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第17話 魔王城でのひととき その1

 ひと段落つき、安堵したシュデリィとアイリスは、これからどうするべきかを考え始めた。


「シュデリィちゃん、私たち、このまま寮に戻るのは危険だよね……?」


 アイリスは、怯えたような視線をシュデリィに向ける。教会の地下室での出来事を思い出し、彼女の顔に不安がよぎった。


「……間違いなく、そう。黒幕は確定したから、一度、学園長と親に連絡をして、対処をしてもらう。それまでは、どこかに隠れるしかない」


「じゃあ、どこか遠くに行かないとだね。安全なところなんてあるかな……遠くの街とか……」


「……それか、魔王城」


 シュデリィがぽつりと呟いた言葉に、アイリスは目を丸くした。


「ま、魔王城……!? そんな簡単に行けない……よね?」


 アイリスの想像の中の魔王城は、おとぎ話に出てくるような、岩山にそびえ立つ大きなお城のイメージである。シュデリィを抜きにして考えれば、正直なところ暗くて恐ろしい、別世界だと思っていた。


「……実は、いける。学園の結構すぐ近くに、その場所がある。『鍵』が無いと入れないけど」


「そ、そうだったんだ……! どうしてそんなところにあるんだろう」


「……親と、学園長が友達だから。昔、遊びに行く用に作ってた」


「そんなことできるんだ……」


 アイリスは想像の斜め上を行く事実に、ただただ驚くばかりだった。


「……というわけで、行こう」


 シュデリィはまるで当然のように、さりげなくアイリスの手を取った。彼女の指先がアイリスの指に触れた瞬間、微かな電流が走ったような感覚がアイリスの全身を駆け巡る。


「え、シュデリィちゃん……?」


 重なり合ったシュデリィの手と自身の手に、アイリスは視線を落とした。熱がふわりと顔に集まるのを感じる。


「……手を、繋ぎたい」


 シュデリィは視線をわずかに外し、頬を少しだけ赤く染めて呟いた。普段の冷静さから一変したその甘い声に、アイリスの胸がぎゅっと締め付けられる。


「ど、どうして? あの、もちろん、大歓迎なんだけど」


 アイリスは、喜びを隠しきれずに問いかける。


「……秘密」


 シュデリィの心には、先ほど自覚したばかりのアイリスへの恋心が、もう抑えきれないほど膨れ上がっていた。理由は秘密としながらも、積極的にその気持ちを行動に起こすことに決めた。


「そうなんだ……?」


 アイリスは、シュデリィの答えに思わず笑みがこぼれた。

 秘密と言われると、かえってシュデリィの少し照れている気持ちが伝わってくるようだった。繋がれた手のひらから伝わる温もりが、アイリスの心をじんわりと温める。



 学園を囲む深く広がる森の中、二人は普段は木々に隠されている、古びた石造りの門を見つけた。苔むした石の表面には、複雑な魔法陣が刻まれている。


 シュデリィは門の前に立つと、指先から淡い光を放つ魔法を唱えた。それは、この門を開くための『鍵』となる魔法だ。魔法陣が呼応するように、ぼんやりと光を放ち始める。

 二人は手を繋いだまま、その光の中へと足を踏み入れた。視界が黒い光に包まれ、次の瞬間には、ひんやりとした空気が肌を撫でる場所へと移動していた。

 足を踏み入れた先は、どこか威厳を感じさせる城の内部だった。石造りの通路は、学園の地下とは異なる、清潔で整然とした雰囲気が漂っている。



「ここが、魔界? ちょっと寒いね」


 アイリスは、思わず腕を擦り合わせた。


「……うん。魔界は、人間界より寒いかも。とりあえず、私の部屋に行こう」


「シュデリィちゃんのお部屋……!」


 アイリスは、きらきらした目でシュデリィを見つめた。


「……面白いものは、何もない」


「そんなことないよ。シュデリィちゃんのお部屋ってだけで楽しみだよ」


 二人は一緒に手を繋ぎながら、城の廊下を進み、やがて一つの部屋の前に辿り着いた。扉を開けると、そこはまるで魔法の研究所のようだった。壁際には使い込まれた本が山積みにされ、中央には見たことのない魔導具らしきものが散乱している。紙の束やインク瓶、羽根ペンがあちこちに転がり、研究に没頭していた様子がうかがえた。


「……少し、掃除をする」


 シュデリィが魔法を唱えると、部屋に散らばっていた本や道具が、まるで意思を持ったかのように棚へと戻っていく。あっという間に部屋は片付き、元々あった空間の広さが現れた。

 次にシュデリィは、部屋を暖かくする魔法を唱えた。ひんやりとしていた空気が、じんわりと温かいものへと変わっていく。

 そして壁の一角に設けられた、隠し戸のような空間から、木製の奇妙な形の机を引っ張り出してきた。それはアイリスにとって、見慣れない構造をしていた。


「この変な形の机、なんだろう」


 アイリスは、首を傾げて机を眺める。


「……これは、魔法で暖かくなる不思議な机。名前を『魔界こたつ』という。一度入ると出られない魔法にかかってしまう……と言われている」


 シュデリィの言葉に、アイリスはぱちりと瞳を瞬かせた。


「えっ、なんだか怖いね……?」


「……本当に、そういう魔法があるわけではない。入ればわかる」


 二人は一緒にこたつに入った。じんわりとした温かさが、足元から全身に広がっていく。魔界の冷気を忘れさせるほどの心地よさに、アイリスは思わず一息ついた。


 シュデリィがどこからか紙とペンを取り出し、流れるような手つきで手紙を書きはじめた。


「何をしてるの?」


「親に、手紙を書いている。今回のことを報告する」


「シュデリィちゃん、ここお家なんだよね? 直接言わなくて良いの?」


「……なんとなく、アイリスさんを親に合わせたくない。なんとなく」


「そ、そうなの……? 私としては、挨拶しておきたいくらいなんだけど」


 アイリスはしれっと外堀を埋めようとしているのだが、そのことにシュデリィは気づかない。


「……大丈夫、本当に。いらない。絶対にうるさい」


 シュデリィは、ふるふると首を振った。


「あはは……」


 アイリスは苦笑いを浮かべる。そして、シュデリィの家族はどんな人たちなのだろうと想像を巡らせた。


 手紙を書き終わったシュデリィ。

 今回の事件のことや、犯人のこと。そして魔法を無効にするアーティファクトのことなど、知っていることを詳細にまとめた。彼女が魔法を唱えると、手紙は一人でに宙に浮かび上がり、するりと飛んで部屋から出ていった。


「……これで終わり。あとは向こうに任せる」


 シュデリィは、ほっと息をついた。その表情には、張り詰めていた緊張がようやく解けたような安堵が浮かんでいる。


「お疲れ様、シュデリィちゃん。大変だったね」


「……元々は、私の仕事じゃない。今思えば違和感ばかり。たぶん、私を学校に通わせたかっただけ」


「そうなんだ。でも、そのおかげで私たち、出会えたから感謝だね」


 アイリスは、屈託のない笑顔でシュデリィを見つめた。彼女の言葉は、まるで陽だまりのようにシュデリィの心をそっと照らす。


「……その点にだけおいては、感謝しても良い」


 シュデリィの表情が、まるで氷が溶けていくかのように、一瞬で柔らかくなった。


「うん、本当に……シュデリィちゃんと出会えて、よかった」


「……私も、アイリスさんに会えて良かった」


 二人は、互いに満面の笑顔を見せあった。部屋を包む魔法の熱とこたつの温かさが、二人の心をそっと包み込み、優しい時間が流れていく。



 その後も、こたつでのんびりしている二人。足元から伝わるぽかぽかとした心地良さが、眠気を誘うようだった。


「ふふふ、本当に出られなくなっちゃった」


 アイリスは、身動きが取れないのを面白がるように笑う。


「……これが、こたつから出られなくなる魔法」


 シュデリィも、珍しく冗談めかして応じた。


「不思議な魔法だねぇ……」


 アイリスはどこか幸せそうに、腕を枕にまどろんでいた。


「…………ついさっきまで、こうやって二人で過ごせることは、もう二度とないと思っていた」


 シュデリィの表情から、胸に秘めた苦しみが垣間見えた。


「そんな悲しいことにならなくて、本当に良かった。これからはずっと、いつでも一緒にいられるよ」


「……全部アイリスさんのおかげ。ありがとう。私も、ずっと一緒にいたい」


 シュデリィは、言葉にしたばかりの自身の想いを、手のひらにそっと包み込むかのように確かめた。


 そして唐突に、彼女はこたつの中へと入っていった。

 シュデリィの予期せぬ行動に、アイリスは思わずこたつの中を覗き込むと、真横にシュデリィの頭がひょっこりと現れた。

 慌てて横にずれたところで、シュデリィがするりと身を寄せ、横にぴたりと並んで座った。少し狭くて、密着しているような形になる。


「な、なに、その、嬉しいけど、どうしたのシュデリィちゃん」


 アイリスは、胸が高鳴るのを感じた。


「……秘密」


 シュデリィは視線をそっと逸らし、耳まで真っ赤にしながら呟いた。その照れた様子は、普段の冷静なシュデリィからは想像もつかない。


「また秘密なの……!?」


 アイリスは珍しいシュデリィの姿に、思わず目を奪われた。


 シュデリィのことを助けた、あの時から。

 アイリスは、全ての力や感情が、あらゆる色で見えるようになっていた。

 そして、シュデリィを助けたあの時、彼女は心理防御魔法が無い状態だった。その時に、アイリスは意図せずシュデリィの感情の色を視てしまったのだった。


「あの、シュデリィちゃん」


「……?」


「私の力、今、たくさんの色が見えるようになっていて」


「……それは、大変?」


「で、でもね。これ、たくさんのことがわかるの。そ、それでね。一つ、お願いがあるんだけど」


 アイリスは勇気を振り絞るように、シュデリィの手をそっと握った。


「……うん」


「この力で、シュデリィちゃんのことを見たいの。だから、その、心理防御魔法を」


「……わかった。今切った」


 シュデリィは、迷うことなく魔法を解除した。その潔さに、アイリスは一瞬呆気に取られた。


「もうちょっと心の準備させて!? で、でも、うん。ありがとう」


 アイリスは改めて、集中するようにシュデリィを見つめた。


 するとシュデリィの体が、まるで虹色のオーラに包まれているかのように見えた。光の粒が、彼女の周りをきらきらと舞っている。その色彩の中から、アイリスは特定の色の意味を読み取っていく。


 赤い色は悪意だけじゃない。シュデリィはとても大きな力をもっている。でも、それが自分に向くことはない。危険ではないと、アイリスにははっきりとわかる。

 緑は、安全、友好的であるということ。シュデリィは自分に友好的で、安心できる存在だということがわかる。

 その他にも、青や黄色など、無数の色が複雑に渦巻いていた。その一つ一つの色から、アイリスは様々な情報を読み取っていく。


 シュデリィからもっとも強く見えたのは、桃色だった。それは見る者を幸せにするような、甘く優しい色だ。その桃色が、あの時も今も、自分へと強く向かっていた。


 それが意味するところを、アイリスの心は、はっきりと理解している。胸の奥から、熱いものがこみ上げた。


「シュデリィちゃんって、その、本当に、優しくて、可愛くて、かっこいいよね」


 そうアイリスが伝えた瞬間。シュデリィの表情がぱぁっと明るくなった。

 まるで夜空に花火が咲いたかのように、その顔に満面の笑みが花開いた。喜びのままに、シュデリィはアイリスに甘えるように、そっと顔を押し付けた。

 その可愛らしい仕草に、アイリスの胸は熱くなり、たまらずぎゅっとシュデリィを抱きしめた。


「……嬉しい。アイリスさんも、いつも優しい。それに可愛い。それにさっき、すごくかっこよかった」


 シュデリィが語る、その表情をみて。


(ううう……! なにその表情……! やっぱり桃色ってそういうことだよね……!? もう絶対に私のこと好きじゃんっ! 私もシュデリィちゃんのこと大好きだけどっ!!)


 アイリスは、心の中で考える。


 私も、今だって、さっきだって、すごく恥ずかしいことを言った。

 無意識に、大好きって言っている。

 でも、それは本心で。

 私は、シュデリィちゃんのことが特別に好きで。


 シュデリィちゃんは……きっと、たぶん、私のことが……好き……だと思う。

 心当たりは……。いや、正直、心当たりしかない。


 期待しても良いのだろうか。


 そんな、奇跡みたいなことを。


 彼女の胸は、期待と不安でいっぱいに膨らんでいた。



 一方のシュデリィも。


(……アイリスさんのこと、大好き……)


 今までの自分が、知り得なかった感情。胸の奥がぎゅっとなる、甘い痛み。


 はじめて出会ったあの日から、確かにアイリスさんのことは好きだった。


 でも、その気持ちが、もっともっと大きくなって。こんなにも切なくて、苦しくて。それでも、こんなにも幸せな気持ちになれるなんて、想像もしていなかった。


 それに、私がアイリスさんに甘えると、嬉しそうにしてくれる。

 自分のどんな姿をみても、全部が大好きと言ってくれた。

 魔法が無くてもわかった。その言葉に嘘偽りがないということに。アイリスさんの言葉が、私の心の奥まで染み渡る。


 私は、アイリスさんのことが大好き。


 アイリスさんは、私のことが大好き。


 であるならば。


(……番になってもらおう)


 シュデリィは、密かに決心をした。


 横に座っているアイリスの腕をとり、そのまま吸い寄せられるように身体を密着させた。

 彼女の体から伝わる温かさが、シュデリィの胸を幸福でいっぱいにした。

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