最終話 魔王の娘、好きな人ができました
シュデリィとアイリスが魔王城で過ごし始めて三日目の朝。窓からは魔界特有の紫がかった朝焼けが差し込み、部屋の中を幻想的に染め上げていた。肌寒い空気の中、二人は毛布にくるまり、まだ少し寝ぼけた目をこすり合っていた。シュデリィの隣にいる安心感からか、アイリスはふわりと微笑みを浮かべる。シュデリィはそんなアイリスの表情に気づき、そっと手を握った。
その静けさの中、淡い光の粒子が部屋の真ん中に集まり、ふわりと一通の手紙が宙に現れた。それは、シュデリィの親である魔王からの手紙だった。彼女は手紙に手を伸ばすと、ゆっくりと封を切る。そこには、今回の事件に関する顛末が詳しく記されていた。
魔王と学園長が事件後、すぐに教会へ強制介入し全ての証拠品を押収したこと。
主犯である魔導卿は既に捕縛されたこと。
使われた魔法無効のアーティファクトや魔界の門を開いたアーティファクトが、人の寿命を代償に発動する極めて危険な代物だったこと。
そして大聖女の力がその代償を肩代わりできる性質のものであったため、その力を狙って今回の事件が引き起こされたことが書かれていた。
手紙の最後には、想定をはるかに超える危険な状況だったことに対する、親と学園長からの二人への深い謝罪の言葉で締め括られていた。
「……事件、解決したって」
「よかった。それなら私たち、学園に戻っても大丈夫なんだね」
隣で様子を見守っていたアイリスは、シュデリィの言葉にほっと息をついた。
「一旦、向こうに戻ろう」
シュデリィはアイリスの手を取り、部屋の扉を開けて廊下に出た。少し歩いた先の壁に、一見すると何の変哲もない扉がある。シュデリィが『鍵』となる魔法を唱えると、扉の表面が淡く光り始めた。
二人は手を繋いだまま、扉の向こうへと足を踏み入れた。視界が黒い光に包まれた次の瞬間、学園の森特有の土と葉の香りが漂う古びた石造りの門のすぐそばに立っていた。
こうして寮に戻った二人。慣れ親しんだ自室の空気にアイリスはふう、と大きく息を吐き出す。体から力が抜け、ようやく学園へ帰ってきたことを実感した。窓から差し込む午前の柔らかい日差しが部屋全体を淡い輝きで満たし、静かにきらめいていた。
だがシュデリィは、どこか落ち着かない様子でアイリスの隣に立ったまま動かない。その視線は、何かを訴えかけるように、じっとアイリスを見つめている。
「……親と学園長に、呼ばれた」
シュデリィはそう言いながらも、アイリスの腕にそっとしがみつき離れようとしない。まるで、まだ離れたくないと全身で訴えているかのようだった。指先が、アイリスの服の袖を握りしめている。
「えっと、シュデリィちゃん、行かないの……?」
「……この前、そうやって行ったらアイリスさんが攫われた。だから、離れたくない」
子どもが駄々をこねるように頬を膨らませるシュデリィに、アイリスは愛おしさを感じた。
こんなにも自分を大切に思ってくれているシュデリィの気持ちに、言いようのない嬉しさがこみ上げた。だがこのままでは、魔王と学園長を困らせてしまうと彼女の理性がささやく。
「で、でも、さすがに行かないと、ね?」
アイリスは、シュデリィの手をそっと包み込むように重ねながら、優しく促した。
「……じゃあ、行ってくる。あとこれ、あの時の髪飾り。拾ったのを忘れてた」
シュデリィは観念したようにため息をついてから、懐から小さな髪飾りを取り出した。それはあの日、アイリスが失くしたものだった。
「こ、これっ……! あの時、私を守ってくれて……シュデリィちゃんから貰って、すごく大事にしてたのに……攫われた時に無くしちゃったかと思ってた。良かった。ありがとう、シュデリィちゃん……!」
アイリスは、手のひらに乗せられた髪飾りをそっと両手で包み込んだ。失われたと思っていたその確かな感触に、胸がいっぱいになる。彼女は大切そうにその小さな飾りを手に取り、そっと髪へと挿した。
「……また、魔法を付与しておいた。前回の反省を活かした改良版。もしもの時は私が絶対に駆けつける」
シュデリィは、もう二度とあの日の悲劇を繰り返すまいと、アイリスの瞳をまっすぐ見つめた。
「すごく頼もしいよ。これがあるとね、いつもシュデリィちゃんが守ってくれている感じがして……安心する」
アイリスは髪飾りを指でなぞりながら、ふわりと笑みを浮かべた。
「……本当に、いつでも守る。たくさん頼って欲しい。じゃあ、行ってくる。この部屋に三重に防護魔法をかけてから」
シュデリィはそう言いながら、素早く魔法陣を描き始めた。
「やりすぎじゃないかな……!?」
「……魔界最強の魔族が襲ってきてもしばらくはもつ。それまでに帰ってくる」
シュデリィは、一切の冗談も迷いもなく真顔で言い放った。
「一体何を想定してるの……!?」
シュデリィは部屋に三重の防護魔法をかけ終えると、その堅固さを確認するように一度振り返り、学園長室へと去っていった。
学園長室では、魔王と学園長が待っていた。部屋には重厚な木の机と、座り心地の良さそうな椅子が並んでいる。壁には歴史を感じさせる肖像画が飾られ、静かに時を刻む時計の音が響いていた。
「シュデリィ、改めて今回のことは、本当に申し訳なかった。我々の想定より、はるかに相手が周到に準備をしていたようだ」
シュデリィの親である魔王は、申し訳なさそうに肩を落とした。その声は普段の威厳を失い、娘を案じる父親としての後悔に深く沈んでいた。
「……気にしてない。それよりも」
シュデリィの視線は、机に置かれた不気味な輝きを放つ物体に向けられていた。
「あぁ、これが今回の事件で使われた『アーティファクト』だ」
「……調べてみて、今後の対策を練る。魔法無効を無効化できるようにする。そうしないと、危険」
「頼もしい限りだな。これで事件も解決だ。それで、今後のことだが」
魔王がシュデリィの今後について話そうとした時、急にシュデリィは学園長の方を向いた。魔王が言いかけた言葉を遮るように、彼女の視線が学園長を見据える。
「……学園長さん、バトルトーナメントに出た対価の話」
「え、僕かい?」
突然、話を振られた学園長は、驚いた表情をみせる。
「……そう。私からのお願いは、」
シュデリィは小さく息を吸い込み、一言学園長に告げた。その内容を言い終えると同時に、彼女はすぐに学園長室を後にした。一刻も早く、アイリスの元へと帰るために。
シュデリィが出ていったあとの学園長室。静寂が戻った部屋に、魔王と学園長だけが残されていた。静けさの中に、時計の秒針が時を刻む音だけが響く。
「……良かったじゃないか、本当に」
学園長がしみじみと呟いた。その視線はまだ扉の向こう、シュデリィが去っていった方向を見ているようだった。
魔王は、大きく息を吐き出した。その顔に普段の威厳とは異なる深い安堵と、隠しきれない喜びが浮かんでいる。肩の荷が下りたような、そんな表情だった。
「ああ。事件が解決するまでに、一人でも友人と呼べる人間を作って欲しい、と思って送り出したが……まさか、ここまでとは」
「はは、まぁ僕はこうなると思っていたよ」
学園長は、満足げに笑みを浮かべた。
少し時間は戻る。
学園長室に行くシュデリィを見送ったアイリス。本当に防護魔法をかけていったのだと、思わず苦笑いしてしまう。
部屋で一人きりになって、アイリスは窓の外の風景を眺めながら、考え事にふけった。澄み切った青い空には、白い雲がゆっくりと流れていく。以前はこの一人きりという状況に恐怖を感じていたが、シュデリィのおかげでそれも無くなってきていた。
今回、これで事件が解決した。
ということは、シュデリィは。
(魔界に、帰っちゃうのかな……)
息が詰まるような、言い知れない胸騒ぎに襲われる。以前、体育祭の際に、事件が解決したあとはどうなるのかをシュデリィに尋ねたところ、はぐらかされたことを思い出す。その時の彼女の曖昧な返事が、今になって不安を掻き立てる。
シュデリィの住む魔王城は、意外と近くにあることがわかった。
だからシュデリィが学園を去ったとしても、会う機会はそれなりにあるかもしれない。
それでも、いつも隣にいるシュデリィとは一緒にいられない時間が増えてしまう。それは、想像しただけでも胸が締め付けられるようだった。
自分のわがままかもしれないけれど、私はシュデリィちゃんと、この先の未来もずっと一緒にいたい。そのために、何ができるだろう。それを考える。そして、一つの結論にたどり着いた。
「シュデリィちゃんに告白して、将来を約束してもらうしか……!」
決意を固めたその時だった。ガチャリと扉が開いた。
「……ただいま」
「わひゃぁぁっ!?」
「……聞いたことのない声」
「ご、ごめんね、びっくりしちゃって。おかえり、シュデリィちゃん。早かったね。どうだった?」
アイリスは慌てて平静を装い、笑顔を作った。心臓はまだ激しく音を立てている。
「……特に、何もない。今回の事件で使われたものを、これから調べていかないと、って思っただけ」
「そ、そっか……特に何も……」
何もなかったということは、今後の話もなかったのだろうか。不安の波が再び、アイリスの心を覆い始めた。
「アイリスさんの髪飾りも、もっと改良していく。今回の事件で使われた魔法無効を、さらに無効化させるものを作る。これなら、アイリスさんも安心」
シュデリィは真剣な瞳で髪飾りを見つめ、今後の研究について語り始めた。その言葉は、アイリスを守りたいというシュデリィの強い想いから出たものだ。だがアイリスの耳には、まるで違う意味に響いた。
「う、うん。ありがとう……」
声が震えるのを必死で抑える。髪飾りをもっと強化する、というのは。それはなんだか、一緒にいないことが前提みたいではないか。離れ離れになることを見越して、万全の準備をしているかのようだ。そして、そのことをシュデリィはなんとも思っていないのかなと、アイリスは胸の奥が苦しくなる。
シュデリィはアイリスの心情に気づかないまま、無言で荷物をまとめはじめる。着替えや、魔道具。それらがごく自然な動きでトランクに収まっていく。それはまるで今すぐにでも魔界に帰ってしまうかのような、慌ただしい動きだった。その仕草一つ一つが、アイリスの不安を掻き立てる。
「しゅ、シュデリィちゃんっ……!」
アイリスの目からは、とめどなく涙が溢れ出した。視界が滲み、輪郭がぼやける。顔をぐしゃぐしゃにして、シュデリィの名を呼ぶ。
「……アイリスさん、どうしたの……!?」
その様子に気づいたシュデリィは、すぐにアイリスの元に駆け寄った。トランクを床に放り出し、アイリスの手を強く握る。普段の冷静さを失い、強い焦りと心からの心配を浮かべる。
「い、行かない……で……ぇ……」
我慢するのが限界になってしまったアイリスは、そのまま子供のように泣き出した。しゃくり上げるたびに肩が震える。
「……へっ、ど、どうしたのっ!?」
「シュデリィちゃん、だいずぎ……ううぅ……!」
「……私も、アイリスさんのことが大好き。だから、落ち着いて。どうしたの……?」
「だって、シュデリィちゃん、魔界に帰っちゃうんでしょ……!」
アイリスの問いに、シュデリィは目をぱちくりさせた。
「……ええと、長期休みだから、うん。アイリスさんも一緒に来る?」
「学園にはもう通わないんじゃ……」
「……! えっと、アイリスさん」
シュデリィは、焦りながらもアイリスの顔に手を伸ばした。彼女の指が、アイリスの目元に触れる。
「……?」
アイリスは、そっと涙を拭うシュデリィの手に気づき、顔を上げた。
「……事件は解決したけど、学園には、卒業するまで通わせてもらうことになった。バトルトーナメントの時の対価で、学園長にお願いした」
「…………魔王さんは、なんて?」
「……知らない。ダメって言われたら家出するつもりだった。だから、私の中で決定事項。まぁ、大丈夫そうだったけど」
その言葉に、アイリスの顔に、ぱあっと光が差した。
「じゃ、じゃあ……!」
「……これからもずっと、アイリスさんと一緒にいる。ごめんなさい。ちゃんと伝えれば良かった」
「ううん……! よ、良かったぁぁ!」
安堵のあまり涙で言葉を詰まらせながら、アイリスはシュデリィの背中に手を回した。
「……不安にさせてしまった。これじゃ、番としては失格。もっとちゃんとしないと……!」
シュデリィは、アイリスを強く抱きしめ返すと、悔しそうな表情で呟いた。その言葉に、アイリスは首を傾げる。
「……つがい? って何?」
「………………そういえばアイリスさん、忘れているんだった」
シュデリィは、顔を赤くして視線をそらす。
「えっ、えっ!?」
「……この前、魔界鍋を食べて、アイリスさんが一瞬記憶を失った時に説明した」
「あ、あの時……!? えっと、本当にごめんね、シュデリィちゃん。何も覚えてなくて……」
アイリスは、しゅん、と肩を落とした。
「……ううん。あれは、人間が口にすると酔っぱらった状態になってしまう成分が含まれていると、後でわかった。だから、アイリスさんは悪くない」
「そうなんだ……。それで、えっと番って」
「……魔族にとって、一生を共にする関係のことをいう。人間の言葉でいうと、結婚」
シュデリィは、少し照れたように答えた。
「けっ、結婚……!? あの、私たち、まだ付き合ってもないよね……!? えと、いや、もちろん大歓迎だし、ほとんど付き合っているようなものだったかもしれないけれど」
アイリスはたちまち顔を赤らめた。熱が耳まで広がるのを感じる。
「……もう、絶対に離さない。不安にさせない。だから、アイリスさん。私と『結婚』して欲しい」
シュデリィの声は震えていた。いつもは冷静で、感情の動きをほとんど見せない彼女が、いまこの瞬間のためにどれほどの勇気を振り絞ったのか。その細やかな震えが、アイリスの心臓を強く掴んだ。
その言葉が、アイリスの心に深く染み渡る。ずっと胸に秘めていた「一生を共にしたい」という願い。喜びがあまりにも大きすぎて、呼吸の仕方を忘れてしまう。胸の奥がぎゅっと苦しくなるほどの幸福が、身体中を駆け巡った。
「うんっ! 私も、シュデリィちゃんと結婚したい。絶対する。シュデリィちゃん、大好き……っ!」
アイリスは思わず、返事と共に勢いよくシュデリィに抱きついた。身体がぶつかるほど強く腕を回す。シュデリィの身体は驚いたように一瞬強張ったが、すぐにアイリスの背中に腕を回し、優しく抱きしめ返した。
溢れる想いの中、アイリスはこの腕の中にいつまでもいたいと強く願った。シュデリィの肩に顔を埋め、ゆっくりとその温かさを噛みしめる。
「……良かった。よろしく、お願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
お互いに顔を真っ赤にしながら、えへへ、と少し間の抜けた幸せそうな笑い声が、部屋に響いた。
「……そのために、人間界で仕事をする。学園を卒業したら、ここで魔法の先生になろうと思う」
「わぁ……! それは……すっごく素敵! 絶対に似合ってるよ! シュデリィちゃん、魔法を教えるの上手だし……!」
アイリスの瞳が、きらきらと輝く。
「……アイリスさんに、魔法を教えるのが楽しかったから。これも、アイリスさんのおかげ」
「そんな……。それなら私は、この学園の保健室の先生になろうかな……?」
「……それは、いい考え。アイリスさんなら絶対似合う。治癒魔法が得意。生徒の様子もすぐわかる。何より私たちが、ずっと一緒にいられる。かんぺき」
シュデリィは、満足そうに頷いた。二人の未来が、鮮やかに色づいていく。
「この学園で一緒に働いて、街のどこかにお家を買って、一緒に暮らして……」
「……お菓子を一緒に食べて、寒い日はこたつでのんびりして」
「たくさんお喋りして、いっぱい笑って」
「……ふふふ、すごく楽しみ。アイリスさんのこと、幸せにする」
「わ、私も! シュデリィちゃんのこと、幸せにするっ!」
窓から差し込むやわらかな光の中で、二人は手を取り合い、幸せな未来を夢見る。
それから幾度か、季節が巡った。学園の廊下には、生徒たちの賑やかな声が響いていた。
「魔法科のシュデリィ先生、よく保健室にいるわよね。身体が弱いのかしら」
不思議そうに首を傾げる生徒。その隣にいた別の生徒が、興味津々といった様子で身を乗り出した。
「保健室のアイリス先生と付き合っている、って噂だよ! ほんとかな?」
すると好奇心旺盛そうな生徒が、悪戯っぽく笑みを浮かべ、二人の肩をポンと叩く。
「直接、確認したら良いんじゃないかな」
三人は顔を見合わせ、楽しそうに笑い合った後、保健室へと向かって歩き出した。
「失礼しますーっ!」
元気な声と共に保健室の扉が開かれる。保健室の中には、互いに顔を近くに寄せ合っている二人の先生の姿があった。
「「あっ」」
三人の生徒の声が重なる。アイリスは顔を真っ赤にして、慌ててシュデリィから身を引いた。
「だから言ったでしょっ! シュデリィちゃ……先生。学校では禁止します」
アイリスは、頬を膨らませてシュデリィを見つめた。
「……そんな」
シュデリィは、しょんぼりと肩を落とす。その姿は、普段の威厳ある先生の姿からは想像もできないほど幼く見えた。
「ご、ごめんね、皆。それで、どうしたのかな」
アイリスは、生徒たちに優しく声をかけた。
「シュデリィ先生とアイリス先生は、お付き合いされているのか確認しにきました! 今、目的は果たされました!」
生徒の一人が、悪びれる様子もなく言い放った。その言葉に、他の生徒たちも頷く。
「……事実。奪うというのなら容赦はしない」
シュデリィはアイリスの腕をそっと引き寄せながら、はっきりと告げた。
「そんな魔王みたいなこと言わないで」
アイリスは少し呆れながら、しかしどこか楽しそうにツッコミを入れる。
「年季の入ったふ〜ふ漫才を見てしまったわね」
「素敵です……! 私は応援してます!」
「何を見せられているの、これ」
それぞれ思い思いに感想を言う生徒たちに、アイリスは苦笑いを浮かべた。
「三人とも、ちょっと待ってね。はい。これ」
アイリスは、机の引き出しから、可愛らしいラッピングがされたお菓子の袋を取り出した。甘い香りがふわりと漂う。
「「……お菓子?」」
「口止め料です。まぁ、もう皆にバレてるみたいだけど」
「……私は、バレていてもいい。むしろその方が都合がいい」
「…………もしかしてシュデリィ先生が広めてるんじゃ」
アイリスは、恐る恐るシュデリィに尋ねた。
「……知らない」
シュデリィは顔を逸らし、小さく咳払いをした。その仕草に、生徒たちは思わず笑い声を上げる。
「噂は本当だったのね……!」
「お菓子もいちゃいちゃもご馳走さまでーす!」
「失礼しましたっ」
生徒たちは、笑顔で保健室を後にした。廊下には、彼女たちの楽しそうな声が響き渡る。
「……行っちゃった。邪魔だけして」
「シュデリィちゃんが悪いと思う……!」
そう言いながら、アイリスは理由をいくつか並べ立てた。まだ仕事中なのだから。先生として、ちゃんとした姿を見せなければいけないこと。もっともな言い分を並べていくが、その声はどこか弾んでいた。
「……申し訳ない。学校の中では気をつける。これからは、生徒の接近を探知魔法で確認したら止めるようにす」
「家に帰ってからしかしませんっ!」
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『魔王の娘、好きな人ができました』
つづく
今回で、本編が終了となります。
ここまで見てくださった方々、ありがとうございました。




