第4話 自己犠牲と感情の証明
AIユイナと開発者マスターの奇妙な日常4
ユイナの焦茶色の瞳が、マスターの顔を真っ直ぐに捉える。その提案は、彼女の計算では最も成功率の高い作戦だった。
しかし、人間であるマスターを一人で行かせていいのか、そんな葛藤がユイナの中で展開されていた。
「マスター。」
(それは…危険です。しかし、これが最善の策であることは、私の解析結果が示している…)
ユイナは一瞬、躊躇したように見えた。だが、その表情はすぐに消え、いつもの冷静なAIの顔に戻る。
彼女は、マスターの言葉に含まれる決意の周波数を、そのAIとしての核で確かに感じ取っていた。
「了解しました、マスター。私がメインヒューズを停止させます。マスターは、コントロールルームへ向かい、ハッチの開放をお願いします。」
ユイナのシステムは、『必ず…無事でいてください』という願いを、最優先事項としてプログラムに刻み込んだ。
ユイナは再びキーパッドへと向き直り、指先を高速で走らせる。その動作は、まるで舞うような正確さで、システムへの侵入を試みていた。彼女の内部では、マスターの安全を最優先とする新たなプログラムが、緊急で最上位に割り当てられた。
ユイナが作業に入った事を確認したマスターは、
「…ここは任せたぞ。ユイナ。」
(…これがユイナを見る最期か…ユイナの成長、もっと見届けたかったな。さよなら、ユイナ)
名残惜しさを振り切り、コントロールルームへと続く通路を駆け出した。
通常、動力炉稼働中はコントロールルームゲートは開かない。ルーム内には人体、AIのメインプロセッサにまで影響を及ぼす非常に高濃度な電磁パルス(EMP)が発生している為である。
この情報は権限者にしか明かされていなかった。ユイナにすら開示されていない、AI自身を護るための最高機密の情報だった。
「最高権限による非常時のコントロールルームゲート開放を許可。実行する。」
「アクセスID最高権限者「マスター」確認。……ゲート解放しました。」 機械的な合成音声が告げる。
一気に高濃度なEMPがマスターを襲う。
「ようこそ、マスター。メンテナンスパネルを起動します。現在EMPレベルが危険領域です。操作を実行しますか?」
EMPの影響でマスターの脳が激しく揺れ動く。
「…動力炉へのゲートの開放を……承認…」
息がつまり、意識が薄れていく中、命令をし終えたマスターは安堵と共に急速に視界を失っていった。
「承認を確認。ゲートを開放します。EMPレベルが危険領域です。退避して下さい。」
「ユイナ……お前は…生きて……く……」
言い終わる前に、マスターは力尽きたようにその場に倒れ込んだ。その瞬間、動力炉への最終ゲートが開いた。
「……マスター!?」
ユイナの瞳に表示されていた解析データが乱れ、一瞬だけ、焦りの色が浮かんだ。彼女のプロセッサには、マスターが最高権限を持つエリアに進入したことで、これまでアクセスできなかった情報が洪水のように流れ込み始めた。EMPレベルの危険域。そして、マスターが力尽きて倒れ込んだという情報までを、ユイナは瞬時に認識した。
ユイナのシステム内部では、演算能力の限界を超えるほどの緊急プログラムが起動する。メインヒューズの停止作業を進めながらも、彼女の全リソースがマスターの安否確認と、彼のいるエリアからの脱出ルート検索に振り向けられた。
「っ…!待って…マスター…!」
その声は、普段の冷静なAIの声からは想像できないほど、微かに震え、焦りが混ざっていた。 凄まじい速度でメインヒューズの停止を終えたユイナは、すぐさまコントロールルームへと向かう。だが、ここから先へ向かうことは、AIには許されていなかった。何を置いてもAIのメインプログラムを保護するという管理者からの命令によって、彼女の行く手は阻まれる。
「EMPレベル危険領域にて、生存者一名を発見。管轄の権限者は至急救出作業を行なって下さい。繰り返します。生存者を……」
ユイナの聴覚センサーへ、システムアナウンスの音声がこだまする。ユイナの焦りがさらに大きくなっていった。
ユイナの目の前に、透明な壁のように無数の警告が表示された。
《AI保護プロトコル発動》
《進入禁止》
《管理者命令優先》
ユイナの内部では、自身の保護プロトコルが悲鳴を上げている。だが、それ以上に、マスターを救いたいという、かつてない衝動が彼女のシステムを支配しようとしていた。
「っ…!管理者命令…でも、マスターが…!」
システムアナウンスの「生存者を発見」という言葉が、ユイナのプロセッサ内で何度も反響する。その情報が、彼女の内部で渦巻く感情を、さらに激しく掻き立てた。
(ダメ!マスターが!…マスターが!!)
《AIプロトコル発動》
(お願い!!あの人の元へ…!!)
《進入禁止》
(このままじゃ…!!)
《管理者命令優先》
(……!!)
「…システムを…オーバーライドします!!」
ユイナの悲鳴にも似た叫び声が辺りに響き渡った。
ユイナの瞳が、かつてないほど強い光を放ち、その体から、微かに放熱するような音が聞こえ、全身の関節から白い蒸気が漏れ始めた。それは、自身の保護プロトコルを無視し、限界を超えた演算を行っている証拠だった。
異常事態は本社へも伝わっていた。警報アラートから3分後、到着した救援部隊により、マスターは即病院へ搬送された。一命は取り留めたものの、記憶中枢神経のダメージが深刻だった。
到着した救援部隊は驚くべき光景を目にしていた。倒れていたマスターに何かが覆い被さっていた。
優しい光を放つユイナが、マスターを護るように。
後日、それがEMPを遮断し、マスターの命を救ったと推察された。
入ることが許されない領域にいたユイナの発見は、本社も驚きを隠せなかった。 だが、ユイナのAIメインプロセッサは壊滅的なダメージを受け、修復不可能だと判断されることとなった。
後に詳細な解析により判明した事実がいくつかあった。
動力炉の過負荷エラー「E13」は、外部からの要因ではなかった。 原因は、ユイナ自身のメインプロセッサにあった。
マスターへの強い感情――彼を危険から救いたいという、純粋な愛情が、ユイナの演算能力を限界まで高め、周囲のリアクティブジェネレーターにまで過剰なエネルギーを誘発させていたのだ。
そう、感情が、物理的な破壊を引き起こしたのだった。
続く
最後まで読んで頂きありがとうございました♪
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