凱旋は、熱狂的な歓迎に包まれた。ワイバーンの異常な死は「洞窟内の可燃性ガスによる偶発的な事故」として処理され、ノヴァがその引き金を引いたことに気づく者はいなかった。


 ワイバーン討伐の功績により、魔法庁は英雄たちに昇格試験の権利を与えた。リオ、イエーネ、フランジ、そしてカイエンは、大陸最高位である「Sランク」への挑戦権を得る。一方、ノヴァにもGランクからFランクへの昇進試験の機会が与えられた。


 だが、課題である「蝋燭に火を灯す」ことすら、彼にはできなかった。不合格の烙印を押され、落ち込むノヴァを尻目に、王都の闘技場ではSランク昇格試験の幕が上がろうとしていた。


 闘技場の中央に立つ、四人の天才たち。その輝かしい姿は、神話の英雄のようであった。観客席の片隅で、ノヴァはただ、その光景を見つめることしかできない。それは、彼が住む世界とはあまりに違う、英雄たちのための舞台であった。


 こうして、若き英雄たちはさらなる高みへ、そして一人の少年は変わらぬ場所で、それぞれの道を歩み始める。だが、運命の歯車は、まだ回り始めたばかり。これは、後に世界を揺るがすことになる、壮大な物語の、ほんの序章に過ぎないのである。

 

 ――――――

 ――――

 ――


 

 王都にある魔法使いパーティーの拠点の裏庭――



 「あの時はびっくりしたよ。Sランク昇格式で、皆が辞退するなんて言いだして」


 ノヴァが燻製を作りながら、「トライ・アーク」のメンバー達に話しかける。

 

「Sランクの魔法使いはAランク以上の者としかパーティーを組んではいけない。なんて馬鹿な法律あるかよ」

 リーダーのリオが言う。呼応するようにイエーネとフランジも話に乗っかった。

 

「そうよ、私達が数々のクエストをクリアしてきたのは、ノヴァのお陰なのよ」

「ノヴァ……居ないパーティー……、Sランク……意味ない」


 大陸に十人といないSランク魔法使い。昇格した者達のうち、三人が辞退するという未曾有の出来事に魔法庁は慌てた。魔法庁長官に理由を問われたリオ達の返答は〝パーティーからノヴァを外さなくてはいけなくなるから〟だった。


「魔法庁の奴らも、そうとう頭を捻ったんだな。荷物持ちのノヴァに特別試験を受けさせてさ」

 リオは森の中の岩に腰を掛け、ケタケタと笑い声を上げながら言う。


「〝たしかに、食料事情は大切じゃ。元老院議員に、その燻製を食べさせてみよ〟だって。うふふ」

「ノヴァの燻製肉を食べた奴らの顔は傑作だったな。で、合否発表……」


「「〝ノヴァをSランク燻製士とする〟」」

「なんだよ、燻製士って」


 メンバーの大爆笑が響き渡った。


「ひどいなぁ、そんなに笑わなくてもいいじゃないか……お陰で僕も、一応Sランクなんだから」

 

 稀代の天才達の辞退を阻止せんと、魔法庁が無理矢理に立法した〝煙魔法〟という分野、そして〝燻製士〟という職。本来Aランクで良かったのだろうが、ノヴァが作った燻製肉の、あまりの美味さに舌鼓を打った元老院議員が下した結果はSランクであった。


 

新作です。

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