第2話 ドイツへの旅と大会の知らせ
そんな日常が続いていた、ある春のこと。父と母が突然、「家族で海外旅行に行こう」と言い出した。行き先はドイツ。理由は特になく、ただの家族サービスとしか聞かされていなかった。
「海外なんて久しぶりだねー」
「ほんとだよ。ヨーロッパなんて修学旅行でも行けないし」
私はすっかり浮かれていた。弟の蓮も、初めての海外にワクワクしている様子だ。
そして、現地の空港に降り立った瞬間、その空気の違いに心が弾んだ。建物も標識も、耳に入ってくる言葉も、日本とはまるで違う。空港の案内表示はドイツ語と英語のみ。ほんの少しだけ身構えたけれど、両親が慣れた様子で案内してくれるおかげで、特に困ることはなかった。
ホテルにチェックインしたあと、街を歩いていたときのことだった。
大通りの広場に大きなステージと電子看板が設置され、人だかりができているのが目に留まった。
「なんだろ、あれ」
「行ってみようぜ!」
蓮に腕を引かれ、人混みの中をかき分けていくと、そこには見覚えのあるマークが掲げられていた。
“ミクロレース公式大会”。そう、世界中で行われているミクロレースの公式大会の告知だった。
「へぇ、こんなところでもやってるんだ」
「当たり前だろ!ドイツだぜ?超有名プレイヤーも来てるってよ!」
蓮は興奮気味に看板を指さし、掲示されている参加条件を読み上げる。
「ほら、“子供限定大会”だって。しかも飛び入り参加OK、今日この場でエントリー可能だってさ!」
「へぇ、すごいね……って、え?」
私が声を上げたときにはもう遅かった。蓮はスマホでエントリーフォームを開き、私の名前を勝手に入力していたのだ。
「ちょ、ちょっと蓮!?何してんの!」
「いいじゃん、せっかくだしさ。たまには姉ちゃんも本気出せよ」
「いやいや、本気とかそういう問題じゃ――」
と慌てふためく私をよそに、蓮はにやりと笑い、送信ボタンをタップした。
「はい、エントリー完了っと!」
「マジで勘弁してよ……」
もはや取り消す術もなく、私はその場で大会への参加を余儀なくされた。
このときはまだ、自分がただの遊び感覚で参加するつもりでいたし、命の危険に晒されるなんて、考えもしなかった。