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第16話 覚悟

 シュデリィがアイリスの元へと辿り着く、少し前。


「こんなところに連れてきて、どういうつもりですか」


 街にケーキを買いにいく途中、アイリスは見知らぬ聖騎士に捕らえられていた。抗う間もなく連れ去られた先が、まさか教会の地下だとは思いもしなかった。

 ひんやりとした石の床。高くそびえる女神像。古びた祈りの匂いが、空気のようにあたりを満たしていた。


「貴様には『大聖女』になれる素質がある。その力をこの『聖魔教会』で活かしてみないか」


 純白のローブをまとった老人――『魔導卿』と呼ばれる人物が、アイリスに手を差し出す。

 だがその穏やかな顔の裏で、ただならぬ悪意を放っている。そのことをアイリスは、自分の力で見抜いていた。


「誘拐しておいて、それはおかしいですよね」


 アイリスの声は震えることなく、むしろ毅然としていた。もし昔、この状況に置かれていたとしたら、恐怖で何もできなかっただろう。

 でも今は、もう違う。

 相手が悪意の塊であることを、情報の一つとして冷静にとらえている。そして何より、シュデリィが必ず助けにきてくれると確信していた。その思いが彼女の心を強く支えている。


「教会という組織に誘われたなら、本来もっと喜ぶべきだがな。誘拐した理由は、これ以上、貴様を放置できないからだ。常にあの"化け物"と一緒にいるせいで、手出しができなかった」


 魔導卿の言葉に、アイリスの周囲からひやりとした空気が滲み出した。


「私は化け物と一緒になんていない。いるのは優しくて、私の大切な友達」


 アイリスはきっぱりと言い放った。


「それはどうだかな。貴様も、あれの正体を知れば考えが変わるだろう」


「変わらない。それに、今すぐここに助けに来てくれるから」


 その自信に満ちた言葉に、魔導卿はわずかに顔を歪めた。


「その確信があるから、そんなにも強情なのだな。だが、もしここに来るのなら、それがあれの最後。貴様という餌にかかってくれたのなら万々歳だ」


 魔導卿が、勝利を確信したかのように口角を上げた直後。教会の天井が大きな音を立てて砕け散った。降り注ぐ瓦礫と土煙の中、一条の影がまっすぐにその場へと降り立った。


「……アイリスさんっ!」


「シュデリィちゃん……!」


 そのままシュデリィがアイリスを助けようと、一歩踏み出したその瞬間。

 彼女は、自分の身体が急に重くなったように感じた。まるで沼に足を取られたかのように、思ったように身体が加速しない。


「魔法が、消えた……?」


 シュデリィが普段からずっと使っている『身体強化魔法』も『心理防御魔法』も。その他全ての魔法が消えていく。

 よくみると足元に円形の魔法陣のようなものが、淡い光を放っていた。しかし、そこから魔力は一切感じられない。ただただ底なしの沼のように、すべての魔力を吸い込んでいるかのようだった。


「これが完成した、魔法を完全に無効にする『アーティファクト』だ。バトルトーナメントの際に使用したまがい物とはわけが違う」


 その声には、確かな自信が満ちていた。魔導卿が満足げな笑みを浮かべる。


「……本当に、使えない」


 シュデリィを纏う、あらゆる魔法が効果を失っていく。当然、『人間に擬態する魔法』も。


 その魔法が剥がれ落ちると同時に、彼女の本来の姿があらわとなる。頭からは鋭い角が伸びていた。背中には黒い翼が広がる。そして、尻尾がゆるやかに姿を現した。


 それを見ていた、周りにいる数名の聖騎士たちが驚愕をあらわにする。


「おい、あいつ、魔族だ……!」


「はははっ! 本当に、本物の化け物なのだな! こうも上手くいくとは。邪魔でしょうがなかった貴様を、正義の名のもとに断罪できるのが嬉しくてたまらない」


 魔導卿は、勝ち誇ったように高らかに笑った。その笑い声が、地下室で不気味に響き渡る。


「違うっ! シュデリィちゃんは、化け物なんかじゃ……!」


 アイリスが必死に声を絞り出した。


「これを見ても、まだ言うか。何か洗脳系の魔法でもかけられているのではないか?」


「そんなことないっ! 私は……私の意思で、シュデリィちゃんのことが大切だからっ!」


「面倒だな。おい、そこのお前。彼女に『洗脳の魔法』をかけろ」


 魔導卿が傍らの牧師に命令する。


「……わかりました」


 指示された牧師は、躊躇いがちに魔法をかける準備をはじめた。彼の顔は青ざめ、手が震えている。

 洗脳の魔法とはいうが、精神を捻じ曲げ、場合によっては脳を破壊してしまう危険な魔法だ。前にシュデリィが研究していた『魅了の魔法』とは程遠い、恐ろしい魔法だ。


 とっさにシュデリィは、アイリスを助けようと駆け出した。身体は重いが、それでも一歩でも早く、と必死に足を進める。

 しかし、すぐさま聖騎士たちがシュデリィを囲み剣を向けた。銀色の切っ先が冷たく光る。


「……どいて」


 シュデリィの声は低い。しかし、聖騎士たちは彼女の言葉に耳を傾けない。


「魔族め、覚悟しろ」


 彼らの表情は恐怖をにじませつつも、教会の教えに殉じる強い意志が見て取れた。

 魔法が無い今、シュデリィは剣に対して完全に無力だ。聖騎士たちの動きに隙はなく、この状況で正面突破は難しい。


「アイリスさんっ! 『心理防御魔法』っ!」


 シュデリィは、とっさにアイリスに向かって叫んだ。


「う、うんっ……!」


 牧師が魔法を準備している間に、アイリスは防御魔法を発動させる。

 悪意が見えないよう反転させた『心理防御魔法』を練習していた彼女は、この魔法を通常通り使うこともできるようになっていた。慣れたもので、起動もかなり早い。


 魔法が発動し、アイリスは洗脳の魔法から身を守る。牧師が放った黒い靄のような魔法は、アイリスの周囲で弾かれ、霧散した。


「高度な魔法を……。厄介だな」


 魔導卿の顔に、微かな不快感が浮かんだ。


「……どうして、私なの? 大聖女って何?」


 アイリスは冷静に質問した。この男は、自分のことを『大聖女』とやらの候補だと考えている。言葉からして、重要な存在なのだろう。だから、解決の糸口を探すためにも話す。時間を稼ぐ。それが今、シュデリィを助けられるかもしれないと、アイリスは信じていた。


「まさか、答えてもらえるとでも? その防御魔法を解くのであれば答えてやろう」


「…………シュデリィちゃんは、本当に魔族なの? そんなこと、信じられない」


 アイリスは動揺を装い、あたかもシュデリィを疑っているような素振りをみせながら、魔導卿へと質問を続けた。


 シュデリィが魔族であることなんて、出会った初日から知っている。

 そんなことは関係ない。

 それでも、自分の一番大好きで、大切な人であることに変わりはない。

 彼女の視線が、一瞬だけシュデリィへと向けられた。


「あの姿を見ただろう? 紛れもなく魔族だ。しかも相当高位の」


 アイリスがシュデリィのことを疑っているようにみえた魔導卿は、気をよくしたのか質問に答え始めた。


 一方で、シュデリィも何とか解決の糸口を探そうと考えていた。

 アイリスの言動は、間違いなく演技だ。

 彼女は出会った初日から、自分の正体を知った上で大切にしてくれた。

 動揺しているフリをしながら、シュデリィは冷静に周囲を観察する。


 足元の魔法陣は、淡い光を放ち続けている。この自分を中心とした魔法陣の中だけが、魔力が封じられる場所なのだろう。ここから出ることができれば魔法は使える。それは今、アイリスと敵が証明していた。

 しかし聖騎士たちに囲まれ、魔法を失ったこの状況では正面突破は自殺行為に等しい。剣の刃が、すぐそこに迫っていた。

 加えて連日魔力を酷使していた影響で、身体はすでに限界に近かった。


 アイリスが、話を続ける。


「それだけじゃ、根拠にはならない。あなたたちが、そう見えるように仕組んだだけの可能性だってある」


「お前も、バトルトーナメントでのあの強さを見ただろう? それに最後、聖属性魔法を何の魔法も無しに無効化してみせた。あれは、あれこそが、魔王の一族である証明だ」


 それを知られていたのか、とシュデリィは苦虫を噛み潰したような表情をする。


「……どういうこと? どうして、聖属性魔法を無効化したことが、魔王の一族の証明になるの?」


 アイリスは当然理由も知っている。本人から聞いたからだ。


「私の一族にしか伝わっていない手記に、そう書かれているのだよ。お前も、あれには違和感を感じたのではないか?」


「……確かに、違和感はあった。でも、あなたの一族の手記って言われても、今この場での根拠としては弱い」


「そうか、ならこれはどうだ。その手記にはこうも書かれている。大聖女の力は、あらゆるものが七色に見える。貴様には身に覚えがあるのではないか?」


 アイリスは、その言葉に目を見開いた。


「……! どうしてそれを……!」


「貴様はあのバトルトーナメント中、我々の仕組んだ全てに、正しく反応した。審判が不正をした時、フィールドへ妨害をした時……無意識にその方向を向いていた。魔法に限らない、力や感情……そういったものを、全て色で認識できるのがお前の力。そうだな?」


「……その通りだよ。だからこそ、あなたのことは信用できないと視える。悪意が透けているよ」


 アイリスは震える声で言い放った。彼女の瞳には、魔導卿から放たれる禍々しい赤色が鮮やかに映し出されている。


「お前からはそうみえるのだな。あくまでもその力は、本能的な主観なのだがな。しかし、これで一族の手記については信用できるだろう? 我々が魔界の門を開いていたのは、この力を持っているものを探すため。献金を増やす目的もあったが、副次的なものだ」


 魔導卿はアイリスの言葉を鼻で笑い、魔界の門を開いていたことを悪びれることなくあっさり認めた。


「それだけのために学校を危険に晒している時点で、あなたたちが悪だよ」


「善、悪というのは、主観にすぎない。大聖女を探すことが我々の最優先事項だっただけだ。それは、我々にとって善だ。その考えを今この場で理解してもらえるとは思わないが。ただ事実として、あの人間に見える少女は魔王の一族で、化け物だということ。これは変わらない」


「わかった。シュデリィちゃんが、魔族であることは信じる。でも、化け物かどうかはわからない」


「不思議だな。あの魔族から、その悪意とやらは見えないのか?」


「視えない。シュデリィちゃんからは…………何もみえない」


「何も見えないということは、悪意の塊である可能性だってあるということだ。違うか?」


「そうだね。それは否定しない。だけど、私はシュデリィちゃんを信じているから」


「……話にならないな。もう終わりにしよう。筋書きはこうだ。高等部一年のシュデリィ・シュヴァルロードは魔族の少女で、最近頻発していた魔界の門が開く事件を起こしていた。それを我々は討伐。めでたく解決だ」


 それがあたかも真実であるかのように、魔導卿は一方的に告げた。


「シュデリィちゃんは何も悪いことをしてない。むしろ、あなたたちが魔界の門を開けたのを私たちが解決していた。さっき、門を開けていることは善みたいな言い方をしていたけど、今の話じゃ悪いことだと認めていることになるよね」


 アイリスの言葉が、魔導卿の欺瞞を鋭く突く。


「目的が違うだけだ。結果的に誰も被害に遭っていない」


「シュデリィちゃんが誰に害を為したっていうの? 誰にも被害なんて出していない」


「我々はすでに被害を受けている。バトルトーナメントの時も、今も。それに、魔族は討伐されるべきだ。おいお前ら! その化け物を討伐しろ」


 その命令と共に、聖騎士たちがシュデリィへと一斉に剣を構えた。地下室に、剣が擦れる甲高い音が響き渡る。


「やめてっ!!」


「ふん、では交渉だ。お前の『心理防御魔法』を解除しろ」


「……アイリスさん、絶対だめ。その魔法は、相手の自我を奪って傀儡にする魔法」


「いいよ。シュデリィちゃんが無事ならそれで」


 アイリスは迷いなく答えた。その言葉にシュデリィの心臓が締め付けられる。


「……私のことは、心配いらない」


 シュデリィはアイリスを安心させるように、静かにそう告げた。その瞬間、右腕の一部分が魔族の力を宿し変化した。彼女が魔族として本気を出した時の片鱗。黒い鱗のようなものが肌を覆い、鋭い爪が伸びる。


「まだそんな力を残していたのか。面倒だな。もしお前がその力を振るうと言うなら、この少女がどうなるか、わかるな?」


 魔導卿が今度は剣を取り出し、それをアイリスの首筋へと向ける。冷たい切っ先が、アイリスの白い肌に触れる。


「……やめて」


「シュデリィちゃん、私のことは良いから……! 逃げられるのなら逃げて」


 アイリスが、かすれた声で優しく言った。涙で潤む瞳の奥には、変わらぬ優しさと確かな覚悟が宿っていた。



 アイリスが時間を稼いでいる間、シュデリィは、ずっと葛藤していた。


 魔法を封じられ、聖騎士たちに剣を向けられている。身体強化魔法なしに、この魔族化した腕だけで彼らと戦うのは、あまりに時間がかかりすぎる。アイリスを人質にとられている今、その手は使えない。


 この状況を打破できる方法は、ただ一つ。


 魔族としての力を、完全に解放すること。


 シュデリィの心臓が、ドクンと大きく鳴った。この方法の欠点は二つある。


 一つは、自分が理性を失い暴走状態となってしまうこと。そうなれば、アイリスにまで危険が及ぶ可能性がある。それが何よりも恐ろしかった。


 そして二つ目。


(……本当に『化け物』の姿となってしまう)


 彼女の脳裏に、過去に垣間見た自らの力を完全に解放した時の姿が鮮明に浮かび上がる。それはこの学園でアイリスの隣にいた、今の自分とは似ても似つかないものだった。


「わかった。心理防御魔法を解除する。だからシュデリィちゃんには手を出さないで」


「……アイリスさん! だめっ! 私は、私はっ……!」


 ――力を解放し、化け物になった私を、アイリスさんはどう思うだろう。


 ――暴走状態になった私が、もし人間を殺めてしまったら。


 人間のことを理解した今なら、痛いほどわかる。

 

 その時、私はアイリスさんの隣にいるための、たった一つの”資格”を失うだろう。


 もう一緒に、遊びに行くことはできないかもしれない。


 そう考えただけで、自分の瞳から涙が零れ落ちそうだった。胸が締め付けられ、息が苦しくなる。


 それでも。


 たとえこの身がどうなろうと、私の『大好きな人』だけは守り抜く。


 理性を失うその瞬間までに、アイリスさんだけは。


 たとえその後、嫌われるとしても。


 ――たとえ、自らの命を絶つことになったとしても。


 シュデリィは、覚悟を決めた。



 アイリスが心理防御魔法を解除する、その寸前だった。


 シュデリィが、自らの力を完全に解放した。

 その瞬間、彼女の様子が急激に変わる。

 身体が内側から煮え滾るような感覚。内側から湧き上がる激痛が全身を貫いた。


「ぐがあああああああああっ!」


 苦痛に満ちた叫びが、シュデリィの喉から迸った。黒く禍々しい鱗のようなものが、瞬く間に彼女の身体を覆い尽くしていく。その全身から、まるで黒い炎のような禍々しいオーラが立ち昇っていく。


「お、おい、なんだこれはっ!?」


 シュデリィを囲んでいた聖騎士たちが動揺し、後ずさる。彼らの顔は恐怖で引きつっていた。


「この化け物がっ……! この少女がどうなっても良いのかっ! お前ら、あれを止めろっ!」


 魔導卿は、激しく狼狽した。彼の顔からこれまでの余裕が消え失せている。焦燥に駆られ、魔導卿がアイリスに再び剣を構えたその瞬間。


「グオオオオオオオッッ!」


 シュデリィの全身から迸る純然たる”力”が、目に見える圧力となって周囲に炸裂した。それは嵐のように激しく、聖騎士たちをまるで塵のように弾き飛ばす。


 そして、その刹那。


 地下室に奇妙な静寂が訪れる。


 シュデリィの姿が消えた。


 そこには、アイリスの姿もない。


「なっ……! あいつらはどこへ消えたっ!?」


 魔導卿は、信じられないものを見るように目をみはった。彼の叫びは虚しく響き、手から剣が滑り落ちた。




 学園を囲む、深く広がる森。


 そこには、もはや『異形』としか形容できない姿へと変貌したシュデリィと、彼女に抱きかかえられたアイリスがいた。シュデリィの身体からは、いまだおさまらない力が溢れ出し、周囲の木々を揺らしている。


「ぐがあああああああああっ!」


 シュデリィは、獣のような咆哮を上げた。理性が激しく揺らいでいる。


「大丈夫!? シュデリィちゃんっ! ねぇっ!」


 アイリスはシュデリィの大きな腕の中で、必死に声をかける。


「……アイリスさん……! 今すぐ逃げて……!」


 その声は、もはや言葉としての形を失いかけていた。だがその必死な響きは、アイリスに届いていた。


「シュデリィちゃんがこんなに苦しそうなのに、逃げるなんてできないよ!」


「私は、もう『化け物』だからっ……!」


 シュデリィの言葉に、絶望がにじむ。


「ううん。化け物じゃないよ。優しくて、かっこよくて、私の大好きなシュデリィちゃんだよ」


 アイリスは、シュデリィの頬に手を伸ばした。その手はまるで魔法のように、シュデリィの荒ぶる心に触れる。


「もう、抑えが効かないのっ……! だから! ここで! アイリスさんのことを手にかけるくらいなら! 自らの死を選ぶ!!」


 悲痛な叫びだった。その声には決死の覚悟が宿っていた。叫びを聞き、アイリスは息を呑む。


「……! そんなこと、絶対させないっ……!!」


 アイリスは祈るようなポーズをとり、優しい光を帯びた魔法を唱え始めた。両手から、虹色の光が溢れ出す。


 凍てついていたシュデリィの心に、温かい光がじんわりと染み渡る。ゆっくりと、氷が溶けるように心が解きほぐされていく。

 彼女の目から大粒の涙が流れ落ちた。それは異形となった身体を伝い、地面に吸い込まれていく。


「な、なんで……っ! 恐ろしいでしょ、この姿が……!」


「ううん。いつもよりちょっとクールだね。かっこいいよ」


 アイリスはにっこりと微笑んだ。その笑顔はどんな暗闇も吹き飛ばすような、太陽のような輝きを放っていた。虹色の魔法が、優しくシュデリィを包み込む。


「な、なにそれっ……ぇ……」


「私は、シュデリィちゃんの全部が大好き。だから、安心して」


 彼女の姿をみて、シュデリィは初めて会ったあの日のことを思い出した。


『この少女のことを、綺麗だと感じた。』


『魔法を唱える姿は、真剣そのもので、神聖で、どこか神秘的だと感じた。』


『自分のために何かをしてくれる、という行為そのものに、じんわりと胸の奥が温かくなるのを感じた。』


 あの日の思い出が、今のアイリスの存在と重なり合う。


 アイリスの言葉が、シュデリィの心の奥底にまで届いた。


 シュデリィは大粒の涙を流す。徐々にその身を覆っていた、黒い鱗のようなものが剥がれ落ち……いつもの姿へと戻った。彼女の身体から、荒ぶる力も静かに収まっていく。


「ほら、大丈夫だよ。一緒に帰ろう?」


 シュデリィの手を両手でそっと握り、いつも通り太陽のように眩しい満面の笑顔で、アイリスはそう言った。


 そんな彼女の姿を、真正面から受け止めたシュデリィは。


「…………ぁ……」


 複雑な感情に、頭の中の処理が全く追いつかない。


 心臓がドキドキと激しく脈打ち、全身が熱くなるのを感じる。自分の顔が信じられないほど真っ赤になっていることに、彼女自身は全く気づいていない。


 そして、その感情を言語化する術を彼女はもう持っている。


 頭の中でシュデリィは、一つの真実にたどりつく。


 私は、あなたのことが大好き。

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