第6話 二人の休日
シュデリィの元に、親である魔王から手紙の返信が届いた。
一見すると、遠い田舎から送られてきた素朴な手紙にしか見えない。その内容も、娘の身を案じ体調を気遣う、ごく普通のものだった。しかし特定の手順を踏むことで、文字が浮かび上がる。そこには、今回の任務に関する様々な情報が書かれていた。
貴族をはじめ、多くの将来有望な子どもたちが通うこの学園において、生徒の安全確保は最優先事項である。そのため学園側は、魔族対策として莫大なお金を学園内に併設された『聖魔教会』へと、定期的に支払っている。教会というのは、魔族を討伐することで存在意義と経済的基盤を確立している、一種のビジネスといえる。
そして最近、学園側がこの教会への支援金を減らすという噂が広まっているらしい。その支援金を減らさせないために、今回の事件は教会の関係者の誰かが裏で糸を引いている可能性があると手紙には記されていた。
それともうひとつ。シュデリィが魔族だと人間にバレたことについてだった。信頼できる人間にバレても何も問題はないが、敵対する可能性のある人間には知られないよう慎重に立ち回ること、と書かれていた。
「シュデリィちゃん、今日はお休みだね。その、えっと、何か予定はある?」
手紙を読んでいたシュデリィの顔色をうかがいながら、アイリスはおそるおそる話しかけた。
「……教会に少し行きたい、くらい」
「じゃあ、それが終わったら、この前の一緒に遊びに行く約束、良いかな……?」
期待と不安が入り混じった表情で、少し遠慮がちにアイリスは尋ねた。落ち着かないのか、指先をそっと絡ませている。
「……もちろん。お礼、したかった」
「やったぁ! じゃあ、早速準備するね。シュデリィちゃんも!」
アイリスは嬉しそうに声を弾ませた。そして、慣れた手つきでシュデリィの着替えを手伝いはじめる。シュデリィも、アイリスに身を任せることにすっかりと慣れていた。
「リボン、結ぶの慣れてきた?」
「……まだ少し、綺麗にできない」
「大丈夫だよ。私に任せて」
アイリスが手際よくリボンを結び直す。
「……いつも、申し訳ない」
「そうじゃなくてー」
「……いつも、ありがとう」
シュデリィは、アイリスの言いたいことを察して言い直した。謝るのではなく、お礼を伝えて欲しい。このやりとりも、日常茶飯事となっていた。
「ふふっ、すごく嬉しいっ。私、シュデリィちゃんのリボン結ぶの好きだよ」
「……どうして?」
「なんか、特別な関係じゃないと、こんなことできないから」
「……特別な関係?」
「うん。そうじゃなくても、できるのかもしれないけど。ナイショでもいい?」
人差し指をたて、いたずらっぽい笑みを浮かべるアイリス。
「……わかった」
そんなアイリスの楽しそうな姿を見て、全部許してしまうシュデリィだった。
その後シュデリィとアイリスは、学園内に併設された教会へと足を踏み入れた。重厚な扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でる。ステンドグラスを通して差し込む柔らかな光が、床に神秘的な模様を描き出していた。静寂の中に時折、祈りの声が小さく響く。
ふいに、アイリスがきょろきょろとあたりを見渡した。何かを探すように、教会の地面をじっと目を凝らして見つめる。シュデリィは、その様子を不思議そうに見守っていたが、アイリスが何事もなかったかのように再び歩き出した。シュデリィは今のアイリスの行動が気になりつつも、何も言わずにその後をついていく。
教会の中には、他の生徒たちがまばらにいた。熱心に祈りを捧げている生徒や、聖書を読んでいる生徒など、その過ごし方は様々だった。
教会には監視魔法が張り巡らされていた。シュデリィはそれを叩き壊し、自らが魔界の門を閉じているとアピールすることで、黒幕を炙り出したいと考えた。だが「魔族であることを敵に知られないように」と手紙に記されていたため、歯がゆい思いを抱えながらも慎重な行動を選んだ。
シュデリィが、近くにいた聖職者の人に声をかける。
「……聖騎士に興味があります。お話を伺うことはできますか?」
「勉強熱心ですね。今、確認してきますね」
聖職者の人は慣れたように奥の部屋に向かった。この学園には、聖騎士を目指している生徒も一定数いるため、このような申し出は珍しくない。聖職者の背中を見送りながら、シュデリィは次の行動を考える。
「シュデリィちゃん、聖騎士になりたいの?」
「……全然。ちょっと、聞きたいことがあるだけ」
しばらくすると、奥の部屋から、屈強な体格をした人物が近づいてきた。鎧こそ着ていないものの、全身からただならぬ気迫が漂い、見る者に「聖騎士」を想起させる。
「この『聖魔教会』で聖騎士をやっているものです。あなたが話を聞きたいという生徒さんですか」
「……はい。よろしくお願いします。質問があります。はじめに、ここではどのようなお仕事をしていますか?」
シュデリィは、いかにも真面目に聖騎士を目指している生徒であるかのように、当たり障りのない質問から始めた。そして活動内容、聖騎士としての日常、学園との関係など、様々な質問を重ねていく。
「……あまり実際の戦闘というのは少ないんでしょうか?」
「そうですね。特に、この学校の建物や寮には、大きな結界が貼られています。ほとんどの魔族は入ることができません。そのため、私たちが直接戦闘を行う機会は、稀と言えるでしょう」
「……最近、学校で魔族のような気配を感じたのですが、気のせいでしたか」
シュデリィは探るように尋ねた。門を閉じているのはシュデリィ自身であったが、相手の反応を見るために、質問を続ける。
「おお、すごいですね。あなたは魔族の感知能力に優れている。才能がありそうですね」
そんなシュデリィの言葉を、聖騎士は純粋な才能の表れだと捉えた。
「……ということは、魔族が現れたのですか?」
「はい。皆さんを不安にさせても良くないですし、大きな事件ではないのでお知らせしていませんでしたが。最近、夜に魔物が学園内に現れるという事件がありました。すぐに倒しましたので、ご安心ください」
「……そうでしたか。ありがとうございます」
この人は、何も知らない。直接動いている聖騎士の人たちは、ただ仕事をしているだけ。シュデリィはそう判断した。
話を終え、教会を出た二人は、学園の敷地内を歩き出す。春の終わりの爽やかな風が、あの建物の中の重苦しい空気を吹き飛ばすかのようだった。
「シュデリィちゃん、何を聞きたかったの?」
「……私は、教会の誰かが、魔界の門を開けているんじゃないかと疑っている」
「そんなことをしても、仕事が増えるだけじゃないの?」
「……仕事が増えるということは、それだけ教会の重要性が増すということ。だから、学校はそこに予算を割く必要が出てくる」
「教会側は、それで利益を得られる、ってことだね」
「……そう。それが、どれくらいの規模なのかを知りたかった」
「お話をするだけでわかったの?」
「嘘を見抜く魔法がある。この魔法は、知っている人には簡単にバレるし、対策もすぐできる。だけど、私はそれを隠蔽して使った」
「そんな魔法もあるんだね……。シュデリィちゃん、本当に魔法に詳しいし、上手だね」
「……あなたほどじゃないけど。沢山知っているのはたしか」
シュデリィは自分よりアイリスの方が魔法が上手いと勘違いしているので、本気でそう答えた。
「わ、私? 私なんて全然だよ」
一方で、そんな状況になっているとは夢にも思わないアイリス。困惑しつつも、彼女なりの謙遜なのだろうと受け取った。
学園を出て、街へとやってきた二人。穏やかな陽気な日差しが街並みを照らす。瑞々しい新緑が目に映え、心地よいそよ風が肌を撫でる。石畳の道には、思い思いの休日を楽しむ学生たちの姿がちらほらと見られた。賑やかな街の空気は、学園の雰囲気とはまた違う開放感があった。
「……ちょ、まって、アイリスさん」
街中をぐいぐいと進んでいくアイリスに、シュデリィは思わず声をかけた。
「ふふふっ! こっちだよシュデリィちゃん!」
アイリスは楽しそうに振り返り、シュデリィの手を引いた。
「……ものすごく元気」
シュデリィは呆れたような、でもどこか嬉しそうな表情で呟いた。アイリスの無邪気な元気さに、自然と明るい気持ちになる。
「そりゃ、テンション高くもなるよ。シュデリィちゃんとのデートだし」
「……デート?」
その単語の意味がよく分からず、シュデリィは首を傾げた。
「うん。仲良しの2人が、遊びに行くことだよ」
「……そうなんだ。デート、はじめて」
シュデリィがあまりにも素直にそう言うので、アイリスは少しだけ顔を赤らめ、照れたように目を逸らした。
「そんなに素直に受け止められると、ちょっと恥ずかしい……!」
「……なぜ?」
アイリスが恥ずかしがる理由が分からず、シュデリィは不思議そうに首を傾げた。
しばらく二人で並んで街を歩いていると、可愛らしい装飾が施された、ポップな外観の小さなお店の前にたどり着いた。パステルカラーの壁に、美味しそうな絵が描かれた看板が掛かっている。甘い香りがふわりと漂ってきた。
「まずはこのお店です!」
アイリスは目を輝かせながら言った。
「……ケーキ屋?」
シュデリィは、店の看板に書かれた表示をそのまま読み上げた。彼女はケーキという単語に全く聞き覚えがなかった。
「そう。このケーキ屋さんがね、すっごく美味しいって評判なの! だけど、私、あんまりお金ないし、一緒に来てくれる友達もいなかったし……」
アイリスは、だんだんと声が小さくなっていき、最後は少し寂しそうに呟いた。
「……今日は、私がいる」
シュデリィがそう言うと、アイリスの表情はぱぁっと明るくなり、まるで太陽が顔を出したように輝いた。
「うん、うん……! 私、ずっと、誰かと一緒に来てみたかったの。シュデリィちゃん、私と一緒に入ってくれる?」
「……もちろん、そのつもり」
「ありがとうっ! じゃあ、さっそく……!」
アイリスはシュデリィの手を再び引いて、店内へと入っていった。
「いらっしゃいませー」
店内に一歩足を踏み入れると、甘い香りが一層強くなる。店内はピンクや白を基調とした、可愛らしい装飾で埋め尽くされていた。壁には愛らしい絵が飾られ、ショーケースの中には色とりどりの美しいケーキが宝石のようにきらめいている。
店員に案内されると、アイリスはテーブルの正面ではなくシュデリィの隣の席に腰掛けた。
シュデリィは、ケーキの種類も注文の仕方も全く分からなかったため、全てアイリスに任せることにした。アイリスは少し迷った後、一番人気のショートケーキと、チョコレートケーキを一つずつ注文した。しばらくすると、店員が笑顔で二つの可愛らしいケーキをテーブルに運んできてくれた。
アイリスは、目の前に置かれたショートケーキをフォークで丁寧にすくいあげた。ふわふわのスポンジと、たっぷりの生クリーム、そして真っ赤なイチゴがフォークの上に乗っている。
「はい、あーん」
アイリスはにっこりと微笑んで、そのケーキをシュデリィの方に差し出した。
「……あーん?」
突然、自分にケーキを差し出されて、シュデリィは少し困惑した表情を浮かべた。
「えっと、このまま食べて良いんだよ?」
「……私が、自分でとって、自分で食べた方が効率的」
「それはね、こうやって、お互いに食べさせ合いっこした方が、仲良し感があるというか……! えっと、伝わるかな……?」
「……わからないけど、アイリスさんがそうしたいなら、わかった」
シュデリィは、時々アイリスが提案する、自分には全く理解できないと思われる行動にも、合わせてみることを覚えていた。
そのまま少し躊躇しながらも、シュデリィはアイリスに言われるがままに口を開け、差し出された甘いショートケーキを一口食べた。ふわりと溶けるクリーム、甘酸っぱいイチゴ、そして優しいスポンジの味が口の中に広がる。
「どう? 美味しい?」
アイリスは目をキラキラと輝かせながら、シュデリィに感想を尋ねた。
「……すごく、美味しい。今まで食べたものの中で、一番美味しい」
シュデリィも同じく目を輝かせながら、素直にそう答えた。
「ほんと!? よかったー! そんなに気に入ってくれたなら、このまま全部食べて良いよっ」
「……それだと、不公平。アイリスさんも食べて」
シュデリィがショートケーキのお皿ごと、アイリスに渡そうとする。
しかし、アイリスは期待を込めた眼差しでシュデリィを見つめていた。その視線が、シュデリィに何かを訴えかけている。言葉にはしないけれど、目で伝えている。
それに気づいたシュデリィは、少し考えてから、自分のフォークでショートケーキを一口すくい上げた。アイリスが自分にしてくれたように、クリームとイチゴをバランス良く乗せる。
「……あーん?」
少しぎこちないながらも、アイリスがやっていたのと同じようにケーキを差し出した。
「そう、それだよシュデリィちゃん! あーん」
アイリスは嬉しそうに口を開けて、シュデリィから差し出されたケーキを味わった。
「……どういうこと?」
シュデリィの脳内は疑問符だらけだったが、幸せそうなアイリスの様子をみて気にするのをやめた。
「シュデリィちゃんに食べさせてもらうと、なんだか、30倍増しで美味しいっ……!」
「……そ、そんなに……? もしかして、だから私も美味しかった……?」
「ふふっ、そうかもっ。じゃあお次はチョコレートケーキです!」
アイリスは楽しそうに、次のケーキの紹介をする。結局二人はその後、二つのケーキを最後まで食べさせ合うという少し変わった方法で完食した。
あたたかくて特別な時間が、甘いケーキの味と一緒に二人の間に流れた。
お会計の時間になり、シュデリィは当然のように自分が支払おうとした。今回の遊びはアイリスへの「お礼」なのだから、費用は全て自分が持つべきだと考えていた。
「そ、そんな。友達にお金を出してもらうのは、さすがにちょっと……」
「……どうして? 今日は、私がお礼するために一緒に来ている。私が出すのは当然」
シュデリィはキョトンとした顔で尋ねた。
「ううん、私は、シュデリィちゃんが一緒に来てくれること自体が嬉しいの。だから、そこまでしなくていいんだよ」
「……さっき、お金がないって言ってた。それに私はあれ、仕事だから。手伝ってもらった対価として、本来お金を出すべきだった。今からでも……」
「シュデリィちゃんと、対等でいたいから。ここはそれぞれでお金を出そう? ねっ?」
「……わかった」
何か思いついたような顔をして、シュデリィは潔くその提案を受け入れた。
後日、魔王からアイリスのもとに門を閉じるたびに毎回金一封が届くようになるのだが、それはまた別の話である。
「続いてはこちらです」
「……雑貨屋さん?」
アイリスが示したところには、可愛らしい看板を掲げた小さな雑貨屋さんがあった。色とりどりの小物がウィンドウ越しに見える。
二人は店内へと入る。そこには可愛らしい動物の置物や、色とりどりのタオル、おしゃれな文房具など、様々な愛らしい商品が所狭しと並べられていた。棚にはキラキラしたアクセサリーや、珍しい形のキャンドルなども見える。
店の奥へと進んでいくと、可愛らしいデザインのコップがたくさん置いてある一角にたどり着いた。様々な色や形、絵柄のコップが並べられており、見ているだけで楽しい気持ちになるようだった。
「コップ、シュデリィちゃんもっていなかったから」
「……うん。もってない」
「そうだったよね。ここで、お互いのコップを選びっこしたいです」
「……自分のではなくて?」
「絶対そう言うと思ったよシュデリィちゃん。私が、シュデリィちゃんのコップを選びます」
自信満々の表情で答えるアイリス。対照的に、シュデリィは少し戸惑う。
「……私が、アイリスさんのコップを選ぶの?」
「そう。そして、お互いに、それを見せないようにして買って……お店を出てから、交換します」
「……それに、どんな意味が?」
「その言葉も予想してたよシュデリィちゃん」
「……アイリスさん、すごい。未来を予知する魔法は、とても難易度が高い。それなのに、どうやって」
「ちがうよ!? 私が、シュデリィちゃんのことをわかってきたという話です」
「……私は、何もわからないけど、わかった」
「シュデリィちゃんの、その、理解はしていないけれど私に合わせてくれる姿勢、大好きだよ」
「…………そう、なんだ」
シュデリィは少しだけ顔を赤らめ、照れたように目を横に逸らす。自分の髪の毛を指でくるくるといじりながら、小さな声で答えた。アイリスに「大好き」と言われて、どう反応すればいいか分からず戸惑っていた。
そんなやりとりをしながら、二人はそれぞれ相手のことを想いながら、内緒でコップを選んだ。
会計を済ませ、お店の外にある木製のベンチに腰を下ろした。街の喧騒が遠くに聞こえる。手元には、お互いのために選んだコップが入った袋がある。
「じゃあ私から。シュデリィちゃん、どうぞ!」
アイリスは、プレゼント用の可愛らしい袋に包まれたコップを、嬉しそうにシュデリィに差し出した。
「……ありがとう」
「開けてみて?」
アイリスは待ちきれないといった表情で、シュデリィに促した。
「……うん。えっと、これは……お星様?」
アイリスが選んだコップは、夜空のような深い青を基調とした、星や流れ星が散りばめられたデザインのコップだった。
「そう! シュデリィちゃんの、クールでもの静かなイメージにぴったりかなって思って。デザインもすごく綺麗だし……これだ! って思ったの」
「……ありがとう。たしかに、アイリスさんから貰うと、嬉しい」
アイリスが自分のために選んでくれた、という事実が何よりも嬉しい。なぜ嬉しいのかはわからなかったが、シュデリィはこのコップを大切にしようと思った。
「ふっふっふ……! 私も、わかってくれて嬉しいっ!」
アイリスも、満面の笑みを浮かべた。シュデリィに喜んでもらえて、とてもテンションが上がっている。
「……大事にする」
シュデリィはそのコップを優しい目で見つめて、大事な宝物のように、そっと鞄の中にしまった。
「シュデリィちゃんのことが好きすぎる……」
そんな様子をみて、「とっても嬉しい! ありがとう!」と言うつもりのアイリスだったが、本音と建前が逆になっていることに気がつかない。
「……あ、あの、それくらいで……」
アイリスが突然、予想外のことを言うので、シュデリィは慌てて頬を赤らめながら、あたふたとした様子でそう言った。
「では、次はシュデリィちゃんの番です」
そんなシュデリィの様子には全く気づかずに、アイリスは普段と変わらない明るい声で話を続けた。
「……え、えぇー……。じゃあ、これは、私から」
どうしたら良いのか、よくわからないシュデリィ。深く考えずに、アイリスがさっき自分にしたように、そのままいつも通りの流れに便乗することにした。
「わぁー! じゃあさっそく……!」
アイリスは目をキラキラと輝かせながら、プレゼントを受け取った。
「……うん」
シュデリィは少しだけ緊張しながら、アイリスが包みを開けるのを見守った。
「わー! これは……虹? 綺麗……! シュデリィちゃん、ありがとうっ!」
シュデリィが選んだのは、空色を基調とした、虹のかかった絵のコップだった。
「……どういたしまして。これが一番、アイリスさんに似合うと思った」
「そう私のことを考えて選んでくれたことが、すっごく嬉しい。ね? 楽しいでしょ」
「……楽しい、のかも。ありがとう。色んなことを教えてくれて」
「よかった……! あ、あのね、これからも、お礼とか関係なく、私と遊んでくれる……?」
アイリスは、少し真剣な声で尋ねた。
今回のデートが、単なる「お礼」で終わってほしくない。これからも、一緒の時間を過ごしたいから。アイリスはそう思って、シュデリィに尋ねる。
「……うん。なんだか、アイリスさんと遊ぶと……」
心が温かくなる。嬉しい気持ちになる。
あなたが、たくさん笑ってくれるから。
そう言おうとして、シュデリィは……言葉に詰まった。胸の奥から込み上げてくる感情を、どうすればいいか分からない。伝えたいのに、言葉が出てこなかった。
「シュデリィちゃん? どうしたの?」
「……な、なんでもないっ」
シュデリィは慌てて顔を逸らした。顔に熱が集まってきて、言いたいことが上手く言えずもどかしい。
そんな様子のシュデリィをみて、アイリスはそっとシュデリィの手を握った。
そのときシュデリィは、はじめてアイリスに魅了の魔法を受けた時の、あの胸の高鳴りを鮮明に思い出した。今、感じているこのドキドキは、あの時と同じではないだろうか。もしかして、また魅了の魔法を受けたのではないか、と。しかし今、そのことを冷静に分析できるほど、シュデリィの頭は働いていない。アイリスの手の温もりと、心臓の鼓動で頭の中はいっぱいだった。
「少しずつで大丈夫だから。私と、同じ気持ちになってくれると、嬉しいな」
アイリスは、祈るようにシュデリィに伝える。
「…………うん。私も、そう思う」
そしてシュデリィも、アイリスの言葉に小さく頷いた。
アイリスという人間が共有してくれる、この温かくて特別な気持ちを、たくさん感じて、自分自身も理解したい。
アイリスと共に過ごす時間の中で、新しい感情が芽生えていることを、シュデリィは感じ始めていた。