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プロローグ

「今度から、人間界の学校に通いなさい」


 魔王城の最上階。広々とした空間に鎮座する、真っ黒で巨大な玉座。そこに深く腰掛けた魔王は、威圧的な姿で部屋全体を支配していた。


 その視線の先には、娘であるシュデリィが微動だにせず立っている。

 しかしシュデリィの表情は、まるで凍りついたように動かない。長い銀髪が、わずかに床を擦るほど伸びている。赤い瞳が、不機嫌そうに冷たい光を放っていた。


「……学校は、勉強する場所。私、どの人間よりも強い。学校に行く意味がわからない」


 シュデリィは、低い声で不満を露わにする。その言葉には、人間に対する明らかな見下した感情がにじんでいた。

 その様子を見て、魔王は深く大きなため息をついた。娘の反発は予想通りの展開だった。


 たしかにシュデリィは幼い頃から戦闘訓練を受けており、その戦闘能力は目覚ましい。魔王自身がそう育ててきたのだから当然である。間違いなく、並の人間など足元にも及ばないほど強い。もしかしたら魔界の誰よりも強いかもしれない。

 だが、彼女には決定的に欠けているものがある。

 それは、人間を思いやる心だ。魔王が娘に最も身につけてほしいと願う、大切な感情だった。


 人間界と魔界を繋ぐ門。その狭間に、魔王城は存在している。

 どちらの世界から行き来するにせよ、基本的にはこの魔王城を経由することになる。その門を守る役割こそが、今の魔王一族に課せられた使命なのだ。

 この門は、決して簡単に行き来させてはならない。特に魔族の中には、人間界を侵略してやろうと血気盛んなタイプが多い。そんな輩が人間界で大暴れするような事態になれば、人間と魔族の争いは必至となる。それは平穏を第一に願う今の魔王にとって、なんとしても防ぎたい事態だった。


 だがある日。シュデリィが、まるで独り言のようにぽつりと呟いた。


「……なんで、私が人間を守るようなことをしているのかな」


 この言葉を聞いた時、魔王は強い危機感を覚えた。もし自分が引退したら、シュデリィはもう二度と、門を守るために戦わないかもしれない。そう危惧しての、今回の「娘を人間界の学校に入学させよう計画」である。年相応に遊び、心を通わせる友人と呼ばれる存在を作ってほしいという切実な親心でもあった。

 これまで一族の使命ばかりを考えてシュデリィを育ててきたが、今からでも遅くはないと信じて。だが、普通の言葉では決して言うことを聞かない頑固な娘のために、魔王はもっともらしい言い訳を用意していた。


「理由は勉強以外にもある。最近、人間界で、魔界の門が開くという事件が2回起きた。門は小さなもので、大した強さの魔族が行ったわけではないようだが」


「……大事件」


 シュデリィは、相変わらず無表情のまま返した。


「その通りだ。そしてその2回とも、同じ学園の中で起きている。シュデリィ、お前に頼みがある。そこに編入して、もし人間界に魔族が行ってしまった場合、倒してこちらに送り返してくれないか」


 これは紛れもない事実だった。だからこそ、魔王の声には父親としての不安が混じっていた。いくら強く育ったとしても、娘を危険な戦いに送り出すのは今もなお心が痛む。シュデリィの反応を見守る魔王には、父親としての優しさが垣間見えた。


「……それが、理由? そういうことなら、行かなくも、ない」


 どんな形であれ、シュデリィが人間界の学校へ行きさえすればいい。本当の理由は人間を好きになってほしいから、とは口が裂けても言えない。だが、魔王は真面目なシュデリィの性格を逆手に取り「人間界で起こる事件の調査と解決」という任務を彼女に与えることにしたのだった。


「ありがとう。じゃあ頼んだぞ。ついでに友達の1人や2人でも……」


「……必要ない」


 言いかけた言葉を、冷たく、そして即座に遮られてしまった魔王。これは先が思いやられるな、と彼は内心で苦笑いするしかなかった。

 この頑固で人間を知らない娘に、どうか素敵な友達ができますように。これまで神など信じたことのない魔王だったが、この時ばかりは、そう願わずにはいられなかった。

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