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第11話 バトルトーナメント

 学園の廊下が、生徒たちの高揚した声で溢れていた。中央の掲示板に新たな紙が掲げられ、その前には興奮した生徒たちが群がっている。彼らの視線の先には、『バトルトーナメント開催告知』の文字があった。


「今年もついにこの時期か」「誰が出るのかな?」「優勝候補はやっぱりあの人?」「一年にもすごい奴がいるらしいぞ」


 学園中がその話で持ちきりだった。熱気に包まれたバトルトーナメントの話題が、教室の隅々まで届いていた。誰もがこの祭典に心を躍らせているのが、ひしひしと伝わってくる。


 そんな周囲の盛り上がりとは対照的に、シュデリィとアイリスはその話題に興味を示さなかった。掲示物には一瞬だけ視線を向けたものの、その話題が上がることはなく、周囲の熱狂とは無縁の穏やかな空気が流れていた。


 帰りのホームルームが終わりを迎える間際、担任の先生は教室を見回す。その視線が、二人に止まった。


「それとシュデリィさんとアイリスさん。この後、職員室にきてください」


 突然の呼び出しに、彼女たちは顔を見合わせる。なぜ呼び出されたのか、二人とも全く心当たりがなかった。



 ホームルームが終わり、一緒に教室の外へと出た。職員室へと向かう廊下は、もうほとんど人がいない。静かな空間に、二人の足音だけが響く。


「どうして呼び出されたんだろう……私たち、何かしちゃったかな……?」


 アイリスは、不安そうにシュデリィに問いかけた。


「……この前の体育祭、何も出なかったから?」


 シュデリィは、心当たりのある理由を淡々と並べ始める。


「うう……確かに……。いくら参加が任意だからって、何の競技にも出ない人なんて私たちくらいだっただろうし……」


「……実は夜、寮を抜け出してるから?」


 二人は魔界の門が開いた際、こっそり抜け出して事件解決にあたっている。


「それは……シュデリィちゃんが魔法でバレないようにしてくれてるって話だよね……? でも、本当は規則違反だし……」


「……貴族? の人たちを無視したから?」


「学園は、貴族と平民は平等であるってスタンスだけど……本来はダメだから……」


「……あとは」


 シュデリィが、まだ何か理由があるかのように言葉を続けようとする。


「え、私たち、もしかして問題児なのかな……?」


 アイリスは、これまでに挙げられた理由を一つずつ頭の中で考え、ショックを受けた。


「……そうなのかも」


「え、嘘だよね……? 嘘だと言ってシュデリィちゃん!」


「……うそ?」


「…………今、適当に言ったでしょ」


 アイリスは、ジト目でシュデリィを見つめた。少しだけ頬を膨らませる。


「……バレた。『言って』と言われたから、言っただけ。本当は違うだろうなと思った」


「それならそれで……冗談としては良いのかも?」


 シュデリィは、冗談を覚えた。



 そうこう話しているうちに、二人は職員室へとたどり着く。扉の前で一度立ち止まり、軽くノックをする。中から聞こえてくる「どうぞ」という声に促され、扉を開けた。


 その後、先生に案内されたのは学園長室だった。

 扉を開けると、そこには歴史を感じさせる空間が広がっていた。壁には古い魔法の地図や、年代物の調度品が並べられている。部屋の中央には、大きな木の机が置かれ、その向こうに学園長が座っていた。


「すまないね、二人とも。わざわざ呼び出してしまって」


「あの、どのようなご用件でしょうか……?」


 アイリスは緊張しながらも、精一杯の勇気を出して尋ねた。シュデリィも、学園長をじっと見つめている。


「そんなに身構えなくていいよ。別に悪い話をするわけじゃない。私からのお願いだから」


「……お願い?」


 学園長はそう言って、小さく手を振った。すると部屋の壁に透明な膜のようなものが張られたのを、シュデリィは魔力探知で観測した。周囲に会話が漏れないようにするための、防音魔法だ。


「まず話の大前提として、私は君のお父さん……魔王と友達だ。お願いされて、入学手続きをしたのも私。だから二人の事情も知っている。そして、このお願いは魔王の許可を貰っている。その上で聞いて欲しい」


 シュデリィは、魔法で相手が嘘をついていないことを見抜く。

 そもそも学園長は、協力者だと親から聞かされていた人物だった。彼女は今まで完全に忘れていた。


「それだと、私は関係ないような……」


 アイリスは恐る恐る手を上げた。魔王の娘であるシュデリィに話があるのは分かる。でもただのクラスメイトである自分に用事があることを、彼女は疑問に思った。


「実はそうなんだけどね。君も一緒じゃないとたぶん、シュデリィさんは来てくれないと思ってね。すまないね、巻き込んでしまって」


「いえ、そんな……」


 学園長の言葉に、アイリスは思わずシュデリィを見た。シュデリィは顔色一つ変えずにいるが、その言葉を否定はしない。アイリスは、自分の存在がシュデリィにとって重要視されていることに、内心で小さな喜びを感じた。


「さて、話は戻るけど。お願いの内容は、もうすぐ開催される『バトルトーナメント』に出て欲しい、ということなんだ」


「……理由は?」


 シュデリィは簡潔に尋ねた。感情の揺れを微塵も感じさせない。


「理由は三つある」


 そう言って、学園長は指を3本立てる。

 その理由をまとめると。


 一つ目は『バトルトーナメント』が特殊な空間で戦うが故に、シュデリィに勉強になると考えたから。


 二つ目は、貴族と平民が対立している問題についてだった。

 その背景には、このような学園内のイベントでいつも貴族が勝ち進み、優位性を示している現状があることを学園長は指摘する。

 平民ということになっているシュデリィに、できれば優勝して欲しいとのことだった。


 三つ目は『聖魔教会』と懇意にしている貴族が、毎年『バトルトーナメント』で優勝している件について。

 彼らの純粋な魔力量や、技術が優れているのは確かだ。しかし、そこには裏があると学園長は考えている。

 そこで、実際に参加するシュデリィの視線から情報が欲しい、という内容だった。


「……対価は?」


 シュデリィはお願いの内容を聞き終えると、再び簡潔に尋ねた。


「もちろん用意している。学園に関する、私の権限でできることであれば叶えよう。禁書庫の閲覧権限が一番良いのかな? 卒業証書を直接渡すでもいい。就職先の斡旋……は、君には必要ないか」


 シュデリィは少し考えてから、何かを思いついたような表情をする。


「……わかった。受ける。それと、アイリスさんもここに呼んだことに対する対価は?」


「ははは、抜かりないね……。有名なお店のお菓子を用意したから、持って帰って二人で食べてくれ」


 学園長は苦笑いしながら箱を取り出す。

 そのために用意したわけじゃなくて、自分で食べる用だったけど……まぁいっか。と学園長は心の中で付け加えた。


 こうして、シュデリィはバトルトーナメントへの出場することになった。



 寮に戻った二人は、もらったお菓子を部屋のテーブルに広げる。甘い香りが部屋に広がった。


「シュデリィちゃん、学園長に直々に依頼されるなんて、すごいね」


「……親と友達というのだから、それだけ」


 手に持ったお菓子をかじりながら、二人は会話する。


「それもすごい話だと思うけど……。ええと、シュデリィちゃん、バトルトーナメントがどんなものかは、知ってる……?」


 アイリスは、少し心配そうにシュデリィに尋ねた。


「……何もわかってない」


「なんか申し訳ないけど、そんな気はしてた……! 私の知っていることを話すね」


「……お願い」


 アイリスは苦笑いしながらも、シュデリィに大会について説明し始めた。


「まず、この大会自体が外部からも人がたくさん来る、大きなイベントなの。すごく有名なんだよ」


 トーナメントは国の中枢で働く人や、教会で働く聖騎士、外部の有名なギルドの人など、多くの人が将来スカウトするために来る。ここで活躍できれば将来は安泰と言える。


 また見世物としての側面もあり、一般の客なども来ることをアイリスは説明する。


「……そうなんだ。知らなかった」


「ルールは、一対一の模擬戦。特殊な空間の中で行うから、実際身体に怪我をすることは無いんだけど……痛みとかは再現されるみたい」


「……普通に戦えば良いなら、大丈夫」


「それと、魔法を事前に登録して、その魔法以外を使ったら反則負けってルールだったはずだよ。他にも強い魔法は禁止だと思うけど……シュデリィちゃんの魔法は、どうなるんだろう」


「……そこは、実際にやってみて考えるのが良いかも」


「そうだね。あと、その、サポートをする人を、一人だけ選べるんだけど……」


 シュデリィの顔を恐る恐る見ながら、言葉を選ぶようにアイリスは言った。


「……アイリスさんに、お願いして良い?」


「……! うんっ! もちろんっ!」


 アイリスは、シュデリィの言葉に満面の笑みを浮かべる。

 シュデリィのどこか淡々とした表情も、アイリスにつられて少しだけ緩んだ。



 二人は後日、バトルトーナメントへの参加申請を済ませる。


「シュデリィちゃんは、きっと戦い慣れしているんだろうけど……なんか緊張しちゃうね」


「……アイリスさんが不安に思うことは何もない。私は試合に少し出れば良いだけ」


「でも学園長先生に、優勝してって言われてなかった……?」


「……? 『できれば』優勝してと言われたけど、必ずとは言われてない」


「あれ……? 確かに……?」


「……つまり、一回戦で負けても問題ない」


「そうなのかも……?」


 アイリスはシュデリィの言葉に、納得したようなしないような、複雑な表情を浮かべた。


「……アイリスさんは、私に勝って欲しい?」


「そうしたら、たくさん戦うことになるから、それはそれで心配になっちゃうけど……。でも、せっかくならシュデリィちゃんに勝って欲しい。応援したいから」


「……わかった。じゃあ優勝する」


 アイリスの言葉を受け止めると、シュデリィは決意を込めて言った。


「それで優勝するって言い切っちゃうの、シュデリィちゃん、かっこいいね……!」


 まっすぐな瞳と決意のこもった言葉に、アイリスはきらきらと目を輝かせる。


「……ギャップ萌え? だっけ?」


「覚えてるんだ……!? そう! そういう、普段クールなのに、たまに見せる可愛さとか、かっこよさとかが可愛いしかっこよくて、す……」


 言いかけて、アイリスはハッと口を噤んだ。顔が熱くなるのを感じる。

 シュデリィへの恋心を自覚してしまった今、安易に萌えとか好きとかを逆に言えなくなってしまったのだった。


「……す……?」


 アイリスの言葉の続きが気になったシュデリィは、首を傾げた。


「な、なんでもないっ!」


 アイリスは顔を真っ赤にして、話を終わらせようとする。シュデリィのまっすぐな瞳から逃れるように、視線を泳がせた。


「……好き?」


 そんな様子をみて、シュデリィは一つの推測をする。


「へっ!? その、あの、あのね……!?」


 シュデリィの言葉に、アイリスは手をぶんぶんと振る。その反応から、シュデリィはそれがきっと当たっているのだろうと考えた。もう一度、心の中で決意を固める。


「……優勝する」


 アイリスに少しでもよく思われたいという気持ちが、好きと言われたいという気持ちが、シュデリィを無意識に動かしていた。


「……う、うん。応援……する……」


 アイリスはシュデリィの言葉に、心を奪われたような感覚に陥る。顔を赤くしたまま、小さな声でつぶやいた。


 シュデリィの中でバトルトーナメントで優勝することが、この瞬間に決定事項となる。

 学園長の依頼については、頭の片隅に追いやられていた。

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