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短編小説

悪役令嬢の婚活は難航中~攻略対象を避けたらゲーム外キャラと恋愛フラグが立ちました~

作者: 久遠琥珀

 スターフェリアの隣国、ダークストーン帝国の宮殿。豪華絢爛な部屋で、私は鏡の前でため息をついていた。


「また今月もお見合い全滅……どうして私みたいな美少女が結婚できないのかしら」


 私の名前は、エレンディラ・ヴォイドハート。十九歳の闇の魔法少女であり、あの暗黒の雷帝として恐れられるヴォイドハート皇帝の一人娘である。


 漆黒の髪に深い紫の瞳、陶器のように白い肌。完璧なまでに整った美貌の持ち主――それが今の私。


 でも私には前世の記憶がある。私は元々、平凡な大学生だった宮野あかり。大好きだった乙女ゲーム『プリンセス・オブ・スターズ』の悪役令嬢に転生してしまった。


 私は内心で複雑な思いを抱いていた。前世で愛してやまなかった乙女ゲームの世界に転生できたのは嬉しい。しかし、よりによって主人公の恋路を邪魔する悪役令嬢とは。


 原作では、エレンディラ・ヴォイドハートは学園で主人公をいじめ抜いた挙句、攻略対象の王子たちに見限られて国外追放エンドよ。最悪、雷に打たれて死亡エンドもあった。


 しかし、私の美しさに見惚れる男性も、私の素性を知った途端に血相を変えて逃げ出すのが常だった。これは原作通りだ。


「エレンディラ様、今月のお見合い相手のリストです」


 執事のセバスチャンが恐る恐る近づいてきた。


「あら、今度は何人かしら?」


「……0人でございます」


 私の美しい顔が、一瞬で氷のように冷たくなった。美しい紫の瞳に、危険な光が宿る。


 うっかり原作の悪役令嬢の性格が出てしまった。でも、前世の記憶があるのだから、もう少し上手くやれるはず。


「あら、そう。誰も私と結婚したくないのね」私の唇が美しく弧を描いた。それは天使のような微笑みだったが、その瞳だけは冷酷に光っていた。「なら、その理由を直接聞いてみましょうか。雷の拷問でもしながら」


「そ、そんなことは……」


「ねえ、セバスチャン」私がゆっくりと振り返ると、この美しい顔に残酷な笑みが浮かんでいた。「この結果を報告してくれた使者たちには、特別なお礼をしなくちゃいけないわね。三日三晩、雷に打たれ続ける素敵な体験を……」


「お、お待ちください! 使者たちに罪はありません!」


 セバスチャンが慌てて止めると、私は艶やかに笑い声を立てた。


「あら、冗談よ。でも、みんなパパのことばっかり気にして。私だって普通の女の子なのに」


 いえ、嘘。前世の私は確かに普通の女の子だったけど、今の私は完全に悪役令嬢の性格に染まってる。転生って恐ろしい。


 確かに、暗黒の雷帝ヴォイドハート皇帝は隣国でも恐れられている独裁者だった。「もし娘と結婚して皇帝の機嫌を損ねたら、雷で消し炭にされる」と本気で怯えられている。


「私だって、愛する人に愛されたいもの。素敵な王子様と恋愛結婚したいの」


 私の瞳に涙が浮かんだ。この美しい表情は、まさに可憐な乙女そのものだった。


 原作ゲームでは、エレンディラに恋愛イベントなんてなかった。完全に噛ませ犬キャラ。でも、私には前世の恋愛シミュレーションゲームの知識がある。必ず理想の相手を見つけてみせる。


「そうだわ!」


 私が手を叩いた。


「素性を隠して婚活すればいいのよ! ゲームの攻略法を応用すれば、きっと素敵な殿方を落とせるはず」


 でも、原作の攻略対象は全員主人公専用。私が手を出したら確実にバッドエンド直行。となると、ゲームに登場しないモブキャラを狙うしかないわね。




 翌日、私は変装を施して隣国スターフェリアの王都クリスタリアにいた。漆黒の髪を栗色に染め、紫の瞳をコンタクトで緑に変え、魔力のオーラも完全に変えている。


「私の名前はセリーナ・ローズ。平凡な魔法少女よ♪」


 この名前、前世で作った乙女ゲームの二次創作主人公と同じ。ちょっと恥ずかしいけど、愛着があるからいい。


 街の広場で、私は最初のターゲットを見つけた。端正な顔立ちの若い騎士である。


 この顔……見覚えがないわ。完全にモブキャラね。彼なら安全。


「あの、すみません」


 騎士に近づいた私は、完璧な笑顔を浮かべた。ふわりと風になびく髪、恥ずかしそうに頬を染める表情。まさに清楚で可憐な美少女だった。


 乙女ゲームの基本。第一印象で相手のハートを掴む。


「なんでしょうか、お嬢さん」


 騎士は一目で私の美しさに魅了されたようだ。


「道に迷ってしまって……もしよろしければ、お話でもいかがですか?」


「喜んで!」


 二人はカフェに向かった。騎士は完全に私に夢中になっている。


「君のような美しい方にお会いできて光栄です。お名前は?」


「セリーナです」私は上品に微笑んだ。「ところで、あなたのお給料はおいくら?」


 騎士の顔が一瞬引きつった。


 あ、しまった。悪役令嬢の性格が出てしまった。ゲームでいきなり相手の収入を聞く選択肢なんてないのに。


「え、えーと……」


「将来性はいかがですか? 昇進の見込みは? 老後の蓄えは?」


 止まらない! 前世の知識があるのに、なぜか悪役令嬢の本能が暴走してる!


 私は内心で焦っていたが、表情は相変わらず天使のように美しかった。


「あの……お食事でもいかがですか?」


「素敵ですね。でも高級レストランでお願いします。私、安い店では舌が麻痺してしまうんです」


 ああ、もうダメ。完全に悪役令嬢モード全開。ゲームの知識が全く活かせてない。


「それと」私は首を可愛らしく傾げた。「私の話をちゃんと聞いてくださる? 私って、おしゃべりなんです。それに、私の意見に逆らわないでくださいね。すぐに傷ついて泣いちゃうんです」


 これ、完全に地雷女の発言よ。乙女ゲームでこんな選択肢選んだら即ゲームオーバーだわ。


「え、えーと……」


 十分後、騎士は「急用を思い出した」と言って姿を消していた。


 やっぱり駄目だった。前世の知識があっても、この体の性格の方が強いのね。


 その後も同じパターンが続いた。


「私の友達、みんな私より格下の男性と結婚してるんです。本当に可哀想だと思いませんか?」


 これ、原作ゲームでエレンディラが主人公に言った台詞とほぼ同じだわ。学習能力ゼロね、私。


「あなたって、お顔はそこそこ素敵ですけど、もう少し背が高くて、筋肉質で、お金持ちだったら及第点でしたのにね」


 ゲーム知識があるのに、なぜ最悪の選択肢ばかり選んでしまうの?


 外見は清楚で可憐、しかし内面は氷のように冷酷。男性たちを品定めし、値踏みし、見下す視線。その極端なギャップに、男性たちは本能的に恐怖を覚えて逃げ出していく。


「きっと皆さん、私が美しすぎて緊張されてしまうのね。仕方ないわ」


 自分の性格の悪さを棚に上げて、相手のせいにするところまで原作通り。転生の意味がないじゃない。




 そんなある日、街の広場で大きな騒ぎが起こった。


「魔獣よ! 魔獣が現れたわ!」


 巨大な魔獣が暴れ回り、人々が逃げ惑っている。私の瞳が一瞬、危険に光った。


 あ、これは原作ゲームにはないイベントね。オリジナル展開?


「とにかく、変身!」


 淡いピンクの光に包まれ、可愛らしい魔法少女の姿になった。本来の闇の魔法衣装とは正反対の、ふわふわした愛らしいドレスだった。


 しかし、正体がバレるような派手な技は使えない。私は変身した。


「愛と正義の魔法少女……えーと……」


 技名が出てこない。雷撃や暗黒という言葉は絶対に使えないからだ。


「えーと……ラブ・ビーム?」


 慣れない愛の魔法を放つが、威力が弱すぎて魔獣にかすり傷しか与えられない。


 やっぱり愛の魔法なんて私には合わないわ!


 その時、別の方向から強力な魔法が放たれた。


「クリスタル・ランス!」


 美しい水晶の槍が魔獣を貫き、あっという間に消し去ってしまった。振り返ると、エレガントな青いローブを纏った青年が立っていた。


 この顔……見たことがない。完全にゲーム未登場キャラね。隠しキャラ? それともオリジナル?


「大丈夫かい?」


 青年は端正な顔立ちで、どこか品のある雰囲気を漂わせている。そして何より、その魔法の威力が尋常ではなかった。


 あの魔法……ただ者ではないわね。でも、ゲームにない展開ということは、フラグの立て方も分からない。


「はい、ありがとうございます」


 私は可憐に微笑んだ。


「僕はエリック……エリック・ストームウィンドだ」


 ストームウィンド? その名前もゲームにはなかったわ。完全に想定外の人物ね。


「私はセリーナ・ローズです」


「君の魔法、とても……心温まるね」


 エリックの表情が微妙に複雑になった。明らかに「弱い」と言いたそうだったが、紳士的に言葉を選んでいる。


「あなたの魔法の方が素晴らしいわ。とても上品で洗練されていて」


 この人、絶対に普通の人じゃない。でも攻略法が分からないから、とりあえず様子を見ましょう。


「よかったら、お茶でもいかがかな?」


「ぜひ」


 カフェで向かい合って座る私たち。私は久しぶりに手強い相手に出会えた気がしていた。


「君は魔法少女として活動してるのかい?」


「はい、でも……まだまだ未熟で」


 ゲームの知識が通用しない相手だから、下手な嘘はつけないわね。


「僕も魔法使いとして修行中なんだ。なかなか思うようにいかなくて」


 あの威力で修行中? 絶対に嘘ね。でも私も嘘ついてるから、お互い様かしら。


「ねえ、エリックさん」私は首を傾げて可愛らしく尋ねた。「お仕事は何をされてるんですか? 資産はおいくらぐらい?」


 また出た! なぜ私は学習しないの?


「え? あー、その……家業を手伝ってるんだ」


「家業? 年収は?」


 止まらない、止まらない。これじゃ前世と何も変わらないじゃない。


「あー……農業だよ、農業」


 エリックが明らかに動揺している。私は敏感にそれを察知した。


 嘘ね。しかも下手な嘘。でも私も嘘ついてるから、追求はやめておきましょう。


「素敵ですね。でも、農業って儲かるんですか?」


 ああ、もう本当に救いようがない。前世の乙女ゲーム知識は何の役にも立たないのね。


「そ、そうだね……それなりに」


 この動揺ぶり、きっと何か秘密があるのね。でも、ゲームにない展開だから読めないわ。


「セリーナさんは?」


「私は……えーと……花屋で働いてます」


「花屋?」


「はい。お花が大好きなんです。特に……」


 私は慌てて好きな花を考えた。しかし、普段から黒薔薇や毒のある花ばかり好んでいるため、普通の花の名前が出てこない。


「特に……黒薔薇が……」


「黒薔薇?」


「あ、いえ! 赤い薔薇です! 愛の象徴ですものね」


 危ない危ない。悪役令嬢の趣味が出てしまったわ。


 エリックの表情が少し和らいだ。


「君は優しそうだね。花を愛する人に悪い人はいないって言うし」


 優しい? 私が? この人、本当にゲームの攻略対象じゃないのね。主人公の正体を見抜く洞察力がまるでないじゃない。


 しかし、私は内心でほくそ笑んだ。この男性は今までとは違う。簡単には逃げださない手強さがある。そして何より、ゲームの攻略対象ではないから、自由にアプローチできる。


「ねえ、今度お食事でもいかがですか? 高級レストランで」


 また高級レストランって言ってしまった。学習能力皆無ね。


「ぜひ」


 それから私たちは頻繁にデートを重ねた。しかし、私は相変わらず毎回失言を繰り返していた。


「この店のケーキ、まあまあね」


「君が喜んでくれて嬉しいよ」


「でも、もう少し高級なお店なら、もっと美味しいケーキが食べられるのに。私、舌が肥えてるから、安いものだとすぐ分かってしまうの」


 私が本音を言いかけて、慌てて表情を和らげた。


「あ、でも! このお店も素敵です! エリックさんが選んでくださったから」


 前世の乙女ゲーム攻略経験が全然活かせない。むしろ悪役令嬢の性格が強すぎて、どんどん印象悪くしてる。


「今度は遊園地に行かない?」


「遊園地か……」


 エリックが困った表情をした。人が多い場所では正体がバレる危険がある。


「あ、でも僕、人混みが苦手で……」


「そうなんですか? 私も実は……」


 庶民と一緒にされるのは屈辱だけど、それ以前に私も正体バレが怖いのよね。


「静かで上品な場所の方が好きです」


 お互いに正体を隠すため、デート場所の選択に苦労する私たち。しかし、私にとって、エリックは格好の観察対象だった。


「君といると、不思議と落ち着くんだ」


「私もです」


 この人と一緒にいると、ゲーム攻略のことを忘れて、自然体でいられる。変な感じ。


「他人とは思えないというか、同じシンパシーを感じるというか……」


「嬉しいわ」


 もしかして、この人も何か秘密を抱えてるのかしら? 私と同じように。


 しかし、次第に私の中で変化が起こり始めていた。エリックと話していると、計算抜きで楽しいのだ。いつものように相手を見下したり、ゲーム攻略法を駆使したりするのを忘れてしまう瞬間がある。


「僕の家族は……ちょっと変わっててね」


「変わってるって?」


「みんな夜行性なんだ。昼間はあまり活動しない」


 夜行性……? もしかして、隠しキャラ的な設定があるのかしら? ゲームで描かれなかった、地底世界の住人とか?


「私の家族も変わってるんです。お父様がとても……厳格で」


 雷で人を焼き殺すほど厳格よ。でも、それをゲーム風に言い換えると……


「厳格?」


「はい。躾に厳しくて、言うことを聞かないと……その……雷が……」


「雷?」


「あ、いえ! 雷のように怖いお説教をされるんです」


 危ない、うっかり真実を言いそうになったわ。




 ある日のデートで、私は魔獣に襲われている子供を見つけた。


「危ない!」


 咄嗟に雷撃魔法を使いそうになったが、慌てて愛の魔法に切り替えた。


「ラブ・シールド!」


 しかし、弱すぎて魔獣に破られてしまう。


「くっ……」


 これがゲームなら、きっと攻略対象が助けに来るはずよね。でも、エリックは攻略対象じゃないから……


 その時、エリックが前に出た。


「君は下がって! アイス・スピア!」


 氷の槍で魔獣を貫く。その威力を見て、私は確信した。


 この人、絶対に普通の人じゃない。隠しキャラどころか、完全にゲーム外の存在ね。


「すごい魔法ですね」


「あ、あれは……その……」


 エリックが慌てている。明らかに正体がバレそうになった。


「農家の方でも、そんな高度な魔法を?」


「え、えーと……最近習い始めたんだ」


 絶対嘘。でも私も嘘ついてるから、お互い様ね。それに、この展開はゲームにない。つまり、オリジナルストーリーを体験してるのよ。


 しかし、私も自分の正体を隠している身。追及するわけにはいかない。


「そうなんですね。私ももっと勉強しなくちゃ」


 お互いに疑問を抱きながらも、それ以上は踏み込めない関係が続いた。しかし、私にとって、この謎めいた男性への興味は日に日に増していく。


 ゲームの攻略対象じゃないから、自由に恋愛できる。これって、もしかして……私だけの特別なルート?




 そんなある日、ついに決定的な出来事が起こった。


「セリーナ、君に話があるんだ」


 エリックが真剣な表情になった。


「何ですか?」


「僕の正体のことで……」


「正体?」


 私の心臓が跳ね上がった。


 ついに真実を話してくれるのね。これで彼の正体が分かる。


「実は僕……」


 しかし、その時だった。


「お待ちください!」


 遠くから騎士の一団がやってきて、エリックを見つけて驚愕の表情を浮かべた。


「ガブリエル王子! 探しましたよ! こんなところで何を!」


「えっ!?」


 私は驚いてエリックを見た。彼の顔は青ざめている。


「王子って……」


 王子? でも、ゲームの攻略対象に王子キャラはいたけど、この人じゃなかったわ。ということは……


「あー、その……」


 騎士は続けた。


「ネクロマンシア王国にお帰りください! 陛下がお怒りです!」


「ネクロマンシア王国!?」


 私は声を上げた。


 ネクロマンシア王国……聞いたことがない。これは完全にゲーム外の設定ね。まさか、隠し王国?


「待て! まだ話が……」


「王子、お急ぎください!」


 騎士たちはエリック改めガブリエルを連れ去ろうとした。


「セリーナ!」


「エリック!」


 私たちは引き離されてしまった。


 その夜、私は一人で部屋にいた。


 エリック……いえ、ガブリエル王子。ネクロマンシア王国の王子だったなんて。完全にゲーム外のキャラクターだったのね。


 私は自分の胸に手を当てた。彼の正体を知っても、気持ちは変わらなかった。むしろ、興奮すら覚えている。


 ゲームの攻略対象じゃない。つまり、誰の物でもない。私だけの特別な人……


 私は自分でも気づかないうちに、彼への感情が変化していることに薄々感づいていた。


 愛してる……のかしら、私。前世では恋愛なんて縁がなかったのに。




 翌日、私はガブリエルに会いに行くことを決めた。しかし、私にも覚悟が必要だった。自分の正体も明かさなければならない。


 もし私の正体を知ったら、彼はどうするかしら? ゲームなら確実にバッドエンドだけど、これはオリジナル展開。何が起こるか分からない。


 約束の場所でガブリエルを待っていると、彼がやってきた。


「セリーナ……」


「エリック……いえ、ガブリエル王子」


 気まずい空気が流れる。


「君は……怒ってるかい?」


「怒るなんて」私は首を振った。「むしろ、逆よ。私だって……」


「君だって?」


 私は深呼吸をした。そして、打ち明けた。


「私も嘘をついていたの。私の本当の名前は……エレンディラ・ヴォイドハート」


 ガブリエルの顔が青ざめた。


「ヴォイドハート……まさか」


「暗黒の雷帝の娘よ」


 これで終わりね。ゲームなら確実にここでバッドエンド。でも……


 しばらく沈黙が続いた。


 しかし、ガブリエルは逃げなかった。


「君が……あの……」


「恐ろしい悪の魔法少女よ。どう? 幻滅した?」


「幻滅って言うより……」


 ガブリエルが苦笑いを浮かべた。


「安心した」


「え?」


「僕たち、完璧にお似合いじゃないか」


 私は目を瞬いた。


 え? これって……ゲームにはない展開。でも、ハッピーエンド?


「どういうこと?」


「考えてみろよ。暗黒の雷帝の娘と、ネクロマンシア王国の王子。どっちも恐ろしい家系で、どっちも正体を隠して婚活してた」


「そうね」


「僕、正体を明かすと相手に怖がられて逃げられるんだ。そのせいで数えきれないくらいの相手にフラれてきた」


「私もよ」


 ゲームでは、エレンディラは結婚なんて考えてなかった。でも、私には前世の記憶がある。普通の女の子として、恋愛への憧れがあるのよ。


「もう自国にはめぼしい相手がいない。だからわざわざ隣国まで足を運んで結婚相手を探していたんだ」


「ええ。私も」


「自分が何者なのか、それを知られたら幻滅され、逃げられてしまうに違いない。そう思って、君の前で猫を被っていた」


「私も」


「だけど、完全に無駄な努力だったようだね」


「そうね」


 私たちは顔を見合わせて、くすくすと笑い始めた。なんと、私たちは全く同じ境遇で、全く同じ秘密を抱えていたのだ。


 前世の乙女ゲーム知識なんて、全然役に立たなかった。むしろ、素の自分で接した方が上手くいった。皮肉なものね。


 これって、運命的な出会いというやつ? ゲームにはない、リアルな恋愛なのかしら。


「結婚しよう」


 ガブリエルが突然言った。


「え?」


「君となら、本当の自分でいられる」


 私の瞳に、初めて純粋な感情が浮かんだ。


 本当の自分……前世の私でも、今の悪役令嬢の私でもない、ありのままの私。


「でも、私……性格悪いのよ? 冷酷で、計算高くて、プライドが高くて、人を見下すのが大好きで……」


 これ、完全にゲームの悪役令嬢そのものの性格。でも、隠しても仕方ないわね。


「僕も負けず嫌いで、プライド高いし、結構腹黒いよ。それに、気に入らない相手は死霊で……」


「完璧にお似合いね」


「そうだよ」


 前世では恋愛経験ゼロだった私が、異世界で悪役令嬢に転生して、ゲーム外のキャラクターと恋に落ちるなんて。これって、最高のオリジナルストーリーじゃない。




 こうして、史上最も恐ろしくも美しいカップルが誕生した。


 私たちの結婚式は両国を巻き込んだ一大イベントとなった。新婚旅行では「愛の力で世界征服旅行」を敢行した。


「愛してるわ、ガブリエル」


「僕も愛してる、エレンディラ」


 悪役同士の愛は、誰よりも深く、誰よりも真実だった。


 前世の平凡な大学生だった宮野あかりは、こうして悪役令嬢エレンディラ・ヴォイドハートとして、最高の愛を手に入れた。ゲームの枠を超えた、本当の恋愛を。


 そして、その愛が深まるにつれて、私たちの力は増大し、やがて世界に美しい絶望の闇をもたらすことになるのだった。


 でも、それはまた別の物語。今は、この幸せを噛み締めていましょう。


 私は前世の記憶を胸に秘めたまま、幸せな悪役令嬢として生きていくことを決めたのだった。

お読みいただき、ありがとうございます!

本作と同じ世界観を舞台にした連載作品『特撮ヒーローの中の人、魔法少女の師匠になる』も、ぜひ読んでみてください。

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