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第14話 バトルトーナメント4

 六日目の試合が終了し、最終日を残すのみとなった。

 明日からは決勝トーナメントとなり、あと三回勝てばシュデリィは優勝となる。


 その日の夜、シュデリィは寮のベッドの上で考え事をしていた。窓の外からは、風が木々の葉を揺らす音が聞こえる。


「……審判からも強い悪意がみえたということは、敵は審判すら取り込んでいる可能性が高い」


 シュデリィの冷静な分析が、静かな部屋に響く。


「あの、その、シュデリィちゃん、私ちょっと、それどころじゃないかも……」


 アイリスの声は、緊張で少し上ずっていた。今日も魔界の門が開く可能性があるため、アイリスは悪意が見える状態である。その心理的負担を軽減するため、シュデリィはアイリスにくっついていた。ベッドの上で、二人の体は寄り添っている。


「……まだ、足りない?」


 シュデリィはすでにアイリスに抱きついている状態だったが、もう少しだけ力を入れて抱きしめる。アイリスの柔らかな髪が、シュデリィの頬をくすぐる。


「ち、ちがっ、逆だよっ!? 待って、私の心臓がもたないからっ」


「……大丈夫。人間の身体は、この程度の力じゃ何の影響もない」


 シュデリィは、わざと真顔で答えた。


「力がとかじゃなくてね……!? あの、シュデリィちゃん、私ね、嫌とかじゃないんだけど、ちょっと今あんまり冷静に考え事をできる状態じゃないというか」


 アイリスは、視線を泳がせながら必死に訴えた。


「……それは、私も。考え事をして誤魔化している」


「な、なに、それじゃ、わざとなの……?」


 アイリスが問いかけた、その時。彼女は魔界の門が開くことを感知した。

 そのことを、シュデリィも察する。

 二人の間に流れていた甘い空気は、一瞬にしてどこかへといってしまった。


「……これを空気が読めない、と人間界ではいう」


「うん、その通りだよシュデリィちゃん」

 


 ついに迎えたバトルトーナメント最終日。

 学園全体が熱狂の渦に包まれていた。勝ち上がった八人による決勝トーナメント。アリーナは観客たちの期待と興奮で満ちている。


 決勝トーナメント開始の合図を待つ間、シュデリィはアイリスの手をそっと握った。


「……アイリスさん、応援して」


 シュデリィはまるで幼子のように、少しだけ上目遣いでアイリスを見上げた。柔らかく、甘えるような雰囲気がそこにはあった。アイリスの頬が赤く染まる。


「う、うん。頑張れー! シュデリィちゃん!!」


 アリーナのざわめきに負けないように、アイリスは精一杯の声で応えた。


「……うん。がんばる」


 シュデリィは満足そうに頷くと、フィールドへと足を踏み出した。



 決勝トーナメント一回戦目は、あっけないほどすぐ終了した。相手はシュデリィの放つ魔法に、なす術もなく倒れ伏した。観客席からは、再び驚きの声が上がる。


 決勝トーナメントの二回戦目。

 シュデリィの相手は、今大会で一番の優勝候補と呼ばれている生徒だった。彼は、次代の魔導卿候補とも言われる貴族の出身で、学園の誰もがその実力を疑わない。彼の登場に、アリーナの熱気は最高潮に達した。


 審判の合図と共に、試合が始まる。

 シュデリィが聖属性魔法を放とうとすると、先日と同じように妨害され、正しく魔法が起動しない。


 観客席からは、ざわめきと共に様々な声が聞こえてくる。


「あの子まだ一年生でしょ。やっぱり連戦で魔力を使い切っちゃったんじゃない?」


「やっぱり貴族相手じゃ分が悪いって!」


 そんな心ない声がシュデリィの耳にも届く。しかし、彼女の表情は微動だにしない。


(……なるほど、私が魔力切れってことにすれば、露骨に妨害をしても問題ない)


 シュデリィは冷静に状況を分析する。誰かが仕組んだ罠だということは明白だった。


 相手が大きな火の玉を作り出し、こちらに向かって放とうとする。明らかに魔力のしきい値を超えているようにみえたが、警告音がなることはない。これもまた不正なのだと、シュデリィは理解した。


 相手が魔法を放つまさにその瞬間。シュデリィは自らの聖属性魔法を収束させ、相手の攻撃の中心へと撃ち込んだ。炎の渦はシュデリィの放った白い光によって左右へと分かたれ、フィールドの壁に激しく激突した。


(……相手が魔法を撃つ瞬間だけ、こちらも魔法が打てる。この魔法の妨害は、私だけに限定することはできないと、昨日の時点で目星がついていた。やっぱりそう)


 シュデリィは、新たな法則を見つける。しかし、それでは常に相手に先手を取られ、対応が後手に回ってしまう。しかも、相手は自分とは比べ物にならないほど大きな魔法を自由に放つことができる。


(……これは、武器を使って短期決戦をした方が良さそう)


 そう考えたシュデリィは懐から取り出した短剣を構え、一気に相手との距離を詰めようとする。


 しかしその瞬間、手にした短剣がまるで朽ちた木のごとく崩れ去った。金属が砕け散る乾いた音が、フィールドに響き渡る。


(……これは、武器を登録する時に仕組まれたかも)


 ちらりと審判の方を見るが、無表情であった。だがタイミングはそこしかない。

 シュデリィは普段短剣など使わない。ただのカモフラージュなので、気に留めてなかった。まさかそこまで手が回されているとは。彼女はその露骨さに、逆に感心した。


 そうこうしているうちに、相手がまた魔法を放つ。今度は鋭い氷の槍が、シュデリィ目掛けて飛んでくる。


 相手は様々な種類の魔法を使えるようだ。それがシュデリィには、ただ別の人間に自分の優位性を見せつけようとしているようにしか見えなかった。


 一瞬だけ魔法が発動できる隙を縫って、シュデリィは聖属性魔法を放ち、飛来する氷の槍を一つずつ正確に相殺していく。白い光の球が、氷の槍とぶつかり合い消えていく。


 痺れを切らした相手が、今度は大きな聖属性魔法を発動する。


 白い光の球が二十個ほども現れ、一斉にシュデリィに襲いかかろうとする。


(……明らかにしきい値を超えている)


 シュデリィはその瞬間、避けるのではなく、あえて相手に向かって一直線に突進した。その常識外れの行動に、観客たちは息を呑んだ。


「シュデリィちゃんっ!」


 アイリスの悲鳴にも似た叫び声が響き渡る。

 聖属性魔法は、確かにシュデリィに命中したようにみえた。強烈な光と共にフィールドが爆発したように白い煙が舞い上がり、観客たちは一瞬、二人の姿を見失う。


 その煙がゆっくりと晴れていった後、観客たちは目の前の光景に驚愕した。


 そこに広がっていたのは、大会の優勝候補とまで言われていた貴族の生徒がフィールドに倒れ伏し、そしてシュデリィがただ一人、静かに立っている光景だった。


 審判は困惑した表情を浮かべながらも、震える声でシュデリィの勝利を告げた。


「最後の一撃、確かに当たったはずだ。なぜだ」


 倒れた生徒がフィールドに手をつきながら、信じられないといった様子でシュデリィに問いかけた。


「……こんな不正をされて、答える義務は無い」


 シュデリィは、冷たい声で言い放った。


「そ、それは……」


 倒れた生徒は言葉に詰まり、何も言い返すことができなかった。


 なぜ、シュデリィに聖属性魔法が効かなかったのか。

 観客たちも審判も、誰もがその理由を理解できない。


 そんな周囲の空気など気にも留めず、シュデリィはただまっすぐにアイリスのもとへと帰っていった。


「シュデリィちゃん、大丈夫だった……!?」


 アイリスが駆け寄り、シュデリィを心配そうに見つめた。


「……身体は問題ない。上手く誤魔化せたかが心配」


「誤魔化せた……?」


 アイリスは、不思議そうに首を傾げた。


「……実は私、聖属性魔法を喰らわない」


「そ、そうなの……!? それなら最初からそう言ってよーっ! 心配したのに……」


「…………ごめんなさい。実はこれ、言っちゃダメなことのひとつ」


「それなら言わなくても大丈夫だったよ!? わ、私の方こそごめん、そんな、謝らせちゃって」


「……私、ちょっと秘密が多い。でも、できれば、アイリスさんには本当のことを言いたい。だから、隠しててごめんなさい」


「ううん、その気持ちだけで十分すぎるほど嬉しい。シュデリィちゃんが、ちゃんと私のことを考えてくれているのもわかるから、大丈夫だよ」


「……それなら、よかった。『聖属性魔法』は、私の先祖……昔の魔王が作った魔法。それを魔物に困っていた人間に教えたのが、人間界の魔法のはじまり」


「歴史の授業でも、そう言っていたね」


「……魔物、魔族といった、魔界にありふれている個体に対して、特攻といえるほど効力を発揮するのがこの魔法」


「でもそれならなぜ、魔王さんは自分の弱点になる魔法を人間に教えたの?」


「……聖属性魔法は、とっても簡単な魔法。それは、その魔法式に『ブラックボックス』と呼ばれる部分があるから。人間は、原理を理解していなくても、真似するだけで発動できる」


「つまり……?」


「その魔法の最後に、こう書かれている。『シュヴァルロード家の名前を冠する者に、この魔法は効力を発揮しない』と」


「それ本当に、すごい秘密のやつだよね……? 今、流れで説明聞いちゃったけど」


「……これに関して、アイリスさんに教えるのは……そのうち問題なくなる。たぶん。理由は……秘密」


「な、なんで……? でも、無事でよかった。もう今日は、そこら中から悪意がすごくて…………!?」


 アイリスは突然顔色を変え、言葉を途中で切った。


「……どうしたの、アイリスさん」


 シュデリィが尋ねるよりも早く、先ほどまで試合が行われていたフィールドの真上で空間が歪み、魔界の門が裂けるように開いた。アリーナ中に渦巻いていた様々な悪意に隠れて、アイリスも寸前までその兆候を察知できなかった。


「シュデリィちゃん、どうしよう……!」


 アイリスは焦りながら、シュデリィに小声で話しかけた。


「……また、空気が読めない。今この状況で私が動くのはまずい。でも、最悪の場合は倒さざるを得ない」


 学園の生徒や教師をはじめとした、多くの観客がいる。そんな中でシュデリィが魔族を倒すところを見られれば、彼女が魔族を討伐しているという事実が、あっという間に学園中に広まってしまうだろう。


 そんなことを考えているうちに、魔界の門から、魔族がゆっくりと人間界へと降り立った。

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